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あ、これ夢だ。すぐに分かった。自分の手が小さくなっていて、彼との目線が遥かに遠い。とてつもない尿意に襲われている体は我慢が辛く、小さな両手で鷲掴みにして足を踏んでいる。
『もう少しだから!!頑張れ!!!』
漏れそう。我慢できない。そうやって泣くと、しゃがんで背を叩かれた。今日見た子供みたいに、ジタバタと足を動かす。
『ぅあっ、』
膀胱はもう、限界。じわぁ…と、どんどん熱を帯びていく。クロスさせた足に、一筋、また一筋水が伝っていく。
『あー…もう無理そうか~…大丈夫、ここでしちゃいな』
ぎゅうぎゅうに握りしめた手を優しく剥がされて、頭を撫でられて。頑張った頑張った、と励まされ、腹のあたりをトントンと撫でられる。
夢の中なら。誰にも迷惑かけないし良いよね。夢に見るほど切望していた自分にはドン引きであるが、現実では叶わないのだ。自分の妄想くらい、好きにしても良いよな。目一杯に入れていた力を抜いた。じょばぁあ…と、勢いよく小便が流れていく。そんで、何か、腰があったかくなって…
目が覚めた。いつもと違う感触にはすぐに気づいた。おしっこが、出ている。
「、ぁっ!!、」
慌ててソコを握り締めるも、簡単に止まってくれない。正座の体勢で全身の力を集約して、やっと、一時的に止められた。
尿意は現実とリンクしている、普通に考えて分かることだろが。出始めた小便を止めるのは難しい。恐る恐るベッドを立とうと床に足をつけると、足の裏から冷たさが伝わり、ゾクゾクと背中が跳ねる。5秒もかからないトイレまでの距離が、間に合わないかもしれない。
じわりじわりと湿り続けている股間は無視して、小走りで向かう。足を伝う、地面に垂れている嫌な感覚。
「っ~ぅぅ~、」
ぷしゃぁ…と、握りしめた手から飛び散った。床あちこちに撒き散らして、もう悲惨なことになっている。
「ぁ、っ、」
先端に大きな圧がかかった。さっきよりもぎゅうぎゅうに締め付けても、意味がない。
手を伝って、足を伝って、床に流れ落ちていって。力が抜けた。しゃがみ込んでみっともなく垂れ流した。
床が汚れている。廊下の真ん中だけじゃない。ポタポタと、俺が歩いた道のり全部に水滴が付いている。諦めて俺の部屋で出してしまえば良かった。それだったら掃除も楽だったのに。
洗面所から大量のタオルを持ってきて、軽く拭いて、濡れたものでもう一回拭って。スプレーを振りかけて、また拭いて。
何してるんだろ自分。
「ぁ゛~もぉ!!」
自分の尿でぐしょぐしょになったタオルを風呂場に投げつける。
鏡に映った自分は全然可愛くない。シミの出来たズボンは年不相応。こんな図体のデカい大人が漏らして気を引こうだなんてよく思ったよな。投げつけて散らばったタオルを拾いながら、何でこんな手間なことしたんだってまたイライラしてしまう。
今から布団も洗わないといけない。着替えもして、尿で汚れた衣類を軽く洗わなきゃいけない。
自分で出来る。兄貴の世話が出来るんだから出来ない訳がない。でも、虚しくてたまらない。あの人にギュッてされたい。大丈夫だよって言葉が聞きたい。
本当に無意識だった。気づいたら彼の部屋の前に立っていた。
ゆっくりとドアを開ける。もちろん、仕事で疲れている彼は眠っている。
「っ、っ、…」
声が詰まって何も言えない。何て言えばいいんだろう。そもそも起こして良いのだろうか。
ていうか、20を超えた成人なんだからそんな事で起こすなって思われないだろうか。自分の事は自分でしろよって思われないだろうか。もう小さい子供じゃないんだから、おねしょなんてみっともないって呆れられないだろうか。
