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第65話 その頃のアメイジング・コーポレーションは(新たな問題発生)②
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練馬営業所の所長を本社に呼び付けてから二時間。
ようやく営業所長の桑原が社長室に現れた。
「西木社長。練馬営業所の桑原所長が参りました」
「うむ。まずは桑原君。そこのソファに座ってくれ」
「は、はい」
ただならぬ社長室の空気に桑原所長の表情が歪む。
桑原所長が逃げられないよう、私と内部監査室長の東雲室長が挟むように座ると、私は社長に視線を向け話始める。
「それでは、本日ですね。発覚しました件について、これから事実確認をしていきたいと思います。まずはどういった事が発覚したのか経緯について内部監査室長の東雲室長お願いします」
私は途中で話を区切り東雲室長にバトンを渡す。
「はい。昨日、練馬営業所の社員から営業所長が横領をしていると内部通報があり調べた所、五年間に渡り約二千万円の金が横領されているのでないかという事実が発覚しました」
隣に座っている桑原所長を見ると、顔が引き攣っている。
まさか、社長室に呼ばれ役員全員に囲まれ公開処刑される事になろうとは思っても見なかった様だ。
般若の様に怖い表情を浮かべた西木社長が顔を強張らせている桑原所長に声をかける。
「……桑原君。ボクはね。君がここに来るまでの間、東雲君と石田君に言っていたんだよ。とんでもない、桑原君がそんな事をする筈がないじゃないかって。だからね。今日は真実を追求する為に君をここに呼び付けたんだ。それで、桑原君。実の所、どうなんだね? まさか本当に横領した訳じゃないだろうね?」
テーブルと各役員の手元には既に、東雲室長が作成した調査レポートが握られている。もちろん、桑原室長の目の前にも……。
相変わらず意地の悪い御方だ。
桑原所長が横領をした事をわかっていながら、あえて、『とんでもない、桑原君がそんな事をする筈がないじゃないか』と庇っている様に見せるなんて……。
信じていたのに裏切られた。
そんな方向に話を持っていきたいのがまるわかりである。
「え、えっと……」
「……桑原君ね。ちょっと、声を大きくしてくれないか? ボクは年寄りだからね。よく聞こえないから」
「…………」
普段、地獄耳のくせにとは思うまい。
そんな事を言ったら巻き添えを喰らいかねないからだ。
「……それで、五年前から二千万円もの大金を横領していたというのは本当か?」
西木社長がそう桑原所長に問いかけると、桑原所長は顔を強張らせ俯きながら答える。
「詳しい金額について覚えてませんが、数年前から……」
「……桑原君、君ね。黙っていれば発覚しないと思っていたの?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「じゃあ、どういう事だよ。どういうつもりで二千万円も横領していたんだ!」
「も、申し訳ございませんっ!」
申し訳ございませんで済めば警察はいらない。
まったく桑原所長には困ったものだ。
しかし、次の桑原所長の言葉に我々は言葉を失う事になる。
「……五年前、営業利益を上げる為、会社方針で人件費を抑え協力業者を切るよう指示がありましたが、現場数が拡大している今、協力業者を切っては現場工事が回らなくなります。それにあの時点で協力業者を切っていれば下請法違反で協力会社と訴訟になる可能性があると判断し、会社に分らないよう雇っておりました。申し訳ございません!」
「「…………」」
う、うん??
どういう事??
頭を下げ詫びを乞うている桑原所長越しに東雲室長と顔を合わせる。
「えっと、それはつまり……。これは横領じゃなかったと、そういう事かな?」
「会社判断に従わなかった事は問題ですが、これは……」
つまり、横領じゃなかったと、そういう事??
