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創作

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 朝日が登るのをこのタワーマンションから眺めるのが日課になりつつある。
 今からベッドに入っても寝れないか、もしくは1時間ほどの睡眠の末、最悪の目覚めをするかの二択なので、デスクから立ち上がり、キッチンへと向かう。
 先月から取り組んでいる「4/Rose」のデビューシングルの曲作りが難航している。今まで、自分の曲と提供した曲を合わせれば何百という曲を作り出したが、アイドルソングは今までの曲作りとは別物だった。
 現代のアイドルソングの傾向として、重要なポイントはとにかくキャッチーなメロディーであることだ。ライブやイベントで盛り上がりやすいメロディーで、歌詞はメッセージ性の強さよりわかりやすいものが売れる。
 それはわかっているのだが、今まで私は伝えることに重きをおいて作詞作曲をしてきた。慣れない曲作りに悪戦苦闘しているのだ。
 四十代の身体に、徹夜の日々はきつい。しかし、心地よい睡眠は突破口が見えるまで訪れないだろう。十六歳から付き合ってきた私の性分だ。
 思い切り濃く入れたアッサムティーを飲みながら、胃に優しいリンゴのコンポートを朝食として食べる。
 今日は朝からレッスンを見に行く。五日ぶりの見学で、彼女たちはどれだけ成長しただろうか。
 桜も散って朝の気温も安定して高くなってきた。登り切った太陽のその日差しは、寝不足の私には強すぎて、一瞬めまいがした。
 
 結成から三ヶ月たったレッスン場は堅苦しさも抜け、笑い声もこだまするようになっていた。休日で学校も休みの今日は全員がレッスンに出席している。
「おはようございます」
 まず初めにチハルが私に気づき、それに続いてみんなが挨拶をしてくれる。
「みんなおはよう。差し入れ持ってきたからあとでみんなで食べてね」
 そう言ってチハルに有名店の三笠山を渡す。
「うわーありがとうございます。ほら、みんな、お礼言って」
 チハルの一声で三笠山に目がいっていた数名のメンバーが私にお礼をいう。
 「まだ学生だから」が通用しない業界であることは私が身をもって体験している。この業界で第一に大切なのは礼儀だ。チハルは強豪校の元陸上部ということもあり、礼儀には敏感だ。さらに周りをまとめる統率力もあるし、それを嫌味に感じさせない包容力もある。
「やっぱり、キャプテンはこの子かな?」
 心の中で思う。
 キャプテンはファーストシングルの活動が具体的に動くまで様子を見て決めようと思っているが、彼女はかなり魅力的な存在だ。

 一日レッスンを見学して彼女たちの成長を目の当たりにすると触発されるとともに、かなり焦った。この子たちの努力を無駄にしない作品を作らなければと、気持ちばかりが高まり、イメージは湧かずに混乱している。
「差し入れありがとうございます。お疲れ様です」
「お疲れ様。気をつけて」
 十人を見送ったあと、レッスン場へ戻る。
 ヒトミが踊っていた。鏡越しの自分を見つめながら、細部の動きまで気にして、教わったステップや振り付けを復習している。
「ヒトミ」
 声をかけると、いることに気がついていなかったのか、驚いたように「お疲れ様です」とお辞儀をした。
「三笠山が余ってるのよ。ちょっとお茶でもしない?」

 外の桜の木の根本にある花壇のヘリに座りながら二人で三笠山を頬張る。自販機で買ったお茶を飲みながら。風は強かったが、気持ちのいい春日和だ。
「東京での暮らしは慣れたかしら?」
「だいぶ慣れました」
「観光はした?確か東京はオーディションの時に初めて来たのよね?」
「はい。でも、観光は都庁の展望室くらいしかいってません」
「あら、あなたくらいの歳の子はお友達と渋谷とか原宿とか真っ先にいきそうなもんだけど?」
「あまり興味なくて…」
 一つ風が強く吹いた。どこからか飛んできたレジ袋が目の前から一気に事務所を越えて消えてゆく。
「ねぇ、ヒトミはどんなデビューをしたい?」
 この質問をあくまでメンバーの一人であるヒトミに聞くのはプロデューサーとして正解かどうかはわからない。正常な判断を下せる自分であったら、もしかしたらプライドがセーブをかけていたかもしれない。
 私に聞かれたヒトミは、電線に止まる雀を数えるように少し上を見ながら答えた。
「今までに無いデビューをしたいです」
 シンプルなその答えは予想もしていなかった。
 アイドルのデビューシングルはのちに振り返ると恥ずかしくなるくらい、可愛らしいものがほとんどだ。それはアイドルの特性上、素人からデビューの期間が短いため、一人一人のキャラやグループのイメージ、コンセプトがハッキリ認知されないうちでのデビューになる。だからとりあえず「ザ・アイドル」の曲が当てられるのだ。しかしそれこそがアイドルの醍醐味であり、メンバーも望んでいると私は思い、アイドルらしい曲を作るために今、苦戦している。
「他のアイドルみたいな曲でデビューしたくないの?」
「他のアイドルの人と合わせたら同じゴールになってしまうじゃ無いですか」
 さも当たり前かのように微笑みを加えながら、今度はまっすぐ前を見つめながらヒトミは言った。
「私は種目を変えたいんです」

 どうして私は自分で決めたことをすぐに忘れてしまったのだろう。
 あの子に気づかされた。努力を惜しまず、自分の理想を求め続けるあの子に。私が求め、描いていた「唯一無二のアイドル」それはデビューシングルからでも求めて良いものだった。
 満月が自室のデスクを照らす。ジャケットを脱ぐのももどかしく、ライトをつけて椅子に滑り込む。
 引き出しから紙を取り出し、筆立てをひっくり返しながら取ったボールペンで、今の彼女たちの気持ちを描く。
 まるで定期的に揺れる電車のように、期待と不安の間で揺れている。すでに人知れず涙を流している子もいるだろう。それでも彼女たちは諦めずに自分の夢に向かって走ってゆくだろう。その道が自分の輝ける道だと信じて。
 久しぶりにメロディーと歌詞がどんどんと頭に浮かんできて手が追いつかない、
 今の時間はプロデューサーではなく、シンガーソングライターの私になっている。
 浮かんだメロディーと歌詞をすり合わせ、修正と付け足しを繰り返す。寝不足による頭痛や倦怠感などはさっぱり消えていた。
 タイトルは決まった「この道を」
 コンセプトは今までの彼女たちの気持ち、そしてこれからの彼女たちの道のりを電車に乗る主人公に重ねて歌う、私なりの応援歌だ。

 まだ散らばったアイディアが机中に広がっている。いつのまにか明るくなっていた窓の外を眺める。今週四度目に見たタワーマンションからの朝日は、周りに浮かぶ薄い雲に光を反射させていて、いつもより明るく見えた。
 
 
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