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第1章 城塞都市マカロン
第2話 バナナを創り出すただそれだけのスキル(いや、違う)
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襲撃する予定の人里に向かう道中、案内役のゴブリンことゴリがヒナタに話を振ってくる。
『――そういえば、お前。ユニークなんだって?』
「へっ? ユニーク??」
この世界におけるユニークとは、ユニークモンスターという通常であれば生まれるはずのない突然変異したモンスターのことを指す単語。
(――ユニークってなんだ……?)
小説や漫画の知識で単語自体の意味は知ってはいるものの、咄嗟のことで頭が回らない。ヒナタは、今、思い付くユニークという単語を想像すると、話を合わせるように回答する。
「(――個性的とか、そんな感じの意味合いで言ってるのかな?)ああ、他のゴブリンからもそう言われるから、そうなのかも知れないな……」
そう言うと、ゴブリンがヒナタの顔をマジマジと覗き込む。
『――へえ、ゴブリンのユニークなんて初めて見たぜ。なるほど、それで人間のような見た目な訳か。ボブさんの所にいる同胞はユニークが多いと聞くからなぁ……』
「……えっ? あ、ああ、そうなんだよ」
(――あ、危ねー、ユニークって、特殊個体って意味だったのか……。鈍いゴブリンで助かった。しかし、どうしよう。よく考えて見れば、今から向かう人里はゴブリンの襲撃が確定している所なんだよなぁ……)
進むも地獄退くも地獄。まさに八方塞り。
そんなことを考えながら歩いていると、案内役のゴリがニヤリと笑う。
『――そうだ。人里まではまだ距離があるし、ユニークであるお前のスキルを俺に見せてくれよ。態々、人里に案内してやるんだ。別にいいだろ?』
「……えっ? スキルを見せる?」
ヒナタはこの世界に強制的に転移させられただけの人間。当然、スキルの使い方なんてわかるはずもない。
(……困ったな。そんなことを言われても、俺、スキルなんて使えないし)
困った顔をしていると、ゴブリンが笑い出す。
『……グケケッ、まあ無茶を言っている自覚はある。スキルを見せるってことは手の内を晒すことに他ならないからな……』
「そ、それじゃあ――(……あ、危なかった。スキルが使えないことがバレたらどうなることか――)」
ホッと、胸を撫で下ろすと、案内役のゴブリンが人差し指を立てる。
『……ああ、だから交換条件だ。俺も一つスキルを見せる。ネームドである俺のスキルを見せるんだ。これで対等。別にいいだろう?』
「ネ、ネームド……」
ネームドとは、個体名を持つモンスターこと。モンスターは他者から名付けと呼ばれる力の譲渡が行われると、それに伴い進化してネームドモンスターとなる。
進化は名付ける者の持つ力によって比例するため、名付ける者次第で別のモンスターと見間違えるほど外見が変化する個体もある。
そのことに思い至らないヒナタがポカンとした表情を浮かべると、案内役のゴリは首を傾げる。
『――ああ、そうだ。言ってなかったか? 俺はキングゴブリンのキンさんから名をもらい受けたネームドゴブリンのゴリ。そんでもって、これが俺のスキルだ……』
そう言うと、案内役のゴリの持っていた棍棒に火が点る。
「――こ、これは……」
ヒナタは瞬く間に燃え上がる棍棒を見て目を見開いた。
(これがスキル……すごい。初めて見た……)
驚愕といった顔を浮かべているとゴリさんは満更でもないといった表情を浮かべる。
『――触れたものを発火させる。ただそれだけのスキルだ。大したスキルじゃあない……』
(――触れたものを発火させるスキル……)
謙遜気味に言うが、これはパイロキネシスという超能力に通じるとんでもないスキル。
(ネームドとはいえゴブリンがこれほどの力を持っているなんて……)
やはりここはエデンとは程遠い殺伐とした世界のようだ。
ゴリさんのスキルを目の当たりにしたヒナタはガックリ項垂れる。
(――これが現実と創作の中のゴブリンとの違い。誰だよ。ゴブリンを雑魚キャラだと定義した奴は……。滅茶苦茶強いじゃないか……)
『……さて、それじゃあ、お前のスキルを見せてもらおうか?』
爛々としたゴリの視線がヒナタへと向かう。しかし、当然のことながらヒナタはスキルの使い方を知らない。
(どうすれば、どうすればいいんだ……。そもそも、俺に与えられたスキルってなんなんだ?)
