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05 勇者と撃破しちゃうかな
しおりを挟む血塗れで現れたギルバートにギョッとしたが、彼のそれは全て返り血であったようでギルバート自身は無傷で俺の元へと現れた。
何故ここが分かったのだろうかと考えていると、ギルバートは俺の心の声がまるで聞こえているかのようにクイクイと俺の胸元を指さした。商人祭りでギルバートが購入したブローチだ。
こいつに追跡魔法でも施していたという事だろう。本当に抜け目ない男である。
「ギルバートは今後俺のことつけ放題って訳だ」
「マオにバレないような微力の魔法しか込めなかったから、ここに辿りついた頃には効果は切れているよ」
「あ、ほんと?」
「おや、嬉しそうだね」
そ、ソンナワケナイジャナイデスカーヤマシイコトなんてナインダカラー!
俺は吹けない口笛を懸命に吹き誤魔化すと、ギルバートは肩眉をあげ「どうだか」とほくそ笑んだ。
「しかし……ここは魔獣の密輸団のアジトのようだね。港も近いし、取引をするには確かに便利か」
俺が閉じ込められていた鉄格子を聖剣で壊しながら、なんてことの無いようにそう話すギルバート。
魔獣。そうだ、彼の予想通り、ここは魔獣の密輸団のアジト。
だが、彼の口からそれが出る事でギルバートの過去を思い出す。彼は昔、魔獣に村を襲われた経験がありそれがきっかけに魔王へ復讐を誓ったと話してくれた。
つまり魔王の次に恨む相手として彼が恨む存在は、魔獣なのだ。
――彼の返り血は、誰のものなのだろう。
嫌な予感がして、思わず彼の顔を凝視するがそんな様子の俺に気づいたギルバートはにこりと微笑んだ。
「これ、魔獣の血だと思った?」
「あ、えっと」
「俺が恨んだのは“俺の故郷を襲った存在“だ。ここに捕らえられている魔獣達じゃない」
これはアジトに辿りついて襲ってきた密輸団員の血だよと笑顔で答える。それを笑顔で答えられるのもそれはそれで怖いものもあるが、正直安心した。
これだけ騒いでいるのに誰も密輸団員が戻ってこないということは、ギルバートが本当に全て片付けてしまったのだろう。これが、世界最強の勇者。魔王を唯一倒せる存在なのだ。
「……あの、魔獣達を解放してあげたいんだけど、その」
「いいね、手伝うよ。マオ」
勇者は困っているものの味方である、勇者ギルバートはその対象が人間でも魔獣でも関係がないのだろう。
そういうとギルバートと俺はアジトの奥へと進み、俺が閉じ込められていたものと似た鉄格子に閉じ込められていたゴブリン、キメラ、見たことの無い魔獣など十数匹を解放した。
だがこの街で彼ら全員をそれぞれ放つと、また魔獣が人を襲いに来た等と街の人々にあらぬ誤解をされかねない。
そのため俺が後で、近くの森に全員転送させるよとギルバートに申し出るとギルバートはジッと何かを考えている様子で暫く俺の顔を見てから「分かった」と了承してくれた。勿論本当に転送させるのは近くの森なんかではない、魔王城にだ。中には怪我をしている者もいるし、治療が必要な子達もいるだろう。
……コーダ、また仕事を押しつけるなと怒るなこれ。密輸団殲滅と仕事爆増でトントンというわけにはいかないだろうか。
アジトの最奥部に辿りつくと、密輸団のボスらしき男が言っていた今回の取引の目玉と呼んでいた、大きなドラゴンが姿を現し苦しそうに唸っていた。
早く解放しようと近づくと、ドラゴンの身体には無数の傷が刻まれている事に気づく。これらは捕獲の際につけられた傷でもあり、閉じ込められている際の傷もあるのだと思う。ドラゴンが閉じ込めていた部屋の壁にはあちこちに血痕が残っていた。
四足の足には鉄の足枷がつけられていて、そこにも何度も逃げようとして出来たであろう無数の生傷があり固まった血は枷にべったりと付着している。
すぐに助けにこれなくてごめんと、魘されているドラゴンの顔をそっと撫でた。
ギルバートは早速足枷を剣で破壊しつつ、それにしてもと口を開く。
「こんなに大きなドラゴンをたった3人で捕獲するとは奴らは手慣れた常習犯だったのだろうね」
「……3人?」
俺が閉じ込められていた時の話し声は4人いたはずだ。だが、ギルバートは間違いなく3人と口にする。
彼は、俺のもとへやってくる際に密輸団員を倒したと話していた。もしそれが、その時に倒した団員数の事を彼が今言っているのであれば――――
「ッギルバート!後ろ!!」
「貰ったァ!!」
「―――ッ」
ドラゴンの陰から男が現れ、ギルバートの背後に入り大剣を振り上げる男の姿が見えた。もう1人、密輸団員は隠れていたのだ。
魔力で男の剣を取り上げるよりも先に、ギルバートにその剣が届く方が早い。ギルバートは俺の声に反応し、振り返り剣を受けようとするが完全に取られた背後からの剣撃をいくらギルバートといえど取り切れない。俺も、そしてギルバートも最悪の未来を想定した。
「敬愛なる魔王陛下とそのご友人に 感謝を」
――――だが、俺達が想像した未来は竜の咆哮によって破られる事となった。
男が剣を振り降ろすよりも先に、巨大なドラゴンの竜尾が男の脳天へと振り下ろされ大剣ごと男ははじけ飛んでいた。
その隙に俺は男の大剣を破壊し、ギルバートは飛ばされた男へ一気に近づき距離を詰めると、その首を躊躇なく聖剣で躊躇なく斬り飛ばした。
「すっ……げ」
全てが終わり、己から出てきた言葉は実にシンプルなものだった。
ドラゴンの尾だけの破壊力と、ギルバートのスピード感に圧倒されてしまったただの一般人の感想である。
頬を撫でていた、伏せられていたはずのドラゴンの黄色の瞳は、今は俺を真っ直ぐにとらえている。その表情は苦痛に歪んでいたはずだが今は幾分かマシのように見えた。
「グォォア(魔王様が 我へ魔力を与えて下さり 力が戻りました)」
ドラゴンはそういうと頬に触れる俺の手を見つめる。え、これ?
