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悠斗の家出

第396話 鞍替えする密偵①

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 そう。何を隠そう見張っている事がバレているのだ。
 朝昼晩になると、ユートピア商会で働く子供が、大人を連れてお弁当を運んでくる。

 お弁当には、『選挙管理委員会の密偵さんへ。今日もお仕事お疲れ様です。お仕事、頑張って下さい』と書かれた手紙が挟まれている。

 バレている。
 もうこれは完全にバレていると見ていいだろう。
 密偵している意味がまるでない。

 っていうか密偵って、なんだっけ?
 なんだか無駄な事をやっているんじゃないかという気分になってきた。
 いや、確実に無駄な事をやっている。

 しかし、選挙管理委員会からの要請があった以上、仕方がない。
 だと無駄だと分かっていても、取り敢えず調査しなければ……。


 密偵生活二日目

 朝六時から張り込みをしていると、ユートピア商会の従業員がお弁当を持って来てくれた。

「お兄さーん! 密偵ご苦労様です!」
「う、うん……。ありがとう。もしかして、お弁当の差し入れかな?」
「うん! 今日はお兄さんが頑張って密偵できる様に、オークとミノタウルスの肉とニンニクの茎を甘辛く焼いたスタミナ弁当を持ってきたよ! お仕事大変だろうけど頑張ってね!」
「う、うん……ありがとう……」

 この子の名前は、カイロ君というらしい。
 付き添いでカイロ君の父親も来ている。

 俺はカイロ君の父親にペコリと頭を下げると、お弁当を受け取った。
 お弁当からいい匂いが漂ってくる。

「それじゃあ、お兄さん! 密偵、頑張ってね!」
「ああ、ありがとね……でも、そんなに大きな声で言わないでくれると嬉しいかな……」

 カイロ君はそう言うと、手を大きく振りながらユートピア商会に戻って行った。
 俺は呆然と立ち尽くすと、弁当を置き、自分の身体をペタペタ触る。

 おかしい……ちゃんと、『透明化』の魔法がかかっている。
 にも拘らず、何故、俺の居場所が分かるんだ?

 それこそ希少な『鑑定』スキルを持っていたり俺よりも遥か上のレベルでなければ、俺の事を認識する事は不可能な筈。
 ユートピア商会……噂には聞いていたが、恐ろしい商会だ。

 そんな事を考えながらお弁当の封を切る。
 臭いの強い物は密偵に向かない食べ物なのだが……。
 一日目からもうバレている。
 別に構いやしないか……。

 そう考えた俺はスタミナ弁当を手に取ると、割り箸を割りスタミナ弁当を口にした。

 スタミナ弁当を食べ終えた俺は、密偵として仕事を開始する。俺の仕事は今回初出馬にして代表評議員に選ばれたロキの事を調べ、選挙管理委員会に報告をあげる事……しかし、ロキについて調べるも、まるで情報が見当たらない。

 分かっている事といえば、このロキという人物がフェロー王国を拠点としている事、そして、教会と深い繋がりがある事の二点だけだった。

 初めは教会でロキの事を調べようとも思ったが、すぐに思い直した。
 このロキという人物は、現教皇ソテルと深い繋がりがあるらしい事がわかったのだ。
 しかもこの事は、教会の中では割と有名な話らしい。
 そして、今の教会は昔と違ってガードが強い。
 入信者として忍び込もうとも、密偵として忍び込もうともしたが駄目だった。

 聖モンテ教会の入信者はまず、近くの教区教会に送られてしまう事が分かったのだ。教皇ソテルと深い繋がりのあるロキについて調べようという時に教区教会になんて行ってられない。

 入信者として忍び込む事を諦めた俺は、教会に密偵として潜入を試みたが、俺の第六感が急に警鐘を鳴らした事で断念した。
 教皇ソテルはクレイジーだ。
 万が一、密偵として潜入している事がバレたら殺されるか、洗脳されてしまうかのどちらかだろう。
 俺はまだ死にたくない。

 仕方がないと、ここにきた訳だが、ここはここでおかしな所だった。まず潜入しようにも、邸宅内に入る事ができないのだ。
 まるで見えない壁でもあるかの様に、一歩たりとも足を踏み入れる事はできない。

 仕方がなく聞き込みをするも、ロキに関する情報が全くない。
 普通、生活を送っていれば、噂話の一つ位ありそうなものだが、ロキに関して一切情報がなかった。
 不思議なものだ。

 だからこそ、ロキが住むとされる邸宅前に陣を張り待ち構えている訳だが、陣を張って数刻、張り込んでいる事がバレてしまう。

 なんとユートピア商会の従業員がお弁当を差し入れて来たのだ。『透明化』しているにも関わらずの差し入れ……これには驚かれた。

 手渡された弁当も初めは毒でも入っているものと思い、食べずにいたら怒られた。

 食べ物は大切にしなければいけないとマジギレだ。
 しかも、カイロと名乗る子供の従業員に怒られたのである。

 仕方なく食べると、普通に美味かった。
 毒も入っていない様だ。

 今食べている弁当もまた美味い。
 密偵というのがバレているにも関わらず、弁当を差し入れられ、それをパクパク食べる俺。

 俺は一体、何しにここに来たんだ?
 なんだかよく分からなくなってきた。


 密偵生活三日目

「密偵のお兄さん! お弁当持って来たよ!」

 今日もカイロ君が弁当を持ってくる。

「えっ、うん。ありがとう。でも、密偵って呼ば……まあいいか……」

 もう密偵だとバレている。
 もういっその事、この子に聞いてみるか。
 俺はカイロ君から弁当を受け取ると、調査対象ロキについて質問してみる事にした。

「なあ、カイロ君。ここにロキという人が住んでいると思うんだけど、知らないかな?」
「ロキ? うん、ロキさんならここに住んでいるよ!」
「本当かいっ!?」

 ダメ元で聞いてみて正解だった。

「うん。でもこの邸宅に篭ったっきりであまり出てこないから詳しくは知らないかな?」
「そ、そっか……」

 まあそうだよな……密偵である俺がこんなに苦労しても情報を集める事ができないんだ。
 幾らユートピア商会で働く従業員の一人とはいえ知らないというのも頷ける話だ。

「あっ! そういえば今日はお兄さんに渡すものがあるの! はい、これ見て興味があったらボクに教えてね!」
「う、うん。なんだいこれは……」

 カイロ君から渡されたチラシに視線を向けると、そこにはこんな事が書かれていた。

 --------------------------------------
 急募! 年齢不問! 研修あり!
 誰にでもできる簡単な密偵のお仕事です。
 経験者優遇! 即戦力募集中!
【採用数】
 一名
【月収】
 基本給:白金貨十枚以上(昇給年一回、賞与年二回)
【仕事内容】
 密偵、暗殺
【勤務時間】
 八時間労働
【休日】
 週休2日(シフト制)
【待遇】
 時間外手当あり
 退職金制度あり
 社宅・家賃補助あり
 その他各種手当あり
 服貸与
 --------------------------------------

 いや、誰にでも簡単にできねーよ!
 密偵という仕事舐めすぎだろっ!

 採用人数一名って、完全に俺をヘッドハンティングしに来てるじゃねーか!
 しかも、基本給白金貨十枚!?
 残業代まで付くのっ!?

 選挙管理委員会で密偵の依頼を受けるより割がいいじゃないか!
 心の中でそう叫ぶと、俺はそのチラシをガン見する。
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