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第124話 その頃、アメイジング・コーポレーションでは……①

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 友愛商事㈱。それは三十パーセントの持株比率を誇るアメイジング・コーポレーション㈱の大株主である。
 東京駅近くに本社を持つ友愛商事㈱のエントランスホールでは、今、アメイジング・コーポレーション㈱の代表取締役、西木秋秀が怒りに震えていた。

「も、申し訳ございません」
「申し訳ございませんじゃないよ! 友愛商事へ報告すると二日も前から言っていたじゃないかっ!」

 必死になって頭を下げる石田管理本部長。
 しかし、私の怒りは収まらない。

「君はこういった席を舐めとるのか?」
「い、いえ、舐めてません……」
「だったら、何だ。あの報告書はっ! 報告書の体を成してないじゃないか。確か君はボクが『報告書を纏めておけ』と言った時、『わかりました』と言ったよな?」
「は、はい……」
「だったらちゃんとやれよ。言ってる事ができてないじゃないか。冗談じゃないよ!」

 本当に、本当に腹立たしい。
 こんな報告書を上げて怒られるのは私なんだぞ?
 グチグチグチグチと終わった事をネチネチと迫られ、これからどうするんだ。
 何が問題でこんな事が起きたんだと、責められるのは!

 しかし、もう報告書を纏めている時間はない。
 それになんだ。あの手書きの報告書は!
 小学生の作文じゃあるまいし、エクセルやワードが使えないなら『私はエクセルやワードが使えません』って言えよ。
 五十歳を超え有名大学を出ているというのに小学生以下か、お前は!

「もういい。行くぞ!」

 こんな報告書は使えない。
 こうなれば、私の口だけが頼りだ。

 紙屑以下の価値しかない報告書を石田君に渡すと、私は総合受付に足を運ぶ。

「ああ、すいません。アメイジング・コーポレーション㈱の西木と申します。友愛商事の磯垣社長と本日、午前十時のお約束で参りました」
「磯垣とですね。少々お待ち下さい」

 受付嬢はそう言うと、友愛商事に内線を繫ぎ確認を取る。

「お待たせ致しました。アメイジング・コーポレーションの西木様と石田様ですね。こちらが入館証となります」
「ありがとう。行くぞ。石田君」
「は、はい!」

 冷や汗をハンカチで拭う石田君にそう声をかけると、入館証をセキュリティゲートにかざし、エレベーターのボタンを押す。

「確か、二十階だったな」
「は、はい。磯垣社長に対する報告は二十階の会議室で行う予定です」
「うむ」

 そう言って、エレベーターに乗り込むと、私、自ら二十階のボタンを押し、扉を閉める。
 もはや、信じる事ができるのは私自身だけだ。
 このボンクラは役に立たない。
 正直、石田君を見ていると、いつまでハンカチで汗を拭いているつもりだと叫びたくなる。

 エレベーターに乗る事、数秒。
 二十階に到着すると、エレベーターを出て友愛商事本社に足を運ぶ。
 そして、受付に備え付けられた電話を取ると、総務部の内線を押し、磯垣社長と約束がある事を告げた。

「ああ、アメイジング・コーポレーション㈱の西木と申します。友愛商事の磯垣社長と本日、午前十時のお約束で参りました」
『アメイジング・コーポレーション㈱の西木様ですね。お掛けになってお待ち下さい』

 電話を置き、しばらく待っていると、総務部の敷田君がやってくる。
 総務部の敷田君は、私がまだ友愛商事に在籍していた頃の元部下だ。
 あの頃は融通が利かず使えない部下だと思っていたが、この十数年で出世して今は課長職に就いている。

「お待たせ致しました。どうぞこちらの会議室へ」
「ああ、どうも」

 とはいえ、今は別会社の社員。社長として馴れ馴れしい態度はとらない。
 案内されるまま着いて行くと、会議室に通される。
 どうやら今日は社長室ではないらしい。
 毎月、定期的に行っている月次報告は社長室に呼ばれて行われるものなのだが……。

