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第41話 内容証明が届き怒り狂うアメイジング・コーポレーションの社長①

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 一方、その頃。高橋翔の元職場であるアメイジング・コーポレーション㈱では……。

「な、なんだこれはっ!」

 ここは今年で創業百周年を迎える東証第二部の上場企業『アメイジング・コーポレーション㈱』の社長室。
 社長室では、西木社長が弁護士から内容証明郵便をグシャグシャに握り潰し叫び声を上げていた。

「石田君! 石田君はいるかっ!」

 西木社長は、怒りのままに叫び声を上げ管理部の石田管理本部長を呼び付ける。

「お、お呼びでしょうか社長」
「ああ、石田君。そこに掛けたまえ」

 西木社長はそう言うと、石田管理本部長をソファに座らせる。
 そして、グシャグシャに握り潰した内容証明郵便を石田管理本部長の目の前に放ると、足をデスクの上に乗せ、態度悪く話し始めた。

「石田君。君は弁護士から送り付けられてきたその紙切れを読んでどう思う」
「か、紙切れですか……。拝見させて致します」

 石田管理本部長はそう言うと、西木社長が放った内容証明に目を通した。

「こ、これは……」
「そうだ……。つい先日辞めた高橋君が会社を訴えてきたんだ。これは大変な事だよ。君の元部下だろう。なんとかならんのかねっ!」
「な、なんとかと言われましても……」

 内容証明には、高橋君の三年分の推定残業代。そして、退職時に貰えるはずだった退職金五十万円。不当解雇による慰謝料百万円。合計一千万円を請求する旨が記載されている。支払わない場合、裁判も辞さない事も……。

「なにを悠長な事を言っているんだね君はっ! この高橋とかいう男はとんでもない男だよ! 君の話では、仕事をサボり、同僚の悪評を垂れ流した挙句、高校生相手に強盗致傷事件を起こして懲戒解雇になったんじゃなかったのか!? それなのに一千万円の請求? ふざけるんじゃないよ!」
「社長。これは何かの間違いです。恐らく、高橋は自分に有利になる様、弁護士にある事ない事を吹き込んだのではないかと思われます。私がすぐに事実を確認してまいりますので少々お待ち下さい」
「すぐに確認してくれっ! それにしても、高橋という奴はとんでもない奴だな。仮にも、我が社で働いていた社員にも拘らずこんな事を……」
「ええ、まったくです。社長。私はこれで……」
「ああ、頼んだぞ」

 石田管理本部長はそう西木社長に返事をすると、日本交通配車サービスでハイヤーの手配をし、顧問弁護士の野梅法律相談事務所へ向かった。

 ◇◆◆

 ハイヤーで野梅法律相談事務所に向かう途中、元従業員の高橋翔に電話をかける。

「……電話は繋がらないか。なんて事をしてくれたんだ高橋は!」

 高橋翔は、今、石田管理本部長、そしてアメイジング・コーポレーション㈱の全ての電話番号を着信拒否設定にしている。
 その為、何度かけても繋がる事はない。
 その事を知らない石田管理本部長は、高橋翔の電話番号に対して何度も電話をかけていく。
 しかし、当然の如く電話は繋がらない。

「全くっ! 常識がなってないよ! 社会の一員として会社に何かがあった時の為、いつでも電話が繋がる様にしておかなきゃダメじゃないか!」

 そうこうしている内に、野梅法律相談事務所に到着した。
 高橋への怒りを胸に、ハイヤーから降りて野梅法律相談事務所に向かうと、丁度、野梅弁護士と鉢合う。

「ああ、ご無沙汰しております。野梅先生。アメイジング・コーポレーション㈱の石田です」
「ああ、石田さん。本日はどうされたのですか?」
「いえ、実はご相談が……。うちを辞めた社員がこんな物を送り付けてきまして……」

 内容証明を見せると、野梅弁護士の顔色が変わる。

「元従業員からの内容証明ですか。詳しい話は中でお聞きしましょう。どうぞ、お入り下さい」

 野梅法律相談事務所の中に入り、案内されるままソファにどさりと座り込むと、野梅弁護士が内容証明を確認させてほしいと言ってくる。
 内容証明を渡し、私の認識を口にすると野梅弁護士は難しい表情を浮かべた。

「これは拙いですね……」
「ま、拙いとは、一体……」
「実はこの方、別件で関わり合いがあるのです」
「別件? 他にも高橋君絡みの裁判を抱えているのですか?」

 そう質問すると野梅弁護士は口をつぐむ。

「……申し訳ございませんが詳細を話す事はできません。問題は、この方が弁護士を立て、残業代請求訴訟を起こそうとしている点です。この方が、仕事をサボり、同僚の悪評を垂れ流した挙句、高校生相手に強盗致傷事件を起こして懲戒解雇になったというのは本当の事ですか?」
「ええ、勿論。本当の事です。私はそう認識しております!」

 自信満々にそう言うと、野梅弁護士が目に手を当てた。一体どうしたのだろうか?

