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第1章 城塞都市マカロン
第3話 城塞都市マカロン
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立派な城塞都市を目の当たりにしたヒナタは唖然とした表情を浮かべ立ちつくす。
(――えっ? ホブゴブリンのボブさん。あの城塞都市を襲撃するつもりだったの⁇ 中に招き入れるって、最初から無理ゲーじゃね、これ⁇)
都市を守るようにして設置された高い壁と水堀。等間隔に設置された砲台。大門を守る兵士。
ゴブリンの肩を持つ訳ではないが、人里襲撃計画が途端にただの自殺行為にしか見えなくなってきた。人里と言っていたので、村や集落を襲うものだと錯覚していたようだ。
(――ゴブリンを城塞都市に潜り込ませるなんて絶対に無理だろ……。これ?)
緑色の肌。尖った耳。ゴブリンのゴリを見れば、それは一目瞭然だ。ゴブリンの骨格や体躯は明らかに人間のそれとは違う。
(ホブゴブリンのボブさんは、一体、どうやってゴブリンたちを中に引き入れるつもりだったんだ……? まさか、本当に人間に似たゴブリンがいるのか?)
――この世界にはスキルという概念があります。無理と決めつけるのはよくありません――
そう突然、頭に思念を送りつけてきたのは、俺ことヒナタをこの世界に強制転移させた挙句、帰すことはできないと宣った誘拐犯。
(……まだいたのか。誘拐犯)
忌々しげにそう思うと、誘拐犯は淡々とした口調で思念を送り付けてくる。
――私は誘拐犯ではありません。私にはテールスという名があります――
(テールス? まあ名前なんてどうだっていい。なんでまだこの世界にいる。俺になんの用だ……)
元の世界に帰す気が無い以上、テールスの存在はただヒナタの感情を逆撫でするだけの存在。テールスは、そんなヒナタの感情に気を留めず、飄々とした口調で告げる。
――これでも悪いと思っているんですよ? なのでしばらくの間、あなたのことをサポートしようと思いまして――
(――えっ? サポート? いや、そんなのいいよ。悪いと思っているなら、さっさと俺を元の世界に帰してくれ)
そう切実な思いを伝えると、テールスがため息を吐く音が思念として聞こえてきた。
――そうしたい所ではありますが、私の事業で不正が発覚しまして、事業の存続自体危ぶまれているのですよね――
(――はあっ? 不正? お前、なにやったんだよ?)
そう尋ねると、テールスは言い辛そうに思念を送ってくる。
――実はあなたの代わりに地球に戻ってきた魚型モンスターをがめたことがバレまして……。返そうにも、既にあの魚型モンスターは腹の中。もう返しようがありません――
(……ま、まさかお前、あの巨大魚を食べたのか? 巨大魚を食べたのか? そのせいで俺は地球に戻ることができなくなった訳じゃないだろうな?)
――ふふふっ。まあ、今のは冗談です。とはいえ、私やあなたが元の世界に戻ることができなくなったはまぎれもない事実。いずれなんとかしなければなりませんね――
ふざけた回答を聞き唖然とした表情を浮かべるヒナタ。すると、城塞都市に潜入することを不安がっていると勘違いしたゴリが、ヒナタの肩を軽く叩く。
『……まあ、安心しとけや。お前の容姿とスキルがあれば人里に潜入する位、楽勝だ』
「ゴリさん……(いや今はそんなことどうでもいい)」
しかし、口に出せない。
「それじゃあ、あの城塞都市への潜入を手伝って……」
そこまで言って、ヒナタはゴリが炭化した棍棒を持ってスイングしていることに気付く。
『……ああ、手伝ってやるよ。安心しな、殺しはしない。これからお前のことを半殺しにして城塞都市近くまで追い立てる。そうすりゃあ、あとは勝手に城塞都市から人間が出てきて中に入れてくれるって寸法だ。簡単だろう?』
ゴリがそう言い終わる前にヒナタは走り出す。
「――だ、誰か助けてぇぇぇぇ!」
『おお、いい演技だ。それじゃあ、行くぜ?』
ヒナタ必死の逃走を演技だと勘違いしたゴリは足に力を込めると、全速で逃げ惑うヒナタを追い立てる。
『――待てやゴラァァァァァ! 命置いていかんかいっ! テメェェェェ!』
「――嫌ぁぁぁぁ! 殺される。殺される。殺されるぅぅぅぅ! 誰か助けてぇぇぇぇー!」
側から見れば、ゴブリンに追いかけ回されている可哀想な青年。
『うははははっ! それじゃあ、そろそろ死ねぇい!』
「いやぁぁぁぁ!」
――ズドンッ!(砲弾が地面に着弾する音)
炭化した棍棒を振りかぶった瞬間、ゴリの近くに砲弾が着弾する。
ゴリはそれを華麗なバックステップで躱すと笑みを浮かべた。
『――グケケッ、もう砲弾を撃ってきやがったか! 名残惜しいが俺はここまでだ。潜入工作頑張れよ! もし人間じゃないってバレたり、俺たちと繋がりがあることに気付かれたら惨殺された挙句、バラバラにされ、豚の餌にされちまうだろうが、お前なら多分大丈夫だ。期待してるぜ!』
ゴリは不穏なことを言い森へと戻っていく。
(――えっ? 繋がりがあることに気付かれたら、惨殺された上、バラバラにされて豚の餌にされんの……?)
