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第238話 ゲーム世界は現実世界からの来訪者にとって厳しい環境です
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胸の内を話そう。
実の所、川島の事を刺した正義君やその罪を俺に被せた武藤とかいう警察官の事はそんなに怨んではいない。何故なら、俺の目的は村井元事務次官を排除する事にあるのだから。
むしろ、今回の件で腸が煮え返っているのは釈放時の警察の対応だ。
釈放時言われた警察署長の『真相の解明に必要な逮捕だった』という一言。
正義君の罪を武藤に擦り付けられた後の事情聴取の長さや横暴さにもムカついたが、あの一言にはそれ以上のムカつきを覚えた。
警察署長が誤認逮捕を是としているのだ。警察署長がそんな考えでは、当選、その下で働く部下もそういった考えに染まる。これは良くない傾向だ。なので、その腹いせもしてやろうと思う。
まあ、留置場の担当官には悪いと思うけど、警察署長と一緒に懲戒処分を受けてくれ。大丈夫、先の例に倣えば、被告が留置場から逃走した場合の懲戒は、三ヶ月間の減給位で済むと思うから……。警察署長がどうなるかは知らんけど。
話がだいぶ逸れた。元に戻そう。
「――話に乗るじゃない。チャンスをください。お願いしますだろ?」
上から目線で頼み事をする奴なんざ見たことない。まあ、これから二人に提示する条件も大概だ。
チャンスと言いつつチャンスでも何でもない。そんなに甘い所じゃないぞ、ゲーム世界は……。とはいえ、考え方は人それぞれ。
それをチャンスと捉える人もいるかも知れない。
「――まあいいや、取り合えず、詳細を教える。お前達が行くのはここだ」
そう言ってリモコンのスイッチを押すと、北極に突如現れた天を貫くほど大きく縦に伸びた大樹『ユグドラシル』が映る。
「こ、これは――」
この反応、少なくとも正義君はここがどこなのか知っている様子だった。
「ああ、お前達に行ってもらうのはゲーム世界『Different World』。そのセントラル王国に住んでもらう。ただし、この場所に行くには少々、危険が伴う」
そう言って、医学博士の石井お手製『仮死状態にするお薬』を取り出すと、二人の目の前に提示する。
「……これは、生き物を仮死状態にする薬。この世界に行く為には、この薬を飲まなければならない。さて、ここで選択だ。この『仮死状態にするお薬』を飲みこの世界とお別れするか、留置場に戻りチャンスを棒に振るか、お前達はどちらを選択する?」
言い方が『死ぬか社会的に死ぬかどちらがいい』見たいに聞こえてしまったかも知れないが、気にしない。何度でも言うが、別に俺としてはどちらでもいい。
ただ、俺も鬼ではない。
死ぬ覚悟がある奴に対して、更なる死体蹴りする様な真似は絶対にしないとだけは言っておこう。
もし飲む決断をするならちゃんとゲーム世界に送り届けてやる。その後の生活は知らんけど。
すると、正義君が一歩前に出る。
「……お父さん。俺は飲むよ」
「――なっ! 今の説明を聞いていなかったのかっ!?」
「……聞いていたよ。飲んでも死ぬ訳じゃない。仮死状態になるだけでしょ?」
正義君……頭が緩いんだかどうなのかよくわからないな……。
俺は改めてそのお薬を飲む危険性を話す。
「知り合いの医学博士によると、その薬には一パーセント位の確率で本当に死んでしまうリスクがあるらしい。それでも飲むか?」
本当に死んでも知らないよ?
まあ、その覚悟があるならいいんだけど。
「うん。だって戻っても社会的に殺されるだけだもん。だったら、俺はこれに賭けたい」
「ふーん。まあ、いいんじゃない?」
人の話を信じすぎていてなんだか怖いが、こんな足りない説明でこれを飲みゲーム世界に行きたいと言うならそれでもいい。
「それで、あんたはどうする? 別に無理とは言わないけど……」
その場合、留置場に送り返すだけだ。
武藤は俺と正義を交互に見て苦悩すると、呟く様に言った。
「……本当に死ぬ事はないんだな?」
「いや、一パーセントの確率で死ぬ危険性はあるぞ?」
お前、何を聞いていたんだ?
