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第340話 東京都政刷新会議(事業仕分け)

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 新宿都庁の第一本庁舎七階にある都知事の執務室。ここには東京都知事、池谷芹子と共に円卓を囲むピンハネ・ポバティーの姿があった。

「――全員、揃ったようですね。それでは、東京都政刷新会議の打ち合わせを行いたいと思います」

 これから始まるのは、東京都初となる認定NPOや公益財団法人等、東京都から補助金や助成金の支給を受けている公益事業を行う法人を対象とした事業仕分け。東京都政刷新会議の打ち合わせだ。

 東京都政刷新会議による事業仕分けは、公開の場において、外部の視点を入れながら、それぞれの事業ごとに要否等を議論し判定され、事業仕分けの仕分け人は、東京行政刷新会議の議長にして東京都知事である池谷芹子が指名し、東京都議会議員や民間有識者からなるメンバーで構成される。

「初めに、東京都政刷新会議における事業仕分けは、補助金や助成金の支給から一年経過した公益法人を対象に行います」

 当然の事ながら、公金支出団体の管理を行う為に創設され、都と準委任的契約を結んだ村井の運営する管理団体は対象外。
 これまで東京都から補助金や助成金の支給を受けていたNPO法人や一般社団法人、市民団体の殆どは、村井の運営する管理団体に吸収され、それ以外の団体は一部を除き解散する事となった。

「従来、一度支給した補助金や助成金の運用実態は、翌年以降の要求段階や査定段階で必ずしも十分吟味されてきませんでした。しかし、東京都政刷新会議の事業仕分けでは、外部の視点も入れ『そもそも支給する必要のある補助金、助成金なのか』ゼロベースで議論する事と致します」

 名目的に、これまで見過ごされがちであった補助金や助成金の執行の実態についても、最終的にどう使われ、その効果がどうなっているかを検討して、予算の要否を判断する事となる。

「東京都政刷新会議で行う事業仕分けは、政策を議論する場ではありません。事業目的の是非を議論するのは政策論であり、事業仕分けは、その公益事業についた補助金や助成金が目的通り実際の現場で有効に活用されているのかを調査するものです。また過去に国主導で行われた事業仕分けでは、判定を行う評価者に補助金や助成金の削減・打ち切りを行う権限、強制力はありませんでした。しかし、この事業仕分けでは、その権限を持つこの私が同席致します。皆様方の判定は強制力を持つと、そう考え判定を行うようお願いします。私からは以上です。質問のある方はいらっしゃいますか?」

 東京都知事である池谷がそう告げると、都議会議員の一人が手を上げる。

「都議会議員の諏訪です。都知事は先程、東京都政刷新会議における事業仕分けは、補助金や助成金の支給から一年経過した公益法人を対象に行うと発言しました。しかし、これでは、都と準委任的契約を結んだ村井さんの運営する管理団体が対象外となってしまいます。東京都政刷新会議の目的が、補助金や助成金の無駄を削る事である以上、その団体を外すのは如何なものでしょうか? 私は村井さんの団体も今回の事業仕分けの対象に含めるべきであると考えます」

 至極真っ当な意見だ。真っ当過ぎて頭が痛くなる程に……。
 私だってそんな事は分かっている。
 ただでさえ、東京都から補助金や助成金の支給を受ける公益法人や非営利法人に対する風当たりが強くなっているのだ。
 この事が公になれば、都民が黙っていない。
 しかし、それを認める訳にはいかない。

 チラリと横に視線を向けると、ピンハネの鋭い視線が突き刺さる。
 池谷はため息を吐くと、質問をしてきた都議会議員、諏訪に視線を向ける。

「…… 勘違いしている様ですが、あの団体と準委任的契約を結んだのはあなたを含めた議員の総意によるものです。それにまだ委任契約を結んでから一ヶ月も経っていません。あなたは、その時のご自身の判断が間違っていたと、そう言うつもりですか?」

 実際には、反対多数を占めていた議員達をピンハネの力で洗脳し、強引に成立させたに等しい。
 しかし、それが未知の力による強制であれ何であれ、承認可決された事に変わりない。
 そう尋ねると、諏訪は「そういう訳ではありませんが……」と、不満気な表情で呟いた。
 反論が無かった事にそっと胸を撫で下ろすと、池谷は諏訪に笑顔を向ける。

「では、問題ないですね。先ほど申し上げましたが、村井さんの運営する管理団体はまだ設立から一ヶ月も経っていません。また、村井さんの運営する管理団体と結んだ準委任的契約は、NPO法人や一般社団、財団法人に支給していた補助金や助成金の透明性を確保する為のものです。他に質問はありますか?」

 そう言って話を打ち切ると、池谷は周囲を見渡す。
 どうやら質問はない様だ。

「質問は無い様ですね……。それでは、二週間後、サンシャインシティ文化会館にて、東京都政刷新会議における事業仕分けを行います。対象となる法人の資料は、オンラインストレージに格納致しますので、よろしくお願いします」