他の役員達に視線を向けると、役員達も困惑している。
それはそうだ。横領かと思えば横領じゃなかったんだから。
しかし、納得していない人が一人。
「……つまり君は、五年前のボクの判断が間違っていたと、そういうのかね?」
そう。西木社長である。
元々、営業利益を上げる為、会社方針で人件費を抑え協力業者を切るよう指示を出したのは何を隠そう社長だ。
今回の一件は、社長の言葉を真っ向から否定する事に繋がる。
「い、いえ、そういう訳ではっ……」
「……何が『そういう訳ではっ』だね。ボクの判断が間違っていると判断したから君は、自分の勝手な判断で協力業者に金を流していたんだろう? 『はい』か、『いいえ』で答えろよ」
しかし、桑原所長は何も言えないようだ。
「…………」
ひたすら無言で、西木社長に視線を向けている。
凄いな桑原所長。私ならそんな事はできない。
そんな事を考えていると、西木社長が私に視線を向ける。
「……石田君、ボクは何か難しい事を言ったか? 『はい』か、『いいえ』で答えろといったんだが、ボクの言葉はそんなに難しかっただろうか?」
「い、いえ、その様な事はございません」
「そうだよなぁ……。だったらなんでそれが桑原君に伝わらないんだ? もしかして、桑原君は日本語がわからないんじゃないか? 石田君はどう思う?」
自分の経営判断を否定された西木社長は、桑原所長の事を、こいつ頭可笑しいんじゃないかと言ってくる。
会社判断を曲げて勝手に協力業者に金を流していた事は事実。ただ、その一方で、社長の命令通り協力会社を切っていた場合、現場は回らず、下請法違反で訴訟にまで発展していた可能性があったのも事実だ。
本来であれば経営者判断を誤った社長に一言進言するのが正しい形なのだろうが、今、この場で一番権力を持っているのは西木社長。
ワンマン経営者且つ自分の過去の経験に絶対的な自信を持つ西木社長に進言しようものなら、そのままめでたく降格処分となってしまう。
だからこそ、私は桑原所長を切り捨て西木社長を全肯定した。
「社長の仰る通りです。桑原君、なんとか言ったらどうですか。それとも本当に日本語がわからないのですか? 『はい』か『いいえ』で答える事なんて幼稚園児でもできる事ですよ」
私がそう言うと桑原所長が睨み付けてくる。
すまない。桑原所長。西木社長の意に添わぬ事をすると降格処分にさせられてしまう。それは君も知っているだろう?
私が視線を逸らすと、西木社長が桑原所長に声をかける。
「……桑原君。石田君を睨み付ける暇があったらボクの質問に答えろよ。石田君の言う通り『はい』か『いいえ』で答える事なんてね。新生児にもできる事だぞ? なんで社会人である君がそんな事もできないんだね。君の頭は新生児以下か? カラスにも劣るぞ?」
いえ、そんなこと一言も言っていません。会話を捏造するのはやめて下さい。
「それで? ボクの判断が間違っていると判断したから君の勝手な判断で協力業者に金を流していたんだろう? 『はい』か、『いいえ』で答えろよ」
「……はい。私の判断で協力業者に金を流しました」
桑原所長がそう言うと、西木社長は顔を歪め怒気を露わにする。
「高々、所長風情が経営者判断を無視し、協力業者に会社の金を私的流用するなんてね。桑原君、君は大変な事をしてくれたね! 協力業者を切っては現場工事が回らなくなる? 決められた予算内でなんとかするのが君の仕事じゃないか! それを言うに事欠いて……。すべては君の職務怠慢だろう! それを経営者判断が悪いだなんてよく言えたね! こんな侮辱を受けたのは初めてだよ! もういい! 今すぐ出て行き給え!」
そして、桑原所長を社長様から追い出すと、憤然とした態度でソファに座った。
まるで噴火前の活火山の様である。
「……石田君に東雲君。各支店営業所を回り、そこの支店長や営業所長が私的流用していないか調べなさい」
「えっ? それはどういう……」
「君は話を聞いてなかったのかね! 今すぐに各支店営業所を回り、同様の事が行われていないかどうかを調べろと言っているんだっ! 支店長や営業所長がね。社長であるこのボクの判断を無視し、会社の金を私的流用するなんてとんでもない話だ! その位の事わかれよ!」
「も、申し訳ございません。すぐに調査に向かいます!」
「当然だよっ! 他の役員達もその位の事、ボクの判断を待つのではなく自発的に動けよ! だから君達はダメなんだっ! 役員総出で当たれ! 少しの不正も見逃すんじゃないぞ? もし万が一、調査後にそんなものが出てきたらタダじゃ済まさないからな。さっさと向かわんかっ!」
「は、はいっ!!」
西木社長に怒声を浴びせ掛けられた私達は、早速、各支店営業所の調査に向かう事となった。
◇◆◇
「うーん。やっぱりわからないな……」
北欧神話を調べる為、図書館にやってきた俺は、入館してから僅か十分で音を上げていた。
『分かりやすい北欧神話』とかいう本や『初めての北欧神話』といった本を見てみたが、黒い妖精の国『スヴァルトアールヴヘイム』に関する詳しい記述が見当たらない。
どの本にも統一して『ダークエルフとドワーフが住む地下世界』『アース神族が狼のフェンリルを縛る為の足枷グレイプニルを入手する為にフレイの使いであるスキールニルを送った』としか書かれていなかった。
黒い妖精の世界『スヴァルトアールヴヘイム』についてはわからなかったが、一つだけわかった事もある。
それは巨人族の世界『ヨトゥンヘイム』について。
どうやらヨトゥンヘイムには、霜の巨人族と丘の巨人族が住んでおり、そこに住む巨人族は人間の世界『ミズガルズ』そしてアース神族の世界『アースガルズ』にとって脅威的な存在である事が判明したのだ。
これ、柵をぶっ壊したら巨人族が攻めてくるんじゃなかろうか?