「野梅先生。どうかされたのですか?」
「え、ええ、少し目眩が……。それよりもう一度だけ確認致します。高橋翔さんは確かに強盗致傷事件を起こしたのですね? 嘘偽りなく答えて下さい」
「ええ、当事者である高校生から直接、私に連絡がありました。間違いありません」

 そう言うと、今度は野梅弁護士が宙を仰いでしまう。

「そうですか。高校生から電話が……。先に申し上げておきますが、それは間違いです。高橋翔さんは強盗致傷事件の関係者ではありますが、加害者ではありません。むしろ、被害者です」
「な、何ですって!? そ、それは困ります! 西木社長には、強盗致傷事件を起こしたから懲戒解雇にしたと言ってしまったんですよ!?」

 今更、あの気性の荒い西木社長に言えない。言える訳がない。

「何故、そんな事を……。本人に直接確認したのですか?」
「い、いえ、それは……」
「でしたら今からでも事実を社長に告げるべきです。もし、それを理由として懲戒解雇にしたというのであれば、裁判になった時、確実に負けてしまいます」
「そ、そこを何とかするのが、弁護士の務めでしょう。何とかなりませんか?」
「……できるだけの事は致しますが、恐らく難しいかと」
「な、何故ですか?」

 野梅弁護士はため息を吐くと、グシャグシャになった内容証明を指差す。

「この出来杉という弁護士は労務裁判に強い弁護士として有名です。残業代については精査しなければわかりませんが、その他の請求金額については概ね妥当な金額を請求してきています」
「と、言う事は残業代については削減の余地があるという事ですね?」
「ええ、しかし、私に支払う弁護士報酬や調査費用の事を考えると、請求金額通りお支払いした方がよろしいかと思いますが……」

 確かに……。
 弁護士報酬は高額だ。
 参考までに出された着手金の金額は五十九万円。そして成功報酬として百十八万円。
 どちらも税抜金額で、税込換算すると約二百万円もの金額を弁護士報酬として支払わなければならない。

「早急に社内で検討致します……」
「ええ、是非、よろしくお願い致します」

 野梅法律相談事務所を出た私はハイヤーに乗り込むと、スマートフォンを取り出し、西木社長に電話する。
 定期報告をするためだ。
 スマートフォンを耳に付け数秒、電子音が鳴り西木社長が電話口に出た。

『西木だ』
「お疲れさまです。管理部の石田です。今、弁護士事務所を出ました」
『……それで、野梅弁護士はなんと?』
「そ、それが……。実はですね……」

 野梅弁護士との相談内容を話すと、西木社長が怒りだす。

『だから君は駄目なんだ! ちゃんと報告がなってないじゃないかっ! 実は何の犯罪も犯してませんでした? 懲戒解雇したのは会社の落ち度です? 何を言っているんだ君はっ! 冗談じゃないよ!』
「も、申し訳ございません!」

 咄嗟に謝罪するも怒り出した西木社長は止まらない。

『まったく君は! 一体なにをしに野梅法律相談所に向かったんだ! いいかい。君は自分の思い込みで社員を解雇し、会社に多大な損害を与えたんだ! これはとんでもない背任行為だよ!』
「も、申し訳ございません!」
『そんなことをいって、君はちゃんと分かっているのかっ!』
「も、申し訳ございません!」

 これだけ『申し訳ありません』といっても、まだ怒りが収まらない。

『私は分かっているのか聞いているんだよ!』
「分りました。分りましたから……。話は会社に着いてからお話し致しま……」
『なんだ君は! なにが『分りました。分りましたから』だっ! ふざけるんじゃないよっ! もういい!』

 そういうと、通信が突然途切れてしまう。
 おそらく、西木社長が怒りのままにスマートフォンを叩き付けたのだろう。

 私はスマートフォンをポケットにしまうと、ため息を吐いた。
 西木社長の相手は疲れる。
 業績を上げ役員報酬を上げる為に、管理部門で減らせる人材はいないかと仰っていた。だからこそ、管理部門を精査し、解雇しても問題ない社員を一斉解雇したのに……。

 しかし、出世のために、西木社長のご機嫌取りをするのは不可欠。
 最近、痛風で足や膝が痛いし、医者からアルコールの摂取を控えるよう言われているが仕方がない……。

 心の中でそう呟くと、私は再びポケットからスマートフォンを取り出し、西木社長のスケジュールを確認した上で、会食の予約を入れることにした。

 最近、西木社長は四川料理に凝っている。
『アメイジング・コーポレーション』近くにある『四川飯店』なんていいだろう。

「ああ、アメイジング・コーポレーションの石田だが、本日、十九時から二名で予約をお願いします。ああ、奥に広い個室があったでしょ。あの部屋を取ってくれるかな……領収書? ああ、領収書はいつも通り『アメイジング・コーポレーション』で……それじゃ、はい。はい」

『四川飯店』の予約を済ませた私は、ハイヤーの運転手に対し、近くの有名百貨店に向かうよう指示をする。

 西木社長のご機嫌を取るには、手土産を持っていくのが一番だ。
 それに領収証は、どの道『アメイジング・コーポレーション』で切る予定。
 私の懐は一切痛まない。

「それじゃあ、運転手さん。急いでね。ああ、領収証はいつも通り『アメイジング・コーポレーション』宛に頼むよ」

 私はそういうと、有名百貨店で西木社長用の手土産を購入し、『アメイジング・コーポレーション』の本社に戻った。

 本社に戻ると、なにやら社長室が騒がしい。
 また社長が何かを騒ぎ立てているのだろう。
 いつもの事だ。

 私は社長に気付かれないよう自分のデスクに戻るも、丁度、社長室から出てきた部下の田中から声をかけられてしまう。

「石田管理本部長。社長がお呼びです」
「西木社長が? わかった」

 時計を見ると十八時と表示されている。

「田中君。私が十八時半までに戻らないようであれば、本日予約した四川飯店の予約をキャンセルしておいてくれ」
「わかりました」

 私は田中君にそう指示すると、痛風で痛む足を引きずりながら社長室に入っていく。

「社長。失礼します」
「石田君。待っていたぞ。まずはそこに座りたまえ」
「はい。失礼します」

 ソファにかけながら、社長の表情を伺うと、随分と憤然とした表情を浮かべている。あれからまた、何かあったのだろうか。
 社長室には、高橋君の元上司、経理部長の佐藤君が座っていた。
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