ぐるぐるぐるぐる考えて、結局何も言えずにドアを閉める。
風呂場には山積みにされたタオルが残っている。濡れそぼった布団も、冷えて気持ち悪い下半身も、何一つ片付いていない。
あーあ、あんなことしなければ。甘えたいって言って甘えれば良かった。お風呂、一緒に入ってたかもしれない。今頃一緒の布団で寝てたかもしれない。漏らす奴を布団に入れてくれる奴なんているかよ。わざと失敗するやつの事、気持ち悪いって思わない奴なんて居るかよ。
自分が心底嫌い。嫌いすぎて吐きそう。シャワーヘッドを手に持って、汚れたタオルに当てる自分はどれほど惨めだろう。せめてあのまま目が覚めなければ良かった。夢の中だけでも思いっきり泣き喚いて、自分の思い通りのあの人に縋れば良かったのに。
「…大丈夫?」
「ぁ、ちが、」
風呂場の電気もつけずに、拗ねたようにシャワーで流してた頃だった。無慈悲に明るくなった空間が、間抜けなスウェットのシミとぐしゃぐしゃのシーツを照らす。
「しーつ…?」
「…おねしょ、した、」
声を出すとしゃくりあげてしまいそうで、小さく呟く。
「ろうかでも、もらした、」
ぼろりと熱い水滴が頬を滑る。何でこんなふてぶてしい声しか出せないんだろう。何でしおらしく落ち込んで、可愛く泣けないんだろう。
「え、マジで大丈夫?体調悪い?」
ぁ。
「昨日我慢しすぎてお腹疲れちゃった?」
するりと下腹に手の熱が灯る。頬にも、おでこにも、背中にも。鳥肌がぶわぁって立って、くすぐったい。
「シーツは良いから着替えておいで。お風呂沸かす?」
「…おふろ…しんどい…」
言うつもりなんてなかった。これ以上迷惑かけちゃダメって思ってる。なのに。
「あたま…いたい、」
もし今、体調が悪いフリをしたら?全部全部許される?人の尊厳を失うような行為でも、子供みたいに甘やかしてもらえる?
「しーつ、どうしよう、」
無理やり上げた口の端が痛い。俺は今、どれだけ気持ち悪い顔をしているだろう。何で上手く出来ないんだろう。
こんな事してまで甘えたい自分に心底軽蔑する。昨日、もう絶対やらないって決めたのに。絶対嘘つかないって決めたのに。
「…ちがう、できる、ごめ…」
「熱は?ありそう?他吐き気とか無い?」
「…ごめ、」
「怒ってないよ?ただ他にどっか具合悪かったら大変だから。しんどいとこ、いえる?」
そんなの言えるわけない。頭痛いなんて口から出た出まかせ。体は至って健康そのもの。熱だって咳だって鼻水だってない。
「んー?」
頬を手で挟み込まれて、ぐいぐいと揉まれる。一回り以上離れた名前も知らない子供に嫉妬しただけなんて、口が裂けても言えない。
「…ない、あたま、いたい…」
「ん、とりあえず着替えておいで。これタオルね」
汚れ物はそのままに、腕を引かれてタオルマットの上に誘導されて、服の上から軽く水分を拭き取られる。
「疲れちゃったのかもね」
温かい濡れタオルと乾いたタオルを二つ持たされて、優しい言葉をかけてもらって。頭痛に響かないように小さな声で話してくれるのも、大切にされてるって思ってふわふわする。
嘘ついて優しくしてもらってるのが後ろめたい。なのに、緩んだ口元を抑えられない自分は終わっている。
「…きがえた…ごめん…」
「ん。起きてるの辛いでしょ。あとやっとくから俺のベッドで寝てな」
サァッと背中が冷えた。呑気にほころんでいた自分が嫌になる。
「…ぇ、いや、これ、」
「大丈夫大丈夫。濯ぐだけだから」
「おれの、おれするから、…」
「そんなの気にしなくていーの。後で潜り込むから。ね?」
あ、俺の汚れ物、洗ってる。こんな夜中に起こして、ズルい嘘をついた、俺の。
さっきまでの浮ついた気分が落ちていく。どこまで俺は自己中なんだよ。この人の労力もっと考えろよ。
