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第1章 城塞都市マカロン
第28話 塩でできた贖罪の十字架
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(――いや、なにやってんのぉぉぉぉ⁉︎ あんなに圧倒的だったじゃん。あんなに圧倒的だったじゃん⁉︎)
ヒナタの心の声を受け、テールスが心の中で反応を示す。
――いやー、油断しました。まさか、彼が私を助けるためにタックルを仕掛けてくるとは思いもせず……。腰の入ったいいタックルでしたね。亜種ゴブリンの攻撃を受け流す体勢は整えていたのですが、まさか守るべき対象により気絶させられるとは……――
テールスとしても、モーリーの行動は理外。
亜種ゴブリンの攻撃を受け流すことに集中するあまり、他のことが疎かになっていたようだ。
(じゃあ、どうするのっ!? 領主様は「奴は私が片付ける。命を賭してでもな……」とか言ってるし、モーリーさんはモーリーさんで「親父、それまで死ぬんじゃないぞ」とか言ってて、なんだか、圧倒的に劣勢みたいな感じなんですけどぉぉぉぉ??)
事実、圧倒的に劣勢なのだろう。
ハードリクトのスキルで生み出した城壁の巨人を、ものともしない膂力。
そして、魔力を操り相手をハーフゴブリン化させるスキル。
いくらハードリクトが常識を超えた力を持っていようとも、亜種ゴブリンに進化したマスを倒すのは難しい。と、いうより相性が悪い。
それ所か、ハードリクト自身がハーフゴブリン化してしまう可能性すらある。そうなれば、城塞都市マカロンはお終いだ。
息を切らしながらも懸命に走るモーリー。
「――はあっ、はあっ……! 親父、待ってろよ。ヒナタを安全な場所に送り届けたらすぐに戻る。死んだら絶対に許さないからなっ!!」
モーリーも、ハードリクトでは、亜種ゴブリン化したマスに敵わないことが心の中ではわかっているのだろう。
ヒナタを抱え、走るたびに涙の粒がヒナタに落ちる。
流石に、これ以上は見ていられない。
――ズガァァァァンッ!!
そう思った瞬間、空に向かって黒閃が伸びる。
あの黒閃は、マスが放ったものに違いない。
城壁の巨人が現れては、切り崩され、現れては切り崩されていく。
ハードリクトの圧倒的な劣勢。しかし、モーリーは振り返らない。
ハードリクトは、命を賭してでも、マスを片付けると宣言した。
それが例え虚勢であったとしても、モーリーはハードリクトの言葉を信じて走り続ける。
――ズガァァァァンッ!!
――ズガァァァァンッ!!
雷鳴のように轟く衝突音。
その音がふと止むと、走るモーリーに影が差す。
――ドシャッ!!
轟音を立て、目の前に落ちた城壁の巨人の片腕を見て、モーリーは足を止めた。
「――あ、ああ……」
城壁の巨人の片腕に付着した尋常ではない血の跡。
それを見たモーリーは思わず、膝をつく。
『――まったく、老いぼれ風情が余計な手間を……』
声がした方向に視線を向けると、そこには、腹を剣で貫かれ片腕を失ったハードリクトと、それを見て笑うマスの姿があった。
背後には、幽鬼的に彷徨う倒したはずのゴブリンの姿もある。
「う、嘘だろ……」
『さあ、鬼ごっこはここまでだ。邪魔者は片付いた。2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうか……』
2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうと言うからには、まだ生きているのだろう。しかし、串刺しとなったハードリクトの姿を見るに、いつ死んでもおかしくない。
『――だが、その前に……。モーリーよ。その小僧を私に差し出せ……。その小僧はこの私に恐怖を刻み付けた。決して、生かしておく訳にはいかない。もし断われば……』
マスが剣に刺さったハードリクトに視線を向けると嗜虐的な表情を浮かべる。
明らかに良からぬことを考えているとわかる顔だ。
要求を聞き入れた所で、助かるのは僅かな時間。自分の父親か、赤の他人のどちらを助けるか選択を迫られたモーリーはマスの要求を即座に跳ね除ける。
「……断る。いくら劣勢に追い込まれようとも、マカロンを治める領主一族である俺が守るべき民を差し出す訳がないだろ!」
『ほぅ……』
