上 下
167 / 374

第167話 徴税官・リヒトー再び①

しおりを挟む
 国中に鳴り響く火災を告げる鐘の音。
 その音を聞き、セントラル王国の宰相であるカティ・アドバンスドは顔を上げる。

「今日は火災が多いな……空気が乾燥しているのか?」

 そんな呑気な事を言いながら珈琲を口に含むと、立ち上がり窓から外に視線を向ける。

「……ふむ。ここからでは、様子がわからないか」

 まあ、すぐに報告が上がってくるだろう。
 そう結論付けると、席に着き再び執務に没頭する。

『さ、宰相っ! カティ宰相はいらっしゃいますかっ!』

 しばらくの間、執務に没頭していると、慌しい声が廊下から聞こえてきた。

「うん? 騒がしいな。何か問題事でも発生したのか?」

 心当たりはある。
 先ほどからけたましく鳴り響く鐘の音。
 もしかしたら、貴族街に住む貴族の屋敷が燃えたのかも知れない。
 若しくは、ゴミ・排泄物処理問題。
 兵士達にはゴミ処理場の管理者の言う事をよく聞き、貴族街から率先してゴミ処理を行うように命じてあるが、我儘な貴族が兵士相手に一悶着起こした可能性も考えられる。

 この国の貴族は、社会的な特権を世襲している者が多数を占め、良くも悪くも横暴な者が多い。貴族直轄地の税金免除、領民に対する一定の司法権限。他にも、多くの特権が貴族には与えられている。その為、平民に対し、増長しがちだ。

「やれやれ、面倒事でなければいいのだが……」

 そう呟くと同時に、宰相室の扉をノックする音が響く。
 声を聴くに兵士長・アンハサウェイの様だ。

「入りなさい……」

 ため息交じりにそう言うと、血相を変えた兵士長が宰相室に入ってきた。

「……失礼します。至急、宰相閣下にお伝えしたい事がっ!」
「藪から棒にどうしたのです? 貴族の屋敷でも燃えましたか?」

 冗談交じりにそう言うと、アンハサウェイは苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべる。

「二点、報告があります。まず、一点目ですが、国中のゴミ・排泄物処理場で爆発事故が発生しました」
「はっ?」

 思いもよらない報告を聞き、唖然とした表情を浮かべるカティ宰相。
 ゴミや汚物の回収を兵士達に任せたその日からそんな問題が発生すると思わず、それしか言葉が出てこない。
 頭の中でアンハサウェイの言葉を繰り返し、ようやく、その言葉の意味を認識したカティ宰相は心を落ち着かせる為、珈琲を口に含む。

「……それで、被害状況は? 概要を説明しなさい」
「はい。どうやら兵士と処理場の役人との間で、意思疎通できていない部分があった様で……」
「その結果が、その爆発事故ですか……しかし、同時多発的に爆発事故が起こるとは……テロの可能性は?」
「いえ、直接的な原因はゴミに紛れていたモンスターの魔石。これを処理場で焼却した事にあります。テロの可能性は低いかと……」
「そうですか……しかし、困りましたね」

 ゴミ・排泄物処理場での爆発事故。
 しかも、同時多発的にそんな事が起きれば、ゴミ処理機能が麻痺してしまう。
 その結果、何が起こるのかは明白だ。
 ゴミ・排泄物処理場を建て直すにしても時間がかかる。
 立て直す為の費用だって馬鹿にならない。

「……起こってしまった事は仕方がありません。ゴミの分別には、細心の注意を持って行うように。ゴミと汚物は稼動している処理場に回しなさい。詳細な被害状況が纏まり次第、早急に連絡を上げるように」
「はい。それともう一点。ゴミ処理に当たっていた兵士の殆どが本日付の退職を申し上げてきました……」
「はっ?」

 今、何と言ったのだろうか?
 ゴミ・排泄物処理場の爆発事故だけでもお腹一杯だというのに、ここにきての兵士の大量退職??
 しかも、ゴミ処理に当たっていた兵士の殆どが本日付の退職を申し上げてきた、だと……。
 どうやら突発性の難聴が発症したようだ。