なんだか城塞都市に入りたくなくなってきた。
しかし、ゴブリンが徘徊する森の近くで野宿という訳にもいかない。
「――お、おい、大丈夫か!」
「は、はい。なんとか……」
青い瞳に整えられた金色の髪。メタリックカラーの甲冑がよく似合う髭面のデカい男。息絶え絶えなヒナタに、門番役の兵士が声をかけてくる。
「そうか。それはよかった。しかし、なんでまたゴブリンの森から……。見た所、まだ子供じゃあないか……」
「――はっ?(俺が子供……? お、おかしいな。俺って、そんなに子供っぽく見えるだろうか? 一応、20歳の大学3年生なんだけど……)
20歳にして子供扱いされたヒナタは少しだけ動揺する。
「(ま、まあ、日本人って幼く見えるというし、そんなものなのか?)……って、うん?」
色々なことがあり過ぎて全然気付かなかったが、なにやら体の様子がおかしい。
(――なんだか服がワンサイズ大きいような……)
短パンもなぜかハーフサイズの丁度いい丈になっている。
(……ど、どういうことだ、これ?)
――異世界に転移するためには、その世界毎に必ず守らなくてはならないルールがありまして――
唐突なテールスによるルール説明。
ヒナタは唖然とした表情を浮かべたまま、心の中で問い返す。
(――はっ? ルール⁇)
――はい。地球からエデンに転移させるためには、転移者保護の観点から、転移者自らが持っていた通貨をその世界の通貨に換金すること。スキルを2つ付与すること。そして、対象者の体の年齢を14歳前後にすることの3点が求められます――
(――よりにもよってなんで14歳⁉︎ 中学2年生じゃねーかっ!)
――それは14歳という多感な年頃の人間が転移転生に適しているという統計結果に基づくものです――
(――いや、それ誰が取った統計結果ー⁉︎)
「……お、おい。君、大丈夫か?」
心配そうな表情を浮かべる兵士の前で、ヒナタは魂の叫びを上げる。
「だ、大丈夫です。ちょっと、動揺しちゃって……(――百歩譲って若返ったことについては理解した。そんなことより金は……。俺の財布と通帳に入っていた金はどこにいった……!?)
転移者保護の観点から、転移者自らが持っていた通貨をその世界の通貨に換金すること。そう言うからには、ちゃんと換金されているはず……。
しかし、返ってきた答えは無情なものだった。
――残念ながら、借家と共に地球へ……――
(――ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!)