「とはいえ、ちゃんと蘇生させる用意はあるし、用法用量を守れば多分、大丈夫だ。高い確率で成功するとだけ言っておこう」
すると、武藤は深く考え込んで決断する。
「……わかった。それなら私も行こう」
おお、決断したよ……。
俺なら絶対に仮死状態にする薬なんて飲みたくないけど、今のこいつらの精神は尋常じゃあないからな。まあいいだろ。
「よし。それじゃあ、まずはこれを書いてくれ」
「うん? これは……げえっ!?」
武藤の前に出したのは白紙の離婚届。
「縁起でもないと思うかも知れないが、行方不明者との離婚って大変なんだぞ? 離婚まで年単位の時間がかかるからな。奥さんの事を思うなら書いておけ。まあ、奥さんも一緒に行くというなら別に書かなくてもいいけど……」
そう告げると武藤は俯いた。
このしょんぼりとした表情……。
これ、離婚一直線なんじゃ……。
「わかった……」
武藤は何かを決意した様に離婚届を書き始める。
「……まあ、安心しろよ。最後に一回位会わせてやるからさ」
俺にもそれ位の情はある。
そう慰めの言葉をかけると武藤は何も言わずに頭を下げた。
最初からこの位、謙虚であれば話が違ったかも知れないな。まあ、今更だけど……。
その後、影の精霊・シャドーの力を借り武藤夫妻の住む家に転移。武藤夫妻は無事離婚する事となった。
外には相変わらず騒がしい記者達が待ち構えていたが、清々したと言わんばかりの表情で離婚届にサインする武藤嫁を見て、武藤の事を一瞬憐れに思った。
聞いてみると、元々、武藤が定年を迎えたら離婚するつもりだった様だ。離婚する際に毟る予定だった退職金が支給されない事を嘆いていたのは武藤には秘密である。
「――さて、心残りは無くなったな。それじゃあ、これを飲んでもらおうか」
医学博士の石井立会いの下、仮死状態になるお薬を手渡すと武藤親子は揃って躊躇う様な素振りを見せる。
「こ、これ本当に大丈夫なのか?」
飲んだら仮死状態になると聞かされて心配にならない人間はいない。
「当然、何せ私が人間用に新しく調合した仮死薬だからな。痛みも苦しみも無く眠る様に仮死状態になれる。蘇る時もAEDの電気ショックで一発だ。後遺症も残らんよ」
俺に代わり補足説明を石井がしてくれた訳だが……怖いな。武藤親子が余計に萎縮してしまった。
「まあ不安になる気持ちは分かるが、今は時間がない。警察もそろそろ気付く頃だろう。お前達が署内にいない事に……もし今、見つかったら流石の俺も引き渡さざるを得ないぞ?」
その際には、被疑者の逃亡を手伝った現行犯で俺も晴れて犯罪者だ。
まあその場合、その警察官の記憶を改竄して無かった事にするけど……。
「……わかった」
「飲もうか……」
武藤親子は簡易ベッドに座ると、手に持つ仮死薬の蓋を開け一気に飲み干した。
飲んでから数秒すると、全身の筋肉が弛緩しているのか仮死薬の入った容器を落とし、倒れる様にベッドに横たわる。
「……よし。大丈夫。ちゃんと仮死状態になったぞ」
石井は脈を確認すると手際良く中和剤を打ち込み、俺にAEDを持たせ笑みを浮かべる。
「……まあ、これならすぐに蘇生するだろう。五分以内にこれを使って処置するように」
「ああ、わかった」
仮死状態となった武藤親子をアイテムストレージにしまうと、早速、ゲーム世界にログインし、経営する宿に移動する。
そして、現場を誰にも見られないよう部屋に籠り、アイテムストレージから武藤親子を取り出すと、AEDで電気ショックを与え、胸の真ん中に手を重ねて置きAEDから流れるメトロノームの音に合わせて胸をまっすぐ押し込んだ。
「ふう。こんなものかな?」
心臓マッサージを繰り返すと、顔に赤みが差してきた。呼吸もちゃんとしている様だし、もう大丈夫だろう。
さて、後は……。