「……すまないな、兵士長。もう一度、報告を聞かせてくれないか?」

 アンハサウェイも心の中で頭を抱えながら報告を上げる。

「……はい。ゴミ処理に当たっていた兵士の殆どが本日付の退職を申し上げてきました」

 どうやら聞き間違えではなかったようだな。
 それを聞いた瞬間、カティ宰相は文字通り頭を抱えた。

「……当然、引き止めたのだろうな?」
「はい。引き止めはしましたが、退職の決意は固く……」
「そうか……」

 兵士にゴミ・汚物回収をさせたのが悪かったのだろうか?
 しかし、拙いな。兵士にたった一日、ゴミ回収をさせただけでこの有り様か……。
 これは、至急、対応しなくてはならない事態だ。
 国防の要である兵士達がゴミ回収嫌さに大量離職した事が周辺国にバレれば大変な事になる。

「アンハサウェイ。君はもう一度、彼等の説得に当たってくれ。私は至急対応策を考える」
「はい。わかりました」

 アンハサウェイの表情が硬い。
 恐らく、説得は不可能と考えているのだろう。
 アンハサウェイは、渋々、頷くと宰相室から出て行く。

 しかし、困った。本当に困った。
 これでは、ゴミ回収の目途が立たない。
 警備業務に就けた兵士達をゴミ回収に向かわせるのも難しい。
 ゴミ回収に就けた瞬間、二の枚になる可能性が拭えない為だ。

 こうなったら、国民にゴミ回収を命じる他ないが、貴族連中は絶対にそれをやりたがらないだろうし、貴族直轄地のゴミ回収は国民が行う事。等といった命令を出せば、暴動が起きるかも知れない。
 ゴミ・排泄物処理場の修繕費を賄う為、国民に増税を課すことも難しい。
 兵士が大量退職した今、国民の暴動が起きればこの国はお終いだ。
 何せ、それを抑える兵士の大半が退職してしまったのだから。

 回答のない問題を解いているようで頭が痛くなってくる。

 しかし、どうする。増税をしなければ、ゴミ・排泄物処理場の修繕費を賄う事もできない。兵士達がいなければ、暴動を抑える事もできない。
 ゴミ回収も放置できないし、兵士をゴミ回収に当てればどうなるかは目に見えている。

 とはいえ、国中のゴミや排泄物をそのままにしておく訳にはいかない。
 ならば、取れる所から取るしかない。

 暴動による被害を最小限に抑えつつ税金を取れる所。そう。貴族である。

 この国の税制は云わば、身分制度に基づく不公平な課税制度。
 平民に税を課し、特権を持つ貴族は贅を尽くす徴税請負制度を取っている。

 徴税請負制度というのは、云わば、裕福な者が徴税特権を持つ事で更に裕福となり、国民から税金を毟り取る制度だ。
 王都では、まだマシな税制を敷いているので目立った反発もないが、貴族直轄地では酷い税金を課しているという。ちなみに冒険者協会に対する徴税特権は貴族に渡していない。冒険者として稼いだ金額に対する課税は冒険者協会のルールが適用される。
 案外、冒険者になりたい者が増加傾向にあるのも、こういった点が関係しているのかも知れないな、と苦笑するカティ宰相。

 冒険者協会や貴族に借金するという方法もあるが、これも悪手だ。
 既に多額の資金を貴族から借りている。
 税制にメスを入れ、貴族に徴税しようとしているにも係わらず、その様な事をしては本末転倒だ。

