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第56話 ラッキーアイテム『包丁』で運命を切り開く!

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「まあまあ、お客様。こんな機会を逃したらもう二度と素晴らしい絵画に出会う事はできませんよ」
「いや、別に二度と出会わなくてもいいと思っているんですけど……」

 そう言って、もう一度立ち上がろうとすると、支配人の山田が表情を変えた。
 背後で肩を抑えてくる男も脅しかけてくる。

「おい兄ちゃん。それはないんじゃないの? こっちは大切な時間を削って営業してるんだよ。ここまで手間かけさせておいて、そりゃあねえだろ」
「へーそうなんですか。もしかして脅されてます?」

 今にも暴発させそうなエレメンタルに視線で待ったをかけると、ふてぶてしくそう呟く。

「いえいえ、脅しなんてとんでもございません。この絵の良さをわかって頂こうと必死なだけです。それでいかが致しましょう? こちらの書類にサインして頂ければ、すぐにでもお帰り頂けるのですが……」
「…………」

 どうやら、すんなり帰る事はできそうな雰囲気ではない。
 どうしようか迷っていると名案を思い付く。

 そういえば、占いのラッキーアイテムは『包丁』だったな……。
 とりあえず、ラッキーアイテムを出してみるか。

 そんな軽い感じで、アイテムストレージから自宅にあった包丁を三本出すと、包丁が書類に突き刺さる。

「やべっ……」

 まさか、そんな出方をするとは思いもしなかった。
 気まずい雰囲気が流れる中、顔を上げると支配人の山田の顔が引き攣っている。

「え、えーっと、田中様? この包丁は??」

 気付けば両肩を抑え付けていた男も肩から手を放し、後退っていた。

 なんだか拙い空気感だ。
 高額な絵画が集まる個展で包丁。答えを間違ったら確実に逮捕案件である。

「手品です」

 だからこそ、俺は咄嗟にそう答えた。

「て、手品ですか……。そ、それは凄いですね。何もない所から包丁を三本も出すなんて……」
「ええ、今日のラッキーアイテムなんです。占いによれば、これを持っていると、運命を切り開けるそうですよ?」
「そ、そうなんですか……」

 包丁を手に取りながら言うと、怯えた表情を浮かべる。

 あれっ?
 もしかしてビビってる??
 これってチャンスだったりするんだろうか?

 包丁三本をアイテムストレージにしまい、席を立ち上がると笑顔を浮かべながら呟く。

「それじゃあ、もう行ってもいいですよね?」
「え、ええっ、問題ありません。ご、ご来店頂きありがとうございましたぁー!」

 悠然とした面持ちで、個展を出ると晴れ晴れとした光が射してきた。

 うん。占いも結構当たるもんだな……。
 まあ、多分。何の変哲もない一般人が突然、包丁を出したから怖くなって解放してくれたんだろうけど。
 確かに、ああいう輩には効果的なラッキーアイテムかも知れない。

 スマートフォンで時計を見ると、もう十二時だった。
 喫茶店で珈琲を飲み。個展を見ていただけでお昼過ぎ。

 占いによると、今日はどこに行ってもトラブルに巻き込まれる一日らしいし、いっその事。今日はトラブルに巻き込まれてみるかな。

 ぶっちゃけもう投げやりである。
 なんなら、ここ最近、ずーっと、トラブルに巻き込まれている。
 現実世界でもゲーム世界でもだ。

 だったら今日はやってやる!!
 どんと来い超常現象!
 こうなったら今日一日付き合ってやるぜっ!

 と、そんな馬鹿な事を一瞬考えたが、とりあえず腹が減ったので、近くのサイゼリヤに入る事にした。

「いらっしゃいませっ。一名様でしょうか」
「はい。そうです」

 サイゼリヤに入って早々、スタッフにそう声をかけられる。

「それでは、席までご案内します」

 そう言われ着いて行くと、二人席へ案内された。

「注文はこちらの用紙にお願い致します。注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押し、お呼び付け下さい」
「はい。わかりました」

 とりあえず、腹が減ったし、何を食べようかメニューと睨めっこしていると、どこかで聞いた声が隣から聞こえてくる。

「はあっ……。やべーよ。俺どうしたらいいんだよ……。奨学金の返済もあるのに、更に八十万円の借金だなんて、親に言ったら殺される……」

 真隣の席をチラ見すると、そこには、ポンジ・スキーム(投資詐欺)に引っかかり消費者金融から二百万円の借金をし、八十万円の損を被った工藤の姿があった。

 デカンタワイン(赤)を飲みながら、『ポップコーンシュリンプ』と『ミラノ風ドリア』をフォークで突いている。

 や、やばいっ!
 折角逃げて来たのに、とんでもない奴の隣りの席になってしまった。
 とはいえ、今更逃げる事もできない。
 顎をしゃくらせ別人の様に装うと、メニュウー表で顔を隠し、とりあえず、メニュー表に書かれた番号を用紙に記入していく。

 今すぐ逃げたい気分で一杯だが、下手に動いて気付かれても事だ。
 隣のテーブルに座っている人に視線を向けないのはマナーみたいなもんだし、多分、大丈夫だろう。
 なにより、なにも注文せずサイゼリヤを後にした事がないから、このまま出て行っていいものかがよく分からない。

