上 下
277 / 374

第277話 その頃、現実世界では……②

しおりを挟む
 スマホを手に取ると、俺は画面を確認する。
 どうやら、会田さんからの電話のようだ。

「――もしもし……」
『高橋さんですかっ! 大変です! 今すぐテレビを見て下さい!』
「ああ、既に見ているよ。あいつ等、マジでやりやがったな……」

 よもやよもやだ。エレメンタルを監視に着けていたからある程度の事は知っていたが、まさか、残された選択肢の中で時間的に不可能だと思っていたプランを実行するとは思いもしなかった。

『――どうしましょう。このままでは……』
「ああ、まず間に合わないだろうな……」

 報道を見る限り、既に条例案は可決されている。後は総務大臣との協議を残すのみ。ニュースで報道された以上、既定路線に近い。
 この段に来て流れを変える事はほぼ不可能だろう。だがそれは正攻法で行けばの話……当然の事ながら、闇の精霊・ジェイドの力を借り総務大臣を操る事で計画を破綻させる事は容易い。
 ただ、その場合、今の所なんの落ち度もない総務大臣の人生をぶち壊す事に繋がる。
 今、政府を支えているのは、現時点ではまだ汚職に手を染めていない新人議員ばかり。
 村井元事務次官を追い落とす為とはいえ、一時的に政務が麻痺するだけの事をした自覚はある。敵対してくるならまだしも、そうでない人を巻き込むのは、少しだけ忍びない。俺の心の中の小さな良心が少しだけ疼く。

 なので……

「……プランBだ。プランBでいく」

 たった数日で都知事を籠絡するとは恐れ入った。どうやら市民団体や活動家というのは、俺が思っていた以上に政治的影響力を持っているらしい。
 都知事も都知事だ。もうすぐ都知事選が控えているというのに、こんな大それた増税条例案をぶち込んでくるとは、中々、思い切りがいいじゃないか。対象はレアメタル事業者に絞ったから、選挙に影響はないと考えたか、それとも、都知事選で落選しても問題ないよう天下り先の手筈でも整えたのか。
 何はともあれ、条例案が通ってしまった以上、この動きは全国に向けて波及する。
 実際、レアメタルの採掘や製錬の過程で大量の放射性廃棄物が発生するので名目としては最適なのだろう。
 産業廃棄物税や大型ディーゼル車高速道路利用税の時もそうだった。
 気付けば都道府県独自の法定外税がいつの間にか全国に波及していた。
 まあ、産業廃棄物税や大型ディーゼル車高速道路利用税がどういう運用になっているかは知らないが、少なくともこの条例案が通って喜ぶのは、レアメタル事業者から徴収した税金の還流を受ける都が指定した関連団体だけ。当然、その中には、公益財団法人アース・ブリッジ協会も含まれる……と、いうより、その関連団体の中枢に座すのが公益財団法人アース・ブリッジ協会だ。
 ならば、最適解はただ一つ。

「……わかりました。プランBですね? 内容を確認して実行可能かどうかの判断をしたいので、私のメールにそのプランBを送信して頂けないでしょうか?」

 そういえば、そうだった。
 基本的に俺は誰も信用していない。
 エレメンタルの存在を無闇に教えても自分の身を危険に晒すだけだからな。今、発言したプランBはすべて頭の中にある。

「わかった。文字に起こしてすぐに送信する。一度、メールに目を通した後は削除してくれ」

 プランがバレたら拙いからな。
 こういう事は、密かに進めるのがいいのだ。バレて対策打たれるのも面倒だし、一度、調子付かせてから奈落の底に突き落とすのは好みだが、この手の連中は調子付かせておくと際限がない。
 部屋に現れた一匹のゴキブリが繁殖するのを待って駆除する奴はいないだろ?
 そういう事だよ。

「それじゃあ、これから作業に入るから一度切るぞ……」

 そう言って電話を切ろうとすると、会田さんは慌てた声を上げる。

『――あ、ちょっと、待って下さい! まだ話は終わってな……』
「えっ……まだ何かあるの? もうお腹いっぱいなんだけど……。」

 どうせまた面倒事なんだろ?
 いいよもう適当にやってくれて。後で俺が責任持つからさ。
 そんな事を思いながら問い返すと、案の定と言うべきか酷く面倒臭い事を言い出した。

『えっとですね。先ほど、公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事、長谷川様より電話がありました。大切な要件なので折り返しの連絡を頂きたいとの事です』
「公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事が……俺に?」

 公金に集るダニが一体何の用だ?

