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第158話 後日談②

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 ここは、新橋大学附属病院の特別個室。
 俺こと高橋翔は、アメイジング・コーポレーションの新社長である水戸社長と電話越しに言葉を交わしていた。

「まさか、水戸取締役が社長になるとは思いもしませんでしたよ。おめでとうございます」
『いやいや、こちらこそ。高橋君には世話になった。お陰様で最高の形で西木を追放する事ができたよ。しかし、まさか着金前に三十億円を引き出すとは思いもしなかったな……』

 水戸社長は友愛商事から出向してきた社員で、経理部と同じフロア内に席を設けていた事からある程度の親交があった。
 俺は加害者高校生の父親である遠藤と密かに連絡を取り、証券会社勤めの遠藤経由で水戸社長と連絡を取っていたのだ。
 口外無用と『契約書』を一枚ほど渡して……。

「そうですね。まさか契約書にそんな不備があるとは思いもしませんでした。アメイジング・コーポレーションの口座に着金して初めて効力を齎す筈が、まさか、着金前に三十億円を引き出すとは……」

 なんでも、念書(という名の契約書)を交わしたにも拘らず、アメイジング・コーポレーションを害する様な行動に出たそうなのだ。これには驚かされた。

『まあ、そのお陰で西木は公務執行妨害で逮捕された訳だがな……』
「ええ、幸いでした」
 
 公務執行妨害で手錠をかけられ逮捕された事で西木元社長は失神。そのまま、警察病院に連れて行かれたそうだ。念書(という名の契約書)の効果もあり、起きてすぐに返金に応じてくれたようだけど……。

 何はともあれ西木が代表取締役社長を解任された事で第三者委員会報告書が監査法人に渡り、決算発表にも目途が付いた。まだまだ、前途多難な道は続きそうだが、不採算部門や壊れたサーバーは西木元社長が三十億円もの代金を支払い引き取る事が決まっている。
 アメイジング・コーポレーションとも和解を進める予定だ。
 当然、俺有利な和解となる模様。
 弁護士さんもそんな事を言っていた。

「……そういえば、俺を嵌めた枝野と石田管理本部長はどうなったんですか?」

 枝野というのは、根も葉もない悪評や噂を流すのが大好きな陰湿クソ野郎である。
 ちなみに石田管理本部長は西木元社長の腰巾着だ。あの人が西木元社長に対して、NOと言った所を見た事がない。典型的なイエスマンである。

『ああ、そういえばいたな。枝野君と石田君は共に新設会社に異動になった。石田君はともかく、枝野君はどこから話を聞いたのか、自分から新設会社の異動を希望してね。驚いたよ。西木元社長も社員に人望があったのかとね』

 ……いや、違うと思う。

 枝野の奴は、アメイジング・コーポレーションに相当嫌気が差していた。
 普段仕事をサボり、人の見えない所で電子書籍を読み、息をするように嘘を付く人間だが、謎の情報収集力を持っている。玉石混淆で、間違った情報も混じりまくっていたけど。
 恐らく、アメイジング・コーポレーションに先は無いと察し、新設会社ができると聞いて乗り換える事にしたのだろう。
 乗り換えた先の舟が、穴の開いた泥舟だとも知らずに……。

 石田管理本部長は……恐らく水戸社長により切り捨てられたという所か。
 まあ自分の体調管理すらできていない人間にいつまでも人事権なんて持たせたくないだろうし、その点は理解できる。

「そ、そうなんですか……それは知らなかった……」

 まあいいか。聞きたい事も聞けたし、裁判も俺有利の和解で終了する。万々歳だ。

「……それではまた、本日はありがとうございました」
『ああ、高橋君も元気で、生活が落ち着いたら、今度、飲みにでも行こう。聞きたい話も多くあるからな』
「はい。わかりました。それでは……」

 そう言って電話を切ると、俺はテレビに視線を向けた。

「しかし、まさかこんな事になるなんて……思わないよなぁ……普通」

 今、テレビの画面に映っているもの。

 それは突如、北極に現れた天を貫くほど大きく縦に伸びた大樹『ユグドラシル』。
 フルダイブ型VRMMO『Different World』のパッケージの表に描かれている大樹だ。大樹の周りには球形に薄っすら膜が張られており、球体下は赤黒い何かで覆われ、外から中に侵入するのは難しそうな雰囲気を醸し出していた。

 SNSでは、ユグドラシルの風貌が『Different World』のパッケージに似ていると話題となり、近々、北極圏に領土を持つ八カ国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国)が参加する国際協議団体、北極評議会で会議が開かれるのではないかと専らの噂だ。
 ユグドラシルが地球に現れた事で、世界中の人々の興味が北極に向いている。
 上級ダンジョン攻略……いや、特別ダンジョン『ユミル』の攻略がこの世界にこんな影響を与えるとは思いもしなかった。
 ちなみに、特別ダンジョン『ユミル』を攻略した『ああああ』達によれば、ユミルの姿は巨大なまつ毛が密集した気持ちの悪いゲジゲジの様なモンスターだったそうだ。
 北欧神話によると、人間の国ミズガルズは、ユミルのまつ毛で作られた柵と海で囲まれているらしい。詳しく調べて見ると、巨人族の攻撃から守る意味もあったみたいである。