こんなことさせたかったわけじゃ無い。昨日も俺が風呂に入ってる間、片してくれてた。あんなくだらない感情で、仕事を一つ増やした。今だって、貴重な睡眠時間を削ってしまっている。
「やる、」
「え?だめだよ。ちゃんと横になっときな?」
「やるから、あんたはへや、もどって、」
「気にしないで良いんだよ?あ、もしかして寝れない?」
「ちがう、うそ、だから、」
シャワーの音が止まる。顔を見るのが怖い。
沈黙が苦しい。怒って欲しい。何か言って欲しい。
「あたま、いたくない、ただ、失敗しただけだから、」
「頭真っ白になっちゃった?」
「…ぇ…」
あ、腹の辺り撫でられてる。
「お腹チクチクしたり痛くなったりしてない?」
「…ん、」
「なら良かった。そういうこともあるよ。無意識に疲れちゃってたのかもね」
違う。違うって。こんな優しい言葉かけられる資格なんて無いんだって。
「っ゛、ごめ、」
腹の中をかき混ぜられたみたいに情緒が落ち着かなくて、それが涙に現れた。
「大丈夫だよ?俺怒ってないよ?ビックリするよね、片付けわかんなくなっちゃうよね、」
腕、さすられてる。ギュッて抱きしめられてる。
「最近頑張りすぎなんじゃないの?あとで一緒に甘いもの飲もうか。ココアとかー…お茶がいい?そんなに寒くないしアイスでも良いよ」
いっぱいいっぱい甘やかされてる。背中、何度もさすられて、罪悪感でいっぱいで苦しいのに、全身はチリチリとくすぐったくて、離したくない。
ふと、体が震えた。いや、ずっと薄らに催していたものが急に主張してきただけ。シャワーの音、着替えの時の外気、お腹を優しく撫でられた時。廊下で中途半端に出せなかったものがずっしりと溜まって膀胱が強烈な尿意を訴えている。今すぐ走って向かいたくなるぐらい。お腹が激しく疼いて、出口がヒクヒクと震えて、漏れそう。
やだ。今トイレって言いたくない。言ったらこの腕は外されて、この時間が終わっちゃう。でも、我慢できるわけない。まだ、もっと。もっともっとこのままで居たいのに。
「ん?おしっこ?まだ出そう?」
抱っこされてる傍ら、無意識に体を揺らしているのに気づいたのだろう。溜まってムズムズとしたところを軽く撫でられる。
「ぁっ、」
ジワリと前に熱が広がる。せっかくさっき着替えたところなのに。ぎゅうう…と前を押さえて息を詰めるのに、温かい感触はどんどん広がって手を濡らしていく。
「ぁっ、、っ~、」
いつもなら出来る我慢が全く効かない。バカになった先端を閉められない。
「こっちこっち!!手一瞬だけ放して!?」
風呂場に誘導されて、押さえている手を無理やり剥がして俺の性器を取り出し排水溝に向ける。
「ん、いいよ。出しちゃいな」
しょおおおおおおおおっ、
小便の音で返事をしたと言っても過言では無いくらいの勢いで、出口がぱっくりと開いて太い水流が流れていく。
立ち尽くしている俺の横にしゃがんで、チンコを支えられて背中をさすられてる。本当にコレ、幼稚園児みたい。
「せーふせーふー…急に来たねぇ~…」
「ごめ、」
「びっくりしたぁ~気持ちい?」
「ん…ぅ~…」
本当の意味で空っぽになった膀胱。こんなに腹って軽かったんだって実感して、思わずそこを撫でた。
「やっぱお腹変な感じ?出口痛くない?」
「…ん、それはない…」
「なら良かった。ちょっと服汚れちゃったね。もっかい着替えておいで」
「…ひとり、で?」
「え?どういうこと?」
何で自分がこんな言葉を発しているのか、分からない。この人も、キョトンとした顔をしているけど、俺も何の涙なのかもよく分からない。こんなに優しくしてもらってるのに、1人でって言われて悲しくなってしまった。