モーリーの返答を聞き、マスはニヤリと笑う。
『……ならば守ってみせろ。どの道、お前ら2人はもう間もなくハーフゴブリンに変質する。この私の魔眼の力によってな』
領主一族がハーフゴブリン化し、守るべき民を虐殺する。それもまた一興というもの。
マスが魔眼の力を使い、モーリーの体に魔力を集中させると、モーリーはヒナタを地面に落とし、頭を抱えて苦しみ出す。
「――あああああああああああああああああっ‼︎」
『ゲゲゲッ! いいぞッ! 泣けェ! 叫べェ! ハーフゴブリンに進化し、幽鬼となったゴブリンと共に親愛なる領民を皆殺しにしろォォォォ‼︎』
悶え苦しむモーリーと、愉悦に満ちたマスの声。それを目覚ましがわりに、地面に落とされたヒナタの体がピクリと動く。
「『――あー、痛いですね。昔の家電は叩けば直ると言いますが、まさか、このような方法で私を叩き起こすとは思いもしませんでした……』」
そして、苦言を呟き、頭を軽く抑えながら立ち上がると、マスは顔を引き攣らせる。
『き、貴様……! 気絶していたのではなかったのか……』
マスの反応を受け、テールスは首を傾げる。
当然、気絶していた。そんなことは見ればわかるだろう。
「『――ちょっと、なにを言っているのか意味がわからないのですが……。とりあえず、それを止めて頂いてもよろしいですか?』」
フィンガースナップをきかせ、そう言うと、マスの腹が異常に膨れ上がり痛みが走る。
『――うっ⁉︎ うごごごごごごッ……⁉︎ ま、まさか……。まさか、まさか、まさか、まさか、これは……‼︎』
既視感のある腹の痛み。
思わず、串刺しにしたハードリクトごと剣を落とし、膝をつくと、モーリーのハーフゴブリン化が止まる。
「『あなたの体内に生のニンニクを100個創造しました。いかがですか? 活力満点のニンニクを体内に創造された気分は……』」
『ぎ、ぎざまァァァァ!』
まさに腸内細菌ジェノサイド。
想像を絶する腹の痛みを受け、マスは絶叫を上げる。
テールスは、生のニンニクを体内に創造され苦しむマスの近くに寄ると、腹に剣が刺さったままのハードリクトを抱えて救出する。
「――ヒナタ君っ!」
すると、丁度よく応援が駆け付けた。
「『確か……。えーっと……』」
うる覚えなテールスの記憶力。
(いや、コリーさんだよ!)
それを補完するように、心の中でヒナタが声を上げる。
「『ああ、そうでした。そうでした。コリーさんでしたね。もちろん、覚えていましたよ? ちょっと、ド忘れしていただけで……』」
テールスはヒナタに軽く言い訳をすると、駆けてきたコリーにハードリクトと、モーリーを引き渡す。
「『コリーさん。2人のことをお願いします』」
ハードリクトは見ての通り重症だ。
加えて、モーリーもマスのスキルの影響でハーフゴブリン化が進み疲労困憊。
「ヒナタ君……。これは一体……。いや、今は……!」
「『ええ、そんなことを言っている場合ではありません。ですので、2人のことは任せます。私はあの者たちの対処を……』」
ハードリクトとモーリーの二人をコリーに預けると、テールスはマスと幽鬼的に虚ろうゴブリンに視線を向ける。
『ゲゲゲ……! やれるものならやって見ろ……! このゴブリン共は既に死んでいる。私ならばいざ知らず、貴様では止めることはできん。行けェェェェ! ゴブリン共ッ! 誰彼構わず皆殺しにしろォォォォ! ウッ……!? グォォォォォォォォ!???』
腹が猛烈に痛いのだろう。
マスは汗をだらだら流し、腹を抱えながらなけなしの声を上げる。
すると、マスの不甲斐ない姿とは裏腹に死鬼と化したゴブリンたちはマスの命令に従いテールスに襲い掛かる。
そして、一部のゴブリンは、誰彼構わず皆殺しにするため、市街地に向かって侵攻を始めた。
「『おやおや、これは困りましたね。こうも広範囲に分散されては、スキルを使用するにしても、この体に大きな負担が……』」
ゴブリンが密集してくれているのであればいざ知らず、一部のゴブリンは市街地に向かって侵攻を始めた。
これ以上の大規模なスキル発動はヒナタの体に障る。
困惑気味にそう呟くと、ヒナタが慌て気味に答える。
(いやいやいやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ! 俺の体のことはいいから、あのゴブリンをなんとかしてぇぇぇぇ!)