まあ、人間の世界『ミズガルズ』と巨人の世界『ヨトゥンヘイム』の間には海があるので、すぐに攻めてくる事はないだろうけど、そう遠くない未来、確実に攻めてくる。
柵が取り払われるというのはそう言う事だ。
転移門『ユグドラシル』経由で、解放した世界の住民達が人間の世界『ミズガルズ』に来る可能性もある。
ユグドラシル・ショップが消えてしまった今、課金アイテム『ムーブ・ユグドラシル』を手に入れる方法は限られているし、現実となったこの世界でそれを手に入れるのは難しい。
手に入れられたとしても、『ムーブ・ユグドラシル』には人数制限(一個につき一人)がある。となると、転移門『ユグドラシル』経由で攻めてくる可能性は少ないか……。
あー!
考えているだけで頭が痛くなってくる。
柵を壊す危険性については概ね把握した。
とりあえず、この件については棚上げしておこう。考えていても埒があかない。
本を棚に戻し立ち上がると、俺は図書館を後にした。
ようやく営業所長の桑原が社長室に現れた。
「西木社長。練馬営業所の桑原所長が参りました」
「うむ。まずは桑原君。そこのソファに座ってくれ」
「は、はい」
ただならぬ社長室の空気に桑原所長の表情が歪む。
桑原所長が逃げられないよう、私と内部監査室長の東雲室長が挟むように座ると、私は社長に視線を向け話始める。
「それでは、本日ですね。発覚しました件について、これから事実確認をしていきたいと思います。まずはどういった事が発覚したのか経緯について内部監査室長の東雲室長お願いします」
私は途中で話を区切り東雲室長にバトンを渡す。
「はい。昨日、練馬営業所の社員から営業所長が横領をしていると内部通報があり調べた所、五年間に渡り約二千万円の金が横領されているのでないかという事実が発覚しました」
隣に座っている桑原所長を見ると、顔が引き攣っている。
まさか、社長室に呼ばれ役員全員に囲まれ公開処刑される事になろうとは思っても見なかった様だ。
般若の様に怖い表情を浮かべた西木社長が顔を強張らせている桑原所長に声をかける。
「……桑原君。ボクはね。君がここに来るまでの間、東雲君と石田君に言っていたんだよ。とんでもない、桑原君がそんな事をする筈がないじゃないかって。だからね。今日は真実を追求する為に君をここに呼び付けたんだ。それで、桑原君。実の所、どうなんだね? まさか本当に横領した訳じゃないだろうね?」
テーブルと各役員の手元には既に、東雲室長が作成した調査レポートが握られている。もちろん、桑原室長の目の前にも……。
相変わらず意地の悪い御方だ。
桑原所長が横領をした事をわかっていながら、あえて、『とんでもない、桑原君がそんな事をする筈がないじゃないか』と庇っている様に見せるなんて……。
信じていたのに裏切られた。
そんな方向に話を持っていきたいのがまるわかりである。
「え、えっと……」
「……桑原君ね。ちょっと、声を大きくしてくれないか? ボクは年寄りだからね。よく聞こえないから」
「…………」
普段、地獄耳のくせにとは思うまい。
そんな事を言ったら巻き添えを喰らいかねないからだ。
「……それで、五年前から二千万円もの大金を横領していたというのは本当か?」
西木社長がそう桑原所長に問いかけると、桑原所長は顔を強張らせ俯きながら答える。
「詳しい金額について覚えてませんが、数年前から……」
「……桑原君、君ね。黙っていれば発覚しないと思っていたの?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「じゃあ、どういう事だよ。どういうつもりで二千万円も横領していたんだ!」
「も、申し訳ございませんっ!」
申し訳ございませんで済めば警察はいらない。
まったく桑原所長には困ったものだ。
しかし、次の桑原所長の言葉に我々は言葉を失う事になる。
「……五年前、営業利益を上げる為、会社方針で人件費を抑え協力業者を切るよう指示がありましたが、現場数が拡大している今、協力業者を切っては現場工事が回らなくなります。それにあの時点で協力業者を切っていれば下請法違反で協力会社と訴訟になる可能性があると判断し、会社に分らないよう雇っておりました。申し訳ございません!」
「「…………」」
う、うん??
