上 下
361 / 374

第361話 落下

しおりを挟む
「おお……」

 思わず声が出た。
 まさか、闇の精霊・ジェイドを出してくるとは……。こいつ、もしかして、ゲーム世界の住人……いや、ゲーム世界に幽閉されたプレイヤーか?
 闇の精霊・ジェイドが迫り来るのを眼下に収めながら、俺は軽く手を振る。

「ジン、ジェイドを返り討ちに……。あの男とも話をしたい。ジェイドを排除後、窓の外まで連れてきてくれ」

 勿論、外のゴキブリが中に入って来ないよう措置した上で……。
 そう風の上位精霊・ジンにお願いすると、特別個室に迫るジェイドを一瞬にして風で捕らえ、バラバラにしていく。
 ジンは仮にも上位精霊。ただの精霊では話にならない。

「――じ、上位精霊だとっ!? そんな馬鹿なっ!」
「そうだな。そんな馬鹿なと嘆きたい気持ち。よく分かるよ。上位精霊を持つ相手に特攻を強いられる闇の精霊・ジェイドが可哀想だ。馬鹿な主人を持った事を嘸かし嘆いて消えていった事だろうよ」

 というより、その声。ようやく思い出した。

「こ、こんな馬鹿な事があって堪るか! う、うわぁぁぁぁあ!? 誰か、誰か助けてぇぇぇぇ!!」

 風の上位精霊に捕まり、男は上空へと舞い上がる。

「そうかそうか。助かりたいか……」

 ゴキブリが特別個室に入って来ないよう、入念に散らして貰うと、窓を少しだけ開け、窓の外まで舞い上がってきた男に視線を向ける。

「なら、俺の質問に嘘偽りなく答えなきゃなァ。もし嘘を付けば……」

 風の上位精霊・ジンに視線を向け、人差し指を下に向ける。
 その瞬間、男を上空に舞い上げていた風が止み、呆然とした表情を浮かべた後、真っ逆さまに落ちていく。

「――ぎゃああああっ!? 誰か助けてぇぇぇぇ!!」

 地上十階からの紐無しバンジーだ。
 中々、できないぞ。こんな体験…。良い機会だ。存分に楽しむといい。

「――ぎゃああああああああっ!!」
「……ジン」

 ジンに指示を出し、地面に打つかる直前で男を助けると、再び上空へ舞い上がらせる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 息も絶え絶え。紐なしバンジーを楽しんで貰えたようで何よりだ。
 地上十階に舞い戻ってきた男に俺は早速、質問する。

「さて、最初の質問だ。お前は誰だ? まずは自己紹介して貰おうじゃないか」

 俺の記憶が確かならこいつの名は……。
 すると、あろう事か、男が俺を睨み付けてくる。

「クソ野郎が、俺の名は……」

 何て反抗的な態度だろうか。
 風の上位精霊・ジンに再び視線を向け、人差し指を回しながら下に向ける。
 その瞬間、男を上空に舞い上げていた風が止み、まるでナルトに登場する体術、表蓮華の様にきりもみ回転しながら真っ逆さまに落ちていく。

「――ぎゃああああああああっ! なんで、質問に答えようとしたのになんでェェェェ!?」

 何でもクソもない。
 お前が「敵」で、「なんか反抗的」だから。それ以外の理由が必要だろうか?

 ジンに指示を出し、地面に打つかる直前で男を助けると、再び上空へ舞い上がらせる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……うぷっ」
「どうした? そんなに息を荒くして、さあ、早く自己紹介してくれ」
「ぐっ……! この外道がっ!」

 そう言うと、男はまたもや俺を睨み付けてくる。
 まさか外道に外道と言われるとは思いもしなかった。
 しかし、この男に学習能力は無いのだろうか?
 今、どちらが優位な立場に立っているか、そんな単純な事すら理解できないほど認知が歪んでいるらしい。
 仕方がない。俺としては甚だ不本意ではあるが……。