絶体絶命の大ピンチ。
すると、頭の中に聞き覚えのある声が流れ込んでくる。
――お答え致しましょう。この世界では10歳と15歳となる月の始めにスキルが発現します――
(こ、この声はっ……。俺をこのエデンとかいう殺伐とした世界に強制転移させた元凶の……⁉︎)
ゴリに視線を向けるも、この声が聞こえているようには見えない。
むしろ『どうした? 早く俺にお前のスキルを見せてくれよ』と、催促される仕末。
「あ、ああっ、もう少しだけ待ってくれ。俺のスキルは燃費が悪いんだ」
掌を上にしてスキルを発動させる真似事をすると、ヒナタは必死になって懇願する。
(――頼む。いいから早く俺に与えられたスキルと、その使い方を教えて……。いや、できることなら今すぐ元の世界に戻してくれ!)
スキルの使い方なんてどうでもいい。元の世界に戻してくれれば、今、直面している問題すべてが解決する。
しかし、そんな期待も次の言葉により一瞬にして霧散する。
――別世界への試験転移事業は終了しています。そのため、それは不可能です――
(ぐっ……⁉︎)
ヒナタはゴリにバレぬようぐっと歯を食い縛る。
(転移事業だかなんだか知らないが、そっちの都合で勝手なことを……。なら、スキルの使い方を教えろ。そもそも、俺のスキルはなんだっ!)
勝手な言い分に苛立ちながら心の中でそう叫ぶ。するとそいつは少し間を置き、ヒナタに与えたスキルの解説を始めた。
――最初にお伝えした通り、あなたに与えたスキルは『食料創造』と『言語理解』の二つ。その名の通り食料を創造、言語を理解し体得するスキルです――
(『食料創造』と『言語理解』……それで、スキルの使い方は……?)
――言語理解については、既に発動しておりますので、食料創造についてのみ説明させて頂きたいと思います。発動方法は、想像すること……。なにをどこに出すのか指定することで想像した食料を任意の場所に創造することができます――
(そ、想像しただけで食料を創り出すスキル? な、なんだそれ……)
なんだか微妙に使えない。これから襲われる予定の人里に行かなければならないのに、食料を創り出すスキルでどうしろと言うのだろうか?
そんなことを考えていると、すぐに答えが返ってくる。
――少なくとも空腹で倒れることはなくなります――
(いや、まあ、そうなんだけど……)
それとこれとは話が別だ。
――とりあえず、手のひらにバナナの房が出るよう想像してみてはいかがでしょうか? あなたにスキルを見せろと催促したゴブリンも待ちくたびれているようですし――
(……えっ?)
そっと、案内役のゴブリンこと、ゴリに視線を向けると、指で炭化した棍棒の持ち手を叩いている。待たされてイライラしているようだ。
(……仕方がない。覚悟を決めるか。ちなみに一つ質問させてもらいたいんだけど、いいかな? なんで初めて創造する食料がバナナなの?)
バナナを創造する前にそう質問すると、ヒナタをこの世界に強制転移させた元凶は質問に対し淡々と回答する。
――ゴリラといえば、バナナでしょう? そこに理由はありません――
酷い偏見である。ゴリラの生息域とバナナの原産地は被っていない。そのため、ゴリラがバナナを好きになる以前に口にすること自体があり得ない。
そもそも、目の前にいるのはゴブリン科ゴブリン属ゴブリン種のゴリさんであって、ゴリラ科ゴリラ属ゴリラ種のゴリさんではない。
(……まあいい。とりあえず、やってみるか。出でよ。バナナ!)
