上 下
350 / 486
悠斗の家出

第397話 鞍替えする密偵②

しおりを挟む
「ち、因みに、これすぐに答えを出さなきゃ駄目かな? じっくり考えて結論を出したいんだけど……」
「うん。大丈夫だよ! でも、答えは早めに貰えると嬉しいかな」
「あ、ああ、考える! 考えるとも!」

 正直考えるまでもないが、一応、選挙管理委員会の方にも連絡を入れなければならない。
 依頼料は低いが、一度受けた仕事である以上、報告だけはしっかりしなければ……。

 チラシを握り締めながらガン見していると、目の前にいるカイロ君はユートピア商会から幾らお給料を貰っているのだろうかと、ふと興味が湧いてきた。

「と、時にカイロ君、君はユートピア商会からいくら位のお給料を貰っているのかな?」

 俺が興味本位でそう聞くと、カイロ君は少し考える様な素振りを見せる。
 当り前だ。人に自分の給料を教えたい人なんている訳がない。
 そして、俺に近寄ると耳を貸す様言ってきた。

「あんまり教えちゃいけないんだけどね。お兄さんには特別に教えてあげる」
「お、おう……」

 俺はゴクリと喉を鳴らす。

「ボクのお給料はね。白金貨四枚だよ。絶対に言っちゃダメだからね」
「し、白金貨四枚……今の俺より高い……」

 俺の給与は月給白金貨四枚。
 当然、残業代という概念はない。

 断然、こちらの方が待遇がいい。

「決めた……俺は今の職場を辞めるっ! ユートピア商会に転職するぞっ!」

 そう決意した俺は、カイロ君に転職する事を伝える。
 密偵生活を送る事、三日目。俺はユートピア商会に転職した。

 ◇◆◇

 後日、密偵から調査報告書を受け取った選挙管理委員会は頭を抱える事になる。

 調査報告書には、『ロキ、ヤシキガミ、チンジュガミ、共にSランク商人としての活動実績あり』と書かれていた。
 しかも、調査の結果、三人共、前評議員三名の推薦によりSランク商人となっているらしい。

 これでは、この者達を評議員の座から追いやる事ができない。
 選挙管理委員会として強権を振るい、法に基づき客観的な事実や証言などを基に慎重に審議した結果、当選を無効とする、という強権を振るってもいいが、相手が活動実績のあるSランク商人であれば、強権を振るうのも謀られる。

 現にSランク商人が撤退した事で衰退した国もあった。あれはどこの国の王都であっただろうか……。
 名ばかりのSランク商人であれば、幾らでもやりようがあったものを……。

 この様な調査報告書が上がってきてしまえば仕方がない。
 私は苦々しい表情を浮かべながら、報告書を握り潰すと仕方がなく開票結果を名簿に書き込んだ。

 代表:ロキ
 執行:バグダッド
 情報:ヤシキガミ屋敷神
 知識:ハメッド
 財務:クレディスイス
 戦略:チンジュガミ鎮守神
 技術:ユウト悠斗
 監査:マスカット

 商人連合国アキンドの半数の議席数を得たユートピア商会は、更なる躍進を遂げる事になるがそれは別のお話。

 ◇◆◇


 マリエハムン迷宮に籠る事七日目。
 ユートピア商会の面々が働いている最中、悠斗は一人、ペンションの外に設置したハンモックに揺られていた。

 吹き抜ける風は心地よく、森林の木立から注がれる木漏れ日が眩しい。
 一週間前は、こんなにも穏やかな日常を送る事ができるとは思いもしなかった。

 森の中を見てみるとユニコーンとバイコーンが駆け回り、ゴールドシープとシルバーシープが草を食べている。何とも微笑ましい光景だ。

「ああ、癒される……」

 これが森林浴か……。
 森から放出されるマイナスイオンが荒んだ俺の心を癒してくれる。

 しかし、こんなに休んでしまっていいものだろうか。
 なんだか急に心配になってきた。

 俺はマリエハムン迷宮で手に入れた『王座フリズスキャールヴ』に座ると、フェロー王国王都にあるユートピア商会を覗き見る。
 すると、笑顔で働く従業員の姿やお客さんの姿が目に付いた。
 少し前までとは違い、王都に活気が戻ってきた様に感じる。

 フェロー王国の国王シェトランドも喜んでいる事だろう。

 次に商人連合国アキンドに視線を向けると、鎮守神が影分身と共に仕事をしていた。
 流石は鎮守神、俺よりも多くの書類を淡々と処理している。
 俺が家出する前に、出された大量の書類、もしかして、あれでも気を使ってくれていた方だったのだろうか。

「…………」

 いや、仕事の事を考えるのは止めよう。
 今の俺は休暇中。

 ハンモックに揺られながら心を癒すのが、今の仕事だ。

『王座フリズスキャールヴ』から離れると、俺は再びハンモックに揺られる。
 ハンモックに揺られる事、数十分……。

「寂しい……」

 寂しさを紛らわす為、『影精霊』を三体召喚して遊園地で遊び、モフモフに癒され、新鮮な野菜を取っては切って食べ、ハンモックに揺られながら睡眠を摂る。
 静かな場所で快適なスローライフを送っていた訳だけど、流石に一人でいるのは寂しくなってきた。

「やっぱり、そろそろ帰ろうかな……」
「そう言って頂けるのをお待ちしておりました」
「えっ!?」

 俺がハンモックからゆっくり起き上がると、目の前に屋敷神がいた。

「屋敷神……」

 家出した手前なんだか気まずい。
 俯いていると、屋敷神が俺の頭を撫でた。

「久しぶりの休暇はゆっくり過ごせましたか?」
「う、うん」
「それはよかった。元気そうで何よりです」
「……屋敷神は家出した事を怒ってないの?」

 俺が恐る恐る聞いて見ると、屋敷神は笑顔を浮かべながら呟いた。

「ええ、突然の事で心配しましたが、怒ってはおりません。鎮守神についてもそれは同様です。さあ、ユートピア商会に戻りましょう」
「うん」

 俺は屋敷神の手を取ると、ユートピア商会に戻る事にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。

拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~

荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。 ========================= <<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>> 参加時325位 → 現在5位! 応援よろしくお願いします!(´▽`) =========================  S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。  ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。  崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。  そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。  今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。  そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。  それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。  ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。  他サイトでも掲載しています。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。