 とんでもないモノを破壊……いや、攻略してしまった気分だ。
 とはいえ、やってしまったものは仕方がない。
 どちらにしろ、こちら側の世界からゲーム世界にログインする事はできない。
 ユグドラシル自体に薄い膜が張られているのもそうだが、球体に覆われた薄い膜の中には巨大な毒蛇ヨルムンガルドの姿が確認されている為だ。

 まあ、あれをヨルムンガルドと認識している人は少数だろう。しかし、俺にはわかる。だって、パッケージに書いてある蛇とまったく同じ風貌なのだもの。

 とりあえず、こちら側の世界にできる事は何もない筈だ。
 調査団が派遣されたり、ユグドラシルを巡って北極評議会が荒れるかもしれないが、調査しようにも写真や動画を撮るのが精一杯で何一つする事はできないだろう。
 俺が今、願う事はただ一つ。
 北極圏に領土を持つ八カ国がヨルムンガルドの存在に危機感を覚え、下手な行動を打たない事、ただそれだけだ。
 浅慮な行動に走らない事を切に願うばかりである。

 そして、もう一つ問題が発生した。
 それは……。

「いやあ、高橋様。おはようございます! それで、昨日の件、考えて頂けましたか?」

 そう。何と、俺の担当医が急遽、転勤になったのだ。
 まあ、担当医が急に変わろうがどうでもいい。
 問題は、新たな担当となる医者が、この大学病院のとち狂った医学博士だという事だ。

 年配でぼさぼさ頭の危ない目つきをした医師免許を持つ医学博士。石井六郎。
 医師免許を持ち自己中心的な考えの持ち主が自分の好奇心を満足させる為に、前任の担当医を転勤させ、俺の担当医になった狂医学博士。本人がそう言っていたのだから間違いない。

 何やら元担当医から回復薬の研究を引き継いだようで、特別個室に継続して住まわせる事を条件に、無茶な要求を突き付けてくるのである。
 前任の担当者と契約を交わし、回復薬を対価に二年間の特別個室の賃貸契約を勝ち取ったにも関わらずだ。正直、ここは快適なので離れたくはない。
 契約書に従い、前担当医が連日、病院側に抗議しているらしいが、この狂った自己中医学博士が聞く耳を持たないらしい。
 契約書に従い、俺の為に強制的に抗議せざる負えない前担当医が可哀想だ。

「いやぁ、耳が遠くって、それで昨日の件って何でしたっけ?」

「嫌だなぁ? もう忘れたのですか? いや、それとも、それこそ回復薬の副作用なのか? 血液サンプルを調べて見たが確かに変質している様だし、体温も異常。三十九度の体温で平気に動き回っているようだ……そういえば、回復薬の成分にこの世界の物とは思えない成分も検出されている。やはり、人体実験をするしかない。しかし、検体は一体だけ……モルモットでは、私の研究に役に立たないし、研究資材も限られている。そうだ、もう一度採血しよう。いや、この際、献血だ。肉片があれば尚のこと良いっ!」
「誰かー! 通訳呼んで下さーいっ!」

 全然話が通じない上、話を聞こうとする素振りすら見せない。
 会話をしていたと思えば、いつの間にか見当違いの方向に話が向かい、いつの間にか着地点がずれた形で話が終わっている。

「えっ? 趣味ですか? それは勿論、解剖ですが……」
「いや、そんな事、聞いてないしどうでもいいわっ!」
「人体の仕組みを知る事は、その人自身を知る事に繋がる。初めて解剖実習をした時など感動で手が震えたものだがねぇ。男女の性差、神経や血管の走行一つとっても人体毎に違いがあるんだ。人体には、未だ解明できない未知が眠っている。人体にメスを入れる事ができるのは手術の時だけだ。しかし、患者に負担を強いる訳にはいかない。じっくり、ゆっくり観察したくともそれを許してくれないのだよ。わかるかね、この私の苦しみが? そう。私は君の事を深く知りたいとそう願っているだけなのだよ」

 鳥肌が立ってきた。
 やはり、頭のネジが外れた人との会話は苦手だ。
 まあいい。さっさと会話を終わらせて、特別個室から出て行って貰おう。

「あなたが欲しいのは初級回復薬十本と俺の血液、そして毛髪でしたね。初級回復薬は、お渡ししましょう。一本当たり十万円で、ただし、俺の血液と毛髪は諦めて下さい」
「うーむ。仕方がありませんね。それで手を打ちましょう。回復薬を飲み続けた研究体の生体試料は希少なのですが……。まあ、毛髪は掃除の際、コンシェルジュ君に回収して貰っているし、初級回復薬を飲み続ければ、いずれ、私の体も変質する。今日の所は諦めるとしますよ」

 狂医学博士・石井六郎は残念そうに呟くと、白衣から百万円の束を取り出しテーブルの上に置く。
 俺も、それに倣って予め用意していた初級回復薬を十本置くと、狂医学博士・石井六郎は満面の笑みでそれを受け取った。

「確かに受領しました。一週間後、また初級回復薬十本を頼みます。ああ、これは自費だから領収証はいりませんからね」

 そして、初級回復薬をポケットに詰めると、嬉々とした顔で特別個室を出て行く。

 クレイジーな医師がいたものだ。
 しかし、性格に難はあるものの医療技術は高いらしい。
 とはいえ、このままではいずれ自分で人体実験をするのではないかという危うさがある。
 折角、問題事が終わったばかりだというのに、変な奴に目を付けられてしまった事に俺は頭を抱えた。

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 2022年10月6日AM7時更新となります。
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