突き放されたと思ったのかもしれない。
「っ゛、ぅ゛~…やだなの、」
ああ、今の俺、1番嫌いな奴にそっくり。泣き喚いて、自分1人で何もしないで。醜くて、情けない。
何で俺、こんな事してるんだろう。情けないって分かってるのに、やめようとしてるのに。無意味に彼氏の服を掴んで、引っ張って。
「ひとりでっ、や、だ…」
「お手伝い、必要かな?」
「っ゛、っ~、」
「どうして欲しいか、言ってみ?」
頬を挟まれたまま無理やり上げられる。ばちっと目があって、思わず逸らした。
「黙ってたら分かんないよ?言えるかな?」
抱っこして欲しい。着替えさせて欲しい。頭撫でて欲しい。寂しいの、何とかして欲しい。俺を、俺だけを見て欲しい。でもあんたはそれを許してくれるのか。
言いたいことは沢山あるのに、言葉が詰まって一言も言えない。口をパクパクさせるだけ。
「おてつだい、ひつよう、です、」
やっと返せたのは、さっき彼が言った言葉だけ。オウムみたいに真似するのが精一杯だった。
「ん、わかった。お着替え、俺と一緒だったら頑張れそう?」
呼吸で一杯一杯の声と共に頷くと、頬の涙を優しく拭われた。
「ん、いい子」
ああ、耳がとろけそう。ふわふわして、さっきまで気持ち悪かった腹の中があったかい。
あ、ぎゅってされてる。頭もいっぱい撫でてくれている。
「着替え、持ってくるね」
「ぇ、」
もう終わり?って感情が顔に出てたらしい。そんな寂しそうにしないでよ、と笑われた。
「凪は甘えるの下手ねぇ」
「…めんどくさいだろこんな奴」
この人は今、俺だけを見ている。泣いたらこっちを見てくれるし、わがままだっていっぱい聞いてくれる。
「…だっこ…たりない…」
頭がぼーっとする。笑われてから、自分の言動に気づいた。
「こんな可愛い子がめんどくさい訳ないじゃん」
わしゃわしゃと頭を掻き回されて、さっきよりも強く抱きしめられる。
「んもぉーーー、ほんっと可愛い。いくらでもしたげる」
「もぉいい、いいから、」
気づいたら、体の中にずっとあった寂しさが消えていた。取り憑かれたように脳裏にこびりついていた子供の顔が思い出せない。今、俺は満たされている。
今、俺は愛されている。
『もう少しだから!!頑張れ!!!』
漏れそう。我慢できない。そうやって泣くと、しゃがんで背を叩かれた。今日見た子供みたいに、ジタバタと足を動かす。
『ぅあっ、』
膀胱はもう、限界。じわぁ…と、どんどん熱を帯びていく。クロスさせた足に、一筋、また一筋水が伝っていく。
『あー…もう無理そうか~…大丈夫、ここでしちゃいな』
ぎゅうぎゅうに握りしめた手を優しく剥がされて、頭を撫でられて。頑張った頑張った、と励まされ、腹のあたりをトントンと撫でられる。
夢の中なら。誰にも迷惑かけないし良いよね。夢に見るほど切望していた自分にはドン引きであるが、現実では叶わないのだ。自分の妄想くらい、好きにしても良いよな。目一杯に入れていた力を抜いた。じょばぁあ…と、勢いよく小便が流れていく。そんで、何か、腰があったかくなって…
目が覚めた。いつもと違う感触にはすぐに気づいた。おしっこが、出ている。
「、ぁっ!!、」
慌ててソコを握り締めるも、簡単に止まってくれない。正座の体勢で全身の力を集約して、やっと、一時的に止められた。
尿意は現実とリンクしている、普通に考えて分かることだろが。出始めた小便を止めるのは難しい。恐る恐るベッドを立とうと床に足をつけると、足の裏から冷たさが伝わり、ゾクゾクと背中が跳ねる。5秒もかからないトイレまでの距離が、間に合わないかもしれない。
じわりじわりと湿り続けている股間は無視して、小走りで向かう。足を伝う、地面に垂れている嫌な感覚。
「っ~ぅぅ~、」