掌を上に向け、その上にバナナ一房が出るよう想像する。
すると、掌に光の粒子が集まり、一房のバナナが現れた。
『――お、おおっ、こいつは……。なんだ?』
(――成功だ。筒形グローブ状の房に黄色く熟した皮。間違いない。スーパーでよく購入していた、ばしょう科の多年生植物。バナナだ)
房から1本のバナナをもぎ取ると、ゴリさんに手渡す。
「――これはバナナという果物。こうやって、皮を剥くと白い果実が現れる」
実演代わりに、もう1本バナナをもぎ取るとヒナタは皮を剥いてそのまま口に含む。
――もぐもぐ、ごっくん。(バナナを咀嚼し飲み込む音)
(――甘い。ちゃんとしたバナナだ……。あれ、よく考えてみたら今日初めて食べ物らしい食べ物を口にしたような……。バナナを食べているだけなのに、なんだか涙が出てきた)
不意に出てきた涙を拭うと、ゴリも恐る恐るバナナを口に運ぶ。
そして、一筋の涙を流した。
『――こ、こいつはうめぇ……。こんな甘いものを食べたのは初めてだ。お前が涙を流すのもわかるぜ。こいつは……』
(――鬼の目に涙とはこのことか……。いや、意味は全然違うんだろうけど……。まあいい)
「どうだ。これが、俺のスキルだ」
片手でバナナの房を持ち突き出すように前にやると、ゴリさんは感心した表情を浮かべる。
『なるほどなぁ……。バナナを創り出すスキルか。こんなうめぇものを創り出せるなんてとんでもねぇスキルだ。感心したぜ』
(――えっ? そうなんだけど、なにかがズレているような……。もしかして、ゴリさん……。俺のスキルのことを、ただバナナを創り出すだけのスキルだと勘違いしてない⁇)
しかし、ゴリさんの勘違いは止まらない。
『――また、バナナを食わせてくれよな。俺たち、友達だろ?』
(――突然の友達認定。なんだか急に、どっかの漫画のガキ大将見たいなことを言い始めた。いつから友達になったのだろうか……。まあいい。折角だ。バナナのことを気に入ったというなら……)
ヒナタはそっと、バナナの房をゴリに手渡す。
「もしよければ、このバナナを受け取ってくれ。俺はいつでもバナナを創り出すことができるからな……。それは友達の証だ」
あからさまな賄賂。しかし、賄賂をもらって喜ばない者はいない。
それがこの世界に存在せず価値のある物であればなおさらだ。
『――おお、いいのか? こんなに一杯バナナをくれるだなんて……。う、ううっ……。こ、心の友よ――!』
バナナを受け取り舞い上がるゴリ。
バナナ一房でこんなに喜ぶゴブリン初めて見た。
いや、ゴブリンを見たこと自体初めてだけど……。
「……いいって、そんなことよりも道案内。頼んだぞ」
『――ああ、任せておけ』
バナナを受け取りウキウキのゴリ。
折角なので、ホブゴブリンのボブとやらが計画している人里襲撃計画のことを聞いてみることにした。
「――そういえば、ボブさんの人里襲撃計画って、いつを予定しているんだったかな?」
そう尋ねると、ゴリはご機嫌な様子で質問に答える。
『――うん? 今日から数えて10日後の正午だよ。お前の役割は人間に紛れ、襲撃の際、同胞を中に招き入れることだ。忘れるんじゃないぞ? しかし、バナナすげぇなぁ! こんなうめぇ食べ物。キングゴブリンのキンさんだって食べたことないんじゃあないか⁇』
バナナに浮かれて聞いてないことまで正確に教えてくれるゴリ。
『――お、見えてきたようだな。あれが襲撃を予定している。人里だ』
「あれが……」
ゴリさんが示した先に見えたのは、高い壁と堀に守られた立派な城塞都市だった。
『――そういえば、お前。ユニークなんだって?』
「へっ? ユニーク??」
この世界におけるユニークとは、ユニークモンスターという通常であれば生まれるはずのない突然変異したモンスターのことを指す単語。
(――ユニークってなんだ……?)