マカロン最大戦力のハードリクトは戦闘不能。兵士もハーフゴブリンの捕縛に手一杯のはずだ。
なにより、自分に迫るゴブリンの大群。
マスは相当、テールスのことを危険視しているらしい。
「『――おや、よろしいのですか? わかりました。それでは特別に私の力のほんのごく一部を見せて差し上げましょう』」
ヒナタの了解を得たテールスが、マスをあざ笑うかのように口元を緩ませると、『パチン』と指を弾く。
「『いきますよ? 塩の清らかさを知りなさい。岩塩氷河』」
そう呟くと、清涼な空気が流れ、死鬼と化したゴブリンが次々と内側から破裂し、血に塗れた巨大な塩の塊ができていく。
それはまるで、地上の氷河。血に塗れた白い墓標のよう……。
ゴブリンすべてが破裂し、巨大な塩の塊に置き換わっていくのを見て、マスは目を丸くする。
『……はっ? へっ??』
視認できる範囲にいるゴブリンすべての体内を捕捉しての岩塩氷河。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、マスは呆然と呟く。
(――な、なんなんだ……。なんなんだ、なんなんだよ、コイツはァァァァ!? っていうか、塩の清らかさを知りなさいってなに?? ゴブリンの内側に巨大な塩を創造して爆散させただけじゃないかァァァァ!)
もはや、清らかさなど全く関係ない。
ただ清らかな塩をゴブリンの体内に創造し、体の内側から外側に向けて巨大化させただけの純然たる物理。
(――こ、こんなのズルい。反則だ。勝てる訳が……)
腹を抱えて怯えるマスに近付くと、テールスは近くに座る。
「『さて、そろそろ終わりにしましょうか』」
その瞬間、マスは土下座する。
『ず、ずいまぜんでじだ……。ちょっと、ゴブリンに進化したばかりで気分が高揚していたんです。今は反省しています。死ぬほど反省しています! だから、命だけは……。命だけは……ッ!』
生きるか死ぬか。デッドオアアライブな状況に立たされたマスは、意地やプライドを投げ捨て懇願する。
(今だけ……。今だけの辛抱だ。この化け物から逃れることさえできれば、後はどうとでもなる……)
テールスとの力量差は、マスが思わずそう考えてしまうほど、大きい。
(どうせ、人間の寿命は百余年……。マカロンの再侵攻は、こいつが死んでからでもいい。ここは一度諦めた振りをして体勢を立て直す)
ゴブリンと比べて、人間の寿命はあまりに短い。今は辛酸を舐めてでも生き残ることを優先するフェーズだ。
(それに人間はゴブリンと比べると比較的甘い性格をしている。ちょっと涙を流して、土下座すれば許してくれるはずだ……。なにより、私のスキル『扇動』によりこいつの思考はその方向に進んでいるは……)
そんなマスの浅はかな考えを見通し、テールスは呟くように言う。
「『……あなたがなにを期待して、スキルを発動させているのかは知りませんが、黄泉への手向けに1つだけ教えて差し上げましょう。神である私にそれは効きません。そして、あなたはやり過ぎました。あなたに壊されたものは元に戻らず、亡くした命も戻りません。故に、あなたは罰を受ける必要があります』」
『(ば、馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!? スキルが効いていないだとォォォォ!?)な、なんの権利があって……』
辛うじて出た言葉。
マスの問いに、テールスは優しく答える。
「『権利義務の問題でありません。強いて言うのであれば応報的な考えというものでしょうか? 撃っていいのは撃たれる覚悟のある方だけです。自分だけ安全な場所にいて、相手を危険や恐怖にさらすのは道理に合わない。その点において、私はあなたのことを評価しているのですよ?』」
『ひ、評価だと……』
なにを言っているのかわからず、そう呟くと、マスにとって非情な回答が返ってくる。
「『ええ、だって、あなたはここにいるではありませんか。持っているのでしょう? 討たれる覚悟を……』」
『――ヒッ!? 嫌だ……。嫌だァァァァ!!』
テールスがそう呟くと、マスは顔を強張らせ、腹を抱えながら逃げ惑う。
「『――どうやら、撃つ覚悟はあっても、討たれる覚悟は持ち合わせていなかったようですね』」
テールスは、ため息を吐くと、親指と人差し指の先を合わせる。
「『残念です。罪人マスよ。この地に住む者たちに代わり、私があなたに裁きを与えます。悔い改めなさい。塩でできた贖罪の十字架』」
『――ヒッ!? ヒギャアアアアッ!???』
――パチンッ!