二人が目を覚ますまでの間に、契約書を二通書き上げるだけだ。
この二人は、俺がゲーム世界と現実世界を行き来できる事を知っている。ゲーム世界に連れて行く以上、一部の例外を除きこれは知られてはならない事だ。
寝ている間に契約を済ませてしまおう。
なに、ただ俺がゲーム世界と現実世界を行き来できる事を伝えられないよう縛るだけだ。そう大した事ではない。
武藤親子の手にペンを握らせ、ひらがなで適当に名前を書かせると、契約書をアイテムストレージにしまう。
ミッションコンプリートだ。
「……さて、そろそろ起きて貰おうか」
そう言って、顔をペチペチ叩くと親子揃って目を覚ます。
「――うっ、ここは……?」
「――ごほっごほっ! し、死んでない……? 死んでないっ!? よ、良かったぁ……ちゃんと、蘇生してくれたんだ……」
当たり前だ。確かにお前達がどこで野垂れ死のうと興味はないが、俺は約束を守る男。アイテムストレージから二十万コルを取り出すと二人の前に放る。
「――さて、取り合えず、言わせて貰おうかな。ようこそ、ゲーム世界『Different World』へ。ここは、セントラル王国にある宿の一室だ。この世界には、冒険者協会という仕事の斡旋所がある。その金が尽きる前に冒険者協会に登録し、生活基盤を整えるといい。なお、俺は今渡した金以上の支援はしないのでよく覚えておくように……それで、何か質問は?」
雑にそう説明すると、正義がピンと手を伸ばす。
「――は、はい! この世界って本当に『Different World』なんですかっ!?」
「ああ、そうだ」
そう言うと、正義は嬉しそうな表情を浮かべる。
この反応……もしかしたら、こいつも元DWプレイヤーなのか?
「それじゃあ、このお金は?」
「それは石井からの報酬だ。この世界に無事、渡れる様であればこれを渡す様にと言われていた。一応、実験も兼ねていたからな」
すると、正義は引きつった表情を浮かべる。
もしかして、善意で俺が金を渡すとでも思っていたのだろうか?
そんな訳ねーだろと声を大にして言いたい。
「……えっ? だって、百人中九十九人は……」
「それは蘇生率の話だろ。この世界に人を連れて来たのはこれが初めてだからな。だから実験と言ったんだ。まあ何事もなくて良かったじゃあないか」
お陰で仮死状態にすれば、現実世界側からでもゲーム世界側に人を送り込める事がよく分かった。これは大きな発見だ。
まあ高い確率で成功するとも思っていたけど……。
「……さて、話は終わりだな。ああ、最後に一つだけ、メニューバーを表示して見てくれないか?」
「メニューバーですか?」
「ああ、視界の端にアイコンが表示されているだろ? それをタップすればメニューバーが表示される」
まあ、そんなものがあればの話だけど……。
俺の予想が正しければ、現実世界から連れてきた人間には、メニューバーもステータスも表示されない。
つまりそれは、DW内においてアイテムストレージやレベル制の恩恵を享受できない事を意味する。
ここでの生活はかなり大変なものになる筈だ。
すると、思った通りの回答が返ってきた。
「えっと、メニューバーがないみたいなんですけど……」
戸惑う正義。
当然だ。メニューバーがなければ、ステータスを確認する事も、アイテムストレージを使う事もできない。
「そっか……がんばれよ」
呆然とした表情を浮かべ、俯く二人に俺は最大限のエールを送ると、扉を開け部屋を後にした。
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次回は2023年4月14日AM7時更新となります。
実の所、川島の事を刺した正義君やその罪を俺に被せた武藤とかいう警察官の事はそんなに怨んではいない。何故なら、俺の目的は村井元事務次官を排除する事にあるのだから。
