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第53話 西木の華麗なる社長生活

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 私は西木秋秀、八十五歳。
 私の一日は一杯の珈琲から始まる。

「うーむ。いい香りだ……」

 私の住むタワーマンションの一階に出店している『スターバックスコーヒー』。
 ここのドリップコーヒーは格別だ。
 この至極の一杯を私の会社『アメイジング・コーポレーション㈱』の経費として落とすことができるとあれば尚更である。

 まあ、それも当然のこと。
 この私は『アメイジング・コーポレーション㈱』の社長として二十四時間働いている。
 この一杯のドリップコーヒーは、社長としての私を目覚めさせる活力だ。
 そもそも、経費で落とせない方がおかしい。

 これを経費ではないと抜かす、元経理部長と税務署の連中は頭がおかしいのだ。
 特に税務署の連中に至っては、会社から税金を搾取することばかりを考えているせいで思考停止に陥っているのだろう。
 まったく、この私がいくら税金を払っていると思っているのだ。

 ああ、ドリップコーヒーの香ばしい匂い。
 心が洗われる気分だ。

 心が洗われるといえば、最近、石田君の提案により引っ越した。

 私の住むタワーマンションの家賃は一月当たり百万円。
 まあ、安いタワーマンションではあるが、会社が社宅契約している以上仕方がない。

 石田君が言うには、社長には十年、二十年と私の経営する会社を牽引して欲しいとのことだ。
 中々、いいことをいうやつである。
 やはり、管理本部長に抜擢して正解だった。

 不甲斐ない従業員達にこの私自ら叱責する。
 従業員達は、叱責された悔しさを糧にして私に褒められるため頑張る。
 そして、私が再度、至らぬ点を叱り、また従業員達は、私に褒められるため頑張っていく。

 素晴らしいスパイラルだ。
 さあ、今日も私の『アメイジング・コーポレーション㈱』に向かおう。

『アメイジング・コーポレーション㈱』の本社に着いてすぐ行うことがある。
 そう。それはゴルフのスイングだ。
 ゴルフは意外と体力を使う。健康のために丁度いい。
 今日も元気にゴルフのスイングをしていると、秘書の石堂君が営業報告を持ってきた。

「失礼します。社長、二月の営業報告を持って参りました」
「うむ。ありがとう」

 私が営業報告に目を通すと、また売上が減少しているのが目に付いた。
 まったく、腑抜けた奴等だ。
 私の叱責が欲しくて堪らないらしい。

「石田君! 石田君はいるかっ!」

 私は早速、石田管理本部長を呼び付ける。

「は、はい。社長、なにかご用でしょうか」
「ああ、営業部長の福田君と小林君を呼んでくれ!」
「は、はいっ! すぐに呼んで参ります!」

 そういうと、石田君は社長室から出て行った。
 石田君に福田第一営業部長と小林第二営業部長を呼ぶよう命令をしてから数分。
 石田君と共に福田君と小林君が社長室に入ってくる。

「失礼します」
「お呼びでしょうか西木社長」

「ああ、まずはソファーに座ってくれ」

 私はそういうと、足をテーブルに乗せ、石田君から受け取った営業報告を営業部長の前に放る。

「……君達はなにをしていたんだっ! 前月より二十パーセントも売上が落ちているではないかっ!」
「い、いえ、ですからそれは……」
「ですからもクソもないよっ! 前年比で三十パーセントダウン! 毎年毎年、売上が右肩下がりじゃないかっ!」
「いえ、ですので……」
「君達はいつもそうだ。言い訳、言い訳、言い訳ばかりっ! なぜ、売上が下がっているのかちゃんと分析しているのかっ!」

 私が激を飛ばすと、石田君が加勢に入る。

「社長のおっしゃる通りです。福田君に小林君。あなた達は一体なにをしていたんですか」
「ああ、石田君のいう通りだ。弁解があるなら言ってみろ!」

 すると、福田君が口を開く。

「……社長はそう言いますが、以前から言っているように、当社で製作する製品の原価率があまりに高く、競合他社と勝負にもならないのです。今は仕方がなく他社の製品を仕入販売することで利益を上げているのですよ。売上も、利益率も下がるのは当然ではありませんか!」

 まったく、意味の分からないことを……。
 それをなんとかするのが営業マンの役割ではないか。
 なんの為に、君達を雇っていると思っている。

「じゃあなんだ? 君はボクの言う事が間違っているというのか? 例え売れない製品を作っていたとしても、それを売るのが君だろう! すべては君の職務怠慢じゃないかっ!」
「い、いえ、売れない製品とは言っておりません。原価率があまりに高く……」
「だから君は駄目なんだ! 小林君も小林君だ! 君も売上を落としているじゃないかっ! まさか君も福田君と同じことを言うつもりじゃないだろうね!」

 私がそう叱責すると、小林君が悔しそうな表情を浮かべる。
 当然のことだ。私は正論しか言っていない。

「君達の評価も考え直さなければいけないなっ!」
「に、西木社長! それは性急過ぎでは……」

 すると珍しく石田君が私に意見してきた。

「この私に意見するなんてね。千年早いよっ!」

 しかし、私は石田君の意見をバッサリ切り捨てる。
 売上を上げることのできない営業部長なんて、この会社とって害でしかない。

「どうなんだね君達はっ! もし万が一、経常利益が十億円を切ったらどう責任を取ってくれるっ!」

 私が責任論を唱えると、福田君と小林君が立ち上がる。
 そして、なにやら封筒のようなものをテーブルに叩き付けると、社長室から出て行ってしまった。

 一体なんだったのだろうか?
 経理部長の佐藤君といい、最近の若い奴は短気でいかん。

 そう思いながら、封筒を見てみると、そこには『退職願』と書かれていた。

「うん? なんだこれは?」

 何故、退職願を出されたのか分からずそう呟くと、石田君が声を上げる。

「だ、だから言ったのです。言い過ぎたんですよ社長!」
「なにを言う、ボクは間違ったことを言ったか? んんっ? どうなんだね?」
「ま、間違ったことは言っていませんが……」

