上 下
299 / 374

第299話 被害者ビジネス。それは、被害者を救済し、頂いた対価は次の被害者を助ける為の原資とするビジネス活動DEATH!

しおりを挟む
「――被害者ビジネス。その一言だけを聞くと、自らが被害者であると主張し、相手や政府等に対して金銭や特恵的待遇を要求する行為と思われがちで、あまり、良いイメージを持たれないのですが、それは違います。被害者を救済し、頂いた対価は次の被害者を助ける為の原資とするビジネス活動。私達はこれを総じて、被害者救済ビジネスと呼んでいます。勘違いされている方が非常に多いのですが、決してネガティブな言葉ではないんですよ?」

 ハリー・レッテルは、村井達と共にピンハネ・ポバティーにより現実世界に連れて来られたピンハネの所有物・・・
 与えられた役割は、利用価値のある人間達に被害者ビジネスを広め、この世界の人間達から金を巻き上げる事にある。

 この世界に連れて来られて初めての頃、ハリーはこう思った。
 ここは本当に不思議な世界だと……。
 自分達がいた世界は、人の感情が理性や法を超える人治主義の世界。
 ある程度のルールはあるものの弱肉強食を地で行く強さがものをいう世界だった。
 対して、この世界はその正反対。
 この世界では、誰かが誰かに被害を与えたら社会全体で被害者を救済し、例えそれが強者であったとしても罰を与えるという建前が存在している。
 その為、何も持たない弱者が悪意を持って強者を虐げようと思えば、それができてしまう。

 逆説的に弱者こそ最強。

 仕事をしない社員に対し上司が注意すれば、パワハラを訴えられ損害賠償。
 異性に対して素行不良を咎めればセクハラで損害賠償。
 被害妄想が激しいモラハラを訴えても、もっともらしい嘘をつかれ、他人がそれを信じてしまえば、訴えた側の被害者が損害賠償。
 時効は過ぎ確たる証拠もないが、被害を訴える人だけは沢山いる。マスコミが『可哀想だ』『司法を通すな』『時効を超えて補償しろ』という声を捏造するなり、都合のいい声だけを集めるなりして声高に叫び、民意がそれに同調すれば、それが例え冤罪であったとしても、冤罪を晴らす証拠もないのだからと、時効という法制度に背き遡及して賠償しなければならない。
 それも自分を常識人だと信じて疑わず、薄汚い野良犬が溝に堕ちると一斉に集まって袋叩きにしてしまう。そんな善良な市民達が納得する形でだ。

 何て、素晴らしい世界なのだろうか……。

 法治国家で時効という制度もあるのに、その時の国民感情によりケースバイケースで賠償を迫る事ができる上、司法を通さなければ、どんな法外な要求も許される多様性社会。弱者がこれほどまで強い力を持つ世界など、普通あり得ない。

 恐らくこの世界の……いや、この国の人間は、危機感というものを持ち合わせていない。ぬるま湯の様な鳥かごで育っている……いや、自虐史を植え付けられ、そう飼育されているのだろう。
 だから謝罪するという行為のハードルも低く自分が悪くなくとも謝罪してその場を治めようとする。

 しかしそれは、自分達にとって好都合。これほどまでに操りやすい者達はいない。

「――先ほど、お話致しましたが、私達はとある芸能事務所の女性俳優と密に連絡を取り合っています。この方々は、芸能事務所に所属した年からその当時の社長がお亡くなりになるまでの長期間に渡り執拗な性加害を受けていました。残念ながら、当人もお亡くなりになり時効を迎えている事から性加害を行った張本人から謝罪の言葉を引き出す事も、賠償金を受け取る事も、刑事罰を科す事もできません。しかしながら、私達はその事務所に道義的な補償を求める事はできるとそう考えております。何せ、その事務所は同族企業ですから……」

 この国における同族企業の割合は九十五パーセントを優に超える。
 今は亡き前社長の跡を現社長が引き継いでいるのだ。
 女性俳優に性加害をしていた事実を知らない筈がない。

