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Don't worry
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6.Don't worry (過去)
「えーラジオネームシャムネコさん、東京都にお住まいの十七歳男性の方です。
「ヒトミさん、初めまして。僕は昨日、一年ぶりに会った同級生達とご飯を食べに行きました。学生時代の先生の話などで盛り上がり、また近いうちにご飯を食べに行こうと約束しました。ヒトミさんは最近メンバーの皆さんと食事会などはしますか?」
というメールです。ありがとうございます。メンバーと食事は結構いきますよ。先週はレイコとチハルと三人でお昼にちょっと大人なフレンチレストランに行きました。ただチハルが意外と大食漢だから、帰り道にクレープ屋に寄って一人だけバナナクレープを食べてました。足りなかったみたいです。
さぁ、今週の「EYE TALK」もお別れの時間となりました。最後の曲は4/Roseで「この道を」です。それでは皆さん、また来週。ばいばい」
ああ、この曲の歌い出し、やっぱり好きだな。と、この曲を聴くたびに思ってしまう。
三ヶ月ほど前から始まった私の冠ラジオ番組「EYE TALK」は、毎週水曜日の夜に三十分間、生放送でファンの皆さんと私との会話をテーマにお送りしている。
最近ではようやくメインパーソナリティーが板についてきたが、始まったばかりの頃は、台本は噛むわ、尺は合わせられないわで大変だった。SNSなどでは「素のヒトミが感じられる」とかなんとかで話題になっていたようだが、私としては不本意なので、それから毎日お風呂で早口言葉やら原稿読みやらまるでアナウンサーのような特訓の日々を送った。
一番の終わりでゆっくりとボリュームダウンしていく曲を名残惜しく思いながらヘッドホンを取る。
外に出ると予報はずれの小雨が降っていた。鞄の中の折りたたみ傘を広げてスタッフさんが止めてくれたタクシーに乗り込み、まだ言い慣れていない住所を運転手に告げた。
先月、約二年暮らした寮に別れを告げ、オーブン備え付けの部屋に引っ越したのだ。
メンバーと食事に行くような関係となった4thシングルの撮影期間中。あの騒動をきっかけに健康に気をつけるようになり、自炊を始めた。
こちらも始めたばかりの頃は硬いにんじんを噛み砕く日々を数日続いた。二週間でようやくカレーをまともに作れるようになった。そして引越す時には物件を見る上で一番のこだわるポイントがキッチンになっていた。今では部屋の食器棚にはおしゃれな皿やカラトリーで溢れかえっている。
雨は少し強くなり、フロントガラスの水滴が信号機の赤い光を反射していた。
雨に濡れていないのに、なぜか寒気を感じ、運転手に暖房の温度を上げてもらう。
スマホからメッセージアプリの通知音が鳴る。
相手はチハルだ。開くとなかなかの長文がつづられている。内容は今日の活動についてから始まった。
チハルは今日、メンバー数人とすでに発売が発表されている1stアルバムのプロモーション動画の撮影後、アルバム発売記念ライブのレッスンを他のメンバーと合流して行ったようだ。例によって私はなかなかレッスンには参加できないが、もちろん、リハーサルまでには完璧に仕上げる。
しかし、チハルのメッセージはここからが本番だった。
「また体調が悪いみたいで、途中で早退しちゃった」
私も最近、そのメンバーには気にかけていて、ご飯に誘って悩みを聞こうとしたり、ストレス解消のために一緒にジムに通ってみたりと対応していたのだが。
最近ナナの様子がおかしい。
初めて異変に気が付いたのは一ヶ月ほど前の歌番組のリハーサルのときだろうか、少し元気がないなと思う程度だったが、段々と悪化していき、最近では番組の収録中やイベントの最中でも明らかに不調だと分る立ち振る舞いが目立ってきている。
スマホのメッセージアプリを閉じ、SNSアプリを開く。
普段は自分の名前やグループ名でしか検索しないのだが、ナナの名前を入れて検索してみる。
ナナを応援するコメントやナナのファン同士が集うためのコメントが並ぶ中、異変についてのコメントがちらほら目立った。
「最近ナナ元気なくね?」
「他全員笑顔なのに一人だけ真顔www」
「いじめかな?女の集団こわっ」
そんなコメントの中、二文字の嫌な言葉が目に付いた。
さっきまで寒かったのに急に汗ばんできた。腕のニットに不快感が。
「まさかね」
タクシーはいつの間にかクリーム色の目的地に近づいていた。
料金を払って外へ出ると乗るときは小雨だった雨はいつの間にか本降りの雨に変わっていた。
翌日、ゴールデンタイムの三時間を使ったクイズ番組の収録が夕方にあり、昼からリハーサルのために番組に出演する私、チハル、レイコ、スズカ、シホ、そしてナナの六人が集まった。私は最近個人での仕事が立て込んでおり、メンバーに会うのは約一週間ぶりだった。
春から始まるドラマやバラエティー番組の出演者が多く出るこの番組で、私たちは1stアルバムの宣伝として出させていただく。
一度事務所に集合してから車でスタジオまで移動したのだが、今日一番でのナナの表情はやはり暗かった。身だしなみもおしゃれ好きなナナとは思えないほど個性のないコーディネートで、顔はまだスッピンなのかマスクをつけていて、髪はクシでといただけでセットはされていない。
一週間前までのナナではありえない事だ。あまり眠れていないのか目の下には少し隈が出来ているように見える。
スタジオの控え室に着き、おのおの行動をしだした頃を見計らい、スマホの画面を見ていたナナの隣に座り、話しかける。
「ナナ、おはよう」
「あっ、ヒトおはよう」
一瞬怯えたように見えたのは気のせいだろうか。状況を察知したチハルも近づいてきて、私とは反対側のナナの隣に座る。
「昨日、体調が悪かったみたいだけど大丈夫?」
「うん。ごめんね、迷惑かけて」
「ううん。ただ、もし長い間体調不良が続いてるなら、西條さんに言って病院で…」
「いや、大丈夫だから。そういうんじゃないから」
遮るようにナナが言う。その顔はやっぱり暗く、右手の親指で左手の人差し指の縁をなぞり、明らかに居心地が悪そうにしている。
今度はチハルがうつむき気味のナナの顔を覗き込んで話す。
「ナナ、でもやっぱり体調が良くないなら…」
「大丈夫だから、ごめん、トイレ行ってくる」
そう言って出口のほうへと歩いていってしまった。
チハルと目をあわせ、どちらかともなくため息を吐く。
そして、私は見逃さなかった。初めに私が隣に座ったときにナナがスマホで見ていたのは、4/Roseのまとめサイトだった。
「クイズ!Wトライアングル三時間スペシャル~!」
大きな蝶ネクタイをつけている司会者のタイトルコールから収録は始まった。私たち4/Roseチームがおそろいで身に着けているオレンジ色のゼッケンには「1stアルバム「Blue/Rose」二月十四日発売」と書かれている。