確かに痛みが少しでも和らげばと思い撫でていたが、そう想うだけで俺は魔力供給が出来てしまうのか。まるで魔力タンクである。まだまだ自分自身で理解出来ていない事が沢山あるようだ。
「手枷、全部外してやるからもうちょい待っててね」
「グァォ(感謝致します)」
微量の魔力を込めてドラゴンの枷を破壊する。他の枷を壊そうと周囲を見渡せれば既にギルバートが付着した血を払いその剣でドラゴンの枷を簡単に破壊していた。
魔力タンクの俺は一応魔族で魔王であるが、ギルバートは勇者とはいえ人間のはずだ。このタフさは何度も思うが末恐ろしい。
「ドラゴンが、ギルバートにありがとうって云ってるよ」
「……マオ、ドラゴンの言葉分かるんだね」
「へ?え、いや、なんとなくだよ!なんとなーくそんな感じの事云ってるんじゃ無いかなって」
「ふぅん?」
ギルバートは俺に疑いの目を向けながら、視線をドラゴンへ向けると頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとう。ドラゴンの友人が出来たのは初めてだよ」
勇者が、ドラゴンに感謝を述べている。一見妙な景色ではあるが、それはとても絵になる神秘的に感じる良い光景だと思った。
ドラゴンにはギルバートがなんと云っているか伝えていないが、既に彼の気持ちは伝わっているようで、ドラゴンは鼻先でギルバートの頬を突いた。
そんなこんなで、無事ドラゴンを含めた捕らえられた魔獣達の解放を終えた俺達は魔獣を一つの部屋へ誘導し、街から出さず俺は彼らを全員魔王城近くに転移させる事となった。
「すぐ戻ってくるからね」
「3秒で戻ってくること。いいね?」
「はは、流石に無茶な、」
「いいね?」
「お、おっけぇい」
「コーダ!密輸のプロ集団壊滅させた!捕らえられてた魔獣達解放して連れて帰ってきた!でも治療必要だから城のみんなで診てあげて!俺すぐ帰らないと勇者に怒られるからすぐ戻るね!じゃ!」
「ハッ!???ちょ、急になんですか魔王さm」
「戻ってきたよ~」
「よしよし、良い子」
……次、コーダに進捗状況報告に魔王城に戻った時、俺、彼に殺されちゃうのでは無いだろうか。
仕方ないのだ、俺の状況は前門のコーダ、後門のギルバートで前門突っ切らなければ後門のギルバートにがぶりといかれる状況なのである。許しておくれコーダ。
ご満悦な様子で俺の頭をよしよしと撫でるギルバートに、俺は犬かとツッコミたくなるがギルバートの機嫌がいいので好きにさせておくことにする。
「あれだけの数を一斉に転移できるなんてマオは本当に優秀な魔術師だね」
「へ、へへ。まぁね。でも魔力使って腹減ったし喉も乾いちゃった。今日も宿に泊まってゆっくりしようぜ」
「あ、飲み物ならあるよ。これ」
「いいの?ありがとう!」
ギルバートは腰に取付けていた水筒を取り出し、俺へと差し出した。
蓋を取ると、ベリー系の香りがする。普段この水筒にはギルバートは水を入れているのだが、商人祭りの購入品だろうか。
「甘くて美味しいジュースだ、屋台でこんなの売ってたっけ」
「それ中身は昼間に一緒に買った媚薬だけどね」
「おいおいおいおいおい」
なんで媚薬3つを水筒に移し替えているんだ、なによりなんでそれを俺に渡したと問い詰めるが、ギルバートは「かさばるから一つにまとめておこうと思って」と答えの様で答えになっていない回答が返ってきた。
ペッペッと吐き出そうとしても、既に美味しくごくごくと飲み込んでしまっている為その行動に意味は無い。
「媚薬なんて恋人同士が夜を盛り上がる為のジョークグッズに過ぎないよ、効果なんて無いに等しいに決まっている。ただのジュースと変わらないさ」
「本当?」
「大丈夫だよ、多分」
「多分??」
ともかく、魔獣の密輸団を壊滅させた事は今回の旅の収穫であったといってもいいだろう。
だが、まだ俺には気になる事がある。密輸団の男の1人が話していた「今回の取引は億が動くぞ」という発言だ。
ドラゴンを闇取引で扱うのであれば、それはそれは高額となることは素人でも分かる。だが、それが億となるとその取引が成立する貴族なんて、決して多くは無く限られているだろう。
『ガルディルア王国の国王は噂によると―――』
少し前に話していた、コーダの言葉が頭に過ぎる。密輸団を動かしていたある意味、真の親玉である取引相手……その正体というのはもしかしたら――
「……ねぇ、身体が不自然にぽかぽかしてきたんだけど」
「気のせいだよ」
「ほんと?」
「多分」
「たぶん??」
あくまで想像でしかない推測を一先ず頭の片隅に置き、俺は歯切れの悪いギルバートと小競り合いをしながら、俺達は元々泊まっていた宿へと戻っていった。
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