「……仮に、前社長の所業を現社長が知らなかったとしても、これは知らなかったで済ませていい問題ではありません」

 それが例え嘘であろうとも、我々がそう認定し、性加害があると認めたのだからそれが真実だ。
 芸能界には、そういった噂が尽きないと聞く。ならば、その噂を現実に変えてやるまで。

「この問題は芸能事務所という狭い囲いの中で活躍のチャンスを示唆し、被害者が性加害を受け入れざるを得ない状況を作り出して行われている点で非常に悪質です。当然、現事務所にも責任があります。私達は、長年に渡って行われてきた性加害行為をマスコミや新聞各社に告発致します。皆様には、そのお手伝いをして欲しいのです」
「お、お手伝い……ですか?」

 支援者の一人が呟く様にそう言うと、ハリーはその支援者に視線を向ける。

「――そう。お手伝いです。具体的には、社会的な流れを作り出す為、私達が選定した加害企業に対し、私達が芸能事務所の支援をしている事と同様に、時効が成立していたとしても、超法規的に被害者に賠償金の支払いを行うべきだ、という論調を様々な場で広めて下さい。被害者が望んでいるのは、法的な決着ではなく加害企業が性加害の事実を認め、公式に謝罪し、二度と同じ様な被害者を出さないよう再発防止の為の教育を弛まず続けていく事。そして、謝罪の証として賠償金の支払いを行う事の二点です。多くの人が勘違いしているですが、賠償金の支払いを終える事が問題の解決ではありません。むしろ、そこから解決への道のりが始まるのです。大切な事なので二度言いますが、二度と同じ様な被害者を出さないよう再発防止の為の教育を弛まず続けていく事が重要。私達は、加害企業に対して、二度と同じ様な被害者を出さない為に、私達専門家による『研修制度の設置』や『相談体制の拡充』。そして、被害者の方々の心の傷が癒される日が来るまでの長い期間、共に歩むため、財団法人の設立と財団運営の為、加害企業による『毎年売上高の五パーセントの寄付』を求めます」
「「「お、おおっ!!」」」

 そして、成功報酬として寄付金の五割を次の被害者救済名目で徴収する。
 売上高なら利益と違い、加害企業が調整する事は難しい。寄付金も莫大なものとなるだろう。
 私達が支援して作り上げる予定のこうした被害者財団を数多く設立させ、被害救済手数料として、寄付金の五割をムライが設立する財団法人へと集中させる。
 そうすれば、その加害企業が無くならない限り、被害者に寄り添い伴走しながら被害者団体からも利益を得る事ができる。
 しかし、理解が足りていない者がいたのか、支援者の一人が言葉にしてはならない事を口にする。

「――なるほど、つまり、示談や司法による解決は求めず、後ろめたい事をしている企業から一生集る事で我々が国や東京都から受け取る筈だった補助金や助成金の代わりにすると、そういう……」

 何を言うかと思えば……。あまりの愚かさに頭がおかしくなりそうだ。
 この支援者は何も理解していない。
 あまりの愚かしさにハリーは呆れた表情を浮かべながら支援者に視線を向ける。

「――口が過ぎますよ? 流石の私も、一生集るという言葉は流石に看過できませんね……」

 威圧しながらそう告げると、愚かな発言をした支援者達は顔を硬らせる。

「被害者は数十年に渡り性加害を受けてきました。心の傷は相当に深く、男性を見るだけで、その時の状況がフラッシュバックするほどです。あなたに被害者の方の何が分かるというのですか? この問題は一度、示談金を受け取った位で終わりにしていい類のものではないのですよ。加害者には被害者の傷が癒えるその時まで支援する義務があります。それを一生集るという言葉で括るとは何て乱暴な……」

 加害者が被害者の負った心の傷を癒すその為だけに必要以上のお金を出し伴走する。我々には、被害者という立ち位置の人間がどうしても必要なのだ。
 被害者は金を生み出す金の鳥。
 それを一生集るという言葉で馬鹿にするのは頂けない。
 加害企業には、被害者の親族を含むすべての関係者の寿命が尽きるその時まで伴走して貰わなければならないのだから。