 風の上位精霊・ジンに再び視線を向け、親指を下に向ける。
 すると、ジンは宙を舞うゴキブリの大群を風のボールに閉じ込め、そこに男を放り込んだ。

「――う、うっぎゃああああああああっ!?」

 どうだ? 突然、ゴキブリ蠢く風の檻に閉じ込められた気分は……。嬉しいだろう? ゴキブリと強く触れ合う事ができて……。
 俺は優しいからな。
 三回以上連続で紐なしバンジーをさせる様な鬼ではない。
 良いだろう? 紐なしバンジーで命を危険に晒すよりゴキブリと触れ合う方が……。
 生理的嫌悪感は凄いだろうが、紐なしバンジーと比較すれば人道的だ。

「うぎゃああああ…………」

 暫くすると、男の声が途絶えた。
 どうやら気絶したらしい。
 折角、素直になる方策を練ってやったというのに軟弱な奴である。

「ジン……」

 そう呟くと、ジンはゴキブリボールの中で気絶した男を叩き起こす。

「――う、うぎゃああああああああっ!」

 するとまた、威勢のいい悲鳴が聞こえてきた。
 元気なのはいい事だ。

「さて、俺とお前、どちらが優位か理解してくれたか? そろそろ自己紹介を始めてくれ。始めてくれないと、永遠にゴキブリボールの中から出れないぞ?」

 永遠にゴキブリボールの中から出れない。
 本気で言っているのが伝わったのか、男は悲鳴を上げながら自己紹介を始める。

「お、俺はルートォォォォ!? ゲーム世界で転移組という組織の副リーダーにいた者だァァァァ!! 上級ダンジョン攻略失敗の責任を取らされェェェェ! 今は借金奴隷としてェェェェ!? ピンハネの奴隷をしているゥゥゥゥ!!」

 素晴らしい。叫びながら言っているので耳障りだが、簡潔で分かりやすい自己紹介だ。

「そうか。ルートか、久しぶりだな。元気にしてたか? 今、ピンハネの下で借金奴隷やってるのか。大変だね?」

 嫌がらせを込め他愛のない会話を始めると、ルートの絶叫がゴキブリボールから聞こえてくる。

「じ、自己紹介を終えただろォォォォ!! ここから出せェェェェ!?」

 ルートの魂が籠った絶叫。
 余程ゴキブリボールの中にいるのが嫌らしい。
 しかし、ルートは勘違いをしている。

「……お前、何か勘違いしてないか? 誰が自己紹介をしたらゴキブリボールから出してやるなんて言ったよ」

 俺は、自己紹介を始めてくれないと、永遠にゴキブリボールの中から出れないぞと言ったんだ。
 そこから出られるのは、俺が満足する回答をお前が出したその後だよ。
 そう告げると、ルートは怨嗟の声を上げる。

「――ふ、ふざけるなァァァァ!」
「ふざけてなんかいないさ。俺は至って本気だ。質問を続けよう。俺が満足する回答をすれば、早くその中から出る事ができる。次の質問だ。お前か? 東京都内でモンスターリスポーンを使った馬鹿は……?」

 モンスターリスポーンの効果範囲を考えれば、ピンハネだけが、モンスターリスポーンを使っているとは考え難い。
 複数の人間が広範囲に渡って使っていると見るべきだ。

 俺の問いにルートは絶叫を上げながら答える。

「そうだァァァァ! 俺がやったァァァァ!!」

 質問をしたら馬鹿みたいな答えが返ってきた。余裕無さすぎだろ。そうだ。俺がやったじゃねーよ。威張んな、カス。
 しかし、いちいち反応していては話が前に進まない。
 俺はつっこみたい衝動を抑えて質問を続ける。

「……お前が知るピンハネの情報を全て話せ。エレメンタル、都に散らばった奴隷の人数。戦力。目的。全てだ」

 すると、ルートは絶叫混じりに告白する。

「――ピンハネは神よりィィィィ! 人間をも収納できるアイテムゥゥゥゥ!? ストレェェェェジを賜ったァァァァ! 今は影の上位ィィィィ! 精霊であるスカジがァァァァ! 守りに付いているゥゥゥゥ! それ以外のエレメンタルは全てェェェェ! 倒されてしまったァァァァ! だから俺ら十人の奴隷がァァァァ! 呼ばれたのだァァァァ! 知っての通り俺達奴隷は元プレイヤァァァァ! 目的はお前を捕まえる事ォォォォ! 騒ぎを起こしてェェェェ! お前を誘き寄せるゥゥゥゥ! 俺はお前がここに居ると睨みここに来たァァァァ! もういいだろォォォォ!?」