そう指を弾く音が響くと、マスの体が内側から弾け飛び巨大な十字架が姿を現した。
ヒナタの心の声を受け、テールスが心の中で反応を示す。
――いやー、油断しました。まさか、彼が私を助けるためにタックルを仕掛けてくるとは思いもせず……。腰の入ったいいタックルでしたね。亜種ゴブリンの攻撃を受け流す体勢は整えていたのですが、まさか守るべき対象により気絶させられるとは……――
テールスとしても、モーリーの行動は理外。
亜種ゴブリンの攻撃を受け流すことに集中するあまり、他のことが疎かになっていたようだ。
(じゃあ、どうするのっ!? 領主様は「奴は私が片付ける。命を賭してでもな……」とか言ってるし、モーリーさんはモーリーさんで「親父、それまで死ぬんじゃないぞ」とか言ってて、なんだか、圧倒的に劣勢みたいな感じなんですけどぉぉぉぉ??)
事実、圧倒的に劣勢なのだろう。
ハードリクトのスキルで生み出した城壁の巨人を、ものともしない膂力。
そして、魔力を操り相手をハーフゴブリン化させるスキル。
いくらハードリクトが常識を超えた力を持っていようとも、亜種ゴブリンに進化したマスを倒すのは難しい。と、いうより相性が悪い。
それ所か、ハードリクト自身がハーフゴブリン化してしまう可能性すらある。そうなれば、城塞都市マカロンはお終いだ。
息を切らしながらも懸命に走るモーリー。
「――はあっ、はあっ……! 親父、待ってろよ。ヒナタを安全な場所に送り届けたらすぐに戻る。死んだら絶対に許さないからなっ!!」
モーリーも、ハードリクトでは、亜種ゴブリン化したマスに敵わないことが心の中ではわかっているのだろう。
ヒナタを抱え、走るたびに涙の粒がヒナタに落ちる。
流石に、これ以上は見ていられない。
――ズガァァァァンッ!!
そう思った瞬間、空に向かって黒閃が伸びる。
あの黒閃は、マスが放ったものに違いない。
城壁の巨人が現れては、切り崩され、現れては切り崩されていく。
ハードリクトの圧倒的な劣勢。しかし、モーリーは振り返らない。
ハードリクトは、命を賭してでも、マスを片付けると宣言した。
それが例え虚勢であったとしても、モーリーはハードリクトの言葉を信じて走り続ける。
――ズガァァァァンッ!!
――ズガァァァァンッ!!
雷鳴のように轟く衝突音。
その音がふと止むと、走るモーリーに影が差す。
――ドシャッ!!
轟音を立て、目の前に落ちた城壁の巨人の片腕を見て、モーリーは足を止めた。
「――あ、ああ……」
城壁の巨人の片腕に付着した尋常ではない血の跡。
それを見たモーリーは思わず、膝をつく。
『――まったく、老いぼれ風情が余計な手間を……』
声がした方向に視線を向けると、そこには、腹を剣で貫かれ片腕を失ったハードリクトと、それを見て笑うマスの姿があった。
背後には、幽鬼的に彷徨う倒したはずのゴブリンの姿もある。
「う、嘘だろ……」
『さあ、鬼ごっこはここまでだ。邪魔者は片付いた。2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうか……』
2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうと言うからには、まだ生きているのだろう。しかし、串刺しとなったハードリクトの姿を見るに、いつ死んでもおかしくない。
『――だが、その前に……。モーリーよ。その小僧を私に差し出せ……。その小僧はこの私に恐怖を刻み付けた。決して、生かしておく訳にはいかない。もし断われば……』
マスが剣に刺さったハードリクトに視線を向けると嗜虐的な表情を浮かべる。
明らかに良からぬことを考えているとわかる顔だ。
要求を聞き入れた所で、助かるのは僅かな時間。自分の父親か、赤の他人のどちらを助けるか選択を迫られたモーリーはマスの要求を即座に跳ね除ける。
「……断る。いくら劣勢に追い込まれようとも、マカロンを治める領主一族である俺が守るべき民を差し出す訳がないだろ!」
『ほぅ……』
モーリーの返答を聞き、マスはニヤリと笑う。
『……ならば守ってみせろ。どの道、お前ら2人はもう間もなくハーフゴブリンに変質する。この私の魔眼の力によってな』
