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第370話 土下座

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『――!?!?!?!?!?!?!?!?!?』

 丘の女巨人、セイラは突然、バックハグされた驚きと恐怖で体を強張らせる。

『だーれだ?』

 生理的嫌悪感のする男の声。
 恐る恐る背後を振り向くと、そこには、粘着質なストーカーで自分の事をまるで彼女であるかの様に扱う異常者、ララバイの姿があった。

『……っ!?』
『久しぶりだな。ちょっと見ない間に胸が大きくなったんじゃないか?』

 しかもデリカシーゼロ。
 公然とセクハラしておいて悪びれる様子もない。
 裏切者の丘の巨人は隔離されているはず……。
 ここにいるはずのないララバイの出現に、周囲の巨人も皆、面食らっている。

『……な、何でお前がここに』

 友人の一人がララバイに声を掛ける。
 しかし、ララバイはそこに人がいないかの様な振る舞いを見せる。

『すぅーはぁー、すぅーはぁー。いい匂いだ。香水でも付けているのか? それとも、俺が来る事を予期して予め付けてきてくれたとか? いやー、愛されてるなぁ、俺』
『…………っ!?』

 キチガイ過ぎてヤバい。
 ララバイは、セイラの首筋の匂いを嗅ぎ、勝手な事を抜かす。
 バックハグされたまま、背筋の匂いを嗅がれたセイラは嫌悪感で冷や汗と鳥肌が立って止まらない。

『とりあえず、あの家で話そうか。積もる話もあるし、俺、疲れているんだよね』

 指定された家は建てたばかりの新築の家。
 自分勝手が過ぎる上、顔が近くて気持ちが悪い。
 今すぐバックハグも止めて欲しい。あまりの気持ち悪さで失神しそうだ。

『……あっ』

 生理的嫌悪感が限界まで高まり、目眩がする。すると、ララバイは、目眩でふらつくセイラの体をより強く抱きしめ、臭い吐息を吐いた。

『君も疲れているんだね。でも、安心して? もう俺達を支配する霜の巨人はいない。俺の部下であるモブフェンリルが、悪い奴を皆、やつけてくれたからね。だからもう何も恐る必要はないんだ』

 いや、ある意味、霜の巨人より恐ろしいストーカーが背後にいる。
 生理的嫌悪感も止まらない。
 もはや存在そのものが、キモくて、キモくて、キモ過ぎる。
 しかも、生来持ち合わせていた虚言癖までパワーアップしている。
 息を吐く様に誰にでも分かる嘘を生理的嫌悪感を催す顔で付いてくる。

『――大丈夫? もしかして、まだ霜の巨人が怖いの?』

 圧倒的そうじゃない感。
 全然、大丈夫じゃない。
 キモさに加え、怖さまでパワーアップ。
 ララバイ自身が恐怖の対象である事が何一つ伝わらない。
 むしろ、霜の巨人より怖い。

『仕方がない。俺がその怖さを忘れさせてやるよ』

 キモくて、キモくて、キモ過ぎる。
 余りのキモさに、今度こそ本当に失神してしまいそうになる位、キモい。

『おい。いい加減にしておけよ。嫌がっているじゃないか』
『――あ?』

 友人の一人が腕を掴みそう言うと、ララバイは鬱陶しそうな視線を友人達に向ける。

『なんだ、まだいたのか。お前等、空気も読めねーのかよ。見ての通り、今、俺はセイラと親交を深めているんだ。底辺共が、邪魔するな』
『し、親交? お前、本気で言ってるのか?』
『本気も何も、お前、目が腐ってんのか? セイラが嫌がっている訳ないだろ。こいつは俺の彼女なんだからよ』

 そう言って、セイラの頭を撫でるララバイ。
 最高にサイコなサイコパスを前に、友人達は後退る。

『こ、こいつの頭の中はどうなっているんだ?』
『目が腐っているのはお前だろ……。お前の目には何が見えているんだ? 嫌がっているのが本当に理解できないのか?』
『な、何であの状況で頭を撫でたんだ?? 気持ちわるっ!?』