この番組はいくつかのセッションごとに順位を決め、最終的に成績が良かった二チームが決勝に進み、優勝を決めるというシンプルな内容だ。
まず最初は各チームの代表者による早押しクイズだ。抜けた順番に司会者によってチーム紹介がされる。もちろん4/Roseの代表は私だ。
「問題、三大栄養素とされているのは、炭水化物、たん・・・」
ピンポーン。
甲高い効果音と共に解答者を示す席上のランプが点灯しているのは私のものだ。
「脂質」
二、三秒のためがあったが、特にドキドキはしなかった。
またしても甲高い正解時になる効果音が響いた。リハーサルで説明されたとおり、会場が拍手で盛り上がっている間に階段を下りて下で待っているメンバー達と合流する。
「さー、一位で抜けました。チーム4/Roseです」
私が代表してグループ名を言い、メンバー全員で一礼する。
「いやーヒトミちゃん。早かったね。やっぱり賢いねー」
「いえいえ、たまたまですよ」
一応謙遜はするが、小、中、高と超優等生だった私はクイズ番組でも「完璧」を演じることができる。
今振り返れば勉強だけの色のない日々だったが、今日だけはあの日々に感謝だ。
「いやいや、謙虚だなー。どう?今日クイズする上でちょっと心配だなって子はいる?」
目線を振られたのはメンバーの中でもバラエティー番組の出演が最も多いシホだ。司会者とも何度か共演している。
「そうですね、瞬発力も必要だと思うので、そうなるとおっとりしてるナナとかは心配ですね」
シホが安定したトークで返す。私もライブのMCで何度もシホに助けられた。
「だってよ。ナナちゃん大丈夫?」
今度は司会者がナナに振る。
モニターに写ったナナの顔は明らかにこわばり、目線はカメラの間を行ったり着たりと泳いでいた。
「えっと、あの、がんばります」
微妙な間の後に司会者の「それだけかーい」というありがちなツッコミで4/Roseの紹介は終了した。
セオリーな答えとしては、シホがグループ一のおバカであることを絡めたコメントが欲しかったところだが、 文面としてみれば彼女のイメージどおりのほんわかしたコメントだった。
しかし、ロウを塗られたような表情と声のハリの無さはやはりいつもの彼女とは違っていた。
席に移動する際、たまらずシホがナナに「ちょっと、しっかりしてよ!大丈夫?」と注意したが、その言葉に対するナナの返した答えはやはり「ごめんね」だった。
その後、番組は順調に進んだ。私たち4/Roseチームは私と秀才のレイコ、現役の学生であるスズカの活躍によりシホの珍回答をカバー、番組終盤でドラマチームと共に決勝戦に進み、優勝を競うまでのポイント数となっていた。
「最後のクイズは新木曜ドラマ「黄昏ダージリン」チームと4/Roseチームのタイマン早押しクイズです。一対一の早押しクイズで正解した人から抜けていき、アンカーのグループリーダーが先に正解した方のチームが優勝となります」
4/Roseの解答者の順番はシホ→ナナ→チハル→レイコ→スズカ→私だ。
「4/Roseチームのチハルちゃん。決勝戦ですけど意気込みは?」
「はい。ここまで来れて私たち自身も驚いているんですけど、二月十四日に発売しております4/Rose、1stアルバム「Blue/Rose」を一人でも多くの方に知って、聴いて欲しいので、優勝目指してがんばります」
「また宣伝かい!」
大げさに声を張って司会者が突っ込む。
デビュー当時はまじめさだけが目立っていたチハルだが、大型特番でしっかり宣伝を入れるボケも出来るように成長している。
決勝戦に残っただけでも十分勉強が出来るというイメージを世間に植えつけられたと思うが、「完璧」とするにはやはり優勝することは必須だ。大丈夫。シホ、ナナ、チハルが上手いこと抜ければ、多少相手にリードされていても挽回できる。
司会者の進行でシホが解答席に立つ。
「問題、スタンダード、トイ、ティーカップなどの・・・」
ピンポーン。
相手の女優も押していたが、ランプが点いたのはシホのほうだ。
「プードル?」
正解の効果音が響く。
最終問題は様々なジャンルからランダムで出題される。犬好きのシホには有利な問題だった。
よし。一番の不安要素だったシホが一問目で抜けるとは幸先がいい。シホは列を抜け、全員が一つ前にずれ、ナナが解答席に立つ。
「問題、フランスの科学者が発見した「化学変化の前後で物質の質量の総和は変わらない」という法則は・・・」
今度は完全に押し負け、女優が「質量保存の法則」と答え正解した。
観客とスタッフの拍手で沸く中、私はモニターに写るナナの顔が気になっていた。
もう一度押し負けて相手チームが一人抜けていった。
ただの焦った顔ではない。この明らかに違和感のある表情はしかし、私たちが長い間共に活動してきたから気が付くものだろうか?
また相手のチームが一人抜ける。今回、ナナは押してもいなかった。
次のナナが得意であろう洋服関連の問題を押し負けた瞬間の顔は、思わず駆け寄ってしまいたくなるほど弱弱しく、痛痛しかった。
結局、ナナは答えることが出来ず、私たちはドラマチームに敗北した。
収録終了後、ナナはスタッフ、メンバーに関係なく全員に謝り続け、マネージャー同行の上、一足早くスタジオを後にした。
ほうれん草とたまねぎ、ベーコンを炒めたものをバターと小麦粉で練った生地を方に敷いたものの上にならべ、そこに溶き卵を流し込んで新品のオーブンで焼いている二十分の待ち時間。自宅のダイニングテーブルの向かい側にいるのはチハルとレイコだ。
話はやはりナナのこと。デリケートな問題なので迷ったが、ナナの不調の原因がおそらくネットが原因であるということを二人に話した。
「やっぱり本人に直接注意したほうが良いんじゃないの?」
レイコがテーブルに肘を着き、顔の前に手を組んで提案する。彼女は初めの頃、原因はナナのやる気だと思っていたが、最近では他に原因があると思い直し、心配している。しかし、さばさばした性格のレイコのこの提案には私が待ったをかける。
「一歩対処を間違えればナナが本当に壊れてしまうかもしれない」
そしたら4/Roseを・・・
またあの嫌な二文字が頭に浮かぶ。いずれはメンバー全員が迎えるであろうその二文字だが、今はまだあまりにも早すぎる。
そもそもネットの意見を見ることは別に悪いことではないと私は思う。参考になる意見だってある。しかし、圧倒的に誹謗中傷は多い。それに負けないくらいの心が必要だ。ストイックなイメージの4/Roseの中でほんわかした天然系のナナは、メンバーの中で貴重である一方、一部のファンからの風当たりは強い。
「もう少し様子を見たいの。自然にやめるかもしれないし、ナナの成長に必要な時間なのかもしれない」
自然に収まるのが一番いい。デリケートな問題は周りが頭を突っ込むと事態が悪化する場合もある。
「ヒトがそういうなら、もう少し待ってみようか」
チハルが私に賛成すると、レイコは「仕方ない」というようにうなずいた。
「ていうか、なんか焦げ臭くない?」
「あっ!」
急いでオーブンのほうへ行き、開けるとキッシュの上半分は真っ黒に焦げていた。
「ごめん。ピザの出前でも取ろうか」
「ユウナ。少しタイミング遅れてるよ!」
