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1章

第2話 非色民

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AM10:05 アロウ・レザーマント

くそ、どこ行きやがった。
今日始めての上物だってのに・・・・油断した。
まさかあの距離で気づかれるとは、勘のいい獲物だ。
さてと、もう俺のは底をつきそうだ。
使える魔法は後2回くらいか。
どうする?
今日はここまでにしておくか。
・・・・いや、少しでも稼がねえと・・・・よし!
鷹の目ホークアイ!」
空魔法”鷹の目ホークアイ
これを使えば魔力エターナルを消費して周囲を俯瞰で観察することが出来る。
だけど急いで発見しないと俺のエターナルがカラになっちまう。
どこだ、どこだ、どこだ・・・・・・・・いた!
魔法を解いて発見した獲物の方角へ向かう。
さっきはほんの小さな物音で気づかれちまったからな・・・・・。
藪に身を隠しながら慎重に、慎重に・・・・・見つけた。

俺のいる位置から100メートル位先で、さっき取り逃がした雄鹿が周囲を見回している。
警戒されてるな。
俺は藪に身を隠したままこれ以上あいつに近づけるか、周囲の状況を観察しながら考える。
「・・・・無理だな」
藪を移動しながら近づけるかと考えるが、相手が警戒している状況では難しい。
となると、この位置からあいつを仕留めなければならない。
射線上に障害物はない。
問題は距離だ。100メートル。
空魔法を使えばギリギリ届くか?
いや俺のエターナルでは届いたとしても、当たりが浅くそのまま逃げられる可能性もある。
そうなれば、無意味に何の罪もないあの鹿を傷つけることになってしまう。
それは猟師として最低の行為だ。
仕留めるなら1発で確実に。

ここにきてどうしようか逡巡していたとき、雄鹿が向きを変える。
なんと、ちょうど急所の胸元がこちらから見てガラ空きになった。
チャンス!
俺は欲に駆られてすかさず弓を構える。
俺は金が欲しいんだ!あの鹿のことなど知ったことか!
自分でも俗に塗れた行為だと分かっていたが、最早この衝動を止めることは出来なかった。

空魔法”翼の浮力ウイングレンジ
矢に"空のエターナル"を込めて射程を伸ばす。
俺はエターナルを収束させながら感覚で射程を測る。
無理か?いや多分大丈夫だろう!
俺に胸元を見せたあいつが悪いんだ!
あいつを仕留めれば100Gは稼げる!
目標金額にはまだ遠いけど、少しでも早く金を溜めてこんな農園出て行ってやる!
見てろよ、親方クソったれ
あの雄鹿を忌々しい親方に見立てる。
そうすることで欲の裏側に隠れている罪悪感を払拭しようと試みる。
『わりいなぁアロウ!お前が溜めてた金は全部使わせてもらっちまったよ!てめぇは大人しく俺の奴隷として生きるんだなぁ!』
クソヤロウ!ぶっ殺してやる!
鹿は相変わらず怯えながら辺りを見回している。
『てめぇのモンは俺のモンなんだよぉ!』
クソヤロウ、クソヤロウ・・・・。
必死にあの鹿を忌々しいクズに見立てようとするが・・・・どうしても出来ない。
そりゃそうだ・・・・
なぜなら、あそこで怯えている鹿と、あの忌々しいクズとじゃ重なるわけがない。
あの姿はまるでそんなクズに金を巻き上げられた挙句、ボコボコにぶん殴られている惨めな俺の姿そのものだからだ・・・・。

・・・・・・バカか、何してんだ俺は。目先の金に釣られやがって。
これじゃ俺もあのクズと一緒じゃねえか・・・・。
鹿をクズに見立てようとしたことで、かえってやる気が失せてしまった。
そして冷静になって改めて自分のエターナル量を確かめる。
どう考えてもあの鹿を仕留める力はない。
E
生まれもった魔法の素質は変えることができない残酷な現実だ。
そしてそれは魔法が全てのこの世界では、俺を奴隷として一生縛り付けることになる。
俺は役に立たない魔法を解除し、弦を引く力を緩めてそのまま弓を放り投げる。
カランという音を耳にした鹿が慌てて逃げていった。


「あ~あ。逃がしちゃったね」
不意に背後で声がして慌てて振り返る。
「・・・・いたのかよ。ラビット」
そこにはいつからいたのか、幼馴染のラビットが俺のことを見下ろしていた。
「ずっと後ろにいたわよ。気づかなかったの?」
まったく、と呟く。
「狩りに集中して周りが見えなくなるなんて・・・。ココが結界の中じゃなかったら魔物にやられてるわよ」
「・・・・」
痛いところを突かれてしまい、何も言い返せない。
「ていうか奥まで来すぎ。後10メートルも先に行けば結界の外よ。ほら」
「あっ・・・」
言われてラビットの指差す方を見ると、確かに境界線の目印がある。
あそこから出てしまうと、そこから先は魔物の領域だ。
ラビットが気づいてなかったの?と呆れと心配が入り混じった視線を向けてくる。
あの鹿は結界の外へ行ってしまった。
ひょっとするともう魔物に・・・・。
あの鹿の末路を想像してしまい暗澹たる気分になる。
・・・・くそっ!
さっきの事といい、おれ、ストレスで頭がおかしくなっちまったのか?
「アロウ。あんた頭に血が上りすぎよ。大丈夫?」
ラビットが不安そうな、そして俺の心中を察するような目で覗きこんでくる。
・・・・こいつは昔からよくこの目をする。
「・・・・平気だよ。今日はもう切り上げよう」
俺は努めて何でもない風に答え、ラビットと目線を合わせないよう弓を片付ける。
ラビットはなおも心配そうに見つめてくるが、俺は構わず「ほら行くぞ」と言って歩き出した。