ぷしゃぁ…と、握りしめた手から飛び散った。床あちこちに撒き散らして、もう悲惨なことになっている。
「ぁ、っ、」
先端に大きな圧がかかった。さっきよりもぎゅうぎゅうに締め付けても、意味がない。
手を伝って、足を伝って、床に流れ落ちていって。力が抜けた。しゃがみ込んでみっともなく垂れ流した。
床が汚れている。廊下の真ん中だけじゃない。ポタポタと、俺が歩いた道のり全部に水滴が付いている。諦めて俺の部屋で出してしまえば良かった。それだったら掃除も楽だったのに。
洗面所から大量のタオルを持ってきて、軽く拭いて、濡れたものでもう一回拭って。スプレーを振りかけて、また拭いて。
何してるんだろ自分。
「ぁ゛~もぉ!!」
自分の尿でぐしょぐしょになったタオルを風呂場に投げつける。
鏡に映った自分は全然可愛くない。シミの出来たズボンは年不相応。こんな図体のデカい大人が漏らして気を引こうだなんてよく思ったよな。投げつけて散らばったタオルを拾いながら、何でこんな手間なことしたんだってまたイライラしてしまう。
今から布団も洗わないといけない。着替えもして、尿で汚れた衣類を軽く洗わなきゃいけない。
自分で出来る。兄貴の世話が出来るんだから出来ない訳がない。でも、虚しくてたまらない。あの人にギュッてされたい。大丈夫だよって言葉が聞きたい。
本当に無意識だった。気づいたら彼の部屋の前に立っていた。
ゆっくりとドアを開ける。もちろん、仕事で疲れている彼は眠っている。
「っ、っ、…」
声が詰まって何も言えない。何て言えばいいんだろう。そもそも起こして良いのだろうか。
ていうか、20を超えた成人なんだからそんな事で起こすなって思われないだろうか。自分の事は自分でしろよって思われないだろうか。もう小さい子供じゃないんだから、おねしょなんてみっともないって呆れられないだろうか。
ぐるぐるぐるぐる考えて、結局何も言えずにドアを閉める。
風呂場には山積みにされたタオルが残っている。濡れそぼった布団も、冷えて気持ち悪い下半身も、何一つ片付いていない。
あーあ、あんなことしなければ。甘えたいって言って甘えれば良かった。お風呂、一緒に入ってたかもしれない。今頃一緒の布団で寝てたかもしれない。漏らす奴を布団に入れてくれる奴なんているかよ。わざと失敗するやつの事、気持ち悪いって思わない奴なんて居るかよ。
自分が心底嫌い。嫌いすぎて吐きそう。シャワーヘッドを手に持って、汚れたタオルに当てる自分はどれほど惨めだろう。せめてあのまま目が覚めなければ良かった。夢の中だけでも思いっきり泣き喚いて、自分の思い通りのあの人に縋れば良かったのに。
「…大丈夫?」
「ぁ、ちが、」
風呂場の電気もつけずに、拗ねたようにシャワーで流してた頃だった。無慈悲に明るくなった空間が、間抜けなスウェットのシミとぐしゃぐしゃのシーツを照らす。
「しーつ…?」
「…おねしょ、した、」
声を出すとしゃくりあげてしまいそうで、小さく呟く。
「ろうかでも、もらした、」
ぼろりと熱い水滴が頬を滑る。何でこんなふてぶてしい声しか出せないんだろう。何でしおらしく落ち込んで、可愛く泣けないんだろう。
「え、マジで大丈夫?体調悪い?」
ぁ。
「昨日我慢しすぎてお腹疲れちゃった?」
するりと下腹に手の熱が灯る。頬にも、おでこにも、背中にも。鳥肌がぶわぁって立って、くすぐったい。
「シーツは良いから着替えておいで。お風呂沸かす?」
「…おふろ…しんどい…」
言うつもりなんてなかった。これ以上迷惑かけちゃダメって思ってる。なのに。
「あたま…いたい、」
もし今、体調が悪いフリをしたら?全部全部許される?人の尊厳を失うような行為でも、子供みたいに甘やかしてもらえる?