「ごめんもう一回」
音楽番組の本番前はリハーサルが終わっても4/Roseの控え室で何度も納得いくまで練習をする。テレビを観ている人たちはライブの観客とは違い、私たちのファンが多数というわけではない。ひいき目でない一方、新たなファンを獲得するチャンスでもある。
本番一時間前。
「よし、じゃあそれぞれ準備しようか」
チハルの一声で練習は終了し、それぞれが席に戻り、メイクや髪を直したりする。
そんな中、ナナは真っ先にバックからスマホを取り出す。
私はレイコと目が合ったが、何事もなかったように自分の席に戻る。
大丈夫。きっと大丈夫。
アイドルになる前も観ていた音楽番組でパフォーマンスをするのは今でも少し緊張する。流れ始めたイントロは1stアルバムの中に収録されている「Don't worry」という曲だ。
私と並んで最前列で踊っているのはレイコだ。アルバムのメイン曲であるこの曲は、グループ初のダブルセンターの曲となる。私以外の初のセンターということでリハーサルでもかなり緊張していたレイコだが、本番のスイッチが入ったレイコは強い。堂々とした笑顔でステップを踏んでいる。私も負けじと表現で曲を歌う。私の表現力とレイコのキレとがぶつかり合い相乗効果が生まれていることが画面を観ずとも肌で感じる。
「ぶれない心が自分を励ます 他人の心配が余計な重りになる ほうっておいて Don't worry」
西條さんによる少しレイコに寄せた攻撃的なサビの歌詞で、メンバー同士のボルテージも最高潮に達しているのが分る。
最後は全員が中央に集まりカメラに向かって指を指す決めポーズでフィニッシュ。スタジオは拍手に包まれ、番組はコマーシャルに入る。
レイコと笑顔でハイタッチを交わす。お互い最高のパフォーマンスが出来たその喜びから出た自然なハイタッチだった。
後ろにいるシホやチハルともハイタッチを交わそうと振り返った時、ナイロンの生地と背中との空間に一筋の汗が滴った。三列目のナナを中心とした周りのメンバーの表情が、まるでいたずらがばれて先生に呼び出された小学生のようにばつの悪そうな表情をして歩いていた。
寝転がっていた身体の向きを変え、沈みすぎた枕の位置を変える。昨日ネット注文で届いた間接照明はイメージより暗いが、考え事をするにはちょうどいい。
目をつぶるとすぐにまぶたの裏は黒くなり、先ほど録画で観た音楽番組の映像が流れた。サビの後、笑顔で踊る私とレイコとは対照的に、次のカットで映った引きの画ではみんなが移動するなか一人突っ立ている子が目立つ。ワンテンポもツーテンポも遅れ、思い出したように動き出し、明らかに動揺が見えた後、そんなことに全く気がついていない私とレイコの笑顔のカットに戻る。
自分の心に今までメンバーに対して芽生えたことのない感情が生まれた。それは怒りや困惑などという分りやすいものだけでなく、恐怖や悲しみなど感情のほとんどが入り混じり、相殺し合い、結果どの感情が残ったのか分らない。どの感情がナナの為になるのか。
自分が努力してもどうにもならない事態は今までの人生でほとんど経験したことがなかった。それは私自身、団体という経験に乏しい人生をおくってきたからだ。4/Roseに入るまでは自分ですべて完結した世界で暮らしていた事を痛感する。力になりたいけど方法が分らない。
気がかりを抱えたままだと日常でも疲れは倍以上に増えるらしい。大丈夫、このまま眠ってしまっても歯磨きはしてあるし、その他の寝る準備もすべて済ませてある。
「さて、バレンタイン直前ということで特別企画でお送りした今週のEYE TALK、そろそろお別れのお時間です。皆さん良いバレンタインを。お相手は4/Rose、古屋瞳でした。最後の曲は4/Roseで「コテージで赤い糸」また来週」
今日明日とライブリハーサルで明後日は本番というスケジュールの都合で今週分のEYE TALKを収録していた。
ヘッドホンを取る。ブース内の暖房よりも暑い空気のなかにあった耳から開放感を感じる。過密スケジュールゆえ、スタッフさんへの挨拶もそこそこにブースを出る。すぐにリハーサル会場へ向かわなければいけないのだが、私の足はエレベーターではなく、同じ階の休憩スペースの方へと歩いていた。
周囲半数のビルを見下ろせるガラス張りの窓にカウンターテーブルが並んでいる。そこの一番はしの椅子に腰を掛ける。私の前には移動途中に自動販売機で購入したホットココア。広い休憩スペースには他に人はまばらで、朝日というには少し遅い日差しがテーブルに置かれたペットボトルの横長な影を作っていた。
昨日のリハーサルはライブ演出の先生の怒号が響た。本番二日前のリハーサルでここまで注意が飛び交う事は今までなかった。そのほとんどがナナに関することで、お昼休憩を待たずしてナナは体調不良で早退した。
その後は急遽、ナナがいないシチュエーションでのリハーサルが行われ、メンバーのおのおのがそれまでとは違う立ち位置でのパフォーマンスを覚えるため、リハーサルの終了時間は大幅に遅れた。
いよいよ目を背けて入られなくなった。それでも最善の対処法はいまだに分らない。そんな悩みの中で収録をしていたが、ラジオ収録としてそつはなかったはず。しかし表情が暗かったのは自負している。
遠くにレインボーブリッジが観える。角度を変えればスカイツリーも。田舎者の私は都会・東京が詰まったこの景色が好きだ。
動いている無数の人や車を見ているとふと、そのうちの一人と今入れ替わったらこのわずらわしさから解放されるのかと想像する。答えはノーだ。人にはそれぞれ違ったわずらわしさを常に抱えている。
スマホで時間を確認すると流石にこれ以上ゆっくりはしていられない時間だ。手をつけていないココアをバックに入れて立ち上がる。少し急ぎ目にエレベーターへの廊下を進んでいく。途中、誰かとぶつかりそうになった。そのときに初めて自分が前ではなく、下を向いて歩いていることに気が付いた。
一万人以上の観客が入る会場はリハーサルがすでに始まっているはずなのにも関わらず静か過ぎた。控え室に入ると呆然と立ち尽くすメンバーとスタッフの後姿、その先には床に座り込むナナと慰めるように寄り添うチハル。何か説得しているようだがナナは終始首を振るだけだ。
誰も私が来たことに気が付かない。近くのメンバーかスタッフにわけを聞く雰囲気でもない。その場にいても仕方がないのでナナのほうへと歩いていく。
「どうしたの?」
一応、二人の真ん中に向かって言葉を投げかけたが、返してきたのはやはりチハルだった。
「ナナが・・・4/Roseを辞めるって」
声を聞いて初めてチハルが泣いていることが分った。後姿で分らなかったが振り返るとメンバーのほとんどが静かに泣いていた。その光景に自分まで喉の奥が苦しくなる。
「ナナ、本気?」
今度は間違いなく顔を伏せているナナに言葉を投げかけた。たっぷり数十秒の沈黙が続いた後、ナナは顔の角度をほんの少しだけ上に向けた。変えた姿勢によって見えた右手にはスマホが握られていた。