「ねえ、ひょっとしてここから出て行こうとか考えてない?」
ウチへ帰る道すがら、ラビットが俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
はあ・・・・隠してたのに・・・・。
俺は内心ため息をつく。
まあ、子供の頃から兄妹のように一緒に育ってきた俺たちだ。
そりゃあ、ばれるわな。
ラビットは無言の俺の反応を見てやっぱりと憤り、
「いつも言ってるでしょ?辛いだろうけど、ここにいれば食べ物と住む場所には困らないのよ」
そしていつもの説教が始まった。
俺も言い返す。
「だからって一生こんな惨めな生活を続けろってのか?”町”まで行けばここよりまともな暮らしが出来るんだぜ」
「甘い。あんたのその能力でどうやって食べてくのよ。Eなんてどこも使ってくれないわよ。使ってくれるとしてもただの雑用。それならここにいるのと一緒じゃない」
ちっ、そこまで言うかよ。
「そもそもどうやって町まで行くつもりなのよ。農園の外は魔物だらけなのよ」
そんなことは分かってる。
外の世界には凶暴な魔物が山ほどいる。
魔物は俺がいつも狩っている動物たちとは違う。
俺たち人間を全く恐れず、俊敏な動きで突進してきて、そこから鋭い牙による一撃でこちらの命を簡単に奪うことが出来る。
そんな魔物に俺たち人間は魔法で対抗するしかないが、戦闘向きじゃない空魔法の、しかも最低ランク”E”の俺ではとても魔物と戦うことはできない。・・・だが、
「そんなもん金溜めて護衛を雇えば・・・・」
「それで?わざわざ町まで行ってここと同じような、ううん、ここよりももっと惨めな生活を送るの?わざわざお金払って?」
「・・・・」
俺はラビットに言い返すが、すかさず反論されてしまい何も言い返せなくなる。
確かにラビットの言うとおりだ。
町まで行けば何とかなるなんて保証はない。
そもそもこんなクソ田舎に、わざわざ護衛を請け負ってくれる様な旅人なんてめったにこない。
いや、仮にいたとしてもこっちの足元を見てバカ高い割り増し料金を要求してくるのは目に見えている。
俺が苦い顔をしていると、ラビットは同情するように眉を下げる。
「そりゃあ私だってグリーンガーデンの連中は嫌いよ。でもあいつらがいななきゃ、私たち住む場所も食べる方法もなくしちゃうのよ。なら我慢するしかないじゃない」
さっきまでの説教口調からは一転、今度は懐柔してくるラビット。
だがその表情は悔しそうに歪んでいる。

そうだよな・・・・お前だって苦しいんだよな・・・・。

俺たちが住んでいるこのオールドファームはグリーンガーデンが開拓した農園だ。
あいつらがで土を起こして、さらに魔物が侵入しないようで結界を張っている。
そして俺たちが猟をしているこの森も、魔物が侵入してこないようグリーンガーデンが結界を張って作りだした狩場だ。
この農園は住む場所も、食べ物もグリーンガーデンの力で支えられて、俺たち農民は奴らに依存するしかない。
そうなると自然、グリーンガーデンは増長して自らを”グリーンカラー”、俺たちギルドに属してない農民を”非色民”と呼んで線引きし奴隷のように扱ってきた。
もちろん農民たちは不満をいだいているが、ここを追い出されたら魔物と戦う力のない農民は生きていけない。
過去に我慢できなくなった農民が「やってられるか!」と叫んで、農園から単身飛び出して行ったことがある。
だがその農民は出て行ってから3分後に、両腕を噛み千切られ、ボロボロに泣き叫びながら引き返してきた。
その姿は当時まだ小さかった俺たちに、外の世界への恐怖を植え付けるには十分すぎる光景だった。
それからは皆どんな仕打ちを受けようと、他に生きる道はないと割り切って日々を過ごしている。
だけど俺はこんな奴隷暮らしはごめんだ。
絶対にここから抜け出して町で稼いでやる。
そうしたら、ラビットにだって楽な暮らしをさせてやれるんだ。



「今日の収穫はウサギが1匹だけか・・・」
ひとしきり俺を説教したラビットと別れた帰り道、腰に下げた獲物を見て一人呟く。
我ながら情けない腕だ。
これじゃまたあの親方に馬鹿にされちまう。
「はあ・・・・」
まあ気にしてても仕方ない。
これからウチに帰って獲物をサバかねえと。
「・・・・ん?」
丘の上の我が家が見えてきた頃、道の真ん中で鶏たちが群がっているのを発見した。
何かに群がっているようだが・・・・。
何だアレ?・・・って、人か!?
鶏たちが群がっていたのは、うつ伏せで倒れている人間だった。
栗色の長い髪、女か?
とにかく助けないと。
「やめろ、お前ら!・・・・おい、あんた!大丈夫か?」
鶏たちを手で追い払って女に声をかける。
やがて女はウウッと呻きながら微かに頭を起こそうとするが・・・・
「・・・・くせぇ」
それだけ呟くとバタリと突っ伏して完全に気を失ってしまった。
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