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第325話 ハリーレッテル争奪戦④

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「――よし。それじゃあ、次に……カイルとハリーの状態を教えろ。つーか、今すぐ治療しろ。隣の病室で寝ているハリーはともかく、カイルに関しては笑えねーぞ?」

 カイルがこんな状況に置かれている事をメリーさんは知っているのか?
 もし、カイルの奴がこんな事になっていると知らず、嫉妬心からカイル放置してハリーを呪い続けているのだとしたら、命に関わる。主に俺の命に……。
 エレメンタルとヘルが付いているとはいえ、攻撃を喰らえば痛いし、死ぬのはきっと苦しい。
 人間というのは、背中から叩き付けられただけで、悶絶して動けなくなるのだ。
 高校時代、体育の選択授業で柔道を選択し、受け身を習得しないまま背負い投げを受けたからこそよく分かる。
 背中から落ちただけであの苦しみ。カイルがこんな事になっている事がメリーさんにバレ、生きたまま滅多刺しにされては堪らない。

 つーか、涎垂らしてるから生きてるだなんてよく言えたな!
 そういう問題じゃねーんだよっ!
 よく見て! カイルの視線、明後日の方向に向いてるよ!
 目は虚ろで涎垂らしながら、うーうー唸っているんだよっ!?
 生きていてもこんな状態じゃメリーさんの恨み買うに決まってんだろうがぁぁぁぁ!
 お前がサイコパスな事は知っているが、サイコパスでもサイコパスなりにサイコパスなメリーさんの怒り買わない方法考えろや。刺されたらどうすんだっ!
 曲がりなりにもお前、医学博士だろうがぁぁぁぁ!

 憤りながらそう言うと、石井は不貞腐れた表情で呟く。

「――状態を教えろと言われてもな……私が作った初級回復薬を点滴しているだけだが? 確かに、目は朧気でうーうー唸っているが、ちゃんと回復している。むしろ、これ以上の治療法はないと確信している位だ。隣の病室のモルモットに関しては、回復薬の点滴が無ければ今頃、死んでいる所だぞ? 私が研究がてら付き添っているからこそメリー君の攻撃を受けても死なずにいられるのではないか……」

 爺が不貞腐れても可愛くない。むしろ、不快感が増した気すらする。
 つーか、お前、今何て言った?
 初級回復薬作ったって……えっ?
 ゲーム世界に存在する初級回復薬作れちゃったの??
 凄くね? ビックリしたんだけど……って、いやいやいやいや騙されるな。
 この世界でゲーム世界の初級回復薬を作ったのは確かに凄いが、問題はそこじゃない。
 カイルがこんな事になっているのも、元々、メリーさんに嫉妬心を抱かせる様にカイルの奴をハリーに合わせたサイコパス糞爺が元凶な訳で、何を恩着せがましい事を言っているんだ。そういうのをマッチポンプって言うんだよ!
 つーか、モルモットって何!?
 お前、カイルもハリーもただの研究材料位にしか見てねーだろ!?
 人の命で遊ぶのも大概にしろよ。主に俺の命が掛かってるんだから!
 メリーさん怒らせないでよね!!

「…………」

 こんな認識の糞爺と話していても時間の無駄だ。カイルやハリーがどうなろうが知った事ではないが、メリーさんの逆鱗に触れるのだけは避けたい。

 アイテムストレージから仕方がなく上級回復薬を取り出すと、石井が感嘆の声を上げ、手を伸ばしてくる。

「おお、それはまさか……」
「……いや、やらねーよ?」

 これはカイルの奴を元に戻す為、断腸の思いで渡す上級回復薬だ。
 上級回復薬はこれ一本で国産車が五台買える程の高級品。石井の奴にくれてやる道理はない。
 それにまるで、二番煎じの様な石井の作り出した初級回復薬の色の薄さ……。
 見れば分かる。石井が作ったこの初級回復薬には、ゲーム世界の初級回復薬並みの効果はない。
 効能を見るに第一類医薬品と第三類医薬品並みの開きがある。
 つーか、お前……金と引き換えに毎月、上級回復薬を販売してやっているだろうが。
 お前が原因でカイルがこんな状態になったなら責任取って上級回復薬を使ってやれよ。

