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第304話 自称被害者
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都内某所にあるマンション。
そこでは、溝渕エンターテイメントの性加害問題を社会に発表し、一躍時の人となった有名タレント、矢崎絵里が、多くの著名人や報道関係者、協力してくれる市民団体を集め酒宴の席を開いていた。
協力者達の隣には、溝渕エンターテイメント所属の若手タレント達が座り、品定めの視線を頭の先から足先まで向けられながらも笑顔でお酌し、ご機嫌取りに徹している。
「皆様、先日の記者会見では大変お世話になりました。ここからが正念場です。どうぞ、これからも皆様の御力をお貸し下さい」
矢崎はシャンパンが注がれたグラスを片手に持ち、高級クラブ全体を取り仕切るママの様に関係者達の席を順番に回っていく。
「高原社長。その節は大変お世話になりました。『外圧でしか変われない芸能界の異常』の記事、とても良かったです」
外圧でしか変われない芸能界の異常。
未だ、本当に事務所の元社長から性加害を受けたのか偏向的な見方をされる中で、矢崎達を援護する為、ゴシップ記者が取り上げてくれた記事の一つ。
ゴシップ記事とはいえ、有名芸能事務所である溝渕エンターテインメントの元社長が所属するタレントに性加害を行っていたとする会見のインパクトは強く、多数のメディアが話題に乗っかった結果、社会的な問題として取り上げられている。
「あはははっ、矢崎さんにそう言って貰えると嬉しいね。いや、何、当然の事をしたまでだよ」
実際、現場で見た事は無かったが、溝渕元社長がタレントに手を出しているという噂はあった。
皆、暗黙の了解で知らない振りをしていただけだ。
言えない空気というか、触れてはいけない、そう言った話をしてもいけない。あの頃はそういう時代だった。しかし、今は違う。
「――我々は、報道によって世の中を動かす側の人間。対して、一般国民は、我々が流す情報によって動かされる人間だ。この国に生きる一般国民の認識は、報道する側である我々によって白にも黒にもなる。まあ、大船に乗った気分でいなさい。君には、これまでいい思いをさせて貰っているからね」
そう言って、隣に座りお酌する新人タレントの太ももを撫でると、高原は高笑いを上げる。
「まあ、それは心強い。頼もしいですわ。朱莉ちゃん、高原社長のグラスが空になっているわよ。お酒をお注ぎして……」
「は、はい……!」
怯えながらお酌をする朱莉の姿を見て、矢崎はスッと目を細める。
「……朱莉ちゃん? ちょっと良いかしら? 水野さん、朱莉ちゃんと話をしてくるから少しの間、高原社長の側にいてくれる?」
「……はい。わかりました」
「そう。ありがとう。それじゃあ、朱莉ちゃん、こっちにいらっしゃい」
朱莉の代わりに水野が高原社長の席に着いた事を確認すると、戸惑う朱莉を連れ矢崎は廊下へと向かう。そして、廊下のドアを閉めると、睨み付けるかの様な視線を朱莉へと向けた。
「……朱莉ちゃん。あなた、私の顔を潰す気?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「――それじゃあ、どういうつもり? あなた言ったわよね。私が、『今夜頑張れる?』って聞いたら『頑張れる』って言ったわよね? 折角、高原社長があなたの事を応援したいと言ってくれているの。期待に応えなくてどうするの。あなた、折角のチャンスを不意にする気? 芸能界で活躍したいんじゃないの? ここで決断できない様じゃ一生負け組よ?」
「で、でも……」
そう言って立ち尽くす朱莉を見て、矢崎は表情を変える。
「――あなたはまだ若いから分からないだろうけど、高原社長に見初められるというのはとても光栄な事なのよ? もしあなたが今夜頑張る事ができれば、明日からあなたも有名タレントの仲間入り……CMだってバンバン入ってくるわ。それにもし人気に陰りが出たら……」
「人気に陰りが出たら……何ですか?」
朱莉の言葉に矢崎は口元を隠しながら呟く様に言う。
「……高原社長に性加害されたって暴露すればいいのよ。私の様にメディアを使ってね」
「えっ? それじゃあ、あれは……」
唖然とした表情でその先の言葉を言おうとすると、矢崎は人差し指を朱莉の口元に当てる。