「……仕方がない。これは国家存続の危機だ。貴族も、国民もわかってくれるだろう」

 貴族からも徴税するとわかれば、国民も納得してくれるはずだ。

 そう呟くと、カティ宰相は立ち上がり、財務大臣の下に向かった。

 ◇◆◇

 翌日。セントラル王国中に御布令が出る。
 その御布令を見た俺こと、翔は目を丸くした。

「カティ宰相の奴、やってくれたな……」

 御布令には、ゴミ・排泄物処理場修繕を行う為、緊急徴収を行う事が書かれていた。
 対象は奴隷・冒険者を除く全国民の一年間の所得。
 しかも、事業者に対する税率は、利益の五十パーセント。貴族に対する税率は五パーセントだ。それでいて、事業者は、従業員に支払っている給与の十パーセントを従業員の代わりに支払わなければならないらしい。
 アホらしくて話にならない。
 何だ、貴族に対する五パーセントの税率って?
 もしかして、貴族にも税金を徴収していますよアピールか??
 徴収は徴税官が一軒一軒回って徴収すると書いてあるが、無理筋じゃね?
 そんなことできるなら徴税官が一軒一軒回ってゴミの回収巡りをしろよと思う。

 しかも、ゴミ・汚物の回収、処理場への運び込みはすべて国民一人一人が行う事?
 処理場がぶっ壊れているのにどこにゴミを置けというのだろうか?
 ちょっと言っている意味がわからない。

「アホらし……」

 そう呟き、『微睡の宿』に戻ると、そこにはセントラル王国の徴税官・リヒトーが待っていた。前と同じく兵士を連れての参上だ。
 御布令に書かれていた通り、税金を徴収しに来たのだろう。

「こんにちは、しばらくぶりですね。徴税官のリヒトーです」
「……できる事なら一生顔を合わせたくなかったよ。それで、こんなしがない宿の所有者である俺に何の用です? また家宅捜索ですか?」

 あえてそう言うと、リヒトーは眉をひそめた。

「……御冗談を御布令に書いてあったでしょう? 徴収ですよ。あなたは冒険者ですからね。冒険者協会を通じて取引している売買については課税いたしません。しかし、この宿の経営、そして冒険者や元兵士、国民を雇って行っている事業については別です。さあ、財務諸表を見せて下さい。労働者名簿もです」
「財務諸表に労働者名簿をねぇ……見てもつまらないと思いますよ?」

 今回、俺は採算を度外視して嫌がらせに走っている。
 正直、見るだけ無駄だ。だから、他の所に徴収に行きボコボコにされて来い。
 そんな細やかな思いを込めて言うと、リヒトーは目を細める。

「……それを判断するのは私です。いいから見せなさい」
「わかりましたよ。それじゃあ、ついて来て下さい。ああ、一つだけ忠告を……」

 俺は満面の笑顔を浮かべながら、リヒトーへ忠告する。

「……これ以上、無法は働かない方が身のためですよ?」
「無法? もしかして、家宅捜索の事を仰られているのですか? 何か誤解があるようですが、あれは国法に基づいた捜索行為の一環ですよ。それに……もしかして、私達、脅されています?」
「いえいえ、脅しだなんて大仰な……あくまでも忠告です……」

 偽りのない誠意を持って他者を諭すといった意味をもった言葉だ。
 まあいい。忠告は済ませた。

「……それでは、立ち話も何なので、こちらにどうぞ」
「ええ、お邪魔させて頂きます」

 そう言うと、俺はリヒトー達を微睡の宿に招き入れた。

 ---------------------------------------------------------------

 2022年10月24日AM7時更新となります。
しおりを挟む
感想 531

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~

鈴木竜一
ファンタジー
王都育ちのエリート騎士は左遷先(田舎町の駐在所)での生活を満喫する! ランドバル王国騎士団に所属するジャスティンは若くして聖騎士の称号を得た有望株。だが、同期のライバルによって運営費横領の濡れ衣を着せられ、地方へと左遷させられてしまう。 王都勤務への復帰を目指すも、左遷先の穏やかでのんびりした田舎暮らしにすっかりハマってしまい、このままでもいいかと思い始めた――その矢先、なぜか同期のハンクが狙っている名家出身の後輩女騎士エリナがジャスティンを追って同じく田舎町勤務に!?  一方、騎士団内ではジャスティンの事件が何者かに仕掛けられたものではないかと疑惑が浮上していて……

処理中です...