むしろ、今回の件で腸が煮え返っているのは釈放時の警察の対応だ。
釈放時言われた警察署長の『真相の解明に必要な逮捕だった』という一言。
正義君の罪を武藤に擦り付けられた後の事情聴取の長さや横暴さにもムカついたが、あの一言にはそれ以上のムカつきを覚えた。
警察署長が誤認逮捕を是としているのだ。警察署長がそんな考えでは、当選、その下で働く部下もそういった考えに染まる。これは良くない傾向だ。なので、その腹いせもしてやろうと思う。
まあ、留置場の担当官には悪いと思うけど、警察署長と一緒に懲戒処分を受けてくれ。大丈夫、先の例に倣えば、被告が留置場から逃走した場合の懲戒は、三ヶ月間の減給位で済むと思うから……。警察署長がどうなるかは知らんけど。
話がだいぶ逸れた。元に戻そう。
「――話に乗るじゃない。チャンスをください。お願いしますだろ?」
上から目線で頼み事をする奴なんざ見たことない。まあ、これから二人に提示する条件も大概だ。
チャンスと言いつつチャンスでも何でもない。そんなに甘い所じゃないぞ、ゲーム世界は……。とはいえ、考え方は人それぞれ。
それをチャンスと捉える人もいるかも知れない。
「――まあいいや、取り合えず、詳細を教える。お前達が行くのはここだ」
そう言ってリモコンのスイッチを押すと、北極に突如現れた天を貫くほど大きく縦に伸びた大樹『ユグドラシル』が映る。
「こ、これは――」
この反応、少なくとも正義君はここがどこなのか知っている様子だった。
「ああ、お前達に行ってもらうのはゲーム世界『Different World』。そのセントラル王国に住んでもらう。ただし、この場所に行くには少々、危険が伴う」
そう言って、医学博士の石井お手製『仮死状態にするお薬』を取り出すと、二人の目の前に提示する。
「……これは、生き物を仮死状態にする薬。この世界に行く為には、この薬を飲まなければならない。さて、ここで選択だ。この『仮死状態にするお薬』を飲みこの世界とお別れするか、留置場に戻りチャンスを棒に振るか、お前達はどちらを選択する?」
言い方が『死ぬか社会的に死ぬかどちらがいい』見たいに聞こえてしまったかも知れないが、気にしない。何度でも言うが、別に俺としてはどちらでもいい。
ただ、俺も鬼ではない。
死ぬ覚悟がある奴に対して、更なる死体蹴りする様な真似は絶対にしないとだけは言っておこう。
もし飲む決断をするならちゃんとゲーム世界に送り届けてやる。その後の生活は知らんけど。
すると、正義君が一歩前に出る。
「……お父さん。俺は飲むよ」
「――なっ! 今の説明を聞いていなかったのかっ!?」
「……聞いていたよ。飲んでも死ぬ訳じゃない。仮死状態になるだけでしょ?」
正義君……頭が緩いんだかどうなのかよくわからないな……。
俺は改めてそのお薬を飲む危険性を話す。
「知り合いの医学博士によると、その薬には一パーセント位の確率で本当に死んでしまうリスクがあるらしい。それでも飲むか?」
本当に死んでも知らないよ?
まあ、その覚悟があるならいいんだけど。
「うん。だって戻っても社会的に殺されるだけだもん。だったら、俺はこれに賭けたい」
「ふーん。まあ、いいんじゃない?」
人の話を信じすぎていてなんだか怖いが、こんな足りない説明でこれを飲みゲーム世界に行きたいと言うならそれでもいい。
「それで、あんたはどうする? 別に無理とは言わないけど……」
その場合、留置場に送り返すだけだ。
武藤は俺と正義を交互に見て苦悩すると、呟く様に言った。
「……本当に死ぬ事はないんだな?」
「いや、一パーセントの確率で死ぬ危険性はあるぞ?」
お前、何を聞いていたんだ?