 余程、ゴキブリと戯れるのが嫌らしい。
 しかし、おかしいな。自分が助かる為とはいえ、ピンハネの情報をこうもペラペラ喋り倒すとは……。
 ルートの首には、隷属の首輪が嵌っている。
 ピンハネの情報を話せば話す度、首輪が締まり苦しい筈だ。
 だが、現状、そうは見えない。

「ああ、そういう事か……」

 ピンハネの持つ闇の上位精霊・ディアボロスは、人やモンスターの精神面に多大な影響を与える事ができる存在。
 ピンハネはディアボロスの力を使い、『隷属の首輪を嵌め、個別に命令する』という煩わしい作業を省略したのか。
 隷属の首輪の特性として、首輪を嵌めた者の命令には逆らえない。
 ディアボロスに隷属の首輪を付けさせ、そのディアボロスをピンハネが操れば、結果として、ピンハネが奴隷の命令 権を握る事になる。
 しかし、そのディアボロスは俺が撃破してしまった。
 ディアボロスの撃破は、ピンハネに対し、想像以上の影響を与えた様だ。

「――ピンハネはァァァァ! 先日、大量の首輪を購入したァァァァ! どうやらこっちでの商売が上手くいってるらしいィィィィ! 稼いだ金を金銀宝石に変えェェェェ! 首輪を購入した様だァァァァ! もういいだろォォォォ!」
「ああ、そうだな……」

 十分過ぎる程の情報だ。
 しかし、ピンハネの奴……許せないな。東京都民の血税で下らない物を購入しやがって……。
 商売ってあれだろ? 東京都知事を支配下に置き、弱者救済の名の下に、ピンハネと村井が理事を務める財団法人に三兆円を投入した税金の無駄遣いの最たるもの。
 当然、その血税の中には俺が納めた税金も入っている。

「……もう用済みだ。ありがとう。ルート」

 闇の精霊を召喚し、嘘を付くこと。そして、俺に関する情報を話す事ができぬよう細工すると、風の上位精霊・ジンに視線を向ける。
 すると、風が止み、閉じ込めていたゴキブリと共にルートが絶叫を上げて地面に向かって落下していく。

「――ぎゃああああっ!? なんで……なんでぇぇぇぇ!???」

 いや、何でじゃねーだろ。
 そこら中でモンスターリスポーンを使いやがって、東京都民の迷惑を考えろ。
 自衛隊まで出動しているじゃねーかっ!
 お前等がやった事は、テロと同義。
 許される事じゃねーんだよ。

「償いの時だ。まあお前のレベルならこの高さから落ちても死ぬ事はないだろ」

 俺は鬼でも悪魔でもない。
 風の上位精霊・ジンに風量を調整して貰うと、死なず後遺症も残らないがもの凄く痛みを感じる絶妙な落ち方でルートを地上に叩き落とした。
しおりを挟む
感想 531

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~

鈴木竜一
ファンタジー
王都育ちのエリート騎士は左遷先(田舎町の駐在所)での生活を満喫する! ランドバル王国騎士団に所属するジャスティンは若くして聖騎士の称号を得た有望株。だが、同期のライバルによって運営費横領の濡れ衣を着せられ、地方へと左遷させられてしまう。 王都勤務への復帰を目指すも、左遷先の穏やかでのんびりした田舎暮らしにすっかりハマってしまい、このままでもいいかと思い始めた――その矢先、なぜか同期のハンクが狙っている名家出身の後輩女騎士エリナがジャスティンを追って同じく田舎町勤務に!?  一方、騎士団内ではジャスティンの事件が何者かに仕掛けられたものではないかと疑惑が浮上していて……

処理中です...