どういう事??
頭を下げ詫びを乞うている桑原所長越しに東雲室長と顔を合わせる。
「えっと、それはつまり……。これは横領じゃなかったと、そういう事かな?」
「会社判断に従わなかった事は問題ですが、これは……」
つまり、横領じゃなかったと、そういう事??
他の役員達に視線を向けると、役員達も困惑している。
それはそうだ。横領かと思えば横領じゃなかったんだから。
しかし、納得していない人が一人。
「……つまり君は、五年前のボクの判断が間違っていたと、そういうのかね?」
そう。西木社長である。
元々、営業利益を上げる為、会社方針で人件費を抑え協力業者を切るよう指示を出したのは何を隠そう社長だ。
今回の一件は、社長の言葉を真っ向から否定する事に繋がる。
「い、いえ、そういう訳ではっ……」
「……何が『そういう訳ではっ』だね。ボクの判断が間違っていると判断したから君は、自分の勝手な判断で協力業者に金を流していたんだろう? 『はい』か、『いいえ』で答えろよ」
しかし、桑原所長は何も言えないようだ。
「…………」
ひたすら無言で、西木社長に視線を向けている。
凄いな桑原所長。私ならそんな事はできない。
そんな事を考えていると、西木社長が私に視線を向ける。
「……石田君、ボクは何か難しい事を言ったか? 『はい』か、『いいえ』で答えろといったんだが、ボクの言葉はそんなに難しかっただろうか?」
「い、いえ、その様な事はございません」
「そうだよなぁ……。だったらなんでそれが桑原君に伝わらないんだ? もしかして、桑原君は日本語がわからないんじゃないか? 石田君はどう思う?」
自分の経営判断を否定された西木社長は、桑原所長の事を、こいつ頭可笑しいんじゃないかと言ってくる。
会社判断を曲げて勝手に協力業者に金を流していた事は事実。ただ、その一方で、社長の命令通り協力会社を切っていた場合、現場は回らず、下請法違反で訴訟にまで発展していた可能性があったのも事実だ。
本来であれば経営者判断を誤った社長に一言進言するのが正しい形なのだろうが、今、この場で一番権力を持っているのは西木社長。
ワンマン経営者且つ自分の過去の経験に絶対的な自信を持つ西木社長に進言しようものなら、そのままめでたく降格処分となってしまう。
だからこそ、私は桑原所長を切り捨て西木社長を全肯定した。
「社長の仰る通りです。桑原君、なんとか言ったらどうですか。それとも本当に日本語がわからないのですか? 『はい』か『いいえ』で答える事なんて幼稚園児でもできる事ですよ」
私がそう言うと桑原所長が睨み付けてくる。
すまない。桑原所長。西木社長の意に添わぬ事をすると降格処分にさせられてしまう。それは君も知っているだろう?