「とはいえ、ちゃんと蘇生させる用意はあるし、用法用量を守れば多分、大丈夫だ。高い確率で成功するとだけ言っておこう」
すると、武藤は深く考え込んで決断する。
「……わかった。それなら私も行こう」
おお、決断したよ……。
俺なら絶対に仮死状態にする薬なんて飲みたくないけど、今のこいつらの精神は尋常じゃあないからな。まあいいだろ。
「よし。それじゃあ、まずはこれを書いてくれ」
「うん? これは……げえっ!?」
武藤の前に出したのは白紙の離婚届。
「縁起でもないと思うかも知れないが、行方不明者との離婚って大変なんだぞ? 離婚まで年単位の時間がかかるからな。奥さんの事を思うなら書いておけ。まあ、奥さんも一緒に行くというなら別に書かなくてもいいけど……」
そう告げると武藤は俯いた。
このしょんぼりとした表情……。
これ、離婚一直線なんじゃ……。
「わかった……」
武藤は何かを決意した様に離婚届を書き始める。
「……まあ、安心しろよ。最後に一回位会わせてやるからさ」
俺にもそれ位の情はある。
そう慰めの言葉をかけると武藤は何も言わずに頭を下げた。
最初からこの位、謙虚であれば話が違ったかも知れないな。まあ、今更だけど……。
その後、影の精霊・シャドーの力を借り武藤夫妻の住む家に転移。武藤夫妻は無事離婚する事となった。
外には相変わらず騒がしい記者達が待ち構えていたが、清々したと言わんばかりの表情で離婚届にサインする武藤嫁を見て、武藤の事を一瞬憐れに思った。
聞いてみると、元々、武藤が定年を迎えたら離婚するつもりだった様だ。離婚する際に毟る予定だった退職金が支給されない事を嘆いていたのは武藤には秘密である。
「――さて、心残りは無くなったな。それじゃあ、これを飲んでもらおうか」
医学博士の石井立会いの下、仮死状態になるお薬を手渡すと武藤親子は揃って躊躇う様な素振りを見せる。
「こ、これ本当に大丈夫なのか?」
飲んだら仮死状態になると聞かされて心配にならない人間はいない。
「当然、何せ私が人間用に新しく調合した仮死薬だからな。痛みも苦しみも無く眠る様に仮死状態になれる。蘇る時もAEDの電気ショックで一発だ。後遺症も残らんよ」
俺に代わり補足説明を石井がしてくれた訳だが……怖いな。武藤親子が余計に萎縮してしまった。
「まあ不安になる気持ちは分かるが、今は時間がない。警察もそろそろ気付く頃だろう。お前達が署内にいない事に……もし今、見つかったら流石の俺も引き渡さざるを得ないぞ?」
その際には、被疑者の逃亡を手伝った現行犯で俺も晴れて犯罪者だ。
まあその場合、その警察官の記憶を改竄して無かった事にするけど……。
「……わかった」
「飲もうか……」
武藤親子は簡易ベッドに座ると、手に持つ仮死薬の蓋を開け一気に飲み干した。
飲んでから数秒すると、全身の筋肉が弛緩しているのか仮死薬の入った容器を落とし、倒れる様にベッドに横たわる。
「……よし。大丈夫。ちゃんと仮死状態になったぞ」
石井は脈を確認すると手際良く中和剤を打ち込み、俺にAEDを持たせ笑みを浮かべる。
「……まあ、これならすぐに蘇生するだろう。五分以内にこれを使って処置するように」
「ああ、わかった」
仮死状態となった武藤親子をアイテムストレージにしまうと、早速、ゲーム世界にログインし、経営する宿に移動する。
そして、現場を誰にも見られないよう部屋に籠り、アイテムストレージから武藤親子を取り出すと、AEDで電気ショックを与え、胸の真ん中に手を重ねて置きAEDから流れるメトロノームの音に合わせて胸をまっすぐ押し込んだ。
「ふう。こんなものかな?」