「どうぞ、奥の席にお掛け下さい」
「いえ、こちらで結構です」

 敷田君に上座へ座るよう言われるがとんでもない。
 今日は不祥事に対する釈明に来たのだ。
 上座になんて座れるものか。

 困惑した表情を浮かべる敷田君。
 どうやら敷田君は何故、この私が今日、磯垣社長に呼ばれたのか知らないようだ。安心した。こんな若造にまで舐められては末代までの恥である。

 私が下座に座ろうとすると、石田君が余計な行動に出る。

「社長。そちらではなくこちらにお座り下さい」

 馬鹿め。今、君が指定した場所は上座。
 今の私が座っていい場所ではない。
 本来であれば怒鳴り付けたい所ではあるが、この場で怒鳴り付けるのは拙い。

「石田君ね。ボク達は今回の件に関する説明と謝罪をしにきたんだ。そのボク等が上座に座るのはどうだろうか?」
「失礼しました。流石は社長です」

 こいつ……。

 本当にそう思っているのか謎だが、一応、恭順の意は示している。
 とはいえ、有名大学を出ているにも係わらず、その態度は如何なものだろうか?
 私が言うのはどうかと思うが、ただただ傲慢……。いや、プライドが高過ぎる。
 ここは謝罪の場だぞ?
 もしかして、石田君は有名大学を出たからといって、それ以外の大学を出た者を自分よりIQの低い馬鹿だと思っているのではないだろうか?
 自分より下の存在だと思っているのではないだろうか?
 だとしたら思い上がりも甚だしい。
 私は、そんな石田君を無視して敷田君に声をかける。

「ああ、敷田課長。すまなかったね」
「い、いえ、それでは少々お待ち下さい」
「そうさせて貰おうか」

 敷田君が会議室から出て行くのを確認した私は石田君に目配せをする。
 そう。今日は手土産持参で来たのだ。
 場を和ませるのに手土産は丁度いい。
 不祥事の報告をしなければならない場であれば尚更だ。
 とはいえ、渡すタイミングが重要。謝罪の言葉なしに手土産を渡しては、相手に対し、不手際を物で清算しようとしているかのような印象を与えてしまう。

 石田君に持たせていた手土産を受け取り、見えないように椅子の上に置くと、人の気配を感じた。

「石田君。来るぞ……」
「は、はい」

 石田君に注意を促し、会議室のドアに向かってお辞儀をした態勢で待っていると、磯垣社長。そして二人の取締役が会議室に入ってきた。

「ああ、西木社長。本日は態々、出向いて貰って悪いね」
「磯垣社長……。こちらこそ、この度は、弊社の不祥事に対する申し開きに関し、お時間を割いて頂いて恐縮です」
「まあ、まずは椅子に掛けてくれ」
「はい」

 いわれた通り席に着くと、磯垣社長は早速、事情説明を求めてくる。

「さてと……。それでは話を伺わせて頂きましょうか」
「はい。まず、この度はご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした。今回、この様な事が起こった経緯についてですが……」

 そう言って頭を下げると、私は自分の言葉で今回、粉飾決算が起こった経緯を説明する。

 本件は正に青天の霹靂。粉飾決算発覚後は薄氷を踏む思いで調査をしており、全容解明の為、第三者委員会を設置した事。会社が受けた損害について、損害賠償請求訴訟を提起している事を伝えた。
 すべてを伝え終わると、磯垣社長と二人の取締役がため息交じりに口を開く。

「なるほど、西木社長の話はよくわかりました。つまり、これは部下が勝手にやった事であると、そういう事ですか……」
「ええ、誠に遺憾ながらその通りです」

 実際にそうなのだ。
 事実は事実として、私は一切、悪くない。むしろ、被害者である旨を前面に押し出して説明する。
 すると、磯垣社長達が呆れた表情を浮かべる。

「申し上げにくいのですが、あまりにも内部統制がなっていないのではありませんか?」
「私も同感です。西木社長は部下がすべて悪い様に言いますが、私にはそうは思えません。勿論、悪いのはそれを隠そうとする社員なのでしょうが、西木社長にも責任があるのでは?」
「西木社長は、あたかも自分が被害者であるかの様に話されますが、流石にそれは……。裁判も無理筋なのでは?」
「はっ?」

 何を聞いていたんだ。こいつらは……。
 あれほど、私に隠れて協力業者に金を支払った部下が悪い。
 棚卸不正をしていた工場長が悪い。
 それを知っていて黙っていた経理部員の高橋が悪い。
 私はあくまで被害者なのですと、こんなにも言っているのに……。