私が視線を逸らすと、西木社長が桑原所長に声をかける。
「……桑原君。石田君を睨み付ける暇があったらボクの質問に答えろよ。石田君の言う通り『はい』か『いいえ』で答える事なんてね。新生児にもできる事だぞ? なんで社会人である君がそんな事もできないんだね。君の頭は新生児以下か? カラスにも劣るぞ?」
いえ、そんなこと一言も言っていません。会話を捏造するのはやめて下さい。
「それで? ボクの判断が間違っていると判断したから君の勝手な判断で協力業者に金を流していたんだろう? 『はい』か、『いいえ』で答えろよ」
「……はい。私の判断で協力業者に金を流しました」
桑原所長がそう言うと、西木社長は顔を歪め怒気を露わにする。
「高々、所長風情が経営者判断を無視し、協力業者に会社の金を私的流用するなんてね。桑原君、君は大変な事をしてくれたね! 協力業者を切っては現場工事が回らなくなる? 決められた予算内でなんとかするのが君の仕事じゃないか! それを言うに事欠いて……。すべては君の職務怠慢だろう! それを経営者判断が悪いだなんてよく言えたね! こんな侮辱を受けたのは初めてだよ! もういい! 今すぐ出て行き給え!」
そして、桑原所長を社長様から追い出すと、憤然とした態度でソファに座った。
まるで噴火前の活火山の様である。
「……石田君に東雲君。各支店営業所を回り、そこの支店長や営業所長が私的流用していないか調べなさい」
「えっ? それはどういう……」
「君は話を聞いてなかったのかね! 今すぐに各支店営業所を回り、同様の事が行われていないかどうかを調べろと言っているんだっ! 支店長や営業所長がね。社長であるこのボクの判断を無視し、会社の金を私的流用するなんてとんでもない話だ! その位の事わかれよ!」
「も、申し訳ございません。すぐに調査に向かいます!」
「当然だよっ! 他の役員達もその位の事、ボクの判断を待つのではなく自発的に動けよ! だから君達はダメなんだっ! 役員総出で当たれ! 少しの不正も見逃すんじゃないぞ? もし万が一、調査後にそんなものが出てきたらタダじゃ済まさないからな。さっさと向かわんかっ!」
「は、はいっ!!」
西木社長に怒声を浴びせ掛けられた私達は、早速、各支店営業所の調査に向かう事となった。
◇◆◇
「うーん。やっぱりわからないな……」
北欧神話を調べる為、図書館にやってきた俺は、入館してから僅か十分で音を上げていた。
『分かりやすい北欧神話』とかいう本や『初めての北欧神話』といった本を見てみたが、黒い妖精の国『スヴァルトアールヴヘイム』に関する詳しい記述が見当たらない。
どの本にも統一して『ダークエルフとドワーフが住む地下世界』『アース神族が狼のフェンリルを縛る為の足枷グレイプニルを入手する為にフレイの使いであるスキールニルを送った』としか書かれていなかった。
黒い妖精の世界『スヴァルトアールヴヘイム』についてはわからなかったが、一つだけわかった事もある。
それは巨人族の世界『ヨトゥンヘイム』について。
どうやらヨトゥンヘイムには、霜の巨人族と丘の巨人族が住んでおり、そこに住む巨人族は人間の世界『ミズガルズ』そしてアース神族の世界『アースガルズ』にとって脅威的な存在である事が判明したのだ。
これ、柵をぶっ壊したら巨人族が攻めてくるんじゃなかろうか?
まあ、人間の世界『ミズガルズ』と巨人の世界『ヨトゥンヘイム』の間には海があるので、すぐに攻めてくる事はないだろうけど、そう遠くない未来、確実に攻めてくる。
柵が取り払われるというのはそう言う事だ。
転移門『ユグドラシル』経由で、解放した世界の住民達が人間の世界『ミズガルズ』に来る可能性もある。
ユグドラシル・ショップが消えてしまった今、課金アイテム『ムーブ・ユグドラシル』を手に入れる方法は限られているし、現実となったこの世界でそれを手に入れるのは難しい。
手に入れられたとしても、『ムーブ・ユグドラシル』には人数制限(一個につき一人)がある。となると、転移門『ユグドラシル』経由で攻めてくる可能性は少ないか……。
あー!
考えているだけで頭が痛くなってくる。
柵を壊す危険性については概ね把握した。
とりあえず、この件については棚上げしておこう。考えていても埒があかない。
本を棚に戻し立ち上がると、俺は図書館を後にした。
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