『はい。恐らく、先ほど流れていたニュースの件についての話かと……』
「ふーん……」

 ……と,いう事は、脅しかな?
 中々、いい度胸しているじゃないか。
 それとも、法律が味方をしてくれると思って勘違いしているのか?
 まあ、俺を敵に回した時点でこいつの命運は終わっている。世迷事の一つや二つくらい聞いてやるか。
 こういった所でヘイトを溜め込んでおけば、叩き潰す時、スッキリするしな。

「……わかった。電話しておくよ。連絡先はメールにでも送っておいてくれ。後で電話しとくからさ」
『はい。わかりました。それでは、私はこれで……プランB、後で必ず送って下さいね!』
「はいはい……」

 そう言って電話を切ると、俺はため息を吐く。
 そして、会田さんから来たメールを開くと、念の為、エレメンタルに公益財団法人アース・ブリッジ協会に長谷川がいる事を確認してもらった上、個室備え付けの電話で代表理事、長谷川に電話をかけた。

 ――プルルル――プルルル

『――はい。公益財団法人アース・ブリッジ協会です』
「いつもお世話になっております。任意団体宝くじ研究会の代表、高橋翔と申します」

 別にお世話になっていないし、何なら、国から補助金や助成金が注入されている時点で、お世話してやっている感満載だが、まあよしとしておこう。

『任意団体宝くじ研究会の高橋様ですね。いつもお世話になっております』
「代表の長谷川様はいらっしゃいますでしょうか?」

 そう尋ねると、電話受付は待っていましたと言わんばかりに声を上げる。

『長谷川でございますね。ただ今、お繋ぎ致しますので少々、お待ち下さいませ』

 どうやら電話受付にも話が通っていた様だ。営業電話と勘違いされて不信感を持たれると思っていたのに拍子抜けもいい所である。
 まあ、普通の固定電話で代表理事に電話を繋ぐことなんて中小企業でもなければほぼ無いに等しい。公益財団法人ともなれば、当然だ。折り返しの電話を求める時点で電話受付に話が通っていて然るべきなのかも知れない。
 まあ、俺なら『宝くじ研究会』なんて胡散臭い、いかにも投資不動産勧誘されそうな電話になんか出ないけど……

 電話口から流れてくる保留音に耳を傾けながらそんな事を考えていると、暫くして長谷川に電話が繋がった。

『待たせてしまった様で悪いね。なにぶん、君と違って私は忙しくてな。公益財団法人アース・ブリッジ協会、代表理事の長谷川だ。初めまして、宝くじ研究会、代表の高橋君だったかな?』

 電話での態度が最高に悪い。
 こいつ、本当に公益財団法人の代表理事か?
 仮にも、寄付や会費、助成金で運営している公益財団法人なんだろ?
 仮に辛酸を舐めさせられた相手からの電話だとしても、その対応は無いだろ。

 やっぱり、電話なんかしなければ良かった。
 そんな事を考えていると、長谷川は意気揚々な態度で言う。

『先ほども言ったが、私は忙しい。レアメタル税条例の事は知っているな?』

 偉そうなクソ爺だな。仮にも取引先になるかも知れない相手に対してそれはないだろ。お前はアメイジング・コーポレーションの西木元社長か?
 どの爺もどの婆もどの若造も権力を持つと皆、碌でもなくなるのか。どうしようもないな。俺を見習え。

『――おい。話を聞いているのか?』
「ええ、勿論、聞いておりますとも……」

 嘘だ。考え事をしていたから全然、話を聞いていなかった。既に話を聞く気が失せたといっても過言ではない。

『――まあいい。単刀直入に言おう。従業員に対する訴訟を取り下げ、私の指定する得意先との取引を再開させなさい。東京都のレアメタル税条例。あれは、環境エコ認定マークを取得している法人は適用除外となっている。もし、君が私の条件を飲むなら環境エコ認定マークの審査をしてやってもいい。君も無駄な税金は払いたくないだろう?』