領主一族がハーフゴブリン化し、守るべき民を虐殺する。それもまた一興というもの。
マスが魔眼の力を使い、モーリーの体に魔力を集中させると、モーリーはヒナタを地面に落とし、頭を抱えて苦しみ出す。
「――あああああああああああああああああっ‼︎」
『ゲゲゲッ! いいぞッ! 泣けェ! 叫べェ! ハーフゴブリンに進化し、幽鬼となったゴブリンと共に親愛なる領民を皆殺しにしろォォォォ‼︎』
悶え苦しむモーリーと、愉悦に満ちたマスの声。それを目覚ましがわりに、地面に落とされたヒナタの体がピクリと動く。
「『――あー、痛いですね。昔の家電は叩けば直ると言いますが、まさか、このような方法で私を叩き起こすとは思いもしませんでした……』」
そして、苦言を呟き、頭を軽く抑えながら立ち上がると、マスは顔を引き攣らせる。
『き、貴様……! 気絶していたのではなかったのか……』
マスの反応を受け、テールスは首を傾げる。
当然、気絶していた。そんなことは見ればわかるだろう。
「『――ちょっと、なにを言っているのか意味がわからないのですが……。とりあえず、それを止めて頂いてもよろしいですか?』」
フィンガースナップをきかせ、そう言うと、マスの腹が異常に膨れ上がり痛みが走る。
『――うっ⁉︎ うごごごごごごッ……⁉︎ ま、まさか……。まさか、まさか、まさか、まさか、これは……‼︎』
既視感のある腹の痛み。
思わず、串刺しにしたハードリクトごと剣を落とし、膝をつくと、モーリーのハーフゴブリン化が止まる。
「『あなたの体内に生のニンニクを100個創造しました。いかがですか? 活力満点のニンニクを体内に創造された気分は……』」
『ぎ、ぎざまァァァァ!』
まさに腸内細菌ジェノサイド。
想像を絶する腹の痛みを受け、マスは絶叫を上げる。
テールスは、生のニンニクを体内に創造され苦しむマスの近くに寄ると、腹に剣が刺さったままのハードリクトを抱えて救出する。
「――ヒナタ君っ!」
すると、丁度よく応援が駆け付けた。
「『確か……。えーっと……』」
うる覚えなテールスの記憶力。
(いや、コリーさんだよ!)
それを補完するように、心の中でヒナタが声を上げる。
「『ああ、そうでした。そうでした。コリーさんでしたね。もちろん、覚えていましたよ? ちょっと、ド忘れしていただけで……』」
テールスはヒナタに軽く言い訳をすると、駆けてきたコリーにハードリクトと、モーリーを引き渡す。
「『コリーさん。2人のことをお願いします』」
ハードリクトは見ての通り重症だ。
加えて、モーリーもマスのスキルの影響でハーフゴブリン化が進み疲労困憊。
「ヒナタ君……。これは一体……。いや、今は……!」
「『ええ、そんなことを言っている場合ではありません。ですので、2人のことは任せます。私はあの者たちの対処を……』」
ハードリクトとモーリーの二人をコリーに預けると、テールスはマスと幽鬼的に虚ろうゴブリンに視線を向ける。
『ゲゲゲ……! やれるものならやって見ろ……! このゴブリン共は既に死んでいる。私ならばいざ知らず、貴様では止めることはできん。行けェェェェ! ゴブリン共ッ! 誰彼構わず皆殺しにしろォォォォ! ウッ……!? グォォォォォォォォ!???』
腹が猛烈に痛いのだろう。
マスは汗をだらだら流し、腹を抱えながらなけなしの声を上げる。
すると、マスの不甲斐ない姿とは裏腹に死鬼と化したゴブリンたちはマスの命令に従いテールスに襲い掛かる。
そして、一部のゴブリンは、誰彼構わず皆殺しにするため、市街地に向かって侵攻を始めた。
「『おやおや、これは困りましたね。こうも広範囲に分散されては、スキルを使用するにしても、この体に大きな負担が……』」
ゴブリンが密集してくれているのであればいざ知らず、一部のゴブリンは市街地に向かって侵攻を始めた。
これ以上の大規模なスキル発動はヒナタの体に障る。
困惑気味にそう呟くと、ヒナタが慌て気味に答える。
(いやいやいやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ! 俺の体のことはいいから、あのゴブリンをなんとかしてぇぇぇぇ!)