小説や漫画の知識で単語自体の意味は知ってはいるものの、咄嗟のことで頭が回らない。ヒナタは、今、思い付くユニークという単語を想像すると、話を合わせるように回答する。
「(――個性的とか、そんな感じの意味合いで言ってるのかな?)ああ、他のゴブリンからもそう言われるから、そうなのかも知れないな……」
そう言うと、ゴブリンがヒナタの顔をマジマジと覗き込む。
『――へえ、ゴブリンのユニークなんて初めて見たぜ。なるほど、それで人間のような見た目な訳か。ボブさんの所にいる同胞はユニークが多いと聞くからなぁ……』
「……えっ? あ、ああ、そうなんだよ」
(――あ、危ねー、ユニークって、特殊個体って意味だったのか……。鈍いゴブリンで助かった。しかし、どうしよう。よく考えて見れば、今から向かう人里はゴブリンの襲撃が確定している所なんだよなぁ……)
進むも地獄退くも地獄。まさに八方塞り。
そんなことを考えながら歩いていると、案内役のゴリがニヤリと笑う。
『――そうだ。人里まではまだ距離があるし、ユニークであるお前のスキルを俺に見せてくれよ。態々、人里に案内してやるんだ。別にいいだろ?』
「……えっ? スキルを見せる?」
ヒナタはこの世界に強制的に転移させられただけの人間。当然、スキルの使い方なんてわかるはずもない。
(……困ったな。そんなことを言われても、俺、スキルなんて使えないし)
困った顔をしていると、ゴブリンが笑い出す。
『……グケケッ、まあ無茶を言っている自覚はある。スキルを見せるってことは手の内を晒すことに他ならないからな……』
「そ、それじゃあ――(……あ、危なかった。スキルが使えないことがバレたらどうなることか――)」
ホッと、胸を撫で下ろすと、案内役のゴブリンが人差し指を立てる。
『……ああ、だから交換条件だ。俺も一つスキルを見せる。ネームドである俺のスキルを見せるんだ。これで対等。別にいいだろう?』
「ネ、ネームド……」
ネームドとは、個体名を持つモンスターこと。モンスターは他者から名付けと呼ばれる力の譲渡が行われると、それに伴い進化してネームドモンスターとなる。
進化は名付ける者の持つ力によって比例するため、名付ける者次第で別のモンスターと見間違えるほど外見が変化する個体もある。
そのことに思い至らないヒナタがポカンとした表情を浮かべると、案内役のゴリは首を傾げる。
『――ああ、そうだ。言ってなかったか? 俺はキングゴブリンのキンさんから名をもらい受けたネームドゴブリンのゴリ。そんでもって、これが俺のスキルだ……』
そう言うと、案内役のゴリの持っていた棍棒に火が点る。
「――こ、これは……」
ヒナタは瞬く間に燃え上がる棍棒を見て目を見開いた。
(これがスキル……すごい。初めて見た……)
驚愕といった顔を浮かべているとゴリさんは満更でもないといった表情を浮かべる。
『――触れたものを発火させる。ただそれだけのスキルだ。大したスキルじゃあない……』
(――触れたものを発火させるスキル……)
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(ネームドとはいえゴブリンがこれほどの力を持っているなんて……)
やはりここはエデンとは程遠い殺伐とした世界のようだ。
ゴリさんのスキルを目の当たりにしたヒナタはガックリ項垂れる。
(――これが現実と創作の中のゴブリンとの違い。誰だよ。ゴブリンを雑魚キャラだと定義した奴は……。滅茶苦茶強いじゃないか……)
『……さて、それじゃあ、お前のスキルを見せてもらおうか?』
爛々としたゴリの視線がヒナタへと向かう。しかし、当然のことながらヒナタはスキルの使い方を知らない。
(どうすれば、どうすればいいんだ……。そもそも、俺に与えられたスキルってなんなんだ?)