「――初級回復薬モドキを点滴して問題ないという事は、上級回復薬を点滴しても大丈夫という事だよな?」

 カイルの状況を見るに経口摂取は難しい。
 それなら点滴経由で上級回復薬を投与するまでだ。

 そう尋ねると、石井は難しい表情を浮かべる。

「……いや、確かにそうだが、モルモットに上級回復薬を投与するのは、勿体なさ過ぎやしないか?」
「いや、うるせーよ! とっとと、この上級回復薬をカイルの奴に投与してやれ!!」

 何が、モルモットに上級回復薬を投与するのは勿体なさ過ぎやしないか、だ!
 それで俺の命が助かるなら勿体なくねーよ!!

 確かに、カイルの奴はこの世界に帰って来た事によりゲーム世界で金を稼ぐ事ができなくなってしまった。まあ、ゲーム世界からの帰還者は少ない為、石井の様にモルモットとして欲しがる研究者はいるだろうが、そう大した金は貰えない。
 その為、上級回復薬の対価を金で回収する事はまず不可能だろう。
 だが、それでいい。今回ばかりはサービスだ。
 メリーさんの怒りを買わない事。それに勝るものはない。
 世の中には金に換えられないものが存在するのだ。

 そんな事を思いながら、石井に上級回復薬を手渡すと、名残惜しそうな視線を浮かべ点滴パックに上級回復薬を投入する。

「――ああ、勿体ない。勿体ない……こんなモルモットに上級回復薬を投与する位なら草木にでも撒き、上級回復薬が草木に濃縮されていく様子を見ていたかった……」
「いや、それこそ勿体ないわ……」

 回復薬の大部分が、土の下だよ。
 全然、根の部分から吸い上げられないから大半が濁った泥水に早変わりだから。
 と、いうより、カイルはそこらの草木以下か?
 可哀想過ぎるだろうが、自重しろ。

 そんな事を考えながらカイルの様子を見る事、数分……。

「――う、うーん……あ、あれ? 俺は一体……」
「まったく、何をやっているんだ。お前は……」

 余計な手間を掛けさせるなよ。
 今回は、何故か俺の命まで秤に乗っていたから助けたが、治験は普通、自己責任だからな?
 人体実験してくれる人間に多額の金が支払われているだけだから。
 まあ、何はともあれ無事で良かった。
 後は、隣の部屋でメリーさんに呪われているハリーを何とかするだけだな……。

「それじゃあ、元気になった所で、カイル……メリーさんを……」

 そこまで考え、発言を止める。

 あれ? よく考えたら、ハリーに取り憑いているメリーさんを何とかしてやる義理……俺に無くね?
 元々、ハリーが余計な事を言わないよう記憶を消しに来ただけだし、当の本人であるハリーはメリーさんに呪われている。このまま放置しておけば別に問題ない様な気がしてきた。

 ハリーは俺を害する為に、俺に殺意を持つ人間を嗾けようとしたクソ野郎。
 考えれば考える程、俺がメリーさんを何とかしてやる理由が消えていく。

「おい。糞爺……」
「……なんだ。まさかとは思うが、糞爺とは私の事か?」

 まるで心外とも言わんばかりの表情を浮かべる石井に俺は冷めた視線を向ける。

「ああ、そうだよ。お前しかいないだろ」

 他に誰がいるというんだ。
 お前以外、この部屋に糞爺がいる訳ないだろ。

 すると、石井は深い溜息を吐く。

「まったく、最近の若い者は……年寄りに対する敬意を知らん」

 いや、むしろ、今、尻拭いしてやっただろ。
 年寄りだからと敬意を持って貰えると思うな。こっちにだって敬意を持つ相手を選ぶ権利があるんだよ。

「いや、そんなのどうでもいいから答えろ。あの女もさっきまでのカイルと同じ状況なのか?」

 そう尋ねると、石井は再度、深い溜息を吐く。

「……ああ、そうだ。さっきまでのモルモットと同じ状態だよ。違う点があるとすれば、メリー君に呪われている事位だ。また、ハリー君を助けようとしたり、害そうとしても呪われる。我々に出来る事といえば、現状維持……それだけだ。それ位であれば、メリー君も許してくれる」
「……そうか」