「しーつ、どうしよう、」
無理やり上げた口の端が痛い。俺は今、どれだけ気持ち悪い顔をしているだろう。何で上手く出来ないんだろう。
こんな事してまで甘えたい自分に心底軽蔑する。昨日、もう絶対やらないって決めたのに。絶対嘘つかないって決めたのに。
「…ちがう、できる、ごめ…」
「熱は?ありそう?他吐き気とか無い?」
「…ごめ、」
「怒ってないよ?ただ他にどっか具合悪かったら大変だから。しんどいとこ、いえる?」
そんなの言えるわけない。頭痛いなんて口から出た出まかせ。体は至って健康そのもの。熱だって咳だって鼻水だってない。
「んー?」
頬を手で挟み込まれて、ぐいぐいと揉まれる。一回り以上離れた名前も知らない子供に嫉妬しただけなんて、口が裂けても言えない。
「…ない、あたま、いたい…」
「ん、とりあえず着替えておいで。これタオルね」
汚れ物はそのままに、腕を引かれてタオルマットの上に誘導されて、服の上から軽く水分を拭き取られる。
「疲れちゃったのかもね」
温かい濡れタオルと乾いたタオルを二つ持たされて、優しい言葉をかけてもらって。頭痛に響かないように小さな声で話してくれるのも、大切にされてるって思ってふわふわする。
嘘ついて優しくしてもらってるのが後ろめたい。なのに、緩んだ口元を抑えられない自分は終わっている。
「…きがえた…ごめん…」
「ん。起きてるの辛いでしょ。あとやっとくから俺のベッドで寝てな」
サァッと背中が冷えた。呑気にほころんでいた自分が嫌になる。
「…ぇ、いや、これ、」
「大丈夫大丈夫。濯ぐだけだから」
「おれの、おれするから、…」
「そんなの気にしなくていーの。後で潜り込むから。ね?」
あ、俺の汚れ物、洗ってる。こんな夜中に起こして、ズルい嘘をついた、俺の。
さっきまでの浮ついた気分が落ちていく。どこまで俺は自己中なんだよ。この人の労力もっと考えろよ。
こんなことさせたかったわけじゃ無い。昨日も俺が風呂に入ってる間、片してくれてた。あんなくだらない感情で、仕事を一つ増やした。今だって、貴重な睡眠時間を削ってしまっている。
「やる、」
「え?だめだよ。ちゃんと横になっときな?」
「やるから、あんたはへや、もどって、」
「気にしないで良いんだよ?あ、もしかして寝れない?」
「ちがう、うそ、だから、」
シャワーの音が止まる。顔を見るのが怖い。
沈黙が苦しい。怒って欲しい。何か言って欲しい。
「あたま、いたくない、ただ、失敗しただけだから、」
「頭真っ白になっちゃった?」
「…ぇ…」
あ、腹の辺り撫でられてる。
「お腹チクチクしたり痛くなったりしてない?」
「…ん、」
「なら良かった。そういうこともあるよ。無意識に疲れちゃってたのかもね」
違う。違うって。こんな優しい言葉かけられる資格なんて無いんだって。
「っ゛、ごめ、」
腹の中をかき混ぜられたみたいに情緒が落ち着かなくて、それが涙に現れた。
「大丈夫だよ?俺怒ってないよ?ビックリするよね、片付けわかんなくなっちゃうよね、」
腕、さすられてる。ギュッて抱きしめられてる。
「最近頑張りすぎなんじゃないの?あとで一緒に甘いもの飲もうか。ココアとかー…お茶がいい?そんなに寒くないしアイスでも良いよ」
いっぱいいっぱい甘やかされてる。背中、何度もさすられて、罪悪感でいっぱいで苦しいのに、全身はチリチリとくすぐったくて、離したくない。
ふと、体が震えた。いや、ずっと薄らに催していたものが急に主張してきただけ。シャワーの音、着替えの時の外気、お腹を優しく撫でられた時。廊下で中途半端に出せなかったものがずっしりと溜まって膀胱が強烈な尿意を訴えている。今すぐ走って向かいたくなるぐらい。お腹が激しく疼いて、出口がヒクヒクと震えて、漏れそう。
やだ。今トイレって言いたくない。言ったらこの腕は外されて、この時間が終わっちゃう。でも、我慢できるわけない。まだ、もっと。もっともっとこのままで居たいのに。
「ん?おしっこ?まだ出そう?」
抱っこされてる傍ら、無意識に体を揺らしているのに気づいたのだろう。溜まってムズムズとしたところを軽く撫でられる。
「ぁっ、」
ジワリと前に熱が広がる。せっかくさっき着替えたところなのに。ぎゅうう…と前を押さえて息を詰めるのに、温かい感触はどんどん広がって手を濡らしていく。
「ぁっ、、っ~、」