 冷たい視線でそう告げると、馬鹿な事を口にした支援者は冷や汗を流し頭を下げる。

「あ、いえ……決して、そういうつもりで言った訳は……」
「……私が被害者なら、あなたにだけは絶対に支援してほしくないですね。ハッキリ言って不快です。あなたは伴走型支援を集りと根本的に勘違いしている。これは、支援をする私達に対しての侮辱でもあります。今すぐここから出て行きなさい」

 そう告げると、他の支援者達の視線が馬鹿な発言をした支援者に注がれる。

「出て行けよ!」
「お前がいると和が乱れる。今すぐ出て行け!」

 そして、数名の支援者が男の両腕を掴むと、支援者達は声を揃え「出て行け」という言葉を罵声と共に浴びせかけた。

「――ひっ!? そ、そんなっ! ちょっと待って下さい! 私にも生活が……金が無いと困るんです! 謝ります。謝りますから、私も仲間にいれ……」
「さて、皆さんはああなってはいけませんよ。確かに、私達の目的はお金ですが、それは伴走型支援の先にあるもの。支援の副次的な産物でしかありません」

 馬鹿な発言をした支援者が他の支援者達の手により強制退場されていくのを見届けると、ハリーは手を叩いて場の空気を切り替える。

「――長くなりましたが、まとめに入りましょう。私達はまず芸能事務所に道義的な補償を求めます。そして、司法を通さず、確たる証拠が無くても私達が加害者と認定した者から賠償金を受け取る事ができる風潮が社会に醸成された後に、この成功体験を持って、広く上場企業に苦しめられている被害者の方々救済に動き出します」

 上場企業における同族企業の割合は五割を超える。まずは、影響力、話題性共にある事務所や団体を狙い次に巨大資本を持つ上場企業を狙う。その後、非上場企業に手を伸ばす……。
 一度、前例ができれば色々とやり易い。

「皆さん。正義を執行しましょう。数十年に渡り被害者の人権を蔑ろにしてきた加害者に罰を与える時です。敵が大きくても恐れる事はありません。金銭を要求する事を、あつかましく感じる必要もありません。加害者に対して一矢報い、意気地を見せつける方法は、奪われたものと踏みにじられた尊厳にふさわしい対価を金銭で勝ち取る以外にないのです。金銭目的と言われようと、行いを非難されようと、加害企業をギリギリまで追い詰め、補償を勝ち取るのです。これから皆さんには私達がターゲットとして定めた加害企業の被害者の方々を紹介致します。被害者の方々を救い賠償を勝ち取る方法を今回の事例から学んで下さい。大丈夫。数ヶ月と掛かりません。企業はイメージが大切ですから、すぐに根を上げる事でしょう」

 同時に私達にとって都合の良い要求を事務所に提示し、それを履行しなければ取引停止をするよう社会に働きかける。

 ……真綿で首を絞める様なものだ。
 取引先が一社、また一社と離れていくのを見て悠長に構える事のできる企業など存在しない。

「さて、皆さん。加害企業に民意の鉄槌を加えてやりましょう。正義は常に私達の下にあります」

 そう告げると、ハリーは笑みを浮かべた。

 ---------------------------------------------------------------

 次回は2023年10月14日AM7時更新となります。
しおりを挟む
感想 531

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~

鈴木竜一
ファンタジー
王都育ちのエリート騎士は左遷先(田舎町の駐在所)での生活を満喫する! ランドバル王国騎士団に所属するジャスティンは若くして聖騎士の称号を得た有望株。だが、同期のライバルによって運営費横領の濡れ衣を着せられ、地方へと左遷させられてしまう。 王都勤務への復帰を目指すも、左遷先の穏やかでのんびりした田舎暮らしにすっかりハマってしまい、このままでもいいかと思い始めた――その矢先、なぜか同期のハンクが狙っている名家出身の後輩女騎士エリナがジャスティンを追って同じく田舎町勤務に!?  一方、騎士団内ではジャスティンの事件が何者かに仕掛けられたものではないかと疑惑が浮上していて……

処理中です...