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第334話 ヨトゥンヘイム⑨

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 土地を取得した翌日、俺はゲスクズ領の隣にあるウマシカ領に来ていた。
 何を隠そうこの領地もゲスクズ同様、転移門に土地の利用料を支払う事なく実効支配している土地。
 つまりは、現在利用料の支払いをしている俺の土地だ。
 ゲスクズ領では少しやり過ぎた。
 なので、今回は話し合いで解決をするつもりだ。
 少なくとも俺に危害を加える様な真似をしない限り、こちらから手を出す事は絶対にないとだけ言っておこう。

「こんにちは、お隣の領地の方から来ましたカケルと申します。先日、新たに領主となったのでご挨拶に伺いました。こちらはつまらないものですが……」

 そう言って、ペロペロザウルスの卵(十個セット)を手渡すと、ウマシカ領に住む丘の巨人は頭を下げる。

『これはどうもご親切に……しかし、隣の領地と言うとゲスクズ領ですか。よく、あの者が領地を譲り渡しましたね』
「いえいえ、このペロペロザウルスの卵がその証です」

 ペロペロザウルスの卵はこの世界で唯一、ゲスクズが供給しているらしい。
 ペロペロザウルスの卵は、エレメンタルの大好物。つまり、それは精霊の一種である霜の巨人にとっても大好物である事を表している。

 分かるよ。もし、世界中の卵を一人の人間が生産しているのだとしたら……もし、そいつが超常的な力を持っていて、戦争という名の話し合いでは、双方に多大な被害が出る上、卵の供給を止められてしまう可能性があるとしたら?
 大半の者は受任限度を超えない範囲で、そいつの要求を聞き卵の供給をして貰う事を選ぶだろう。少なくとも俺ならそうする。
 まあ現実世界において、卵の供給がどれほどの力を持っているか分からないが、少なくとも、この世界、ヨトゥンヘイムにおいて、ペロペロザウルスの卵は石油並みの力を持っているのだ。
 しかし、それはゲスクズの存在価値がペロペロザウルスの卵供給人程度の価値しかないという事を端的に表している。
 つまり、ゲスクズからペロペロザウルスの卵を取り上げてしまえば、ただの横暴な霜の巨人以外、何も残らないのだ。

『一つ質問があるのですが、あの者から領地を譲り受けたという事は、当然、卵の生産方法についても譲り受けたと……?』
「さあ、どうでしょうね。私からはこちらの卵がその証ですとしか……」

 嘘は言っていない。俺は『お隣の領地の方から来ました』『ペロペロザウルスの卵がその証です』としか言っていないからだ。
 この手法は、現実世界に存在する屑共を相手にする内に知った手法。
 警察のコスプレをした犯罪者が、警察署の方角から来ましたというのと何も変わらない。
 普通に詐欺やろ、アウトだろと思うが、俺の場合、合法的な手段で土地を取得しているし、まだ領に名前を付けていないのでこういう方法でしかどこから来たのかを教える事ができないのだ。仕方のない事である。
 なんなら、ペロペロザウルスの飼育方法については、ゲスクズより俺の方が詳しい位だ。個人的にペロペロザウルスマイスターといっても過言ではないと思っている。

 そう告げると、丘の巨人の瞳が怪しく光る。

『……そうですか。もしよろしければ、中へお入り下さい。当領地を治めるウマシカ様をご紹介致します』
「いえいえ、人族である私如きが霜の巨人であらせられるウマシカ様と直接面会するなんてとんでもない!」

 丘の巨人によると領主、ウマシカは、ゲスクズの盟友。他の領より多くペロペロザウルスの卵を渡す事により不可侵条約を結んでいる。しかし、誤解とはいえ自分より明らかに弱い人間にゲスクズが領地を譲り渡したと知ればどうなるか……そんな事は火を見るより明らかだ。
 まあ、全てはこの丘の巨人の勘違いなんだけど……。
 頑なに拒絶すると、丘の巨人は泣きそうな表情を浮かべる。

『そうは言わずに、私を助けると思って……』

 まあ、実際そうなのだろう。
 ここで俺を逃したらウマシカに何をされるか分かったもんじゃないだろうからな。

「そうですか? それでは、僭越ながらウマシカ様に挨拶だけでも……」

 丘の巨人に案内されるまま、ウマシカの居城に足を踏み入れると、逃げられないよう扉を閉められる。
 流石は、ウマシカに仕える丘の巨人。俺の期待を裏切らない奴だ。

『さあ、こちらへどうぞ』
「…………」

 そう案内されるまま、丘の巨人の後に着いていくと、明らかにウマシカが好みそうな意匠の扉に行き着いた。
 ウマシカ領の特産は野菜。
 雪原地帯であるウマシカ領では、美味くて巨大な野菜が腐るほど収穫できるらしい。
 野菜は病気に弱く虫が付きやすい。根気強く育てないと、美味い野菜は採れない。
 ウマシカ領では、農作が得意な丘の巨人を多く抱えているようだ。

『ウマシカ様、お客様をお連れしました』

 そう言って扉を開くと、部屋の奥でマヨネーズをたっぷり付け野菜スティックを食む霜の巨人の姿が見える。
 あの霜の巨人がウマシカなのだろう。

『お客様というから誰かと思えば……これは珍しい。珍妙な格好をしているようだが、人族の雄ではないか。それで、何の用だ? ワシは忙しい。手短に話せ』

 なるほど、確かに野菜スティックを食む事に忙しそうだ。
 流石は、霜の巨人。ゲスクズと同族の事はある。

 ウマシカの催促を受け、丘の巨人が耳打ちすると、ウマシカは『ほう』と呟き笑みを浮かべた。

『お前……ペロペロザウルスの飼育ができるらしいな? それにゲスクズの土地も持っている……よろしい。お前の事を奴隷にしてやろう。それと、ゲスクズの領地に関してだが、お前を奴隷にするにあたりすべて私に引き渡して貰うぞ。それでいいな?』
「――はっ? 何言ってんだ、お前?」

