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第30話 ホテルまで押し掛けてくる加害者親

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「ふう。美味しかった」

 流石は冒険者協会併設の酒場。
 現実世界では食べる事も呑む事もできない料理のオンパレードだった。

 腹も膨れたし、エレメンタル達もペロペロザウルスのTKGを食べて満足そうだ。
 そろそろ行くか。

「それじゃあ、イザベル君。ここの支払いよろしくね」
「は、はい……」

 俺のかけた言葉に意気消沈とした様子で答えるイザベル。
 結局、イザベルは俺が食事を終えるまでの間に、三度逃亡しようとした。
 その度、エレメンタルが逃亡を阻止した為、身体も服もボロボロだ。

 全く、折角忠告してあげたというのに、俺の善意が台無しである。
 まあ、ここまで大々的に見せしめてやれば、俺に絡んでくる冒険者も減るだろう。

 というより減ってほしい。
 毎度、喧嘩を買っていては身が持たない。
 まあ、殆ど、エレメンタルが処理してくれるんだけどね。

 イザベル君の身柄を冒険者協会の職員に任せた俺は、そのまま宿に向かっていく。

 これから向かう宿は『地上げ屋本舗』から巻き上げた宿だ。
 冷蔵庫組を率いるリフリ・ジレイターの件もあるし、早目に警備を雇わないといけないな……。

 酒が入っているせいか、自然と欠伸が出てくる。
 今日の所は、ログアウトしてさっさと寝るか……。

 オーナー特権を使い『地上げ屋本舗』から巻き上げた宿屋『微睡の宿』の一番良い部屋をおさえた俺は、コンシェルジュに案内して貰い、ベッドで横になる。

「それではカケル様。どうぞゆっくり『微睡の宿』での一日をお過ごし下さい」
「ああ、ありがとう」

 コンシェルジュが部屋の扉を閉めた事を確認すると、俺はメニューバーを開き、ログアウトボタンに指先を向けた。

「ふう。DWで呑むのも中々いいな」

 ログアウトした俺はベッドに寝そべりながらそう呟く。すると、エレメンタル達も俺の周りを縦横無尽に飛び回り肯定の意を示した。

 エレメンタルには世話になっているからな。
 次はこっちの料理を披露してあげよう。
 そんな事を考えながら、ゴロゴロしているといい感じの眠気が襲ってきた。

 時計の時間は午後九時三十分。
 少し早い気がするけど、今日の所は寝るとしよう。

「お休み。エレメンタル……」

 そう呟くと、俺はゆっくり目を閉じ、シモンズ製のベッドに身を委ねた。

 ◇◆◇

 朝目覚め、時計を確認すると、今の時刻は午前八時。

「ふわぁ~」

 欠伸しながら蹴伸びする。
 なんだか凄く寝た気がするな……。
 しかし、今度は寝過ぎて眠い。
 それとも、昨日の酒が残っているのだろうか?

 特に何も考えることなくアイテムストレージからスマートフォンを取り出すと、スマホ向けソーシャルゲームのアイコンをクリックし、ログインボーナスを貰っていく。

 四つのソーシャルゲームを起動し、ログインボーナスを貰った俺は、スマホをアイテムストレージにしまうと、ゆっくり起き上がった。

「とりあえず、シャワーでも浴びるか……」

 頭がボーっとし過ぎて何もやる気が起きない。
 バスタオル片手にシャワー室に入ると、備え付けのシャンプー&リンスで髪を洗い、身体の汚れをボディソープで落としていく。

 いつもなら夜空に一番近い露天風呂『スカイスパ』に入浴しに行く所だが、今は止めておいた。
 なんていうか、頭が回らなくてそこまで行くのが怠い。
 身体の汚れを落とすだけならシャワーで十分だ。