心臓マッサージを繰り返すと、顔に赤みが差してきた。呼吸もちゃんとしている様だし、もう大丈夫だろう。
さて、後は……。
二人が目を覚ますまでの間に、契約書を二通書き上げるだけだ。
この二人は、俺がゲーム世界と現実世界を行き来できる事を知っている。ゲーム世界に連れて行く以上、一部の例外を除きこれは知られてはならない事だ。
寝ている間に契約を済ませてしまおう。
なに、ただ俺がゲーム世界と現実世界を行き来できる事を伝えられないよう縛るだけだ。そう大した事ではない。
武藤親子の手にペンを握らせ、ひらがなで適当に名前を書かせると、契約書をアイテムストレージにしまう。
ミッションコンプリートだ。
「……さて、そろそろ起きて貰おうか」
そう言って、顔をペチペチ叩くと親子揃って目を覚ます。
「――うっ、ここは……?」
「――ごほっごほっ! し、死んでない……? 死んでないっ!? よ、良かったぁ……ちゃんと、蘇生してくれたんだ……」
当たり前だ。確かにお前達がどこで野垂れ死のうと興味はないが、俺は約束を守る男。アイテムストレージから二十万コルを取り出すと二人の前に放る。
「――さて、取り合えず、言わせて貰おうかな。ようこそ、ゲーム世界『Different World』へ。ここは、セントラル王国にある宿の一室だ。この世界には、冒険者協会という仕事の斡旋所がある。その金が尽きる前に冒険者協会に登録し、生活基盤を整えるといい。なお、俺は今渡した金以上の支援はしないのでよく覚えておくように……それで、何か質問は?」
雑にそう説明すると、正義がピンと手を伸ばす。
「――は、はい! この世界って本当に『Different World』なんですかっ!?」
「ああ、そうだ」
そう言うと、正義は嬉しそうな表情を浮かべる。
この反応……もしかしたら、こいつも元DWプレイヤーなのか?
「それじゃあ、このお金は?」
「それは石井からの報酬だ。この世界に無事、渡れる様であればこれを渡す様にと言われていた。一応、実験も兼ねていたからな」
すると、正義は引きつった表情を浮かべる。
もしかして、善意で俺が金を渡すとでも思っていたのだろうか?
そんな訳ねーだろと声を大にして言いたい。
「……えっ? だって、百人中九十九人は……」
「それは蘇生率の話だろ。この世界に人を連れて来たのはこれが初めてだからな。だから実験と言ったんだ。まあ何事もなくて良かったじゃあないか」
お陰で仮死状態にすれば、現実世界側からでもゲーム世界側に人を送り込める事がよく分かった。これは大きな発見だ。
まあ高い確率で成功するとも思っていたけど……。
「……さて、話は終わりだな。ああ、最後に一つだけ、メニューバーを表示して見てくれないか?」
「メニューバーですか?」
「ああ、視界の端にアイコンが表示されているだろ? それをタップすればメニューバーが表示される」
まあ、そんなものがあればの話だけど……。
俺の予想が正しければ、現実世界から連れてきた人間には、メニューバーもステータスも表示されない。
つまりそれは、DW内においてアイテムストレージやレベル制の恩恵を享受できない事を意味する。
ここでの生活はかなり大変なものになる筈だ。
すると、思った通りの回答が返ってきた。
「えっと、メニューバーがないみたいなんですけど……」
戸惑う正義。
当然だ。メニューバーがなければ、ステータスを確認する事も、アイテムストレージを使う事もできない。
「そっか……がんばれよ」
呆然とした表情を浮かべ、俯く二人に俺は最大限のエールを送ると、扉を開け部屋を後にした。
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