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第一章 キノコマスター

第20話 辺境の街アベコベ①

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 ここは、貴族と平民の住む居住区域が反対となっている辺境の街アベコベ。
 平民は私達、貴族の暮らしていた築百年の邸宅に住み、貴族は新築の一軒家に住んでいる。

 まあ簡単にいえば、ノブレス・オブリージュと呼ばれる貴族に科せられる義務を行使するのが嫌になったこの地を治める領主である私が、街の中でのみ地位的栄誉を捨て、政治的ないしは法的な特権を持ったまま治めている街である。

 この街のために従事する者には貴族の住んでいた邸宅に住んでもらい、この街でのみ通用する貴族位(仮爵位)を叙勲した上で、社会の模範となるよう振舞うことを強制する。そのかわり、道路や建物などのインフラストラクチャー整備などの建築費の支払はこちらが持つし、有事の際には、領主である私が責任を持つ。

 特権はそれを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれる。
 平民となった貴族は金を出し、貴族となった平民にはそれを管理する義務を課す。
 これぞ真のノブレス・オブリージュだ。

 くだらないパーティーを毎日毎日催し、その金を平民に流すなんてなんの生産性もないことをするのは、この街以外にいるクソ貴族のやることだ。
 そんなことをする位なら、いっそのこと、我々、貴族が平民側に回ってしまえばいい。
 金を持つ平民(貴族)に、働く貴族(平民)。パーティーを催すよりも、よりよく経済を回すことができる。

 街を治める一領主にそんなことができるのも、ここが辺境であること。
 なによりこの街の領主である私が辺境伯であることも大きい。

 ちなみに辺境伯とは、中央(王都)から離れて大きな権限を認められた地方長官のようなものだ。単なる伯爵位より上位で侯爵位に近い貴族称号である。

 この辺境の地には、数多くのダンジョンが存在し、強大な力を持つモンスターが森の中をうろついている。
 危険度は高いが、それだけ見返りも多い、ハイリスク・ハイリターンの辺境地。
 この地には、数多くの冒険者が集まり、国境沿いであることから、この国、最高戦力の一人である勇者ブレイブが配置されている。

 この街の平民兼領主である私こと、オーダー・インベーションが、いつもと変わらず、店でエールを呑みながら道楽で育てた野菜の販売をしていると、街全体にけたましい鐘の音が鳴り響く。

「うん? またモンスターの襲撃か?」

 アベコベの街は、モンスターの襲撃が非常に多い。
 しかし、そのたび勇者ブレイブが、兵士や冒険者達と協力し、モンスターを追っ払ってくれる。
 今回の襲撃も問題ない。名ばかりの貴族達がちゃんと自分の仕事を全うし、我々、名ばかりの平民のために頑張ってくれれば労せずとも街に平和が訪れる。

 最近、名ばかりの平民の中には、街を守るための防壁工事費を中抜きし手抜き工事する事案も増えていると聞く。名ばかり貴族達には、もっとしっかり仕事をして貰いたいものだ。
 なんのために叙勲したのかわかったものではない。

 そんなことを考えながら、パイプをふかし、エールを呷っていると、見知った顔の名ばかり貴族数名がこちらに向けて駆けてきた。

「オーダー様! 大変です!」
「うん? 貴族様が平民であるこの私になんの用ですかな?」
「冗談を言うのはお止めください!」
「はははっ、冗談だよ。それで? モンスターの襲撃かい?」
「はい。そのとおりです。ただ、今回は勝手が違いまして……」
「うん? どういうことだ?」

 話を聞いてみると、名ばかり平民が防壁工事費を中抜きし、手抜き工事をしたことで防壁の一部に隙ができているらしい。

「そうか……そこまでひどい事になっていたとは……」

 想定以上に酷い。工事費の一部を懐に収めるため、外部から手抜き業者を呼び、防壁工事を任せるとは……。

「確か、防壁工事を担っている名ばかり平民は一人……ピンハネ・シテマスを捕えなさい。彼には、犯罪奴隷……いや、上級貴族としての勤めを果たして貰うとしよう。当然、財産は没収。それを防壁工事費に充て、ピンハネの呼び寄せた手抜き業者には、手抜き工事をしたことによる賠償金の請求を、断るようであれば、同じく上級貴族に落としなさい。私の名を使って頂いて構いません」
「ピ、ピンハネ様を、じ、上級貴族へ落とすのですか?」
「ああ、なにか問題でも?」
「い、いえ!」

 この街における上級貴族とは、犯罪奴隷のことを指す。
 犯罪奴隷にも、罪状に応じてランクはあるが、ピンハネ・シテマスはこの街の要である防壁工事を工事費の一部を抜き懐に収めるという実にくだらないことに手を染め、この街に住む者全員を危険に晒した。

 よって、ピンハネ・シテマスには、その責任を取って上級貴族としての勤めを果たして貰わねばならない。

「まったく、嘆かわしいね。同じ平民として恥ずかしい限りだよ。ピンハネ君を捕えたら教えてくれたまえ。私が直接、聞くに堪えない弁明を聞こう。それともう一つ、抵抗するようであれば、多少の暴行も許可する」

 そういうと、名ばかり貴族達はピンハネ・シテマスを捕えるため、この場を後にした。
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