「……この話はお終い。代わりにいい事を教えてあげる。芸能界においてタレントが持て囃されるのは若い内だけ。そこから先は、自分の持っているコネや繋がり、実力がものを言うの。あなたにはまだ分からないかも知れないけどね? まあ、私の歳になればいずれ分かるわ。だから今は身を切る思いをしてでも芸能界の権力者に媚びを売りなさい。有名になりたいんでしょ? あなた、ここまで育ててくれた両親に楽をさせたいって、言っていたじゃない。お父様やお母様もあなたが有名になる事を喜んで下さるわ。たった、一日……今夜頑張るだけでそれが叶うのよ?」
矢崎の言葉に朱莉は思わず固唾を飲む。
「……今夜、頑張るだけでいいんですね?」
「ええ、あなたの頑張りをきっと神様も見ていてくれるわ。あなたの為にも、事務所の為にも頑張って」
そう言って、背中を押すと、朱莉は心配そうな表情を浮かべたまま、高原社長の下に向かっていく。
「……馬鹿な子」
呟く様にそう言うと、朱莉とすれ違う形で市民団体の一人が近付いてくる。
「……矢崎さん。今のは?」
「ああ、お気になさらずに……事務所の為に頑張りたいという子がいたから少しアドバイスをしていただけよ」
種蒔きは重要だ。
若い子が文字通り体を張って事務所の為に仕事を取ってくる。『今夜の頑張り』のお陰で、飽きられるまでの暫くの間、朱莉に仕事が入ってくる。
しかし、そこから先は朱莉次第。
そこで爪痕を残す事ができなければ、芸能界から消えゆくのみ。
『今夜の頑張り』が功を奏して有名タレントの仲間入りを果たすにせよ、果たせないにせよ道を用意して上げるのが、この業界の先輩である私の役目。
「――だとしても露骨過ぎやしませんかね。もし例の件も実は事務所に非はなくあなたが勝手にやっていた事だとバレたりしたら……」
「私が悪いとでも言いたいの? 馬鹿言わないで頂戴。私はあの子が自分から頑張ると言うから機会を与えただけよ。未成年とはいえ考えればその位の判断できるでしょ? それに万が一、問題になったとしてもこれは芸能界という特異な世界の問題であって私が悪い訳じゃないわ」
事務所のタレントを社長達の下へ送り出した所で私に金銭的リターンがある訳ではない。
すべては事務所の繁栄の為……これからする事を考えれば、少なくとも私が存命の間は存続して貰わないと困る。
「――それに、これはそちらが持ち掛けてきた事でしょう? 私だって、話を持ち掛けられなければこんな事はしなかった。数年前に亡くなった前社長の性加害問題をでっち上げ、その責任を現経営陣に果たさせる。前社長は既にお亡くなりになられているので、実際に性加害があったかどうかなんて確認する事はできないし、そういった噂がある以上、事務所は無碍に否認できない。時効が過ぎているので、責任を取るなら超法規的措置を取らざるを得ないし、早目に対処しないとタレントが他の事務所に移籍してしまうかも知れない。現在、提携している企業との契約も打ち切られてしまうかも知れない。そんな中、誰もが納得する様な賠償金の支払いを行う必要がある」
少し酷かもしれないが、溝渕エンターテインメントには、これまで十分すぎる程、尽くしてきた。今度は私が事務所に尽くして貰う番だ。
「……怖い人ですね。まあいいでしょう。しかし、あまりやり過ぎないようにして下さい。ここで計画が破綻したら大変な事になりますからね」
「そうでしょうね……でも、問題ないわ。だって、世論が私の事を応援して下さっているのですから」
そう。マスコミを巻き込み報道した結果、世論を私の味方に付ける事に成功した。
私の事を悪く言う奴は加害者。そうレッテルを貼るだけで、私に批判的な敵対者はいなくなる。
「――副社長もこちら側です。第三者委員会もこちらに有利な人選をしています。後は、第三者委員会の調査報告書を向こう側に提出するだけでお終いですよ」
「そうね……」
この人達がどうやってこの流れを作り出したのか分からないが、市民団体の言う事を聞いていれば、これから何もしなくても溝渕エンターテインメントから売上の五パーセントが入ってくる。諸経費として市民団体に半分支払わなければならないが、それでも私の受け取る給金より断然多い。
「……それじゃあ、最後の詰めをすると致しましょう」
そう呟くと、矢崎はクツクツと笑みを浮かべた。
◇◆◇
時は少し遡る。
溝渕エンターテインメントの現社長は、副社長が選任した第三者委員会の調査報告書を見て愕然とした表情を浮かべていた。
『社長……大丈夫ですか、社長?』
大丈夫じゃない。何だ、これは……何で、何でこんな事に……
手元の調査報告書を見て、溝渕は顔を強張らせる。
『社長……現実を認めたくない気持ちは分かります。しかし、これが現実です。私達が選任した第三者委員会が、調査した結果、前社長である溝渕氏が事務所設立から長期に渡り所属タレントに対して性加害をしていたと認定しました……』
認定? これで認定??
