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第11話 暴発し悪い地上げ屋の股間を焼くエレメンタル

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「よし、今日の所はここまでにしておくか……」

 なんというか、疲れた。

 やはり一人での森林探索は、初級ダンジョンだとしても骨が折れる。
 ドロップアイテムをアイテムストレージに収める際の屈伸運動で俺の膝はガクガクだ。
 こんな事なら一時間のフィーバータイムが終わってから、ドロップアイテムの回収をすればよかった。

 流石は現実となったDW。
 一日の大半を座って過ごす元経理部員&ゲーマーに屈伸運動はキツイ。

 地面に落ちている上級回復薬を拾うと、一階層にある転移門『ユグドラシル』に向かって歩いていく。

「それにしても、カイルの奴にはなんて言おうかな……」

 マイルームが使えた事を教えてやるべきか?
 いや、DWが現実となった今、そんな事をいえば、余計な妬みを買いかねない。

「いや、別にいいか……」

 取り敢えず、マイルームは使えなかった。
 課金アイテムについては、退職祝いにパーっとリアルマネーで購入したという事にしておこう。それがいい。

 取り敢えずは、宿だな。
 まずは宿を確保しよう。ぶっちゃけ、現実世界に戻る事ができる俺にとって、宿をとる必要なんてまったくないし、金の無駄だからあまりやりたくない。
 しかし、カイルに「お前、昨日はどこに泊まったんだよ」と質問された時、困る。

 そういえば、この世界では家を購入する事ができたような……。
 マイルームがあったから、DW内で家を購入する意味が本気で分からなかったけど、こういう時の事を見越してそういう設定にしていたんだなといまなら分かる。

 あの時、その事に気付いていれば……。
 いや、無理か。こんな超常現象、普通では起こり得ない。

 転移門『ユグドラシル』の前まで行くと「転移。セントラル王国」と言い、セントラル王国にある転移門に転移する。

 転移門『ユグドラシル』前に転移した俺は、早速、宿探しを始めた。

「さてと、宿、宿……空いてる宿はどこにあるかな?」

 マップ機能で近くにある宿をピックアップしていく。

「う~ん。この辺りは満室か……」

 しかし、近場の宿は全て満室だった。

「困ったな……カイルに会った時、言い訳ができない。う~ん。他にどこがあるかなぁ……おっ?」

 マップを見てみると、裏路地を入ってまっすぐ行った所に開いている宿があると表示されていることに気付く。

「あるじゃん。あるじゃん! 今日、泊まる宿はここに決まりだな」

 もちろん、睡眠はネットカフェで取る予定だ。
 だって、中世ヨーロッパの堅いベッドで寝たくないし。マップに表示されている一泊料金も安すぎて期待が持てない。
 どうせ寝るならリクライニングシートで眠りたい。
 それに、今、俺に必要なのは、宿に泊まったという体裁だ。
 実際にその宿で睡眠をとるかどうかは別問題である。

「それにしても、変な所にある宿だな……」

 裏路地を進んでいくと、一軒の宿が見えてきた。
 その宿は随分と寂れていて、なんというか今にも潰れそうな様相だ。

「あれ? この宿、どこかで見たような……」

 宿の扉を開け、中に入ると、宿の中から人が飛んできた。

「!!?」

 咄嗟に吹っ飛んできた人を受け止めると、宿の中から威勢のいい声が聞こえてくる。

「やいやいやいやい! この俺様を誰だと……」

 そう言いながら、中からスキンヘッドのオヤジが姿を現すと俺にメンチを切ってくる。

 オヤジが額に青筋を浮かべながら「おい、こらっ! 見せもんじゃねーぞ!」と恫喝したその瞬間、エレメンタルの一体が赤く光りオヤジの股間を焼いていく。

「あっ!?」
「ああっ!?」

 俺とオヤジの声がハモる。
 オヤジは股間を焼かれた痛みに悶え、俺はダンジョン外でエレメンタルが反応した事に驚きの声を上げた。
 オヤジは短い悲鳴を上げると、そのまま泡を吹き、前のめりになって倒れてしまう。

 思い出した。
 これはアレだ。『悪い地上げ屋から宿を救おう!』とかいう、ボロい宿に泊まると低確率で発生するイベントだ。
 しかも、報酬はしょぼく。七泊無料で宿に泊まれるという、ただそれだけのもの。

 誰が受けるんだこんなイベント(笑)と思っていたイベントに、まさか俺が巻き込まれる事になろうとは……。

「じ、地上げ屋から助けて頂き、ありがとうございます!」

 地上げ屋に吹っ飛ばされ俺に体当たりしてきた人が俺に感謝の言葉を述べてくる。

 いや、俺は何もやっていない。
 エレメントが暴発して勝手に地上げ屋の股間を焼いただけだ。

 俺にお礼を言われても困る。
 何故なら俺は君とは全く関係ないのだから。

「…………」

 話したら終わりだと、敢えて何も言わずにいると、地上げ屋に吹っ飛ばされた人が俺に向かって土下座する。

「実は地上げ屋にこの土地を明け渡せと言われ困っていたのです。どうか哀れな私達をお助け下さい!」

 いや、哀れなのは、こんなクソくだらないイベントに巻き込まれた俺だよ。とは言えない。とはいえ、こうも話が進んでしまっては仕方がない。

「わかったよ。わかりましたよ!」

 くそっ、こんな筈じゃなかった。
 本当はさっさと宿に入り、ネットカフェで一息付く予定だったのに……。

 それもこれも、この俺に突っかかってきたアッパラパーのお陰で台無しだ。

 股間を焼き尽くされ、涙ながらに股間を手で抑えるスキンヘッドのオヤジに視線を向けると、オヤジは声を上げた。

「お、おい! この俺様に逆らっていいのかよ。お前はこの俺を敵に……」

 そう言うオヤジの股間に蹴りを入れる。

「ぐっぎゃああああっ!?」

 すると、オヤジは絶叫を上げながら泡を吹きのた打ち回った。

 流石はDW。普通、股間を一瞬にして潰されたらショック死してもおかしくないのに、泡を吹いて倒れたオヤジはすぐに目を覚まし睨み付けてくる。

 ぶっちゃけ、このオヤジを敵に回した所で大した敵は出てこない。
 後はオヤジが『覚えていろよ!』と負け惜しみを言いながら宿から出て行くのを見守るだけだ。
 それだけでこのイベントは終わる。
 というより、ゲームの進行上そうなっている。