 最後に身体に付いた泡をシャワーで流すと、バスタオルを取り身体を拭いていく。

「ふう。サッパリした……」

 新しい服に着替えてドライヤーで髪を乾かすと、再度、アイテムストレージからスマートフォンを取り出す。
 そして、画面に視線を向けるとため息を吐いた。

「はあ……。やっぱりか……」

 さっきまでは眠かった為、意図的に無視していたけど、目が覚めた以上、見過ごす事はできない。
 スマートフォンの画面を見てみると、知らない電話番号から滅茶苦茶電話がかかってきていた。時折、着信拒否設定した野梅弁護士の名前も表示されている。

「うわぁ……。嫌だな……。これ聞かなきゃいけないのかな?」

 これは間違いなく俺をカツアゲし、三千万円のスクラッチくじと財布を奪った高校生達の親からの直電に違いない。スマートフォンの画面には留守番電話が三十件表示されている。
 というより、どうやって俺の電話番号を知ったんだろう?
 野梅弁護士がバラしたのかな?

 俺としては、高校生達が相応の罰を受けてくれるだけでいいんだけど……。

 だって、そうだろう?
 カツアゲって、強盗致傷事件だぜ??
 五人の高校生が寄ってたかって暴行し、近くにあった自転車の空気入れで殴られた揚句、三千万円のスクラッチくじを奪われたのだ。
 それに相応しい罰を受けてくれないと被害者である俺としては納得がいかない。
 謝罪については、刑罰を受けた後に聞くよ。
 そもそも、減刑の為に、謝罪するって本末転倒もいい所だろ?
 刑罰を受けてもいないのに、加害者の謝罪の言葉なんて聞きたくないよ。

 どうして法律というのは、こうも加害者に優しくできているんだろうか。

 加害者に前科がないような場合、加害者が反省しているという理由で、執行猶予がついてしまい、結局、その加害者は、刑務所に入らずに済む事が多いと聞く。

 加害者の人権を保障する事も大事かもしれないけど、より大切なのは何の落ち度もない被害者の人権だと思い至らないのだろうか?
 日本の法律って本当に不思議だ。

「まあ、そんな事を考えていても仕方がないか……」

 とりあえず、インターネットで電話番号を検索し、一つ一つ番号を照会していく。

「これも多分、俺からカツアゲした高校生達の親からの直電だな……。んっ? これは……。はあっ? YABAI探偵事務所??」

 野梅弁護士事務所の提携事務所か何かだろうか?
 どちらにしろ、ヤバイ臭いしかしない。

 野梅弁護士事務所とYABAI探偵事務所は放置するとして、とりあえず、それ以外の留守番電話を聞いて見るか……。
 留守番電話センターにダイヤルし、録音された電話を聞いて見る。

『あなたね! 電話に出なさいよっ!! どこにいるの! こっちは今、大変な思いをしているんだからね! ふざけないでよっ!』
『話し合いに応じようとしないとはどういう事だ! 何度電話をかけたと思っている!』
『あんた、たった一度の過ちで子供の未来を潰す気!?』
『お前と違ってなっ! こっちは暇じゃないんだよ! さっさと示談に応じろ!』

「…………」

 もの凄く嫌な気分になった。
 まるで自分が被害者とでも言いたいかのような物言い。

 子が子なら親も親。
 子が悪事を働き、親がまるで被害者の様に振舞い、被害者本人に罵詈雑言を浴びせかけてくるといった造語だ。今、俺が作った。

 とにかく凄いの一言に尽きる。
 とりあえず、録音データを取っておこう。

 まあ、自分の子供が警察に拘留されていて、被害者である俺が示談の道を閉ざしているんだ。
 百億歩譲って、文句の一つも言いたくなる気持ちはわからないでもない。
 しかし、俺は既に警察に示談金の金額に係らず全く受け取る意思がない事を示している。

 弁護士であれば警察から……。いや、検察かな?
 検察から示談する意思がない事を聞いている筈だ。
 示談金を受け取るという事は、俺に対してカツアゲした高校生達の罪を許す事になる。