「心配したふりなんてしないでよ。どうせみんな私を邪魔者だって思ってるくせに!」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に渦ができて、私の思考はその渦に巻き込まれた。
ああ、大事なものが崩れていく。
今までわざと直視するのは避けてきた。悪化するのが怖かった。しかしもう逃げられない。やっぱり私は…私が選ぶものは…
私はナナの手からスマホを抜き取り、真っ白な床に叩きつけた。四方八方に飛び散るガラスの破片は万華鏡のようにきれいで、中身が見えた本体は獣の吐しゃ物のように汚くみえた。
驚いているナナの肩のところのシャツをつかんで曲がっている背骨を伸ばさせる。握った手でシャツにシワが出来ようが知ったことか。意地でも涙はこぼさない。
「あなたは今まで何を見てきたの?誰のためにアイドルをやってきたの?ライブを観に来てくれたり、遠くからでも応援してくれるファンのためにやってきたんじゃないの?私たちのパフォーマンスもろくに観たことのないネットの雑音に左右されるくらいなら、辞めてもらって私はかまわない!」
少しでも力を緩めたら震えてしまいそうな手を一気にシャツから放し、廊下へと歩く。途中、ガラスの破片を踏んでジャリッと鳴った。
さっきの控え室とは違う静けさの廊下を歩いていると我慢していた涙がダムの決壊のように流れ出した。まさかメンバー一人を天秤にかけるときがくるとは思わなかった。そしてあろうことか一瞬で答えを出してしまった。そんな自分が許せなかった。しかしそれでも私は「完璧なアイドル」を捨てることは出来ない。
真っ白で無機質な壁に寄りかかりながら思い出した光景は、デビューシングルで私がセンターを勤めることを他のメンバーに発表した時。困惑や嫉妬の表情を浮かべるメンバーが多い中、唯一まっすぐな祝福の目線を送ってくれたナナの顔だった。
会場に向かう車の中、通常ならライブ当日の移動時間は音楽を聴いて過ごすことが多いが、今朝はそんな気分にはなれない。車の低いエンジン音を聞きながら、焦点が合わない流れる景色を見ていた。
昨日は完全にナナがいないシチュエーションでのリハーサルが行われた。ナナはあの後、スタッフと共に自宅へと帰宅した。同行したスタッフによると、道中、ナナは一切言葉を発さなかったらしい。夕方ごろ、急遽西條さんが会場に顔を出し、メンバーみんなの前で「ナナは一時活動休止をして休養の後、今後のことを話し合う」と説明した。
歪な形の会場が見えてきた。今日来る観客の内、ナナを見に来た人は何人いるだろう。そのうちの何人が本調子ではないナナでも受け入れてくれただろうか。そして、私は自分の夢のために何人のファンをがっかりさせてしまうのだろう。矛盾している。
もやもやした感情とは関係なく車は順調に進み、会場の駐車場へと入っていった。
会場入りはいつだって私が一番乗りだ。もちろんみんなが遅いわけではない。早く来て練習になかなか参加できない遅れを取り戻すためでもあるが、ライブの日が近づくに連れて単純に興奮して眠れないのだ。あの歓声、あの達成感を思い出しただけで目が冴えてしまう。
誰もいない控え室に入る。昨日、残骸が転がっていた床を見ると胸がズキンと痛んだ。
まだスタッフ数人しか入っていないであろう会場は、昨日と同様に静まり返っていた。しかし舞台裏の廊下からステージの方へ進むに連れて、わずかに靴がすれる音やステージの床を踏む音が聞こえてくる。下手側の、ステージとを隔てる黒いカーテンをずらしてみるとそこにいたのは、ばっちりメイクをして、髪もセットし、レッスン着すらもおしゃれに着こなして、イヤホンをしながら天使のように優しくしなやかにダンスを踊っているナナだった。
イヤホンをしているせいか、いや、していなくてもあれだけ集中していれば私の存在には気づかなくて当然かもしれない。踊っているのは音がなくてもわかる。「Don't worry」だ。音楽番組では散々だった彼女だが。今は別人のように堂々と踊っている。
気が付いたときには丸々一曲分の観客となっていた。次の曲に移ったタイミングでナナのほうへ歩み寄った。ターンで私に気が付いたナナは動きを止め、イヤホンをとって一言だけ「ライブで取り返すから」とだけ言ってダンス練習に戻った。以前のほんわかした天然のナナとも、昨日までの弱く脆いナナとも違う、芯の通った力強い表情だった。
ナナは本来、今日から休養に入る予定だったが、今朝西條さんに「ライブに出たい」とナナ本人から連絡が入ったらしい。ナナが今日のライブを休むというアナウンスを公式サイトにて発表するほんの数十分前の話だ。
全員がそろってからはナナを加えた十一人でのリハーサルが再び行われた。昨日の今日で、休養の話も聞いていたほかのメンバー達は初めこそ戸惑いと心配の表情を浮かべていたが、ひとたびダンスを踊るナナを見てそんな気持ちは消え去ったようだ。
リハーサルが無事に終了した開演三時間前、控え室に戻ってもナナの姿は見当たらなかった。しかし探すことはしない。ナナがライブで取り返すというのなら、それが終わるまでは信じて、私は私で目の前のライブに集中するだけだ。
再びナナが姿を表したのはライブが始まる十分前。ライブ前恒例の舞台裏での円陣が始まる直前だ。音頭を取るのはチハル。
「今日はアルバム発売記念ライブということで、初披露の曲が多く、覚えることがいっぱいで大変だったと思います。でも、全員そろってライブが出来てよかった」
全員がナナを見る。ナナが今日初めて微笑む。
「よし!今日も全力で最高のライブにするぞ!」
「「4/Rose!」」
その後二日間にわたって行われたライブのMVPは間違いなくナナだった。もちろん手を抜いているメンバーは私を含め誰もいないし、大きく目立ったミスをしたメンバーもいなかった。
しかし、同じステージに立っているとその時々で調子の良いメンバーや、抽象的な表現でしかないがのっているメンバーとの差は出てくるものだ。それが今回はナナだった。最前列で踊っていても、三列目のナナの気迫が伝わってくるほどだった。
「ナナ完全復活!」
「今日のナナはキレキレだった」
「やばい、セブンちゃんに推し変しそう」
ライブが終わって控え室の椅子に座り、ライブの余韻に浸っていると後ろの出入り口からナナが入ってくるのが置き鏡越しに見えた。この二日間、ライブで返すというナナとはあれ以降一切会話はしていない。もし修正点や改善点が見つかればもちろんメンバーには伝えるのだが、今回のライブではナナにその必要がなかった。
明らかに私のほうに進みながらもじもじとしているナナが可愛らしくて、笑うのを必死に押さえて気が付いていないふりをする。私まで三メートルを切ったところで二度Tシャツの裾を延ばすふりをして、二メートルを切ったところで手で髪をとかし始めた。流石に大人気ない気がしていきなり振り向いて立ち上がる。驚いたナナは片手だけ猿のポーズをとっているかのようないでたちで止まった。
「ナナ。スマホ買いに行こうか」
見る見るうちにナナの目に涙が溢れ出し、その涙が落ちるより早く私の胸に飛び込んできた。もうナナが雑音に耳を貸すことはないだろう。グループにとって貴重で、かけがえのない一人はもう心配要らないというように満面の笑みで私を見上げていた。