必死になって貯めたバイト代がパアである。
がっくり膝をつくと兵士が心配そうな顔をして再度、声をかけてくる。
「お、おい。本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫……。じゃないかも知れません……。全財産が無くなっちゃた見たいなので……。ははっ」
膝をつき土を握ると、ヒナタは乾いた笑みを浮かべる。
すると、見るに見かねた兵士が優しく声をかけてきた。
「……そうか。大変だったな。安心するといい。城塞都市マカロンの領主は民に寛大だ。マカロンにはモンスターに襲われ、すべてを失った者に対し、無利子無利息の貸付制度を用意している。お金を失ったというのであれば、その制度を利用するといい」
そう兵士に励まされたヒナタは、差し出された手を取り立ち上がる。
「ありがとうございます……」
「命あっての物種だ。モンスターに襲われたばかりで気が動転しているかも知れないが、詰所で詳しい話を聞かせてくれ」
「……はい。わかりました」
意気消沈したままそう呟くと、ヒナタは兵士と共に大門内部に備え付けられた詰所へ向かった。
◇◆◇
「荷物はこれだけか?」
「はい。これだけです……」
背負っていたリュックを降ろし、テーブルに置くと門番をしていた兵士二人の内、一人がリュックの中身の検分を始める。
「それでは、話を聞かせてもらおう。まあ、座ってくれ」
兵士の言葉に従い、ヒナタは椅子に座る。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は城塞都市マカロンの東門の門番、モーリーだ。さて……。まずは君の名前と年齢を聞かせてもらおうか」
「はい。枢木ヒナタ、20歳です」
名前と年齢を聞かれたので、そう答えるとモーリーはヒナタの言葉を復唱し、二度見する。
「――枢木ヒナタ、二十歳……。うん? 20歳っ⁇」
「はい。一応……(――年齢を詐称していると思っているんだろうなぁ……。多分……)」
頬をかきながらそう言うと、モーリーは困ったような表情を浮かべる。
「まあいい。文字は書けるか? もし難しいようであれば代筆するが……」
「あ、はい。多分、大丈夫だと思います」
モーリーからペンと紙を受け取ると、ヒナタはそこに名前と年齢、出身地、ゴブリンに襲われていた状況などを記載していく。
(名前は、枢木ヒナタ……。年齢、20歳っと……。出身地は……。日本でいいか、日本国東京都西葛西……。状況は、寝て起きたらなぜか森の中にいましたと……)
流石は『言語理解』異世界語でもすらすら書ける。
「書き終わりました」
「ああ、ありがとう。それでは、内容を確認させてもらおう」
紙を手渡すと、内容を確認したモーリーがまたもや困惑した表情を浮かべる。
「出身地、日本国……? 聞いたことの無い国名だな。モンスターに襲われた状況だが……。なんだこれは?」
モーリーの疑惑の視線がヒナタに突き刺さる。
「えっと、一応、本当です……」
(――俺をこの世界に転移させた張本人であるテールスのことと、借家だけ元の世界に戻っていったということは書いていない。書いた所で、頭のおかしい人だと思われ話はおしまいだ。だったら、最初から書かない方がいい)
「どうやら、元いた地球という世界からエデンの世界に迷い込んでしまったようでして……」
そう呟くと、モーリーは目を丸くした。
(――えっ? ホブゴブリンのボブさん。あの城塞都市を襲撃するつもりだったの⁇ 中に招き入れるって、最初から無理ゲーじゃね、これ⁇)
都市を守るようにして設置された高い壁と水堀。等間隔に設置された砲台。大門を守る兵士。
ゴブリンの肩を持つ訳ではないが、人里襲撃計画が途端にただの自殺行為にしか見えなくなってきた。人里と言っていたので、村や集落を襲うものだと錯覚していたようだ。
(――ゴブリンを城塞都市に潜り込ませるなんて絶対に無理だろ……。これ?)
緑色の肌。尖った耳。ゴブリンのゴリを見れば、それは一目瞭然だ。ゴブリンの骨格や体躯は明らかに人間のそれとは違う。
(ホブゴブリンのボブさんは、一体、どうやってゴブリンたちを中に引き入れるつもりだったんだ……? まさか、本当に人間に似たゴブリンがいるのか?)
――この世界にはスキルという概念があります。無理と決めつけるのはよくありません――
そう突然、頭に思念を送りつけてきたのは、俺ことヒナタをこの世界に強制転移させた挙句、帰すことはできないと宣った誘拐犯。
(……まだいたのか。誘拐犯)
忌々しげにそう思うと、誘拐犯は淡々とした口調で思念を送り付けてくる。
――私は誘拐犯ではありません。私にはテールスという名があります――
(テールス? まあ名前なんてどうだっていい。なんでまだこの世界にいる。俺になんの用だ……)
元の世界に帰す気が無い以上、テールスの存在はただヒナタの感情を逆撫でするだけの存在。テールスは、そんなヒナタの感情に気を留めず、飄々とした口調で告げる。
――これでも悪いと思っているんですよ? なのでしばらくの間、あなたのことをサポートしようと思いまして――
(――えっ? サポート? いや、そんなのいいよ。悪いと思っているなら、さっさと俺を元の世界に帰してくれ)
そう切実な思いを伝えると、テールスがため息を吐く音が思念として聞こえてきた。
――そうしたい所ではありますが、私の事業で不正が発覚しまして、事業の存続自体危ぶまれているのですよね――
(――はあっ? 不正? お前、なにやったんだよ?)
