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やり直し

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 この指輪の力を使う時が、本当に来るなんて思ってなかった。翔が亡くなってしまうまでは。

 朝、翔はいつものようにお気に入りのバイクに股がり出勤した。
「今日は早く帰れそうだよ」
 そう言い残して。それなのに……
 交差点で、スピードを落とさず突っ込んできた大型トラックと衝突した翔は、内臓破裂で即死した。

――どんな状態でもいい、とにかく生きていてさえくれたら!
 それは、亜樹の偽らざる気持ちだった。

 と、その時、これまで淡い光を静かに宿していたリングが、突然眩いばかりの強烈な光を放ち始めた。
 亜樹の周りを時間が逆流する。二人の運命を包み込みながら――


 トラックとの衝突の寸前、翔の体は強い光に押されて僅かながら逸れたように見えた。とても大きな事故だったにも関わらず、翔は奇跡的に一命を取り留めた。



 それから、十数年の歳月が流れた。

 亜樹の望み通り、翔の命は助かった。けれど、体は決して元には戻らなかった。
 亜樹は、翔を看病・介護し続けている。果てしなく続く作業に、愛情はいつしか薄れ、義務のようになっていた。
――いや、それどころか……
 ぼんやりと考えていた亜樹は、ハッとして首を横に振る。

「ご主人のことで大変なのは分かるけど、仕事はきちんとやってもらわなきゃ。毎日、朝から疲れた顔で、出勤されてもね」
 傍らにいた同僚が溜息をつく。
 唇を噛み締めて俯いた亜樹の目に、左手のリングが冷たく映る。かつて この上なく輝かしいと感じていたリングは、今や自由を奪う足枷か首輪のような存在となってしまった。

 その夜、亜樹は、眠っている翔の首に、そっと手をかけた。震える手で生命維持装置の線を引き抜く――いや、そうしようとした瞬間、翔の目が見開かれた。
「駄目だよ、亜樹…僕が自分でするから……」
 驚いて動きを止めた亜樹の目の前で、翔は残った力の全てを振り絞って、自ら装置を振りほどいた――


 今日はお葬式だった。夫、翔の。亜樹にとって二度目の。
 翔の最期の言葉が、頭から離れない。薬指に嵌めたままのリングの淡い光を見つめるうちに、亜樹は閃いた。
 ――翔の……翔の指輪! 
 そう、亜樹のは使ってしまったけれど、翔のは残っているはずだ。やり直し機能が!!

 亜樹は、遺品の中から指輪を取り出した。
――もう一度…もう一度だけ!
 強く願いをかけたけれど、何も起こらなかった。
――どうして……?
 ふとリングの裏側を覗いた亜樹は、ハッと息を呑んだ。
 既に「使用済」の刻印があったからだ。そして、その「目的地」の日付は――――
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