いつもなら出来る我慢が全く効かない。バカになった先端を閉められない。
「こっちこっち!!手一瞬だけ放して!?」
風呂場に誘導されて、押さえている手を無理やり剥がして俺の性器を取り出し排水溝に向ける。
「ん、いいよ。出しちゃいな」
しょおおおおおおおおっ、
小便の音で返事をしたと言っても過言では無いくらいの勢いで、出口がぱっくりと開いて太い水流が流れていく。
立ち尽くしている俺の横にしゃがんで、チンコを支えられて背中をさすられてる。本当にコレ、幼稚園児みたい。
「せーふせーふー…急に来たねぇ~…」
「ごめ、」
「びっくりしたぁ~気持ちい?」
「ん…ぅ~…」
本当の意味で空っぽになった膀胱。こんなに腹って軽かったんだって実感して、思わずそこを撫でた。
「やっぱお腹変な感じ?出口痛くない?」
「…ん、それはない…」
「なら良かった。ちょっと服汚れちゃったね。もっかい着替えておいで」
「…ひとり、で?」
「え?どういうこと?」
何で自分がこんな言葉を発しているのか、分からない。この人も、キョトンとした顔をしているけど、俺も何の涙なのかもよく分からない。こんなに優しくしてもらってるのに、1人でって言われて悲しくなってしまった。
突き放されたと思ったのかもしれない。
「っ゛、ぅ゛~…やだなの、」
ああ、今の俺、1番嫌いな奴にそっくり。泣き喚いて、自分1人で何もしないで。醜くて、情けない。
何で俺、こんな事してるんだろう。情けないって分かってるのに、やめようとしてるのに。無意味に彼氏の服を掴んで、引っ張って。
「ひとりでっ、や、だ…」
「お手伝い、必要かな?」
「っ゛、っ~、」
「どうして欲しいか、言ってみ?」
頬を挟まれたまま無理やり上げられる。ばちっと目があって、思わず逸らした。
「黙ってたら分かんないよ?言えるかな?」
抱っこして欲しい。着替えさせて欲しい。頭撫でて欲しい。寂しいの、何とかして欲しい。俺を、俺だけを見て欲しい。でもあんたはそれを許してくれるのか。
言いたいことは沢山あるのに、言葉が詰まって一言も言えない。口をパクパクさせるだけ。
「おてつだい、ひつよう、です、」
やっと返せたのは、さっき彼が言った言葉だけ。オウムみたいに真似するのが精一杯だった。
「ん、わかった。お着替え、俺と一緒だったら頑張れそう?」
呼吸で一杯一杯の声と共に頷くと、頬の涙を優しく拭われた。
「ん、いい子」
ああ、耳がとろけそう。ふわふわして、さっきまで気持ち悪かった腹の中があったかい。
あ、ぎゅってされてる。頭もいっぱい撫でてくれている。
「着替え、持ってくるね」
「ぇ、」
もう終わり?って感情が顔に出てたらしい。そんな寂しそうにしないでよ、と笑われた。
「凪は甘えるの下手ねぇ」
「…めんどくさいだろこんな奴」
この人は今、俺だけを見ている。泣いたらこっちを見てくれるし、わがままだっていっぱい聞いてくれる。
「…だっこ…たりない…」
頭がぼーっとする。笑われてから、自分の言動に気づいた。
「こんな可愛い子がめんどくさい訳ないじゃん」
わしゃわしゃと頭を掻き回されて、さっきよりも強く抱きしめられる。
「んもぉーーー、ほんっと可愛い。いくらでもしたげる」
「もぉいい、いいから、」
気づいたら、体の中にずっとあった寂しさが消えていた。取り憑かれたように脳裏にこびりついていた子供の顔が思い出せない。今、俺は満たされている。
今、俺は愛されている。
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なんですかこのかわいい子はっ!!!
わたしたちを殺しに来ている…?流石に死にかけです…
さては天才ですね?天才ですね!!
可愛すぎる天使ですね、天使だ
えぇ…語彙力無くなります…
こじらせた処女さんの小説で癖が見事に曲がりました…愛おしすぎる…
めっちゃ応援してます。頑張ってください!!
えへ…えへへ…照…
自己肯定感爆上がりで嬉しいです😆
癖に刺さったようで何よりです(^^)
本当にありがとうございます😭
もしかして天才ですか、、、?
なんだかんだで毎日新しい作品や話が出てないかワクワクしてます🥰🥰
昔の作品も大好きですが、この作品もどストライクです✌️✌️✌️✌️
めちゃ嬉しい!!
いつも読んで下さってありがとうございます。
癖を詰め込みました…☺️