そう尋ねると、テールスは言い辛そうに思念を送ってくる。
――実はあなたの代わりに地球に戻ってきた魚型モンスターをがめたことがバレまして……。返そうにも、既にあの魚型モンスターは腹の中。もう返しようがありません――
(……ま、まさかお前、あの巨大魚を食べたのか? 巨大魚を食べたのか? そのせいで俺は地球に戻ることができなくなった訳じゃないだろうな?)
――ふふふっ。まあ、今のは冗談です。とはいえ、私やあなたが元の世界に戻ることができなくなったはまぎれもない事実。いずれなんとかしなければなりませんね――
ふざけた回答を聞き唖然とした表情を浮かべるヒナタ。すると、城塞都市に潜入することを不安がっていると勘違いしたゴリが、ヒナタの肩を軽く叩く。
『……まあ、安心しとけや。お前の容姿とスキルがあれば人里に潜入する位、楽勝だ』
「ゴリさん……(いや今はそんなことどうでもいい)」
しかし、口に出せない。
「それじゃあ、あの城塞都市への潜入を手伝って……」
そこまで言って、ヒナタはゴリが炭化した棍棒を持ってスイングしていることに気付く。
『……ああ、手伝ってやるよ。安心しな、殺しはしない。これからお前のことを半殺しにして城塞都市近くまで追い立てる。そうすりゃあ、あとは勝手に城塞都市から人間が出てきて中に入れてくれるって寸法だ。簡単だろう?』
ゴリがそう言い終わる前にヒナタは走り出す。
「――だ、誰か助けてぇぇぇぇ!」
『おお、いい演技だ。それじゃあ、行くぜ?』
ヒナタ必死の逃走を演技だと勘違いしたゴリは足に力を込めると、全速で逃げ惑うヒナタを追い立てる。
『――待てやゴラァァァァァ! 命置いていかんかいっ! テメェェェェ!』
「――嫌ぁぁぁぁ! 殺される。殺される。殺されるぅぅぅぅ! 誰か助けてぇぇぇぇー!」
側から見れば、ゴブリンに追いかけ回されている可哀想な青年。
『うははははっ! それじゃあ、そろそろ死ねぇい!』
「いやぁぁぁぁ!」
――ズドンッ!(砲弾が地面に着弾する音)
炭化した棍棒を振りかぶった瞬間、ゴリの近くに砲弾が着弾する。
ゴリはそれを華麗なバックステップで躱すと笑みを浮かべた。
『――グケケッ、もう砲弾を撃ってきやがったか! 名残惜しいが俺はここまでだ。潜入工作頑張れよ! もし人間じゃないってバレたり、俺たちと繋がりがあることに気付かれたら惨殺された挙句、バラバラにされ、豚の餌にされちまうだろうが、お前なら多分大丈夫だ。期待してるぜ!』
ゴリは不穏なことを言い森へと戻っていく。
(――えっ? 繋がりがあることに気付かれたら、惨殺された上、バラバラにされて豚の餌にされんの……?)
なんだか城塞都市に入りたくなくなってきた。
しかし、ゴブリンが徘徊する森の近くで野宿という訳にもいかない。
「――お、おい、大丈夫か!」
「は、はい。なんとか……」
青い瞳に整えられた金色の髪。メタリックカラーの甲冑がよく似合う髭面のデカい男。息絶え絶えなヒナタに、門番役の兵士が声をかけてくる。
「そうか。それはよかった。しかし、なんでまたゴブリンの森から……。見た所、まだ子供じゃあないか……」
「――はっ?(俺が子供……? お、おかしいな。俺って、そんなに子供っぽく見えるだろうか? 一応、20歳の大学3年生なんだけど……)
20歳にして子供扱いされたヒナタは少しだけ動揺する。
「(ま、まあ、日本人って幼く見えるというし、そんなものなのか?)……って、うん?」
色々なことがあり過ぎて全然気付かなかったが、なにやら体の様子がおかしい。
(――なんだか服がワンサイズ大きいような……)
短パンもなぜかハーフサイズの丁度いい丈になっている。
(……ど、どういうことだ、これ?)