 それは好都合。
 つまりそれは、しばらくの間、放置していても何の問題もないという事。
 あの弁護士が接見した際、危害を加えられる事なく出てくる事ができたのも、助ける気はなく、ただ聴取に来たから……そして、あの弁護士が部屋から出て行った時の表情から接見する事はできたものの、メリーさんに阻まれマトモな聴取が出来なかったからであろう事は想像に難くない。

 メリーさんのプライベートゾーンを侵さぬよう、念の為、エレメンタルを監視に付けるが、ハリーの状態を見るに、ゲーム世界内の情報がこれ以上、外部に漏れる心配はない筈だ。
 現に、敵さんもハリーを始末する為、ここに来ていた。敵もゲーム世界の情報がこれ以上外に出るのを嫌っているのだろう。
 そうでなければ、メリーさんに返り討ちにされる事はなかった筈だ。
 そうと決まれば話は早い。

「それじゃあ、俺は帰るから。カイルを人体実験に使うのはいいが程々にしておけよ」

 敵側の人間であるハリーを助けてメリーさんを敵に回すなんて冗談じゃない。
 ハリーの記憶を消す事ができなかったのは残念だが、あの様子ではどの道、ゲーム世界の情報を流すのは不可能。
 万が一の為、エレメンタルを監視役としてメリーさんのプライベートゾーン外に付けるだけで十分だろ。

 そう告げると、石井が唖然とした表情を浮かべる。

「……何をしに来たんだ、お主は? モルモットを助けに来たのではなかったのか?」
「――はぁ?」

 何を言っているんだ、お前は……そんな訳ないだろ。勘違いするな。
 確かに、今回は偶々、カイルの奴を助けたが、本来、治験というのは自己責任。
 万が一、健康状態を損なった場合、損害賠償請求する事もできるが、それも本人が直接行うべきことだ。今回、助けたのは単に、メリーさんを敵に回したくないからに過ぎない。

「まあ、メリーさんを怒らせる様な真似するなよとは思うが、そんな目的の為に来た訳じゃねーよ」

 俺の目的はハリーの持つ俺に不都合のある記憶を消す事……だが、今となってはどうでもいい。
 マジックミラー越しに隣の部屋を覗くと、俺の事を害そうとしたクソ野郎ことハリーが上級回復薬投与前のカイルと同じく、目は虚ろで涎垂らしながら、うーうー唸りながらメリーさんと対峙している。
 これが敵の末路だと思うと悲し過ぎて欠伸と共に涙が出てくる。

 結果的ではあるが、目的は遂げた。
 そして、こんな危なっかしい場所にいる意味はもうない。
 とはいえ、一応、釘を刺しておこう。

「――取り合えず、カイルの意識を奪う様な無茶な事は二度とするな。それが例え研究に必要な事だとしてもだ。もし、カイルに危害が及ぶ様な事があれば、回復薬の販売を打ち切らせて貰うからな……」

 そう告げると、石井は途端に慌てふためく。

「そ、それは困る。わかった、これ以上、モルモットを実験に使うのは止めよう。だが、体液の採取位であれば別に構わないだろう?」

 いや、そんな事を俺に聞かれても困る。

「……まあ、カイルがいいと言うならいいんじゃないか? だが、致死量は抜くなよ?」
「ああ、わかっている……」

 不承不承といった様子だが……まあ大丈夫だろう。
 俺としては、メリーさんの怒りがこちらに向かなければ、それ以外はどうでもいい。

「それじゃあ、俺は行くから……カイル、体を壊さないよう、まあ頑張れよ」
「ち、ちょっと、待ってカケルくぅ――」

 ――バタン

 助けを求めるカイルの声が聞こえた気がしたが、まあ、気のせいだろう。
 石井の研究室の扉を閉めると、俺は、颯爽とその場を後にした。

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 次の更新は、1月25日(木)AM7時となります。
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