 そう。私の言うことはいつも正論だ。
 間違っている筈がない。

「だとしたら、こんなものを叩きつけていった福田君と小林君に問題があるんじゃないかっ! 石田君、間違っても彼等を辞めさせるんじゃないぞ。自分の無能を棚に上げて責任から逃れようとするなんて、社会人として信じられないよ! 今、辞めたら退職金は支払わない。福田君と小林君にそう言いなさい!」
「は、はいっ!」

 まったく不愉快な奴等だ。
 私はそう言うと、石田君を社長室から追い出し、企画部長の篠崎君を内線で呼び付ける。

「篠崎君。今日は昼食にうな重を食べに行くぞ。ああ? なにを言っているんだ君は、当然、会社の経費に決まっているだろう! 君まで訳の分からないことを言うんじゃないよっ!」

 今は昼時、福田君と小林君の対応は石田君に任せ、私は篠崎君とうな重を食べに昼食に向かうことにした。

 ◇◆◇

「ふ、福田君に小林君待ちなさい!」

 そう言って静止を呼びかけるが、怒り心頭な福田君と小林君はそれを無視し、部屋から出て行ってしまう。

 拙い。元経理部員の高橋君から訴えられ、経理部長が突然退職し大変な状況にあるというのに、それにプラスして福田君と小林君にまで会社を辞められてはとんでもないことになる。
 必死になって追いかけると、エレベーターを待つ二人の姿があった。

「ま、待ちなさい! 今、会社を辞めれば退職金の支払いはありませんよ! それでもいいのですか!?」

 社長の手前、そう言って呼び止めるも、二人は「勝手にしろ」と呟き、エレベーターに乗り込んでしまう。
 拙い。本当に拙い。

 年々、営業部の社員が社長の叱咤激励という名のパワハラで辞めていくのに、これ以上、営業マンが減ったら本当に拙い。
 かといって、社長に背けば不興を買って降格は必至。
 イチャモンを付けられ、懲罰委員会を発足させる可能性もある。

 どうすればいいか、頭を悩ませていると、外出用のコートを着た西木社長が後ろから声をかけてきた。

「ああっ、石田君じゃないか。なんだこんな所で、福田君と小林君の説得はどうだ? 彼等は反省していたかね?」

 反省もなにもない。
 社長が言った通り『退職金の支払いはありませんよ!』と言ったら、そのまま会社から出て行ってしまった。
 もう戻ってくることはないだろう。

「え、えーっとですね。福田君と小林君は……」
「うん? 福田君と小林君がどうした? 君は今辞めたら退職金は支払わないとちゃんと伝えたんだろうな?」
「え、ええっ、勿論です……」
「じゃあ、何も心配する必要はないじゃないか。とはいえ、ボクも少し言い過ぎた点があるかもしれない。昼食から帰ってきたら福田君と小林君に社長室に来るよう言っておいてくれたまえ。頼んだよ」
「あっ、お、お待ち下さいっ! 福田君と小林君はもう……」

 しかし、私の声は西木社長に届かない。
 企画部長の篠崎と一緒にエレベーターに乗り込むと、そのまま昼食に出かけてしまう。

 拙い。もの凄く拙いことになった。
 エレベーター前で頭を抱えていると、経理部で働く派遣社員が声をかけてくる。

「石田管理本部長。もう無理です!」
「私達では経理を回せません。どうしたらいいんですかっ!」

 どうしたらいいか教えて欲しいのは私だ。
 本当にどうしたらいい。
 ストレスで胃がキリキリする。

「どうもこうもないよっ! 今はそれ所じゃないんだっ! その話は追々考えておくから後にしてくれっ!」
「で、ですが、取引先や協力業者にお金の支払いもしなくちゃいけないのに……」
「だから、今はそれ所じゃないと言っているだろう。経理部のことは、経理部でしっかりやってくれなきゃ困るよ!」

 そう突き放すと、私は自分のデスクへと向かった。

 昼休みが終わるまでに、なんとか福田君と小林君を説得しなくてはならない。

 腹が立った時の食事は決まって高い物と決まっている。
 おそらく、社長はうな重を食べに『うなぎ割烹大江戸』に行ったのだろう。
 帰りは喫茶店の『かうひい屋』に寄ってから帰る筈だ。

 となると、私に残された時間は一時間半。

 スマートフォンを取り出し、社員達がデスクで食事を摂っている間、必死の形相で福田君と小林君に電話をかける。
 しかし、まったく繋がる気配がない。
 執念深く電話をかけ続けていると、部下の田中が声をかけてきた。

「石田管理本部長。派遣会社の久保田さんから内線一番に電話が……」
「久保田さんから? わかった」

 全く、この忙しい時に……。
 仕方がなく福田君と小林君への鬼電を止めると、私は内線を取る。

「はい。石田ですが、ええ、いつもお世話になっています。えっ? 経理部の二人が辞めたい? そ、それはどういうことですかっ!?」

 寝耳に水だ。
 経理部に残った最後の派遣社員二名まで辞めてしまえば、経理業務は完全にストップしてしまう。

「す、すぐに確認して折り返します!」

 派遣会社からの電話を一度切り、急いでエレベーターで経理部のあるフロアに向かう。

「あ、安倍君に、清水君! 会社を辞めるってどういう……」

 福田君と小林君を後回しにして向かった経理部。
 私が着いた時、そこには誰一人としていなくなった経理部のフロアが広がっていた。
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