「えーラジオネームシャムネコさん、東京都にお住まいの十七歳男性の方です。
「ヒトミさん、初めまして。僕は昨日、一年ぶりに会った同級生達とご飯を食べに行きました。学生時代の先生の話などで盛り上がり、また近いうちにご飯を食べに行こうと約束しました。ヒトミさんは最近メンバーの皆さんと食事会などはしますか?」
というメールです。ありがとうございます。メンバーと食事は結構いきますよ。先週はレイコとチハルと三人でお昼にちょっと大人なフレンチレストランに行きました。ただチハルが意外と大食漢だから、帰り道にクレープ屋に寄って一人だけバナナクレープを食べてました。足りなかったみたいです。
さぁ、今週の「EYE TALK」もお別れの時間となりました。最後の曲は4/Roseで「この道を」です。それでは皆さん、また来週。ばいばい」
ああ、この曲の歌い出し、やっぱり好きだな。と、この曲を聴くたびに思ってしまう。
三ヶ月ほど前から始まった私の冠ラジオ番組「EYE TALK」は、毎週水曜日の夜に三十分間、生放送でファンの皆さんと私との会話をテーマにお送りしている。
最近ではようやくメインパーソナリティーが板についてきたが、始まったばかりの頃は、台本は噛むわ、尺は合わせられないわで大変だった。SNSなどでは「素のヒトミが感じられる」とかなんとかで話題になっていたようだが、私としては不本意なので、それから毎日お風呂で早口言葉やら原稿読みやらまるでアナウンサーのような特訓の日々を送った。
一番の終わりでゆっくりとボリュームダウンしていく曲を名残惜しく思いながらヘッドホンを取る。
外に出ると予報はずれの小雨が降っていた。鞄の中の折りたたみ傘を広げてスタッフさんが止めてくれたタクシーに乗り込み、まだ言い慣れていない住所を運転手に告げた。
先月、約二年暮らした寮に別れを告げ、オーブン備え付けの部屋に引っ越したのだ。
メンバーと食事に行くような関係となった4thシングルの撮影期間中。あの騒動をきっかけに健康に気をつけるようになり、自炊を始めた。
こちらも始めたばかりの頃は硬いにんじんを噛み砕く日々を数日続いた。二週間でようやくカレーをまともに作れるようになった。そして引越す時には物件を見る上で一番のこだわるポイントがキッチンになっていた。今では部屋の食器棚にはおしゃれな皿やカラトリーで溢れかえっている。
雨は少し強くなり、フロントガラスの水滴が信号機の赤い光を反射していた。
雨に濡れていないのに、なぜか寒気を感じ、運転手に暖房の温度を上げてもらう。
スマホからメッセージアプリの通知音が鳴る。
相手はチハルだ。開くとなかなかの長文がつづられている。内容は今日の活動についてから始まった。
チハルは今日、メンバー数人とすでに発売が発表されている1stアルバムのプロモーション動画の撮影後、アルバム発売記念ライブのレッスンを他のメンバーと合流して行ったようだ。例によって私はなかなかレッスンには参加できないが、もちろん、リハーサルまでには完璧に仕上げる。
しかし、チハルのメッセージはここからが本番だった。
「また体調が悪いみたいで、途中で早退しちゃった」
私も最近、そのメンバーには気にかけていて、ご飯に誘って悩みを聞こうとしたり、ストレス解消のために一緒にジムに通ってみたりと対応していたのだが。
最近ナナの様子がおかしい。
初めて異変に気が付いたのは一ヶ月ほど前の歌番組のリハーサルのときだろうか、少し元気がないなと思う程度だったが、段々と悪化していき、最近では番組の収録中やイベントの最中でも明らかに不調だと分る立ち振る舞いが目立ってきている。
スマホのメッセージアプリを閉じ、SNSアプリを開く。
普段は自分の名前やグループ名でしか検索しないのだが、ナナの名前を入れて検索してみる。
ナナを応援するコメントやナナのファン同士が集うためのコメントが並ぶ中、異変についてのコメントがちらほら目立った。
「最近ナナ元気なくね?」
「他全員笑顔なのに一人だけ真顔www」
「いじめかな?女の集団こわっ」
そんなコメントの中、二文字の嫌な言葉が目に付いた。
さっきまで寒かったのに急に汗ばんできた。腕のニットに不快感が。
「まさかね」
タクシーはいつの間にかクリーム色の目的地に近づいていた。
料金を払って外へ出ると乗るときは小雨だった雨はいつの間にか本降りの雨に変わっていた。
翌日、ゴールデンタイムの三時間を使ったクイズ番組の収録が夕方にあり、昼からリハーサルのために番組に出演する私、チハル、レイコ、スズカ、シホ、そしてナナの六人が集まった。私は最近個人での仕事が立て込んでおり、メンバーに会うのは約一週間ぶりだった。
春から始まるドラマやバラエティー番組の出演者が多く出るこの番組で、私たちは1stアルバムの宣伝として出させていただく。
一度事務所に集合してから車でスタジオまで移動したのだが、今日一番でのナナの表情はやはり暗かった。身だしなみもおしゃれ好きなナナとは思えないほど個性のないコーディネートで、顔はまだスッピンなのかマスクをつけていて、髪はクシでといただけでセットはされていない。
一週間前までのナナではありえない事だ。あまり眠れていないのか目の下には少し隈が出来ているように見える。
スタジオの控え室に着き、おのおの行動をしだした頃を見計らい、スマホの画面を見ていたナナの隣に座り、話しかける。
「ナナ、おはよう」
「あっ、ヒトおはよう」
一瞬怯えたように見えたのは気のせいだろうか。状況を察知したチハルも近づいてきて、私とは反対側のナナの隣に座る。
「昨日、体調が悪かったみたいだけど大丈夫?」
「うん。ごめんね、迷惑かけて」
「ううん。ただ、もし長い間体調不良が続いてるなら、西條さんに言って病院で…」
「いや、大丈夫だから。そういうんじゃないから」
遮るようにナナが言う。その顔はやっぱり暗く、右手の親指で左手の人差し指の縁をなぞり、明らかに居心地が悪そうにしている。
今度はチハルがうつむき気味のナナの顔を覗き込んで話す。
「ナナ、でもやっぱり体調が良くないなら…」
「大丈夫だから、ごめん、トイレ行ってくる」
そう言って出口のほうへと歩いていってしまった。
チハルと目をあわせ、どちらかともなくため息を吐く。
そして、私は見逃さなかった。初めに私が隣に座ったときにナナがスマホで見ていたのは、4/Roseのまとめサイトだった。
「クイズ!Wトライアングル三時間スペシャル~!」
大きな蝶ネクタイをつけている司会者のタイトルコールから収録は始まった。私たち4/Roseチームがおそろいで身に着けているオレンジ色のゼッケンには「1stアルバム「Blue/Rose」二月十四日発売」と書かれている。
この番組はいくつかのセッションごとに順位を決め、最終的に成績が良かった二チームが決勝に進み、優勝を決めるというシンプルな内容だ。
まず最初は各チームの代表者による早押しクイズだ。抜けた順番に司会者によってチーム紹介がされる。もちろん4/Roseの代表は私だ。