 内部統制が取れていない?
 私にも責任がある?
 裁判も無理筋??
 こいつ等は揃いも揃って馬鹿なのか?
 人の話を聞いていたか?
 あり得ないだろう。

 開いた口が塞がらない。
 何を言っているのか理解できず、思わずフリーズしてしまう。

「い、いえ、もう一度よくお聞き下さい。勿論、私にも責任の一端がある事は重々承知しておりますが、一番の責任は誰にあるか申し上げますと……」
「……いえ、もう結構です。経緯についてはよくわかりました」

 いや、わかっていない。
 わかっていたら、もっと言い方があるだろ。

「で、ですから、再度ご説明を……」

 私がもう再度、説明しようとするも磯垣社長に断られてしまう。

「いえ、経緯については大変よくわかりました。もう結構です。第三者委員会からの報告が上がり次第、再度、報告をお願いします」
「で、ですが……」
「他に何か報告する事はありますか?」
「いえ……。それでは、第三者委員会から報告書を受領次第、再度説明に伺わせて頂きます。本日は弊社の不祥事に対する申し開きに関して、お時間を割いて頂きありがとうございました。ああ、こちらをどうぞ。皆様でお召し上がり下さい」

 屈辱だ。思い切り拳を握り締めると、手のひらに爪が食い込む。
 辛うじて残っている理性を働かせ引き攣った笑顔で手土産を渡すと、エレベーターまで見送られる。

「それでは、本日はありがとうございました」

 エレベーターに乗り込み、下げたくもない頭を下げると、そのままエレベーターの扉が閉まっていく。

 ふざけるな……。ふざけるなよ。

 エレベーターが完全に閉まった所で私は怒りを爆発させる。

「なんだ、彼等は……! 内部統制が取れていない? 私にも責任がある? 何を言っているんだ。冗談じゃないよ! 彼等は頭がおかしいんじゃないか?」
「に、西木社長! お、落ち着いて! 落ち着いて下さい!」
「落ち着ける訳がないだろ! 君も君だよ! 社長であるこのボクが馬鹿にされたんだぞ!? 彼等に何か言ってやれよ!」
「お願いですから、お願いですから落ち着いて下さい!」
「さっきから何を言ってるんだ君は。だから君は駄目なんだ! うん?」

 すると『ピンポーン』という音が突如、エレベーターに流れ始める。
 怒りで我を忘れていたが、どうやら一階に到着したようだ。
 エレベーターの扉が開いていく。

「まったく。胸糞悪い。石田君。帰りに高いものを食べてから帰るぞ……! まったく、やってられないよ!」
「ち、ちょっと、待って下さい! ここは……」

 そう言いながら、エレベーターを出ようとする。
 するとそこには、冷めた表情でこちらを見る磯垣社長の姿があった。

「……はっ?」
「い、磯垣社長! も、申し訳ございません! 他意は一切ありません! 失礼します!」

 意味がわからずそう呟くと、石田君が磯垣社長に謝罪しながら一介のボタンを押しエレベーターを閉じる。
 その際、磯垣社長が言った言葉に私は思わず絶句する。

『同感です。私もこんな侮辱を受けた事がありませんよ』

 どうやら話が筒抜けだったらしい。
 今、思えば、あの時、エレベーターが開いたのも、磯垣社長が自らボタンを押したのだろう。
 エレベーターが一階につき扉が開くと、私はよろめきながらエレベーターを出る。

 拙い。非常に拙い。
 まさか、話が筒抜けだったとは思いもしなかった。
 茫然自失の中、石田君に連れられタクシーで会社に帰社すると、磯垣社長から私と石田君宛に一本のメールが入っていた。

 メールの内容は、当社との取引を停止するというもの。
 何故そんな事になったのか理由は明らかだ。

 友愛商事との年間取引額は、売上の約二十パーセントに及ぶ。
 友愛商事の年商からしてみれば微々たるものかもしれないが、それはあまりに大きい売上減。
 その事に思い至った瞬間、私の体は脱力感に襲われた。
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 2022年7月30日AM7時更新となります。
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