 俺を奴隷にする? 冗談だろ? 馬鹿は休み休みに言え。お前如きが提示する条件にオッケーなんかする訳がないだろう。調子に乗るなよウマシカ。
 すると、ウマシカは不機嫌そうな表情を浮かべた。

「なんだ? 人間風情の分際で文句でもあるのか? 何なら力の差を分からせてやってもいいんだぞ?」
「はぁ……。今回は話し合いで解決する予定だったんだけどなぁ……。まあ、仕方がないか」

 俺はゲスクズを弱体化させたフィールド魔法アイテム『砂漠』を室内で発動させると、カードは赤く熱を発する太陽となり、天井を溶かしながら天高く昇っていく。
 突然、目の前に現れた太陽に驚くウマシカ。
 丘の巨人を盾に太陽の直火を防ぐと、眩しげに目を細める。

『はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……。何が……。い、一体、何が起こって……』

 室内で『砂漠』の効果を発動させた為か、盾代わりとなった丘の巨人も霜の巨人も虫の息だ。肘や膝から隆起していた霜は溶け、身体中から汗を流しながら這いつくばるウマシカの姿が見える。
 流石は、ゲスクズを弱体化したフィールド魔法アイテム。効果は抜群の様だ。
 俺は、ウマシカの頭の前にゆっくりしゃがみ込む。

「――まったく、挨拶しに来ただけだったのに……まさかこんな事になるとはなぁ……」

 俺にしては珍しく話し合いだけで済ませる気満々だったというのに……。人の善意を蔑ろにしやがって……。

「それで? お前、傲慢な口調で俺を奴隷にしてやるとか、領地を引き渡して貰うとか勝手に決めていたが何様だ?」

 そう告げると、ウマシカは何かに気付いたような表情を浮かべる。

『――ま、まさか、お前がこれを……!?』
「いや、遅っ!?」

 どんだけ遅い認識なのっ!?
 危機感ゼロかよ。人間の事も丘の巨人の事もなめ過ぎだ。
 だから、こんな簡単に足元を掬われる。

「はぁ……まあ、どうでもいいや……」

 霜の巨人の性分はゲスクズで学んだ。
 やはりこいつもゲスクズ同様、人間や丘の巨人の事を何とも思っていない。すべてが自分の思い通りに進むと思っている屑だった様だ。
 屑に付き合っても屑の性分が移るだけ……なので、さっさと話を終わらせる。

「俺を奴隷にして領地を強引に奪い取ろうとしたという事は、当然、お前も自分の領地を奪い取られる覚悟があると、そういう事でいいんだよなぁ?」

 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。当然の事ながら、俺自身もそう考えている。
 俺のやっている事は、側から見て褒められる様な行為ではないと自覚しているからな。
 ただし、俺は誰彼構わずこういった事をする訳ではない。
 基本的に、俺を敵に回した者のみに限られる。
 その点、霜の巨人は清々しい位だ。
 何せ、簡単に俺の受任限度を超えてくるからな。
 そう質問すると、ウマシカは慌てた表情を浮かべ弁解する。

『い、いや、違う! わ、私はそんなつもりでは無かった。本当だっ……!』

「そりゃあ、そうだろ。霜の巨人で有らせられるウマシカ様とあろう者が下等な人間を前に地面を這いつくばり、挙句、領地まで奪われるなんて考えてもいねーだろうからなぁ!」

 そんなつもりでは無かった?
 なんだ、それ? 魔法の言葉が何かか?
 そんなの通じる訳ねーだろ。
 お前の目の前にいるのを誰だと思ってるんだ?
 正当な土地の権利者様だぞ?

 横暴な態度で無理矢理俺から土地を奪おうとしたんだ。ならば俺も正当な土地の管理者として、俺の土地を実効支配する屑を追い出すしかないじゃないか。

『そ、そんなぁ……! そんなの酷い。差別だ。この私が何をやったというのだ!?』

 どうやら、考えが口からポロリしていたらしい。
 ウマシカは自分の行いを棚に上げ、俺を非難し始めた。

 流石は霜の巨人だ。
 俺の期待を全く裏切らないその姿勢、嫌いじゃない。
 でも、人はそれをブーメランって言うんだぜ?

 信じられない事に、世の中にはこれでもかという程、人の事を傷付けておいて、いざ責められたら自分の事を被害者だと曰う屑が存在する。
 そういう奴に共通するのが、自分は相手に酷い事をしていると認知できない、認知障害を患いながらも、自分はそんな認知障害を患っていないと自認しているという事。
 これは霜の巨人全般に言える事だ。

 ウマシカは俺の領地を奪おうとした。
 そのウマシカが、今度は俺に領地を奪われそうになって酷いと曰っている。
 余りに酷い。生き物として終わっているとしか評価できない認知だ。
 自己の利益を押し通す為、他人の気持ちを考慮せず人の嫌がる事を進んで行い、いざ、それに反論されると「差別」という言葉で切り捨て、耳を塞ぎ逆非難する。
 控えめに言って塵。控えめに言わなければ、自己主張しないだけ塵芥の方がまだマシだ。

「酷いも何も、お前には、数分前の記憶が無いのか? お前も俺から領地を奪おうとしたじゃねーかぁぁぁぁ!」

 忘れたとは言わせねーぞ?

「――それに、今、お前が実効支配している土地は俺のものなんだよ!」

 そう言って、アイテムストレージから権利書を取り出すと、目の前に掲示する。
 すると、ウマシカは『そ、それは……!?』と呟き顔を引き攣らせた。
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