――異世界に転移するためには、その世界毎に必ず守らなくてはならないルールがありまして――
唐突なテールスによるルール説明。
ヒナタは唖然とした表情を浮かべたまま、心の中で問い返す。
(――はっ? ルール⁇)
――はい。地球からエデンに転移させるためには、転移者保護の観点から、転移者自らが持っていた通貨をその世界の通貨に換金すること。スキルを2つ付与すること。そして、対象者の体の年齢を14歳前後にすることの3点が求められます――
(――よりにもよってなんで14歳⁉︎ 中学2年生じゃねーかっ!)
――それは14歳という多感な年頃の人間が転移転生に適しているという統計結果に基づくものです――
(――いや、それ誰が取った統計結果ー⁉︎)
「……お、おい。君、大丈夫か?」
心配そうな表情を浮かべる兵士の前で、ヒナタは魂の叫びを上げる。
「だ、大丈夫です。ちょっと、動揺しちゃって……(――百歩譲って若返ったことについては理解した。そんなことより金は……。俺の財布と通帳に入っていた金はどこにいった……!?)
転移者保護の観点から、転移者自らが持っていた通貨をその世界の通貨に換金すること。そう言うからには、ちゃんと換金されているはず……。
しかし、返ってきた答えは無情なものだった。
――残念ながら、借家と共に地球へ……――
(――ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!)
必死になって貯めたバイト代がパアである。
がっくり膝をつくと兵士が心配そうな顔をして再度、声をかけてくる。
「お、おい。本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫……。じゃないかも知れません……。全財産が無くなっちゃた見たいなので……。ははっ」
膝をつき土を握ると、ヒナタは乾いた笑みを浮かべる。
すると、見るに見かねた兵士が優しく声をかけてきた。
「……そうか。大変だったな。安心するといい。城塞都市マカロンの領主は民に寛大だ。マカロンにはモンスターに襲われ、すべてを失った者に対し、無利子無利息の貸付制度を用意している。お金を失ったというのであれば、その制度を利用するといい」
そう兵士に励まされたヒナタは、差し出された手を取り立ち上がる。
「ありがとうございます……」
「命あっての物種だ。モンスターに襲われたばかりで気が動転しているかも知れないが、詰所で詳しい話を聞かせてくれ」
「……はい。わかりました」
意気消沈したままそう呟くと、ヒナタは兵士と共に大門内部に備え付けられた詰所へ向かった。
◇◆◇
「荷物はこれだけか?」
「はい。これだけです……」
背負っていたリュックを降ろし、テーブルに置くと門番をしていた兵士二人の内、一人がリュックの中身の検分を始める。
「それでは、話を聞かせてもらおう。まあ、座ってくれ」
兵士の言葉に従い、ヒナタは椅子に座る。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は城塞都市マカロンの東門の門番、モーリーだ。さて……。まずは君の名前と年齢を聞かせてもらおうか」
「はい。枢木ヒナタ、20歳です」
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「――枢木ヒナタ、二十歳……。うん? 20歳っ⁇」
「はい。一応……(――年齢を詐称していると思っているんだろうなぁ……。多分……)」
頬をかきながらそう言うと、モーリーは困ったような表情を浮かべる。
「まあいい。文字は書けるか? もし難しいようであれば代筆するが……」
「あ、はい。多分、大丈夫だと思います」
モーリーからペンと紙を受け取ると、ヒナタはそこに名前と年齢、出身地、ゴブリンに襲われていた状況などを記載していく。
(名前は、枢木ヒナタ……。年齢、20歳っと……。出身地は……。日本でいいか、日本国東京都西葛西……。状況は、寝て起きたらなぜか森の中にいましたと……)
流石は『言語理解』異世界語でもすらすら書ける。
「書き終わりました」
「ああ、ありがとう。それでは、内容を確認させてもらおう」
紙を手渡すと、内容を確認したモーリーがまたもや困惑した表情を浮かべる。
「出身地、日本国……? 聞いたことの無い国名だな。モンスターに襲われた状況だが……。なんだこれは?」
モーリーの疑惑の視線がヒナタに突き刺さる。
「えっと、一応、本当です……」
(――俺をこの世界に転移させた張本人であるテールスのことと、借家だけ元の世界に戻っていったということは書いていない。書いた所で、頭のおかしい人だと思われ話はおしまいだ。だったら、最初から書かない方がいい)
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