上 下
359 / 374

第359話 モンスターリスポーン

しおりを挟む
『課金アイテム……モンスターリスポーン』

 モンスターリスポーン。それは、その名の通り一定時間、モンスターをリスポーンさせる課金アイテム。
 転移組の元リーダーであるフィアは、チケット型の課金アイテムを手に取ると、躊躇なくそれを破り捨てる。
 その瞬間、フィアを起点として赤い円が広がっていく。
 新橋警察署を出て直ぐ『モンスターリスポーン』を使用したフィアを見て、俺こと高橋翔は戦慄とした表情を浮かべる。

「あ、あいつら……。東京都で最もやってはならない行為を初手でやりやがった……」

 フィアを起点として広がる赤い円。
 近くのマンホールがカタカタと音を立てて動き出し、下水道から何かが這い出て来る。

 しかし、上級ダンジョン攻略失敗の責任を取らされ、多額の借金と共に奴隷落ちした転移組のフィアとルートが、ピンハネの下にいたとは……。
 どうやら、ピンハネのアイテムストレージは生きた人間も格納する事ができるらしい。そうでなければ、ゲーム世界で借金奴隷をやっているフィアとルートがこちら側の世界に戻って来れる筈がない。

 ピンハネの奴隷があちらこちらで『モンスターリスポーン』を使用しているのを見て呟く。

「よし。逃げるか……」

 奴等がやったのは俺ですら実行するのを躊躇う手段。
 あんな所でモンスターリスポーンを使用すれば、何が起こるか明白だ。

 マンホールが外れ、ネズミや蝙蝠、ゴキブリを始めとした雑多な昆虫が空と地面を黒く染め上げていく光景を見て、俺は決意する。
 モンスターリスポーンはモンスターを呼び寄せるアイテムであって、モンスターを召喚している訳ではない。
 モンスターリスポーンの効果が切れたとしても、モンスターが消滅する訳ではなくモンスターはその場に留まり続ける。
 つまり、それは一度、地上に這い出てきたネズミと蝙蝠、ゴキブリを始めとした雑多な虫が自主的に地下に戻る事はほぼ無いに等しいということ。
 もはや、東京都は人が住める場所では無くなった。
 窓の外を見れば、ゴキブリと蝙蝠の大群であろう黒い靄が徐々に広がっているのが分かる。

 さっさと退院手続きをして、高層マンションにでも引っ越そう。
 少なくとも二十階以上の階層であれば、ゴキブリとの遭遇率もぐんと減る筈……。
 そんな事を考えていると、窓の外から高速でこちらに向かってくる物体の姿を目の端で捉える。
 そして、その物体が半開きの窓を素通りすると、俺の頭に引っ付いた。

「うん? 何だ……って……ぎゃぁぁぁぁああああっ!???」

 カサカサ動くゴキブリを目の端で捉え、そのゴキブリが頭の上にいると認識した俺は大人気なく絶叫を上げる。

 俺はゴキブリの類が一番嫌いなのだ。
 見るだけで吐き気がしてくるというのに、触られようものなら絶叫し、滅殺したくなる。

「――ああああぁぁぁぁ!!!! くそがぁぁぁぁああああっ!」

 そう言って、ゴキブリの胴体を掴むと、思い切り振りかぶる。
 そして、ゴキブリが外に出たのを確認すると、ぜぇはぁと息を吐きながら脱力した。

「手の平からゴキの感触が消えない。よくも……よくも俺にゴキブリを……! ゴキブリを掴ませてくれたなァァァァ!」

 体に付いたゴキブリの汚れを落とす為、速攻でシャワー室に駆け込みシャワーを浴びる。

 絶対に……! 絶対に許さん!!
 この俺にゴキブリを掴ませるだなんて万死に値する所業だ。
 いいよ。やってやんよ。
 東京都で『モンスターリスポーン』なんか使いやがって!
 ぶっ殺してやんよ!

 俺は数多の影の精霊・シャドーを召喚すると、シャンプーで頭を泡立てながら絶叫する。出し惜しみはなしだ。

「シャドォォォォさん! モンスターリスポーンで出現した害獣と害虫すべてを影の世界に送り込んでください!」

 どんなに頭に血が上っていようとも、エレメンタルへの敬意は忘れない。
 影の精霊・シャドーをありったけ召喚すると、外に解き放つ。

 シャワー室に残った俺は、ゴキブリを掴んだ手と頭を重点的に洗浄する為、ボディソープとシャンプーをひたすらプッシュし、手と頭に塗りたくった。

 ◆◇◆

「――想像以上の光景だね」

 地下から溢れ出る動物や昆虫を見て、ピンハネは薄く笑う。

「そして、私の想定通り……」

 モンスターリスポーンの効果により呼び出されたにも関わらず、虫や動物が襲いかかって来る様子はない。
 この世界には、私のいた世界でいう所のモンスターは存在しない。
 故に、モンスターリスポーンにモンスター認定され、呼び出されたとしても、近くにいる者に襲い掛かる事はない。
 中々、気持ちの悪い光景ではあるが、あくまでこれはパニックを引き起こす為に行った事……。

「さあ、どんどん行こう」

 私にとってはどうでもいい町でも、彼にとっては大事な町の筈……。
 誰しもが住んでいる町を滅茶苦茶にされれば怒り狂う。
 だからこそ、高橋翔の住んでいるこの町で大規模なパニックを引き起こした。
 大規模なパニックを引き起こせば高橋翔は必ず現れる。