 無駄な税金……つまり、不必要な税金を背負わせようとしている自覚がある訳だ。
 語るに落ちるとはこの事だな。

『あとね。団体の名称を「宝くじ研究会」から別の名称に変え、任意団体から株式会社へと商号を変更しなさい。誰だ。こんな馬鹿みたいな団体名を付けたのは……』

 ……俺ですが、それがなにか?
 この爺、地雷原をもの凄い勢いで駆け抜けていくな。
 俺をディスるのもいい加減にしろよ。

『ああ、それと株式会社へ商号を変更したら、速やかに株式の過半数を私に渡す事。当然、役員の受け入れもしてもらう。勝手な事をされては困るからな。ああ、勿論、今のは独り言だ。他言無用で頼むよ? まあ、今の君はそんな事を言えた立場ではないだろうがね。私からの話は以上だ』
「そうですか――」

 お前の思い上がった意向が、本当によく分かった。東京都がバックに付けて調子付いているのか?
 あまり調子に乗るなよ。それ、お前のバックについている奴が強いだけだからな?
 お前、弱いままだから。

「一度、話を持ち帰り検討させて頂きたいと思います」
『そうか……私も忙しい。明日中に連絡をくれ給え。色よい返事を待っている。くれぐれも、私を失望させてくれるなよ』
「ええ……それでは、これで失礼します」

 そう言って、電話を切ると、俺は薄ら笑いを浮かべる。

「楽しくなってきたな……」

 思い上がりも甚だしいクズだ。ここまで思い上がれるとは良い性格をしている。
 どうやら、遠慮は不要の様だ。

 ゴキブリの様に裏でカサカサ動き回り、俺の作った任意団体を狙い撃ちに法整備し、税金を巻き上げようとした挙句、その金を白石とかいう活動家に迂回融資させる様な非営利法人なんかいらねえよ。調べてみたら、有識者会議に入って、非営利法人に補助金をばら撒く法案を創ろうとしているみたいじゃないか。
 自分の所の活動報告書や貸借対照表も碌に作れないガバ法人が作ったガバ報告書を元に、これだけの予算が必要だと有識者会議で発言し、自分達に都合の良いガバガバな予算を付けようとしている。
 冗談だろ? 馬鹿も休み休みに言えよ。税金を何だと思っているんだ?
 法も税金もお前等の玩具じゃねーんだよ。
 そんな、ガバガバで適当な会計報告を元に予算組まれたら堪んねーよ。
 その予算の原資は国民の血税……あまり舐めた真似をしてくれるなよ。
 エレメンタルのお仕置きじゃ足りなかったか?
 とんだ欲しがりさんだな。お前等は……。
 そっちがその気ならこっちもやってやろうじゃないか。
 今度こそ徹底的に……俺自ら引導を渡してやるよ。

 そう呟くと、俺はメールアプリを立ち上げ会田さん向けに、プランBの内容をメールに打ち込むと、送信ボタンを押した。

 ---------------------------------------------------------------

 次回は2023年8月9日AM7時更新となります。
しおりを挟む
感想 531

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~

鈴木竜一
ファンタジー
王都育ちのエリート騎士は左遷先(田舎町の駐在所)での生活を満喫する! ランドバル王国騎士団に所属するジャスティンは若くして聖騎士の称号を得た有望株。だが、同期のライバルによって運営費横領の濡れ衣を着せられ、地方へと左遷させられてしまう。 王都勤務への復帰を目指すも、左遷先の穏やかでのんびりした田舎暮らしにすっかりハマってしまい、このままでもいいかと思い始めた――その矢先、なぜか同期のハンクが狙っている名家出身の後輩女騎士エリナがジャスティンを追って同じく田舎町勤務に!?  一方、騎士団内ではジャスティンの事件が何者かに仕掛けられたものではないかと疑惑が浮上していて……

処理中です...