性加害にあったとされる二人と、いつの間にか湧いた複数の性被害者の証言だけで?
何のエビデンスもないあの調査報告書で親父の性加害を認定しろと!?
世代の違う多数の被害者が共通項の多い証言をすればそれが証拠になるのか?
口裏を合わせる事だってできるだろう。証拠に基づいた事実確認は一切されていないのに性加害認定するのはおかしいじゃないか……
それに、被害者の心情を尊重し裏取り調査しないが、代わりに第三者委員会の委員達が直接、被害者と面談し、真実相当性があると認めたってなんだ??
そもそも、第三者委員会が溝渕元社長による性加害があった前提で調査するのもおかしい。
いや、認定するのは別にいい。親父が性加害をやったという事自体は事実なのだろう。相手が故人である為、確認はできないが、二人とはいえ、今、旬のタレントがタレント声明を賭けてまで告発したのだ。なのでその点は否定しない。
しかし……しかしだ。
どう考えてもこれはおかしいだろ。
副社長である野心が選定し、私が承認した第三者委員会。その第三者委員会の調査はあまりにも杜撰で目を疑うものだった。
---------------------------------------------------------------
次回は2023年10月29日AM7時更新となります。
そこでは、溝渕エンターテイメントの性加害問題を社会に発表し、一躍時の人となった有名タレント、矢崎絵里が、多くの著名人や報道関係者、協力してくれる市民団体を集め酒宴の席を開いていた。
協力者達の隣には、溝渕エンターテイメント所属の若手タレント達が座り、品定めの視線を頭の先から足先まで向けられながらも笑顔でお酌し、ご機嫌取りに徹している。
「皆様、先日の記者会見では大変お世話になりました。ここからが正念場です。どうぞ、これからも皆様の御力をお貸し下さい」
矢崎はシャンパンが注がれたグラスを片手に持ち、高級クラブ全体を取り仕切るママの様に関係者達の席を順番に回っていく。
「高原社長。その節は大変お世話になりました。『外圧でしか変われない芸能界の異常』の記事、とても良かったです」
外圧でしか変われない芸能界の異常。
未だ、本当に事務所の元社長から性加害を受けたのか偏向的な見方をされる中で、矢崎達を援護する為、ゴシップ記者が取り上げてくれた記事の一つ。
ゴシップ記事とはいえ、有名芸能事務所である溝渕エンターテインメントの元社長が所属するタレントに性加害を行っていたとする会見のインパクトは強く、多数のメディアが話題に乗っかった結果、社会的な問題として取り上げられている。
「あはははっ、矢崎さんにそう言って貰えると嬉しいね。いや、何、当然の事をしたまでだよ」
実際、現場で見た事は無かったが、溝渕元社長がタレントに手を出しているという噂はあった。
皆、暗黙の了解で知らない振りをしていただけだ。
言えない空気というか、触れてはいけない、そう言った話をしてもいけない。あの頃はそういう時代だった。しかし、今は違う。
「――我々は、報道によって世の中を動かす側の人間。対して、一般国民は、我々が流す情報によって動かされる人間だ。この国に生きる一般国民の認識は、報道する側である我々によって白にも黒にもなる。まあ、大船に乗った気分でいなさい。君には、これまでいい思いをさせて貰っているからね」
そう言って、隣に座りお酌する新人タレントの太ももを撫でると、高原は高笑いを上げる。
「まあ、それは心強い。頼もしいですわ。朱莉ちゃん、高原社長のグラスが空になっているわよ。お酒をお注ぎして……」
「は、はい……!」
怯えながらお酌をする朱莉の姿を見て、矢崎はスッと目を細める。
「……朱莉ちゃん? ちょっと良いかしら? 水野さん、朱莉ちゃんと話をしてくるから少しの間、高原社長の側にいてくれる?」
「……はい。わかりました」