マカロン最大戦力のハードリクトは戦闘不能。兵士もハーフゴブリンの捕縛に手一杯のはずだ。
なにより、自分に迫るゴブリンの大群。
マスは相当、テールスのことを危険視しているらしい。
「『――おや、よろしいのですか? わかりました。それでは特別に私の力のほんのごく一部を見せて差し上げましょう』」
ヒナタの了解を得たテールスが、マスをあざ笑うかのように口元を緩ませると、『パチン』と指を弾く。
「『いきますよ? 塩の清らかさを知りなさい。岩塩氷河』」
そう呟くと、清涼な空気が流れ、死鬼と化したゴブリンが次々と内側から破裂し、血に塗れた巨大な塩の塊ができていく。
それはまるで、地上の氷河。血に塗れた白い墓標のよう……。
ゴブリンすべてが破裂し、巨大な塩の塊に置き換わっていくのを見て、マスは目を丸くする。
『……はっ? へっ??』
視認できる範囲にいるゴブリンすべての体内を捕捉しての岩塩氷河。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、マスは呆然と呟く。
(――な、なんなんだ……。なんなんだ、なんなんだよ、コイツはァァァァ!? っていうか、塩の清らかさを知りなさいってなに?? ゴブリンの内側に巨大な塩を創造して爆散させただけじゃないかァァァァ!)
もはや、清らかさなど全く関係ない。
ただ清らかな塩をゴブリンの体内に創造し、体の内側から外側に向けて巨大化させただけの純然たる物理。
(――こ、こんなのズルい。反則だ。勝てる訳が……)
腹を抱えて怯えるマスに近付くと、テールスは近くに座る。
「『さて、そろそろ終わりにしましょうか』」
その瞬間、マスは土下座する。
『ず、ずいまぜんでじだ……。ちょっと、ゴブリンに進化したばかりで気分が高揚していたんです。今は反省しています。死ぬほど反省しています! だから、命だけは……。命だけは……ッ!』
生きるか死ぬか。デッドオアアライブな状況に立たされたマスは、意地やプライドを投げ捨て懇願する。
(今だけ……。今だけの辛抱だ。この化け物から逃れることさえできれば、後はどうとでもなる……)
テールスとの力量差は、マスが思わずそう考えてしまうほど、大きい。
(どうせ、人間の寿命は百余年……。マカロンの再侵攻は、こいつが死んでからでもいい。ここは一度諦めた振りをして体勢を立て直す)
ゴブリンと比べて、人間の寿命はあまりに短い。今は辛酸を舐めてでも生き残ることを優先するフェーズだ。
(それに人間はゴブリンと比べると比較的甘い性格をしている。ちょっと涙を流して、土下座すれば許してくれるはずだ……。なにより、私のスキル『扇動』によりこいつの思考はその方向に進んでいるは……)
そんなマスの浅はかな考えを見通し、テールスは呟くように言う。
「『……あなたがなにを期待して、スキルを発動させているのかは知りませんが、黄泉への手向けに1つだけ教えて差し上げましょう。神である私にそれは効きません。そして、あなたはやり過ぎました。あなたに壊されたものは元に戻らず、亡くした命も戻りません。故に、あなたは罰を受ける必要があります』」
『(ば、馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!? スキルが効いていないだとォォォォ!?)な、なんの権利があって……』
辛うじて出た言葉。
マスの問いに、テールスは優しく答える。
「『権利義務の問題でありません。強いて言うのであれば応報的な考えというものでしょうか? 撃っていいのは撃たれる覚悟のある方だけです。自分だけ安全な場所にいて、相手を危険や恐怖にさらすのは道理に合わない。その点において、私はあなたのことを評価しているのですよ?』」
『ひ、評価だと……』
なにを言っているのかわからず、そう呟くと、マスにとって非情な回答が返ってくる。
「『ええ、だって、あなたはここにいるではありませんか。持っているのでしょう? 討たれる覚悟を……』」
『――ヒッ!? 嫌だ……。嫌だァァァァ!!』
テールスがそう呟くと、マスは顔を強張らせ、腹を抱えながら逃げ惑う。
「『――どうやら、撃つ覚悟はあっても、討たれる覚悟は持ち合わせていなかったようですね』」
テールスは、ため息を吐くと、親指と人差し指の先を合わせる。
「『残念です。罪人マスよ。この地に住む者たちに代わり、私があなたに裁きを与えます。悔い改めなさい。塩でできた贖罪の十字架』」
『――ヒッ!? ヒギャアアアアッ!???』
――パチンッ!
そう指を弾く音が響くと、マスの体が内側から弾け飛び巨大な十字架が姿を現した。
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他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
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異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
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蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
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最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
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勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
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タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
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一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
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