「……まあいいや。とりあえず、放っておこう」

 今回の場合、カツアゲをした高校生達は未成年だが、十四歳未満ではない。
 更に罪状は、強盗致傷事件。原則、六年以上の懲役刑であり、初犯であっても執行猶予が付かずに実刑となる。

 つまり、示談に応じず放って置けば、後は流れるがままに高校生達に相応しい刑罰が決まると、そういう事だ。俺としては、高校生達が逮捕された事でそれなりに満足している。後は法の裁きに委ねるさ。その後の判決がどうなろうが知った事ではない。

「……とりあえず、ご飯でも食べに行くかな」

 そう呟くと、朝食を食べる為、十一階にあるレストランに向かった。

 昨日、呑み過ぎた為か今日はあまりお腹が空いていない。
 だから、簡単な食事で済ませよう。

 俺はヨーグルトを皿に入れ、その上にフルーツポンチを盛ると、焼いたトーストとバター、コーヒーをトレーに乗せる。
 席に着くとコーヒーを軽く飲み窓の外を眺めた。

 うん。なんていうか、とても贅沢な気分だ。

 ランドスケープアーキテクトのクリストファー・アレクサンダー氏も『小高い場所に登り、眼下に広がる自分の世界をじっくり眺めたいという気持ちは、人間の基本的な本能の一つのようである』と言っている。
 俺もそう思う。

 コーヒー片手に高い場所から都会を見下ろすちょっとした優越感が堪らない。
 ちょっとした優越感に浸りながら都会を見下ろしていると、知らぬ人から声がかかる。

「すいません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい。なにか?」

 えっ?
 もしかして、この席。座っちゃ駄目な席だったのだろうか?
 他人に話しかけられ、ほんの少し動揺していると、数人ほど席から立ち上がる。

 そして俺の席を取り囲むと、開口一番こう言った。

「……あなた、高橋翔さんですよね?」
「えっ?」

 なんで俺の名前を知っているんだ?
 俺はあなたの事、知りませんけれども??

 言葉を発さず事の推移を見守っていると、女性が焦れた様に話始める。

「……あの、高橋翔さんで間違いないですよね?」
「いえ、違いますけど?」
「えっ?」

 そう言うと、俺を取り囲んでいる男性一人と女性二人が顔を見合わせた。

「ほ、本当に? 本当に高橋翔さんじゃないの?」
「はい。その通りです。それより誰です。高橋翔って? 有名人か誰かですか?」
「い、いや……。そういう訳では……。そ、そうですか。失礼致しました!」

 俺に声をかけてきた三人はそれだけ言うと、足早にレストランから去ってしまった。

「な、なんだったんだ。一体?」

 咄嗟に『高橋翔? 誰ですそれ?』と言ってみたけど、もし、俺が高橋翔だと知ったら、あの人達はどんな行動に出たのだろうか?

 とりあえず、コーヒーを口にして一呼吸入れると、パンを食みヨーグルトを食べて終えてからレストランを後にする。
 そして、エレベーターで一階に降りると、降りてすぐ口論する声が聞こえてきた。

 エレベーターの影からそっと覗くと、先程、レストランで声をかけてきた三人が一人の男性に言い寄っている姿が見える。

「話が違うじゃない! 高橋翔がここに宿泊しているって聞いたからここまで来たのよ!?」
「そうだ! こっちは仕事を休んでここまで来ているんだ!」
「何の為に探偵を雇ったと思っているのよ! ふざけないでよっ!」

「え、ええっ? い、いや、しかし、あなた方の情報を元に調査した結果、高橋翔さんはここに宿泊していると情報を掴んだのですが……」

 なるほど、そういう事か……。

 どうやらあの高校生達の両親が探偵を雇って俺を探しているらしい。
 中々、凄い執念だ。あの時、他人のふりをして本当に良かった。

 ホッと胸を撫で下ろすと、俺はエレベーターに乗り込み自分の泊まっている部屋へと向かう事にした。
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