「そう。ありがとう。それじゃあ、朱莉ちゃん、こっちにいらっしゃい」
朱莉の代わりに水野が高原社長の席に着いた事を確認すると、戸惑う朱莉を連れ矢崎は廊下へと向かう。そして、廊下のドアを閉めると、睨み付けるかの様な視線を朱莉へと向けた。
「……朱莉ちゃん。あなた、私の顔を潰す気?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「――それじゃあ、どういうつもり? あなた言ったわよね。私が、『今夜頑張れる?』って聞いたら『頑張れる』って言ったわよね? 折角、高原社長があなたの事を応援したいと言ってくれているの。期待に応えなくてどうするの。あなた、折角のチャンスを不意にする気? 芸能界で活躍したいんじゃないの? ここで決断できない様じゃ一生負け組よ?」
「で、でも……」
そう言って立ち尽くす朱莉を見て、矢崎は表情を変える。
「――あなたはまだ若いから分からないだろうけど、高原社長に見初められるというのはとても光栄な事なのよ? もしあなたが今夜頑張る事ができれば、明日からあなたも有名タレントの仲間入り……CMだってバンバン入ってくるわ。それにもし人気に陰りが出たら……」
「人気に陰りが出たら……何ですか?」
朱莉の言葉に矢崎は口元を隠しながら呟く様に言う。
「……高原社長に性加害されたって暴露すればいいのよ。私の様にメディアを使ってね」
「えっ? それじゃあ、あれは……」
唖然とした表情でその先の言葉を言おうとすると、矢崎は人差し指を朱莉の口元に当てる。
「……この話はお終い。代わりにいい事を教えてあげる。芸能界においてタレントが持て囃されるのは若い内だけ。そこから先は、自分の持っているコネや繋がり、実力がものを言うの。あなたにはまだ分からないかも知れないけどね? まあ、私の歳になればいずれ分かるわ。だから今は身を切る思いをしてでも芸能界の権力者に媚びを売りなさい。有名になりたいんでしょ? あなた、ここまで育ててくれた両親に楽をさせたいって、言っていたじゃない。お父様やお母様もあなたが有名になる事を喜んで下さるわ。たった、一日……今夜頑張るだけでそれが叶うのよ?」
矢崎の言葉に朱莉は思わず固唾を飲む。
「……今夜、頑張るだけでいいんですね?」
「ええ、あなたの頑張りをきっと神様も見ていてくれるわ。あなたの為にも、事務所の為にも頑張って」
そう言って、背中を押すと、朱莉は心配そうな表情を浮かべたまま、高原社長の下に向かっていく。
「……馬鹿な子」
呟く様にそう言うと、朱莉とすれ違う形で市民団体の一人が近付いてくる。
「……矢崎さん。今のは?」
「ああ、お気になさらずに……事務所の為に頑張りたいという子がいたから少しアドバイスをしていただけよ」
種蒔きは重要だ。
若い子が文字通り体を張って事務所の為に仕事を取ってくる。『今夜の頑張り』のお陰で、飽きられるまでの暫くの間、朱莉に仕事が入ってくる。
しかし、そこから先は朱莉次第。
そこで爪痕を残す事ができなければ、芸能界から消えゆくのみ。
『今夜の頑張り』が功を奏して有名タレントの仲間入りを果たすにせよ、果たせないにせよ道を用意して上げるのが、この業界の先輩である私の役目。
「――だとしても露骨過ぎやしませんかね。もし例の件も実は事務所に非はなくあなたが勝手にやっていた事だとバレたりしたら……」
「私が悪いとでも言いたいの? 馬鹿言わないで頂戴。私はあの子が自分から頑張ると言うから機会を与えただけよ。未成年とはいえ考えればその位の判断できるでしょ? それに万が一、問題になったとしてもこれは芸能界という特異な世界の問題であって私が悪い訳じゃないわ」
事務所のタレントを社長達の下へ送り出した所で私に金銭的リターンがある訳ではない。
すべては事務所の繁栄の為……これからする事を考えれば、少なくとも私が存命の間は存続して貰わないと困る。
