上 下
25 / 26

なんでもある1日③

しおりを挟む
「あ、あの、倉敷くん……倉敷くん」
「——……ん」

 もうすぐDVDの再生が終わるであろう授業終了5分前。視聴覚室の電気が点けられる前に、私は倉敷くんに小声で呼びかける。
 それに気づいてくれたのか、ゆっくりと目を開けた倉敷くんはそのまま頭も私の肩から離し、大きなあくびをしていた。
 直後、DVDの再生は終了し、電気を点けた先生が同時に授業終了を告げる。これまで静まり返っていた視聴覚室内は途端に騒めきを取り戻し始めた。

「くぁ……。ごめん神泉さん、俺寝てたのかな? 起こしてくれてありがと……って、どうしたの神泉さーん!?」
「……なな、なんでもないの」

 私の方へ向いた倉敷くんが、ものすごくびっくりしている……それもそのハズ。汗びっしょりとなった私が、誰から見てもわかるほど耳も顔も赤くして茹でタコ状態に陥っているからだ。

「いや、え、でも顔色が……体調悪いの!? 身体も震えているし、保健室連れて行こうか!?」
「ほ、本当になんでもないから、その……大丈夫だからーーー!」
「あちょ待っ、神泉さーん!?」

 居ても立っても居られなくなった私は、視聴覚室から全力で走り去って行ったのでした。

◇◇◇

 6限目も終わり、帰りのショートホームルームが行われている。
 視聴覚室から帰ってきた後、倉敷くんは度々私の身体を心配してくれたが、まともに顔が見れなくなった私はまた素っ気ない態度をとってしまっていた。

「せっかくちゃんと出来るようになったと思ったのになぁ」

 誰にも聞こえない程度に、一人ボヤいてしまう。今日は素敵女子になると心に誓ったハズなのに、やっている事はと言えばパンツを見せびらかし、相手のミスに乗じて自分の欲求を満たす事しかしていない。あれこれただの変質者じゃない?
 やっぱり私には素敵女子になれる素養がないのだろうか。漫画みたいにうまくはいかないんだなぁ。
 私が若干落ち込んでいると、いつの間にやらショートホームルームは終わっていて、各々が帰りの支度をしていた。

「あっ、いつの間に終わって……」

 前の方に座る佐奈もリュックに荷物を詰めている。私も今日はなんか疲れたし、早々に帰ろうとカバンに手をかけると、隣で帰りの支度をしている倉敷くんと目が合う。

「神泉さん、本当に大丈夫? 元気もなくなっているように見えるけど」

 私の様子を気にかけてくれる倉敷くんマジ天使。

「うん、本当に大丈夫なの、ありがとう。……倉敷くん、今日は色々気を使わせちゃってごめんね」

 俯きながらも、ちゃんと謝れただけよかった。本当に今日は色々とやらかしてしまった。これぞまさに汚名挽回の名誉返上である。やればやるだけドツボにハマった気がする。

「そ、そんなことはないよ! 神泉さんが謝ることなんて一つもないし、……それに俺、今日はちょっと嬉しかったんだ」
「……え、なんで?」

 パンツ見れたからかな? 私程度のパンツでも、見れればやっぱり男子は嬉しいものなのかな? そんなに喜んでくれるならパンツくらいいくらでも……いやさすがにそれは……。
 私が最低な想像をしているのを余所に、倉敷くんは照れ臭そうに頭を掻いていた。

「実はさ俺、最近神泉さんに避けられていた気がしてさ。それで内心ちょっと落ち込んでたんだけど……今日は神泉さんから挨拶してくれたり、ちゃんと俺の方見て話してくれたりしてくれてさ、俺すごい嬉しくてさ」

 珍しく倉敷くんの頬も赤くなっているのがわかる。きっと素直な気持ちを話してくれているんだ。私が落ち込んでいるのを察して……。

「だから、お礼を言うのは俺の方なんだ——ありがとう神泉さん。俺なんかで良ければ、明日もまた話しかけて欲しいな」

 ニカっと笑う倉敷くんの笑顔に、私の曇った気持ちが晴れていくのがわかる。あぁ、この人は本当に私の弱いところを突いてくる。そんなことを言われて嬉しくないはずがないもん。本当に素敵で……狡い人だ。
 だから私はこういう態度を取ってしまうのかもしれない。どんどん倉敷くんに惹かれていくこの状況に、どんどん夢中になっていくこの心に、私は一種の悔しさにも似た感情を併せ持ってしまい、

「そ、そこまで言うんだったら、また話してあげてもいっかな~……なんて」

 気持ちとは裏腹な、何様目線な態度を取ってしまうのだろう。

「はは、お願いするよ。そうしたら明日からもっと楽しくなるぞぉ!」
「そう、よかったね。……じゃあ私帰るから、それじゃ」
「うん、じゃあね神泉さん。また明日!」

 倉敷くんに小さく手を振って、私は教室から出たのでした。
 全く、卑怯すぎる……卑怯すぎるよ倉敷くんあああああああぁぁぁあああああぁぁ!!
しおりを挟む

処理中です...