「問題、三大栄養素とされているのは、炭水化物、たん・・・」
ピンポーン。
甲高い効果音と共に解答者を示す席上のランプが点灯しているのは私のものだ。
「脂質」
二、三秒のためがあったが、特にドキドキはしなかった。
またしても甲高い正解時になる効果音が響いた。リハーサルで説明されたとおり、会場が拍手で盛り上がっている間に階段を下りて下で待っているメンバー達と合流する。
「さー、一位で抜けました。チーム4/Roseです」
私が代表してグループ名を言い、メンバー全員で一礼する。
「いやーヒトミちゃん。早かったね。やっぱり賢いねー」
「いえいえ、たまたまですよ」
一応謙遜はするが、小、中、高と超優等生だった私はクイズ番組でも「完璧」を演じることができる。
今振り返れば勉強だけの色のない日々だったが、今日だけはあの日々に感謝だ。
「いやいや、謙虚だなー。どう?今日クイズする上でちょっと心配だなって子はいる?」
目線を振られたのはメンバーの中でもバラエティー番組の出演が最も多いシホだ。司会者とも何度か共演している。
「そうですね、瞬発力も必要だと思うので、そうなるとおっとりしてるナナとかは心配ですね」
シホが安定したトークで返す。私もライブのMCで何度もシホに助けられた。
「だってよ。ナナちゃん大丈夫?」
今度は司会者がナナに振る。
モニターに写ったナナの顔は明らかにこわばり、目線はカメラの間を行ったり着たりと泳いでいた。
「えっと、あの、がんばります」
微妙な間の後に司会者の「それだけかーい」というありがちなツッコミで4/Roseの紹介は終了した。
セオリーな答えとしては、シホがグループ一のおバカであることを絡めたコメントが欲しかったところだが、 文面としてみれば彼女のイメージどおりのほんわかしたコメントだった。
しかし、ロウを塗られたような表情と声のハリの無さはやはりいつもの彼女とは違っていた。
席に移動する際、たまらずシホがナナに「ちょっと、しっかりしてよ!大丈夫?」と注意したが、その言葉に対するナナの返した答えはやはり「ごめんね」だった。
その後、番組は順調に進んだ。私たち4/Roseチームは私と秀才のレイコ、現役の学生であるスズカの活躍によりシホの珍回答をカバー、番組終盤でドラマチームと共に決勝戦に進み、優勝を競うまでのポイント数となっていた。
「最後のクイズは新木曜ドラマ「黄昏ダージリン」チームと4/Roseチームのタイマン早押しクイズです。一対一の早押しクイズで正解した人から抜けていき、アンカーのグループリーダーが先に正解した方のチームが優勝となります」
4/Roseの解答者の順番はシホ→ナナ→チハル→レイコ→スズカ→私だ。
「4/Roseチームのチハルちゃん。決勝戦ですけど意気込みは?」
「はい。ここまで来れて私たち自身も驚いているんですけど、二月十四日に発売しております4/Rose、1stアルバム「Blue/Rose」を一人でも多くの方に知って、聴いて欲しいので、優勝目指してがんばります」
「また宣伝かい!」
大げさに声を張って司会者が突っ込む。
デビュー当時はまじめさだけが目立っていたチハルだが、大型特番でしっかり宣伝を入れるボケも出来るように成長している。
決勝戦に残っただけでも十分勉強が出来るというイメージを世間に植えつけられたと思うが、「完璧」とするにはやはり優勝することは必須だ。大丈夫。シホ、ナナ、チハルが上手いこと抜ければ、多少相手にリードされていても挽回できる。
司会者の進行でシホが解答席に立つ。
「問題、スタンダード、トイ、ティーカップなどの・・・」
ピンポーン。
相手の女優も押していたが、ランプが点いたのはシホのほうだ。
「プードル?」
正解の効果音が響く。
最終問題は様々なジャンルからランダムで出題される。犬好きのシホには有利な問題だった。
よし。一番の不安要素だったシホが一問目で抜けるとは幸先がいい。シホは列を抜け、全員が一つ前にずれ、ナナが解答席に立つ。
「問題、フランスの科学者が発見した「化学変化の前後で物質の質量の総和は変わらない」という法則は・・・」
今度は完全に押し負け、女優が「質量保存の法則」と答え正解した。
観客とスタッフの拍手で沸く中、私はモニターに写るナナの顔が気になっていた。
もう一度押し負けて相手チームが一人抜けていった。
ただの焦った顔ではない。この明らかに違和感のある表情はしかし、私たちが長い間共に活動してきたから気が付くものだろうか?
また相手のチームが一人抜ける。今回、ナナは押してもいなかった。
次のナナが得意であろう洋服関連の問題を押し負けた瞬間の顔は、思わず駆け寄ってしまいたくなるほど弱弱しく、痛痛しかった。
結局、ナナは答えることが出来ず、私たちはドラマチームに敗北した。
収録終了後、ナナはスタッフ、メンバーに関係なく全員に謝り続け、マネージャー同行の上、一足早くスタジオを後にした。
ほうれん草とたまねぎ、ベーコンを炒めたものをバターと小麦粉で練った生地を方に敷いたものの上にならべ、そこに溶き卵を流し込んで新品のオーブンで焼いている二十分の待ち時間。自宅のダイニングテーブルの向かい側にいるのはチハルとレイコだ。
話はやはりナナのこと。デリケートな問題なので迷ったが、ナナの不調の原因がおそらくネットが原因であるということを二人に話した。
「やっぱり本人に直接注意したほうが良いんじゃないの?」
レイコがテーブルに肘を着き、顔の前に手を組んで提案する。彼女は初めの頃、原因はナナのやる気だと思っていたが、最近では他に原因があると思い直し、心配している。しかし、さばさばした性格のレイコのこの提案には私が待ったをかける。
「一歩対処を間違えればナナが本当に壊れてしまうかもしれない」
そしたら4/Roseを・・・
またあの嫌な二文字が頭に浮かぶ。いずれはメンバー全員が迎えるであろうその二文字だが、今はまだあまりにも早すぎる。
そもそもネットの意見を見ることは別に悪いことではないと私は思う。参考になる意見だってある。しかし、圧倒的に誹謗中傷は多い。それに負けないくらいの心が必要だ。ストイックなイメージの4/Roseの中でほんわかした天然系のナナは、メンバーの中で貴重である一方、一部のファンからの風当たりは強い。
「もう少し様子を見たいの。自然にやめるかもしれないし、ナナの成長に必要な時間なのかもしれない」
自然に収まるのが一番いい。デリケートな問題は周りが頭を突っ込むと事態が悪化する場合もある。
「ヒトがそういうなら、もう少し待ってみようか」
チハルが私に賛成すると、レイコは「仕方ない」というようにうなずいた。
「ていうか、なんか焦げ臭くない?」
「あっ!」
急いでオーブンのほうへ行き、開けるとキッシュの上半分は真っ黒に焦げていた。
「ごめん。ピザの出前でも取ろうか」
「ユウナ。少しタイミング遅れてるよ!」
「ごめんもう一回」
音楽番組の本番前はリハーサルが終わっても4/Roseの控え室で何度も納得いくまで練習をする。テレビを観ている人たちはライブの観客とは違い、私たちのファンが多数というわけではない。ひいき目でない一方、新たなファンを獲得するチャンスでもある。