「――それに、これはそちらが持ち掛けてきた事でしょう? 私だって、話を持ち掛けられなければこんな事はしなかった。数年前に亡くなった前社長の性加害問題をでっち上げ、その責任を現経営陣に果たさせる。前社長は既にお亡くなりになられているので、実際に性加害があったかどうかなんて確認する事はできないし、そういった噂がある以上、事務所は無碍に否認できない。時効が過ぎているので、責任を取るなら超法規的措置を取らざるを得ないし、早目に対処しないとタレントが他の事務所に移籍してしまうかも知れない。現在、提携している企業との契約も打ち切られてしまうかも知れない。そんな中、誰もが納得する様な賠償金の支払いを行う必要がある」
少し酷かもしれないが、溝渕エンターテインメントには、これまで十分すぎる程、尽くしてきた。今度は私が事務所に尽くして貰う番だ。
「……怖い人ですね。まあいいでしょう。しかし、あまりやり過ぎないようにして下さい。ここで計画が破綻したら大変な事になりますからね」
「そうでしょうね……でも、問題ないわ。だって、世論が私の事を応援して下さっているのですから」
そう。マスコミを巻き込み報道した結果、世論を私の味方に付ける事に成功した。
私の事を悪く言う奴は加害者。そうレッテルを貼るだけで、私に批判的な敵対者はいなくなる。
「――副社長もこちら側です。第三者委員会もこちらに有利な人選をしています。後は、第三者委員会の調査報告書を向こう側に提出するだけでお終いですよ」
「そうね……」
この人達がどうやってこの流れを作り出したのか分からないが、市民団体の言う事を聞いていれば、これから何もしなくても溝渕エンターテインメントから売上の五パーセントが入ってくる。諸経費として市民団体に半分支払わなければならないが、それでも私の受け取る給金より断然多い。
「……それじゃあ、最後の詰めをすると致しましょう」
そう呟くと、矢崎はクツクツと笑みを浮かべた。
◇◆◇
時は少し遡る。
溝渕エンターテインメントの現社長は、副社長が選任した第三者委員会の調査報告書を見て愕然とした表情を浮かべていた。
『社長……大丈夫ですか、社長?』
大丈夫じゃない。何だ、これは……何で、何でこんな事に……
手元の調査報告書を見て、溝渕は顔を強張らせる。
『社長……現実を認めたくない気持ちは分かります。しかし、これが現実です。私達が選任した第三者委員会が、調査した結果、前社長である溝渕氏が事務所設立から長期に渡り所属タレントに対して性加害をしていたと認定しました……』
認定? これで認定??
性加害にあったとされる二人と、いつの間にか湧いた複数の性被害者の証言だけで?
何のエビデンスもないあの調査報告書で親父の性加害を認定しろと!?
世代の違う多数の被害者が共通項の多い証言をすればそれが証拠になるのか?
口裏を合わせる事だってできるだろう。証拠に基づいた事実確認は一切されていないのに性加害認定するのはおかしいじゃないか……
それに、被害者の心情を尊重し裏取り調査しないが、代わりに第三者委員会の委員達が直接、被害者と面談し、真実相当性があると認めたってなんだ??
そもそも、第三者委員会が溝渕元社長による性加害があった前提で調査するのもおかしい。
いや、認定するのは別にいい。親父が性加害をやったという事自体は事実なのだろう。相手が故人である為、確認はできないが、二人とはいえ、今、旬のタレントがタレント声明を賭けてまで告発したのだ。なのでその点は否定しない。
しかし……しかしだ。
どう考えてもこれはおかしいだろ。
副社長である野心が選定し、私が承認した第三者委員会。その第三者委員会の調査はあまりにも杜撰で目を疑うものだった。
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