『……あっ? 今、お前等、なんて言った? 今、なんて言った!?』

 正論という名の罵詈雑言を受け、ララバイが唾を飛ばしながら盛大にキレ散らかす。

『――大人しく聞いていれば言いたい放題言いやがってっ! いいか!? 俺はお前等みたいな低能で、頭が悪く、ヤる事にか興味がないド底辺とは違うんだよ! 生きてる次元が違うの! 分かる? 低脳だから分からねーか? そんなんだから、霜の巨人なんかに良い様に使われるんだ、バーカァ! お前等みたいな低能は生きているだけで害。低脳は低脳らしく早くここから消えてくれよ。サッサと死ね。俺の前に二度と現れるな!』

 最高でサイコなサイコパスだけあって口が異次元に悪い。
 最早、関わりたくないレベル。
 よくこんなサイコパスを霜の巨人は支配下に置いていたなと関心するレベルの酷さだ。
 しかし、セイラをサイコパスと一緒に居させる訳にはいかない。

『御託はいいからセイラを放せよストーカー』 

 勇気を持ってそう言うと、ララバイは怒り狂う。

『何様だ、貴様ァァァァ! 俺がストーカー!? モブの分際で調子に乗るのもいい加減にしろ!』
『く、苦しい……!』

 ララバイはセイラの首に腕を通すと、怒りのまま締め上げる。

『おい。止めろ! セイラが苦しがっているじゃないか!』
『その汚い手を放せ、このサイコ野郎!』

 その言葉が琴線に触れたのか、ララバイは絶叫を上げる。

『う、うるさァァァァい! この俺に指図するなァァァァ!』

 このままでは、セイラが危険だ。
 友人達は力付くで取り押さえる為、ララバイの周囲を囲む。
 その事に気付いたララバイは、セイラを盾に声を荒げる。

『いいか貴様ら! 俺はあのモブフェンリルを部下に置いている! 霜の巨人を復活させ、以前と同様、奴隷にしてやってもいいんだぞ!? 貴様らだけじゃない! お前の家族も恋人も! 俺に逆らう者は皆、奴隷にして殺してやる!』

 目を泳がせながら発狂している。
 明らかに嘘。
 しかし、万が一もある。
 家族の命がかかっている以上、迂闊な真似はできない。

『『『……っ』』』

 悔しそうに顔を歪めると、ララバイは勝ち誇る様に笑う。

『――あははははっ! 惨めだな、低脳共が! ようやく身の程を知ったかっ! 遅えんだよ、バーカァ! 低脳の分際で焦らせやがって! 絶対許さないからな! 貴様らは貴様らのチンケな脳みそでは分からない程の、想像を絶する責め苦の果てに殺してやる! 絶対、殺してやるからなァァァァ!』
『――そ、そんな……』

 腕の中で泣きそうな表情を浮かべるセイラの顔を見て、ララバイは薄気味悪い視線を友人達に向けた。

『……だがまあ、俺も鬼じゃない。俺の言う事を実行してくれるなら許してやるよ』

 急なトーンダウン。
 ララバイの言葉を受け、友人達は揃って顔を上げる。

『――俺の前で潰し合え、最後に残った一人だけを許してやるよ』

 そう告げると、友人達は眉に皺を寄せる。
 当然だ。そんな滅茶苦茶な要求飲む訳がない。
 やはり、危険覚悟で殺しておくべきか……。
 そう考えた時、ここにいる筈のない人間の声が聞こえてきた。

「……へぇ、そう。お前の前で潰し合えば許してくれるんだぁ……。で? 何を許してくれるの? つーかさ、立場逆じゃね? 俺は、逃げれるものなら逃げて見ろとは言ったが、逃げて捕まった後、どうなるかまでは口にしてねーぞ?」