絶体絶命の大ピンチ。
すると、頭の中に聞き覚えのある声が流れ込んでくる。
――お答え致しましょう。この世界では10歳と15歳となる月の始めにスキルが発現します――
(こ、この声はっ……。俺をこのエデンとかいう殺伐とした世界に強制転移させた元凶の……⁉︎)
ゴリに視線を向けるも、この声が聞こえているようには見えない。
むしろ『どうした? 早く俺にお前のスキルを見せてくれよ』と、催促される仕末。
「あ、ああっ、もう少しだけ待ってくれ。俺のスキルは燃費が悪いんだ」
掌を上にしてスキルを発動させる真似事をすると、ヒナタは必死になって懇願する。
(――頼む。いいから早く俺に与えられたスキルと、その使い方を教えて……。いや、できることなら今すぐ元の世界に戻してくれ!)
スキルの使い方なんてどうでもいい。元の世界に戻してくれれば、今、直面している問題すべてが解決する。
しかし、そんな期待も次の言葉により一瞬にして霧散する。
――別世界への試験転移事業は終了しています。そのため、それは不可能です――
(ぐっ……⁉︎)
ヒナタはゴリにバレぬようぐっと歯を食い縛る。
(転移事業だかなんだか知らないが、そっちの都合で勝手なことを……。なら、スキルの使い方を教えろ。そもそも、俺のスキルはなんだっ!)
勝手な言い分に苛立ちながら心の中でそう叫ぶ。するとそいつは少し間を置き、ヒナタに与えたスキルの解説を始めた。
――最初にお伝えした通り、あなたに与えたスキルは『食料創造』と『言語理解』の二つ。その名の通り食料を創造、言語を理解し体得するスキルです――
(『食料創造』と『言語理解』……それで、スキルの使い方は……?)
――言語理解については、既に発動しておりますので、食料創造についてのみ説明させて頂きたいと思います。発動方法は、想像すること……。なにをどこに出すのか指定することで想像した食料を任意の場所に創造することができます――
(そ、想像しただけで食料を創り出すスキル? な、なんだそれ……)
なんだか微妙に使えない。これから襲われる予定の人里に行かなければならないのに、食料を創り出すスキルでどうしろと言うのだろうか?
そんなことを考えていると、すぐに答えが返ってくる。
――少なくとも空腹で倒れることはなくなります――
(いや、まあ、そうなんだけど……)
それとこれとは話が別だ。
――とりあえず、手のひらにバナナの房が出るよう想像してみてはいかがでしょうか? あなたにスキルを見せろと催促したゴブリンも待ちくたびれているようですし――
(……えっ?)
そっと、案内役のゴブリンこと、ゴリに視線を向けると、指で炭化した棍棒の持ち手を叩いている。待たされてイライラしているようだ。
(……仕方がない。覚悟を決めるか。ちなみに一つ質問させてもらいたいんだけど、いいかな? なんで初めて創造する食料がバナナなの?)
バナナを創造する前にそう質問すると、ヒナタをこの世界に強制転移させた元凶は質問に対し淡々と回答する。
――ゴリラといえば、バナナでしょう? そこに理由はありません――
酷い偏見である。ゴリラの生息域とバナナの原産地は被っていない。そのため、ゴリラがバナナを好きになる以前に口にすること自体があり得ない。
そもそも、目の前にいるのはゴブリン科ゴブリン属ゴブリン種のゴリさんであって、ゴリラ科ゴリラ属ゴリラ種のゴリさんではない。
(……まあいい。とりあえず、やってみるか。出でよ。バナナ!)