本番一時間前。
「よし、じゃあそれぞれ準備しようか」
チハルの一声で練習は終了し、それぞれが席に戻り、メイクや髪を直したりする。
そんな中、ナナは真っ先にバックからスマホを取り出す。
私はレイコと目が合ったが、何事もなかったように自分の席に戻る。
大丈夫。きっと大丈夫。
アイドルになる前も観ていた音楽番組でパフォーマンスをするのは今でも少し緊張する。流れ始めたイントロは1stアルバムの中に収録されている「Don't worry」という曲だ。
私と並んで最前列で踊っているのはレイコだ。アルバムのメイン曲であるこの曲は、グループ初のダブルセンターの曲となる。私以外の初のセンターということでリハーサルでもかなり緊張していたレイコだが、本番のスイッチが入ったレイコは強い。堂々とした笑顔でステップを踏んでいる。私も負けじと表現で曲を歌う。私の表現力とレイコのキレとがぶつかり合い相乗効果が生まれていることが画面を観ずとも肌で感じる。
「ぶれない心が自分を励ます 他人の心配が余計な重りになる ほうっておいて Don't worry」
西條さんによる少しレイコに寄せた攻撃的なサビの歌詞で、メンバー同士のボルテージも最高潮に達しているのが分る。
最後は全員が中央に集まりカメラに向かって指を指す決めポーズでフィニッシュ。スタジオは拍手に包まれ、番組はコマーシャルに入る。
レイコと笑顔でハイタッチを交わす。お互い最高のパフォーマンスが出来たその喜びから出た自然なハイタッチだった。
後ろにいるシホやチハルともハイタッチを交わそうと振り返った時、ナイロンの生地と背中との空間に一筋の汗が滴った。三列目のナナを中心とした周りのメンバーの表情が、まるでいたずらがばれて先生に呼び出された小学生のようにばつの悪そうな表情をして歩いていた。
寝転がっていた身体の向きを変え、沈みすぎた枕の位置を変える。昨日ネット注文で届いた間接照明はイメージより暗いが、考え事をするにはちょうどいい。
目をつぶるとすぐにまぶたの裏は黒くなり、先ほど録画で観た音楽番組の映像が流れた。サビの後、笑顔で踊る私とレイコとは対照的に、次のカットで映った引きの画ではみんなが移動するなか一人突っ立ている子が目立つ。ワンテンポもツーテンポも遅れ、思い出したように動き出し、明らかに動揺が見えた後、そんなことに全く気がついていない私とレイコの笑顔のカットに戻る。
自分の心に今までメンバーに対して芽生えたことのない感情が生まれた。それは怒りや困惑などという分りやすいものだけでなく、恐怖や悲しみなど感情のほとんどが入り混じり、相殺し合い、結果どの感情が残ったのか分らない。どの感情がナナの為になるのか。
自分が努力してもどうにもならない事態は今までの人生でほとんど経験したことがなかった。それは私自身、団体という経験に乏しい人生をおくってきたからだ。4/Roseに入るまでは自分ですべて完結した世界で暮らしていた事を痛感する。力になりたいけど方法が分らない。
気がかりを抱えたままだと日常でも疲れは倍以上に増えるらしい。大丈夫、このまま眠ってしまっても歯磨きはしてあるし、その他の寝る準備もすべて済ませてある。
「さて、バレンタイン直前ということで特別企画でお送りした今週のEYE TALK、そろそろお別れのお時間です。皆さん良いバレンタインを。お相手は4/Rose、古屋瞳でした。最後の曲は4/Roseで「コテージで赤い糸」また来週」
今日明日とライブリハーサルで明後日は本番というスケジュールの都合で今週分のEYE TALKを収録していた。
ヘッドホンを取る。ブース内の暖房よりも暑い空気のなかにあった耳から開放感を感じる。過密スケジュールゆえ、スタッフさんへの挨拶もそこそこにブースを出る。すぐにリハーサル会場へ向かわなければいけないのだが、私の足はエレベーターではなく、同じ階の休憩スペースの方へと歩いていた。
周囲半数のビルを見下ろせるガラス張りの窓にカウンターテーブルが並んでいる。そこの一番はしの椅子に腰を掛ける。私の前には移動途中に自動販売機で購入したホットココア。広い休憩スペースには他に人はまばらで、朝日というには少し遅い日差しがテーブルに置かれたペットボトルの横長な影を作っていた。
昨日のリハーサルはライブ演出の先生の怒号が響た。本番二日前のリハーサルでここまで注意が飛び交う事は今までなかった。そのほとんどがナナに関することで、お昼休憩を待たずしてナナは体調不良で早退した。
その後は急遽、ナナがいないシチュエーションでのリハーサルが行われ、メンバーのおのおのがそれまでとは違う立ち位置でのパフォーマンスを覚えるため、リハーサルの終了時間は大幅に遅れた。
いよいよ目を背けて入られなくなった。それでも最善の対処法はいまだに分らない。そんな悩みの中で収録をしていたが、ラジオ収録としてそつはなかったはず。しかし表情が暗かったのは自負している。
遠くにレインボーブリッジが観える。角度を変えればスカイツリーも。田舎者の私は都会・東京が詰まったこの景色が好きだ。
動いている無数の人や車を見ているとふと、そのうちの一人と今入れ替わったらこのわずらわしさから解放されるのかと想像する。答えはノーだ。人にはそれぞれ違ったわずらわしさを常に抱えている。
スマホで時間を確認すると流石にこれ以上ゆっくりはしていられない時間だ。手をつけていないココアをバックに入れて立ち上がる。少し急ぎ目にエレベーターへの廊下を進んでいく。途中、誰かとぶつかりそうになった。そのときに初めて自分が前ではなく、下を向いて歩いていることに気が付いた。
一万人以上の観客が入る会場はリハーサルがすでに始まっているはずなのにも関わらず静か過ぎた。控え室に入ると呆然と立ち尽くすメンバーとスタッフの後姿、その先には床に座り込むナナと慰めるように寄り添うチハル。何か説得しているようだがナナは終始首を振るだけだ。
誰も私が来たことに気が付かない。近くのメンバーかスタッフにわけを聞く雰囲気でもない。その場にいても仕方がないのでナナのほうへと歩いていく。
「どうしたの?」
一応、二人の真ん中に向かって言葉を投げかけたが、返してきたのはやはりチハルだった。
「ナナが・・・4/Roseを辞めるって」
声を聞いて初めてチハルが泣いていることが分った。後姿で分らなかったが振り返るとメンバーのほとんどが静かに泣いていた。その光景に自分まで喉の奥が苦しくなる。
「ナナ、本気?」
今度は間違いなく顔を伏せているナナに言葉を投げかけた。たっぷり数十秒の沈黙が続いた後、ナナは顔の角度をほんの少しだけ上に向けた。変えた姿勢によって見えた右手にはスマホが握られていた。
「心配したふりなんてしないでよ。どうせみんな私を邪魔者だって思ってるくせに!」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に渦ができて、私の思考はその渦に巻き込まれた。
ああ、大事なものが崩れていく。