 その声を聞いた瞬間、青褪めるララバイ。
 ララバイの視線の先には、静かに佇むモブフェンリルの姿があった。

 ◇◇◇

「――ねえ、さっき俺がお前の部下であるような発言が聞こえてきたんだけど、どういうこと? 部下になった覚えがねーんだけど、お前はどう思う? ちょっと聞かせてくれない?」

 ま、拙い……。

 モブフェンリルこと高橋翔の質問に、ララバイは極度の緊張をもって答える。

『――ち、違うんです。何か誤解が……。そ、そう! 誤解があるようで、私は、あなた様の事を部下何て言った覚えは毛ほども……』

 ララバイが愚かな言い訳をすると同時に、高橋翔がボイスレコーダーのスイッチを押す。

『――もう俺達を支配する霜の巨人はいない。俺の部下であるモブフェンリルが、悪い奴を皆、やつけてくれたからね。だからもう何も恐る必要はないんだ』
『……っ!?』

 ボイスレコーダーに記録された失言を聞くにつれ、顔を青褪めさせていくララバイ

『――いいのか貴様ら! 俺はあのモブフェンリルを部下に置いている! 霜の巨人を復活させ、以前と同様、奴隷にしてやってもいいんだぞ!? 貴様らだけじゃない! お前の家族も恋人も! 俺に逆らう者は皆、奴隷にして殺してやる! 絶対、殺してやるからなァァァァ!』

 言い逃れ不能。そう認識したララバイは、セイラを放し、高橋翔の前で土下座する。

『も、申し訳ございませんでしたァァァァ!』

 ま、まさか、こんな事になるなんて……。まさか、こいつがこんな所にいるなんてェェェェ!?
 氷樹の取引は、三週間後。
 つまり、三週間、モブフェンリルは姿を表さない。
 そう思っていたから、モブフェンリルの名を出したというのに、これでは話が違う。

「……何やってんの?」
『へっ? そ、それはもうあなた様の名を勝手に騙った事に対する謝罪の為、土下座を……』

 それ以外に何があるというのだろうか。

 足りない頭でそう思考すると、高橋翔はララバイを見ながら口を開く。

「これが土下座? その割に頭が高くね?」
『……はっ?』

 意味が分からず、思わず声が漏れ出る。

 頭が高い? このモブフェンリルは、丘の巨人である俺に対し、頭が高いと言ったのか?
 いや、聞き間違いだよな?
 巨人の頭は人間の身長より遥かに高い。つまりは当たり前。
 巨人が人間に土下座すれは必然的に、巨人の頭は高い位置となる。

 ああ、もしかしたら、このモブフェンリルは、ただ感想を言っただけなのかも知れない。
 丘の巨人の頭は、人間の身長よりも遥かに高い。そうだ。そうに決まっている。

 地面に額を付けながら、様子を伺うと高橋翔は冷めた視線を浮かべている事に気付く。

「仕方がない。手伝ってやるか」
「へっ?」

 高橋翔はそう言うと、地の上位精霊・ベヒモスを召喚し、ララバイの頭を踏み付けた。

 ◆◆◆

 ビシビシビシビシッ!

 地の上位精霊・ベヒモスがララバイの頭を踏み付けると、ララバイの頭が地面にめり込んだ。

「これでよし」

 全然良くない。

『な、何で、こんな酷い事を……』

 顔が地面に埋まった状態でそう尋ねると、高橋翔はさも当然の様に言う。

「お前は土下座する時、相手に頭を見上げさせるのか? あまりに無礼だろ」
『…………っ』

 ぶ、無礼かも知れないけど、体格が違うんだから仕方がないじゃん。

 そう思った瞬間、今度はララバイの体が沈み込む。

「今、お前、体格が違うから仕方がないと思わなかったか?」
『……!?』

 思った。思ったけど……!?
 体全体を土下座ポーズで沈めるのは違うんじゃ……??

 そんな事を考えていると、今度は後頭部に足を置かれた。
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