掌を上に向け、その上にバナナ一房が出るよう想像する。
すると、掌に光の粒子が集まり、一房のバナナが現れた。
『――お、おおっ、こいつは……。なんだ?』
(――成功だ。筒形グローブ状の房に黄色く熟した皮。間違いない。スーパーでよく購入していた、ばしょう科の多年生植物。バナナだ)
房から1本のバナナをもぎ取ると、ゴリさんに手渡す。
「――これはバナナという果物。こうやって、皮を剥くと白い果実が現れる」
実演代わりに、もう1本バナナをもぎ取るとヒナタは皮を剥いてそのまま口に含む。
――もぐもぐ、ごっくん。(バナナを咀嚼し飲み込む音)
(――甘い。ちゃんとしたバナナだ……。あれ、よく考えてみたら今日初めて食べ物らしい食べ物を口にしたような……。バナナを食べているだけなのに、なんだか涙が出てきた)
不意に出てきた涙を拭うと、ゴリも恐る恐るバナナを口に運ぶ。
そして、一筋の涙を流した。
『――こ、こいつはうめぇ……。こんな甘いものを食べたのは初めてだ。お前が涙を流すのもわかるぜ。こいつは……』
(――鬼の目に涙とはこのことか……。いや、意味は全然違うんだろうけど……。まあいい)
「どうだ。これが、俺のスキルだ」
片手でバナナの房を持ち突き出すように前にやると、ゴリさんは感心した表情を浮かべる。
『なるほどなぁ……。バナナを創り出すスキルか。こんなうめぇものを創り出せるなんてとんでもねぇスキルだ。感心したぜ』
(――えっ? そうなんだけど、なにかがズレているような……。もしかして、ゴリさん……。俺のスキルのことを、ただバナナを創り出すだけのスキルだと勘違いしてない⁇)
しかし、ゴリさんの勘違いは止まらない。
『――また、バナナを食わせてくれよな。俺たち、友達だろ?』
(――突然の友達認定。なんだか急に、どっかの漫画のガキ大将見たいなことを言い始めた。いつから友達になったのだろうか……。まあいい。折角だ。バナナのことを気に入ったというなら……)
ヒナタはそっと、バナナの房をゴリに手渡す。
「もしよければ、このバナナを受け取ってくれ。俺はいつでもバナナを創り出すことができるからな……。それは友達の証だ」
あからさまな賄賂。しかし、賄賂をもらって喜ばない者はいない。
それがこの世界に存在せず価値のある物であればなおさらだ。
『――おお、いいのか? こんなに一杯バナナをくれるだなんて……。う、ううっ……。こ、心の友よ――!』
バナナを受け取り舞い上がるゴリ。
バナナ一房でこんなに喜ぶゴブリン初めて見た。
いや、ゴブリンを見たこと自体初めてだけど……。
「……いいって、そんなことよりも道案内。頼んだぞ」
『――ああ、任せておけ』
バナナを受け取りウキウキのゴリ。
折角なので、ホブゴブリンのボブとやらが計画している人里襲撃計画のことを聞いてみることにした。
「――そういえば、ボブさんの人里襲撃計画って、いつを予定しているんだったかな?」
そう尋ねると、ゴリはご機嫌な様子で質問に答える。
『――うん? 今日から数えて10日後の正午だよ。お前の役割は人間に紛れ、襲撃の際、同胞を中に招き入れることだ。忘れるんじゃないぞ? しかし、バナナすげぇなぁ! こんなうめぇ食べ物。キングゴブリンのキンさんだって食べたことないんじゃあないか⁇』
バナナに浮かれて聞いてないことまで正確に教えてくれるゴリ。
『――お、見えてきたようだな。あれが襲撃を予定している。人里だ』
「あれが……」
ゴリさんが示した先に見えたのは、高い壁と堀に守られた立派な城塞都市だった。
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