 池谷は笑顔を浮かべ立ち上がると、打合せに出席した議員達を見送り、執務室のドアを閉める。

「……これでいいかしら?」

 池谷の問いに、ピンハネは笑顔で頷く。

「うん。勿論だよ。分かっているとは思うけど、事業仕分けには私も参加するから。ちゃんと、有識者って事にしておいてよね?」
「は、はい。それはもう……。村井様が代表を務める公益財団法人の会長兼CEOとしての席を用意致しました。事業仕分けを行う評価者に有識者を含める事を公言しておりますので問題ありません」

 ピンハネのこちらの世界での肩書は、フローラルグループ会長兼CEOにして公益財団法人フローラルの会長。村井の運営する公益財団法人の名誉職だ。
 フローラルグループは村井が代表を務める公益財団法人。東京都から補助金や助成金の支給を受けていた非営利法人による不適切会計や資金流用等の不祥事が頻発した事をきっかけに発足し、透明性を確保する為に東京都と契約をした唯一の団体。
 非営利法人に支給する補助金や助成金を一度、フローラルグループに集約し、分配する為、通常、公益財団法人が持ち得ぬ程の力を持っている。

 金額にして二兆円。
 それが、東京都からフローラルグループに流れる予算金額。
 その采配を任されているのだから、力を持つのも頷ける話だ。そして、その力はピンハネが超常の力を持って築き上げたもの……。

「そう。ならいいんだけど……」

 嬉しそうな顔でとある公益財団法人の資料に目を通すピンハネ。
 ピンハネの目の前に置かれた封筒には、探偵事務所の名前が書かれている。

 気になる……。気にはなるが、ここで興味を示してはならない。
 頭の中に響く警鐘が、これに興味を示してはならないと言っている。

「……うん?」

 池谷の視線に気付いたピンハネは、探偵の報告書片手に考える。

「なに? もしかして、これが気になるの?」

 ピンハネに話しかけられた池谷は猛然と首を振る。

「い、いえ……! 大丈夫です。気になりません!」
「ふーん。そう? ならいいけど……。折角、面白い事がわかったんだけどなぁー」

 村井に命じ、探偵事務所から受け取った高橋翔に関する報告書。
 そこには、俄かには信じられない経歴が書かれていた。

「……随分とご活躍のようだね」

 アメイジング・コーポレーション退職後、複数の裁判を抱えながら任意団体宝くじ研究会を発足。
 ブラック企業を辞めた人間が、ただ宝くじを買うだけの団体を設立し、今やレアメタルを取り扱う団体にまで発展。
 レアメタル関連の環境ラベルを取り扱う公益財団法人の理事長に就任し、BAコンサルティングの共同出資者として、最近、話題となった溝渕エンターテインメントの第三者委員会の委員の一人として活躍。
 これだけ多くの事をたった一年の内にやり遂げている。

 あまりに異質。あまりに異常だ。
 偶々、宝くじに当選したと仮定しても異常過ぎる。
 一緒に調べて貰ったBAコンサルティングの代表、小沢誠一郎の経歴と見比べれば、その異常さは更に引き立つ。

「これは彼で確定かな? 会いたかったよ。私の邪魔をする障害物……。高橋翔君……」

 この世界には、魔法もエレメンタルも存在しない。例え、宝くじが当たったとしても、ブラック企業を辞めた人間がたった一年で数兆円にも上るレアメタルを取り扱う団体を立ち上げるのは不可能だ。

 彼も私の存在に気付いているだろうか?
 いや、これまでの彼の行動を考えれば、気付いていてもおかしくはない。
 私をこの世界に送り込んだ神は言っていた。

 ただ一言、「争え、楽しませろ」と……。

 私の信仰する神は、唯一神オーディンただ一柱。
 そんな事を言ってくる時点で、神ではなく悪霊や呪いの類だと思ったが、私はそれに抗わなかった。
 正直、退屈していたのだ。
 人を飼い金を小遣いを稼ぐただそれだけの商いに……。
 ミズガルズ聖国に住む者は皆、エレメンタルの恩恵を受ける。
 精霊も魔法もモンスターもダンジョンも存在するあの世界で、金を稼ぐには、あの世界の人々を凌駕する力が必要だ。
 しかし、この世界には精霊も魔法も存在しない。
 少なくとも、高橋翔と私を除く二人以外にその力を持っている者は知らない。

 恐らく、あの神が言っていた「争え」という一言は、この世界に来た同郷達と争え……そう言っていたのだろう。
 あっちの世界から送られてきた三人を倒せば、この世界で頂点を取れる。
 エレメンタルにはそれだけの力が備わっている。

 高橋翔は、エレメンタルを利用して伸し上がった。私も、エレメンタルを活用して伸し上がった。
 違う点を挙げるとすれば、高橋翔は民間から伸し上がり、私は東京都知事を味方に付ける事により権力側から伸し上がった点。
 そして今、高橋翔は、私の手の内にいる。

「――君に会えるのが本当に楽しみだよ。邂逅するのはそう遠くない未来。それまでの間、束の間の平穏を満喫するといい」

 高橋翔の顔が割れた今、取れる手段は無数に存在する。

「ふふふっ……。あーはっはははははっ!」

 池谷は突然、笑い声を上げたピンハネに驚き目を見開くと「き、急に笑い出されてどうされたのですか?」と慌て声を上げた。


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 次の更新は、5月9日(木)AM7時となります。
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