今までわざと直視するのは避けてきた。悪化するのが怖かった。しかしもう逃げられない。やっぱり私は…私が選ぶものは…
私はナナの手からスマホを抜き取り、真っ白な床に叩きつけた。四方八方に飛び散るガラスの破片は万華鏡のようにきれいで、中身が見えた本体は獣の吐しゃ物のように汚くみえた。
驚いているナナの肩のところのシャツをつかんで曲がっている背骨を伸ばさせる。握った手でシャツにシワが出来ようが知ったことか。意地でも涙はこぼさない。
「あなたは今まで何を見てきたの?誰のためにアイドルをやってきたの?ライブを観に来てくれたり、遠くからでも応援してくれるファンのためにやってきたんじゃないの?私たちのパフォーマンスもろくに観たことのないネットの雑音に左右されるくらいなら、辞めてもらって私はかまわない!」
少しでも力を緩めたら震えてしまいそうな手を一気にシャツから放し、廊下へと歩く。途中、ガラスの破片を踏んでジャリッと鳴った。
さっきの控え室とは違う静けさの廊下を歩いていると我慢していた涙がダムの決壊のように流れ出した。まさかメンバー一人を天秤にかけるときがくるとは思わなかった。そしてあろうことか一瞬で答えを出してしまった。そんな自分が許せなかった。しかしそれでも私は「完璧なアイドル」を捨てることは出来ない。
真っ白で無機質な壁に寄りかかりながら思い出した光景は、デビューシングルで私がセンターを勤めることを他のメンバーに発表した時。困惑や嫉妬の表情を浮かべるメンバーが多い中、唯一まっすぐな祝福の目線を送ってくれたナナの顔だった。
会場に向かう車の中、通常ならライブ当日の移動時間は音楽を聴いて過ごすことが多いが、今朝はそんな気分にはなれない。車の低いエンジン音を聞きながら、焦点が合わない流れる景色を見ていた。
昨日は完全にナナがいないシチュエーションでのリハーサルが行われた。ナナはあの後、スタッフと共に自宅へと帰宅した。同行したスタッフによると、道中、ナナは一切言葉を発さなかったらしい。夕方ごろ、急遽西條さんが会場に顔を出し、メンバーみんなの前で「ナナは一時活動休止をして休養の後、今後のことを話し合う」と説明した。
歪な形の会場が見えてきた。今日来る観客の内、ナナを見に来た人は何人いるだろう。そのうちの何人が本調子ではないナナでも受け入れてくれただろうか。そして、私は自分の夢のために何人のファンをがっかりさせてしまうのだろう。矛盾している。
もやもやした感情とは関係なく車は順調に進み、会場の駐車場へと入っていった。
会場入りはいつだって私が一番乗りだ。もちろんみんなが遅いわけではない。早く来て練習になかなか参加できない遅れを取り戻すためでもあるが、ライブの日が近づくに連れて単純に興奮して眠れないのだ。あの歓声、あの達成感を思い出しただけで目が冴えてしまう。
誰もいない控え室に入る。昨日、残骸が転がっていた床を見ると胸がズキンと痛んだ。
まだスタッフ数人しか入っていないであろう会場は、昨日と同様に静まり返っていた。しかし舞台裏の廊下からステージの方へ進むに連れて、わずかに靴がすれる音やステージの床を踏む音が聞こえてくる。下手側の、ステージとを隔てる黒いカーテンをずらしてみるとそこにいたのは、ばっちりメイクをして、髪もセットし、レッスン着すらもおしゃれに着こなして、イヤホンをしながら天使のように優しくしなやかにダンスを踊っているナナだった。
イヤホンをしているせいか、いや、していなくてもあれだけ集中していれば私の存在には気づかなくて当然かもしれない。踊っているのは音がなくてもわかる。「Don't worry」だ。音楽番組では散々だった彼女だが。今は別人のように堂々と踊っている。
気が付いたときには丸々一曲分の観客となっていた。次の曲に移ったタイミングでナナのほうへ歩み寄った。ターンで私に気が付いたナナは動きを止め、イヤホンをとって一言だけ「ライブで取り返すから」とだけ言ってダンス練習に戻った。以前のほんわかした天然のナナとも、昨日までの弱く脆いナナとも違う、芯の通った力強い表情だった。
ナナは本来、今日から休養に入る予定だったが、今朝西條さんに「ライブに出たい」とナナ本人から連絡が入ったらしい。ナナが今日のライブを休むというアナウンスを公式サイトにて発表するほんの数十分前の話だ。
全員がそろってからはナナを加えた十一人でのリハーサルが再び行われた。昨日の今日で、休養の話も聞いていたほかのメンバー達は初めこそ戸惑いと心配の表情を浮かべていたが、ひとたびダンスを踊るナナを見てそんな気持ちは消え去ったようだ。
リハーサルが無事に終了した開演三時間前、控え室に戻ってもナナの姿は見当たらなかった。しかし探すことはしない。ナナがライブで取り返すというのなら、それが終わるまでは信じて、私は私で目の前のライブに集中するだけだ。
再びナナが姿を表したのはライブが始まる十分前。ライブ前恒例の舞台裏での円陣が始まる直前だ。音頭を取るのはチハル。
「今日はアルバム発売記念ライブということで、初披露の曲が多く、覚えることがいっぱいで大変だったと思います。でも、全員そろってライブが出来てよかった」
全員がナナを見る。ナナが今日初めて微笑む。
「よし!今日も全力で最高のライブにするぞ!」
「「4/Rose!」」
その後二日間にわたって行われたライブのMVPは間違いなくナナだった。もちろん手を抜いているメンバーは私を含め誰もいないし、大きく目立ったミスをしたメンバーもいなかった。
しかし、同じステージに立っているとその時々で調子の良いメンバーや、抽象的な表現でしかないがのっているメンバーとの差は出てくるものだ。それが今回はナナだった。最前列で踊っていても、三列目のナナの気迫が伝わってくるほどだった。
「ナナ完全復活!」
「今日のナナはキレキレだった」
「やばい、セブンちゃんに推し変しそう」
ライブが終わって控え室の椅子に座り、ライブの余韻に浸っていると後ろの出入り口からナナが入ってくるのが置き鏡越しに見えた。この二日間、ライブで返すというナナとはあれ以降一切会話はしていない。もし修正点や改善点が見つかればもちろんメンバーには伝えるのだが、今回のライブではナナにその必要がなかった。
明らかに私のほうに進みながらもじもじとしているナナが可愛らしくて、笑うのを必死に押さえて気が付いていないふりをする。私まで三メートルを切ったところで二度Tシャツの裾を延ばすふりをして、二メートルを切ったところで手で髪をとかし始めた。流石に大人気ない気がしていきなり振り向いて立ち上がる。驚いたナナは片手だけ猿のポーズをとっているかのようないでたちで止まった。
「ナナ。スマホ買いに行こうか」
見る見るうちにナナの目に涙が溢れ出し、その涙が落ちるより早く私の胸に飛び込んできた。もうナナが雑音に耳を貸すことはないだろう。グループにとって貴重で、かけがえのない一人はもう心配要らないというように満面の笑みで私を見上げていた。
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