「うん?」

 小さな違和感。
 ふと上を向くと、無数のエレメンタルがこちらに向かってくるのが見てとれた。
 その瞬間、ピンハネは深い笑みを浮かべる。

「ようやく来たね。会いたかったよ。高橋翔……」

 いや、正しくは、高橋翔が使役するエレメンタルか。もしやとは思っていたが、まさかこれほどまでの力を持っていたとはね。
 こちらに向かってくるエレメンタルの数は指の数に収まらない。そのすべてが影の精霊。
 おそらく、モンスターリスポーンにより呼び出された動物と虫の侵攻を止める為、ここに来たのだろう。

 だが、この私が何の対策もなくただ待ち構えているとでも思っているのだろうか。
 そんか訳ないだろ。

 アイテムストレージから『確定上位エレメンタル獲得チケット』を取り出すと、ピンハネはそれを上に掲げる。

『確定上位エレメンタル獲得チケット』とは、神よりアイテムストレージと共に授かった好きな上位精霊を獲得する事のできるチケット。
 つまり、私の奥の手だ。

「出ておいで、影の上位精霊スカジ……」

 ピンハネが上位精霊を選択すると、掲げたチケットが光を放ち、地面に人型の影が落ちる。

 ピンハネは、モンスターリスポーンにより呼び出した虫や動物を影に沈めていく影の精霊・シャドーの大群を指差すと、影の上位精霊・スカジに対して命令する。

「敵をすべて殲滅……いや、君の影の中に捕獲しろ」

 スカジの力を持ってすれば、シャドーを滅ぼす事は容易い。
 しかし、それでは高橋翔を隷属させるメリットが無くなる。
 私の手駒は奴隷と影の上位精霊・スカジのみ。高橋翔のお陰で、失った四体のエレメンタルの代償は彼自身に償わせなければならない。

 動物や虫を次々と影の世界に沈めていく影の精霊・シャドーの前に立つと、影の上位精霊・スカジは自らの影を広げ、シャドーを捕獲していく。

 影の上位精霊・スカジの影は今、ピンハネと繋がっている。
 ピンハネは、自分の影に触れると、深い笑みを浮かべた。

「……素晴らしい。影の上位精霊はこんな事までできるのか」

 影の上位精霊・スカジは自らの影に入れた者の力を共有する力を持っている。
 影の中に入るのは、初めての事だがまさか、こんなものまで持っているとは……

「何でこんな物が影の中に入っているか知らないが丁度いい。高橋翔はこちらに来ない様だし、彼がこちらに来ざる得ない状況を作らせて貰うよ。スカジ……。影の中に入っている物を東京都内に無差別でぶちまけろ」

 そう命令すると、影の上位精霊は、無数の影を高い階層の建物に投影し、影の精霊・シャドーが影の世界に沈めていたゲーム世界のゴミを投棄していく。
その瞬間、周囲で絶叫の声が上がった。

「きゃああああっ!?」
「だ、誰だっ! ビルの上から物を投棄した奴は!」
「な、なんでこんな所にっ!?」
「ゴ、ゴキブリッ!? いやぁぁぁぁ!!」

 ビルに投影された影から絶え間なく出続けるゴミに、地を這い空を飛ぶ数多の昆虫と動物。災害レベルの事象を前に、阿鼻叫喚の悲鳴が彼方此方から聞こえてくる。

「――あははははっ! 楽しい。楽しいね。影の精霊・シャドーはすべて捕らえた。早く来ないと、君の大切な居場所が滅茶苦茶になっちゃうよ!?」

 その様子を見て、ピンハネは手を広げながら狂喜した。

 ◆◆◆

「な、何が……。一体何が起こっているというの……」

 突然、緊急速報に切り替わったニュース画面。大量のゴミと、ゴキブリを始めとした虫、ネズミや蝙蝠に覆い尽くされた新橋の様子を見て、東京都知事である池谷は絶句していた。

 ただでさえ、色々な問題に追われ気持ちに余裕が無くなっているというのに、これは……。

 前例のない大災害を前にして池谷は混乱状態に陥る。

 東京都として、自衛隊の派遣を要請しなければならないのは当然として、大量発生した虫や動物の駆除はどうしたら……。しかし、それに時間を割いていては高橋翔の件も……。ええい。対応しなければならない事が多過ぎる。

 災害と自己保身。
 東京都知事として、どちらを優先させるべきなのかは明らかだ。
 しかし、東京都知事の権力を以ってしても思い通りにならない高橋翔の存在が池谷の判断を歪ませる。

 災害は新橋を起点として発生している。
 職員に確認した所、都庁に警察が来ていたというし、ピンハネが逮捕されたのは間違いない。となると、この災害はピンハネが引き起こした災害である可能性がある。

 もしそうだとしたら厄介だ。
 今は災害時……。自衛隊に派遣要請しなければ、都民の信頼を失い、自衛隊に派遣要請すれば、ピンハネの怨みを買う。
 どちらも怖いが、どちらかと言えば、こんな災害を単体で引き起こす事のできるピンハネの方が恐ろしい。
 派遣要請しなくても、災害の程度によっては要請無くして自衛隊が動く可能性もある。
 その事に気付いた池谷は頭を抱えへたり込んだ。
しおりを挟む
感想 531

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

処理中です...