 とりあえず、注文するかとインターホンを鳴らすと、注文を取りにスタッフがやってくる。

「お待たせ致しました!」

 もの凄く元気にそう返事してくれるけど、今は止めてくれ。
 隣の工藤が一瞬、こっちをチラ見した。

 瞬間的に顔をしゃくらせ眉間に皺を寄せる。
 そして、注文票をスタッフに渡すと、スタッフは元気よく注文を復唱し始めた。

「えーっと、ディアボラ風ハンバーグに、ミニフィセル、ほうれん草のソテーにガーデンサラダですね。以上でご注文はよろしいでしょうか?」
「ああ、はい」

 控えめな声でそう言うと、「少々お待ち下さい」といい、その場を去っていく。

 ま、拙い……。
 というか気まずい。

 なんで、昼飯でこんな気まずい思いをしなきゃいけないんだ……。

 隣では今も、高校生時代の知人、工藤がサイゼリヤの間違い探しに向かって呪詛の言葉を吐いている。

「間違いだって? いつ俺が間違えたんだ。折角、楽に金が入ってくる手段をゲットしたと思ったのに……。あー、ヤベー。こんな事なら消費者金融から金なんて借りるんじゃなかったぜ……。誰か、俺に金貸してくれる奴いねーかなぁー?」

 ま、拙い。
 こんな状態の工藤に見つかれば、確実に目を付けられる。
 隣の席に座っているんだ。
 工藤に俺がここにいる事がバレれば、まず間違いなく金を貸してくれとせがんでくるに決まってる。
 どうすれば、どうすればいい……。

 とりあえず、アイテムストレージから遊びで購入したハーフフェイスの狐のお面を取り出すと、顔バレしない様、それを身に付ける。
 すると、丁度良くスタッフが料理を運んできた。

「お待たせ致しました。ディアボラ風ハンバーグに、ミニフィセル、ガーデンサラダになりま……」

 そこまで言って、スタッフの声が固まる。

「あ、はい。ありがとうございます」

 そう呟くと、不審者を見るような目でスタッフが料理をテーブルに置いていく。

「ご、ごゆっくりお過ごしくださいませ!」

 それだけ言うと、スタッフは俺のテーブルから去ってしまった。
『ご注文は以上でしょうか』と聞いてこなかった辺り、仮面を被ったヤバイ奴とは関わり合いになりたくないオーラを感じる。
 正直、俺もそう思う。
 隣に工藤がいなければ、こんな事はしなかった。

 隣に座っている工藤の反応が気になり視線を向けると、もの凄い勢いで目を逸らされる。

 よし。これはいけそうだ。
 とりあえず、これを食べてさっさとここを出よう。

 テーブルに置かれたフォークとナイフを手に取り、狐のハーフフェイス仮面を被ったまま『ディアボラ風ハンバーグ』を口にすると、口の中で肉汁が溢れてくる。
 流石はディアボラ。悪魔的に美味い。ミニフィセル(フランスパン)との相性も抜群だ。

 ガーデンサラダも中々美味い。
 ハンバーグにパン。そしてサラダ。
 素晴らしいマリアージュだ。

 隣に工藤がいなければ、もっと美味しくこの味を堪能できた事だろう。
 気分を紛らわす為、間違い探しをしながら、料理を食べ進めていると、『カシャ!』『カシャ!』『ピコン』とスマートフォンで写真を撮る音が聞こえてくる。

 なんだこの音はと思っていると、座っている席の近場の人達が俺に向かってスマートフォンを向けていた。

 どうやら狐仮面がディアボラ風ハンバーグを食べ、パンとサラダを食む姿が珍しいらしい。

 揚句の果てには……。

「ねー。あの人、なんで狐の仮面被ってるのー?」と、誰とも知れない子供が指をさしてきた。

「いけませんっ! 狐のお兄ちゃんも困っているでしょ! すいませんね。なんだか……。おほほほほっ……。ほら、さっさと行くよっ!」
「えーっ、なんでー」

 物好きな子供もいたものだ。
 だが少年よ。好奇心は身を滅ぼすぞ。
 俺に関わるのは止めておきなさい。
 隣の席を見て見ると、いつの間にか工藤が消えていた。
 レジに視線を向けると、気味が悪いものでも見たかの様にこっちを見つめ店内から去っていく。

「…………」

 ふう。まあ、ミッションコンプリートだ。
 ここでの至上命題は、工藤に声をかけられないこと。
 色々なものを失った代わりにミッションだけはコンプリートした。

「ふうっ……」

 狐の仮面を外し、アイテムストレージに放った瞬間、聞いた事のある声が聞こえてくる。

「あー、やべっ。忘れ物だわっ……。あれっ? 高橋?」

 その瞬間、俺の目論見は塵となって消えた。
 俺は『ディアボラ風ハンバーグ』を食べてから呟く。

「いや、人違いじゃないですかね。高橋? 誰ですそれ? 俺の名前は田中ですけど?」

 ハンバーグを口に含みながらパンを食み、そう答えると工藤は心底ホッとした表情を浮かべた。

「いや、お前は高橋だよっ。親友の俺が言うんだっ。間違いない」

 いや、親友になった覚えがまるでないんですけどっ!?
 つーか、俺達の関係って高校時代のただの知人だよねっ!?
 借金まみれの人の友人とか普通に嫌なんですけどっ!
 っていうか、勘弁して下さい!! お願いします!

「いや、親友じゃないし……」

 そう呟くも、借金を抱えた工藤には通じない。

「そんな事言うなよ。俺達、友達だろ?」

 厚かましくも対面に座りそう呟く工藤に、俺は宙を見上げた。

「……いや、俺達、そんな親交なかったよね? つーか、なんで対面に座ったの?」

 辛うじてそう返すと、工藤は悪気べもなく呟く。

「いやー、実は俺、金に困っててさ……。一生のお願いだ。百万円貸してくれっ!」

 そう言うと、工藤は、俺に頭を垂れた。
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