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第二章 アベコベの街

第66話 アベコベの街の支配者オーダー・インベーション①

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「ち、ちょっと待って!」

僕が席を立とうとすると、アメリアさんが必死な表情を浮かべ声をかけてきた。

「はい。なんでしょう?」
「ど、どの条件がお気に召さなかったのでしょうか?」

 アメリアさん、必死だな。
 破格の条件を提示し、ノコノコ着いてきた所を捕らえて奴隷商人に売り捌く作戦が不発に終わり焦っているのだろう。

 表情を見ると、なんでこの条件で頷かないのかわからないといった表情を浮かべている。

 アメリアさんの表情が真に迫っていて、ナビさんが付いていなければ騙されていたかも知れない。

 しかし、これが罠であることに気付いてしまったからには、仕方のないことだ。
 先程の条件はあくまでブラフ。架空の条件を提示するだけなら誰でもできる。

「申し訳ございませんが、選考基準をお伝えすることはできません」

 毅然とした態度でそう言うと、アメリアさんがふらついた。

 だ、大丈夫だろうか?

 まあアメリアさんにも生活がある。
 もしかしたら借金があるのかもしれない。
 だからこそ、こういった後ろ暗いことに手を染めているのだろう。

「そ、それではこれでどうです!」

 アメリアさんはそう言うと、羊皮紙に傍線を引き、再度条件を提示してきた。
 その上で、一千万コルを僕の前まで持ってくる。

 爵位:名ばかり貴族(辺境伯)
 職務:街の治安維持・領主への忠誠
 給与:月額五千万コル
 休暇:週休六日
 貸与:宮殿の一フロアすべて
 勤務時間:自由
 契約金:一千万コル

 追加された条件は月額五千万コル、週休六日。契約金一千万コル。
 月に四日働くだけで五千万コルが入ってくる計算だ。
 目の前に置かれた一千万コル。これも本物だろう。
 まさか、こんな大金を持ってきているとは思わなかった。
 しかし、僕は騙されない。
 おそらくこれは見せ金。
 僕を捕らえて奴隷市場にドナドナする際、回収するつもりのお金なんでしょ?

「とてもありがたい提案ではありますが、辞退させて頂きたいと思います」

 そう断りの言葉を告げると、アメリアさんは目元に手を当て、天井を仰いだ。

 すると、笑顔を浮かべた男性が個室に入ってくる。

「諦めたまえよ、アメリア君」
「オ、オーダー様……」

 あれ?
 この人、どこかで見たような……。

 <ああ、冒険者協会に案内してくれた人ですね>

 ああ、あの人か……。
 しかし、なんでここにいるんだろう?

 まさか、この人もアメリアさんとグルになって僕のことを奴隷市場にドナドナしようとしているのかな?

「アメリア君は退席してくれないかい? ここからは私自らノース君と話をしよう」
「で、ですがオーダー様っ!」
「まあまあ、落ち着きなさい。アメリア君の心配性にも困ったものだね。ふむ、それでは、アメリア君を含めて話をするとしよう。ノース君、もう一度話を聞いてはくれないかい?」
「話を聞くだけなら……」

 そう呟くと、オーダーさんは笑顔を浮かべる。

「そうか! ありがとう。それでは、私もノース君と同じものを注文しようかな。ウエイトレス君、私とノース君にオレンジジュースを追加で、ああ、アメリア君には紅茶を頼むよ。シュガーとミルクを忘れずにね」

 オーダーさんが近くのウエイトレスさんにそう注文すると、一分と立たずオレンジジュースと紅茶が運ばれてくる。

「それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」
「ああ、ありがとう」

 そしてウエイトレスさんが退出したのを確認すると、短剣を取り出しテーブルの上に置く。

 なんで短剣をテーブルの上に置いたのか意図が読めず、首を傾げていると、オーダーさんが話しかけてくる。

「さて、ノース君。これがなんだかわかるかい?」

 柄にクラウンの紋章が描かれた短剣。
 これが一体なんだと言うのだろうか?

 そんなことを考えていると、ナビさんが視界に文字を浮かべてくる。

 <あー。やってしまいましたね。この紋章冠は辺境伯の爵位を示すものです>

 へー。そうなんだ。辺境伯を表す紋章冠なんだー。

「…………」

 って!? 辺境伯っ!?
 ほ、本当だっ! この紋章冠見たことがあるっ!

 驚きのあまり短剣を二度見する。

 <ええ、どうやらこの人、本物の貴族のようですね。ということは、先ほどの条件は詐欺や罠の類ではなかったということです……かね?>

 えっ……と、ということは僕は……。

 <ええ、仕官するチャンスを逃してしまったようですね>

 のおおおお!
 折角巡ってきた仕官のチャンスがぁぁぁぁ!

 本物の辺境伯様を前に僕が一番初めにやったこと、それは平伏だった。
 両手をつき、頭を垂れてテーブルにつくばう。

 しかし、『辞退』というセリフを吐いた後での挽回は難しかった。

「ノース君、ここは食事処。そう平伏しなくてもいいよ。まずは顔を上げて……ああ、そうだ。ちゃんとした自己紹介を行っていなかったね。私の名前は、オーダー・インベーション。この辺り一帯と街を治める領主にして辺境伯さ。よろしくね」

 そう言うとオーダーさんが手を差し伸べてくる。

「よ、よろしくお願いします……」

 軽く握手を交わすと、オーダーさんは微笑を浮かべた。

「それにしても、あの条件を突っぱねるなんて流石だね」
「い、いえ……」

 あまりに旨い話過ぎて、新手の詐欺か僕を奴隷にするための罠だと思ってました……。
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