「き、貴様……この俺にこんな酷い事をしてっ! この俺を敵に回したらどうなるかわかっているのか!?」

 オヤジは粋がってそんな事を言っているが、敵に回した所で何も起こらない。
 要はただの負け惜しみだ。

 こんなイベントはサッサと終え、ネットカフェに戻るに限る。

 それにしても、こいつ。一向に宿から出て行かないな……。一定のダメージを与えれば、宿から出て行くんじゃなかったのか?

「おいっ! この俺様を無視するんじゃねー!」

 オヤジが煩い。
 考えを巡らしている間も、ピーチクパーチク言いながら威嚇してくる。

「お、おい! 何をする気だっ!?」
「いや、ちょっと煩いんで、物理的に追い出そうかなって……」

 あまりにもオヤジが煩いので、強制的にイベントを進める事にした。
 オヤジの首根っこを掴むと、そのまま外に連れ出し、路地に放る。

「ぐっ、この俺を敵に回して、タダで済むと思うな! 覚えていろよ!」

 もう何度、この俺を敵に回して発言をしただろうか。
 オヤジはそう言い残すと、股間を抑えながら去って行った。

 オヤジが去っていくのを見届けた俺が宿に戻ると、宿の人が「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べてくる。

「お客様のお陰で助かりました。お礼といってはなんですが、宿泊料を無料にさせて頂きます。ぜひ、宿に泊まっていって下さい」
「ありがとうございます。それでは、言葉に甘えさせて頂きます」
「はい。それでは、こちらの部屋にどうぞ」

 宿の人に案内された部屋は案の定ボロく、酷い有様だった。
 穴の開いた床に、汚い木製のベッド。
 こんな部屋に案内して、宿の人、本当に感謝しているのだろうか。

「こちらは、当宿自慢のスイートルームとなっております。どうぞ、好きにご利用ください」

 どうやら、この部屋。スイートルームだったらしい。
 俺の知っているスイートルームとは、随分と差があるようだ。
 満面の笑みを浮かべながら部屋に案内してくれた宿の人とは対照的に、俺は苦笑いを浮かべる。
 宿の人は部屋の鍵をテーブルに置くと「ごゆっくりお寛ぎ下さい」と呟き、部屋の扉を閉めた。

「……まあ、いいか。どの道、ここでは寝ないし」

 そう呟くと、部屋の鍵を閉めメニューバーを表示させるとログアウトボタンをタップした。
 ヘッドギアを外すと、スマートフォンで時間を確認する。

 ――午後十一時四十分

「もうこんな時間か……」

 明日は朝早くから警察署と労働基準監督署に向かわなければならない。

 俺をボコボコにし、三千万円のスクラッチくじと財布を奪った高校生達、そして、高校生の話を鵜呑みにし、俺を懲戒解雇にした挙句、退職金は払わないと電話してきた石田管理本部長に……残業代を払わないブラック企業、アメイジング・コーポレーション株式会社に対して正義の鉄槌を下す為に、だ。

 俺はアイテムストレージから普段愛用している『蒸気でホットアイマスク カモミールの香り』を取り出すと、袋からアイマスクを取り出してメガネのような形にして目に当てる。
 目に当ててから数秒すると、じんわりとアイマスクが熱を帯びてきた。同時にカモミールのいい香りが鼻孔をくすぐる。

「よく眠れそうだ……」

 そう呟くと同時に猛烈な眠気が襲ってきた。
 リクライニングシートに身体を預けると、俺はそのまま夢の中にダイブしていく。

「う、う~ん……」

 目を覚ますと、何故か、アイマスクがバラバラになっていた。
 朝起きたらアイマスクがバラバラにパージされている。よくある事だ。

 使い終わったアイマスクをゴミ箱に捨てると、スマートフォンを取り出し、時間を確認する。

 ――午前八時三十分

 丁度いい時間帯だ。
 リクライニングシートから立ち上がり個室を出ると、カウンターでシャワーを浴びたい旨を伝える。
 三百円支払うと、そのままシャワールームに向かった。

 アイテムストレージからシャンプーとリンス、ボディソープを取り出すと、シャワールーム内の棚に置き、服を脱ぐ。

「あれ? 俺ってこんなに筋肉質だったかな?」

 ボディソープで身体を洗うと、ゴツゴツとした感触が手を伝う。
 見ると腹筋が6LDKになっていた。

「昨日は頑張ったからな」

 昨日は本当に色々な事があった。
 腹筋が六つに割れたのも、きっとそれが原因だろう。

 まあ知らんけど……。

 そんな適当な事を思いながらシャワーを止めると、バスタオルで身体を拭き、高校生によってボロボロにされた服を着てシャワールームから出る。

「よし、行くか……」

 そして、お会計で一泊分の料金を支払うと、その足で警察署に向かった。
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