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04 勇者とデートがしたいな

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「……で、倒すべき勇者を説得するといって城を飛び出されたというのに、今はその勇者と夜は寝所を共にし、昼間は勇者と共に魔王様を倒すべく着々と魔王城に向かっていると?」

「そうなの。この状態から入れる保険ってありますか?」

「巫山戯るのもいい加減にして下さい魔王様」



人って本気で怒った時、声にも顔にも感情出ないのだなとコーダを見て思う。

ギルバートとパーティを組む事となって早くも数日が経過していた。



俺達勇者パーティご一行は、ある日は野宿、またある時は少し良い宿と、旅を進める度に宿が変わりその度に寝所も当然変わった。

だが、毎晩ギルバートは出会ったばかりの初夜と同じく俺と同室で眠りたがり、また毎晩俺を抱き枕扱いしてガッチリホールドした状態で眠るのだ。



だが本日の宿は、一つの部屋にツインベッドが用意されているタイプであった。

そのおかげでそれぞれのベッドに入り抱き枕になることなかった為、チャンスだ!と部屋を抜け出し転移魔法を使ってやっとの思いで魔王城に戻りコーダへ現状報告へやってきたという訳だ。



「大丈夫!なんか、なんとかする!説得してみせるって!ギルバート良い奴だし!」

「どちらかというと、魔王様が勇者に懐柔されてるではないですか」

「……そうとも云うけども」



大きなため息をつくコーダに己の中で一番可愛い声でごめんねと謝ってみるが、無意味であったようで一睨みされてまたため息をつかれた。火に油であった。



ギルバートは初対面の時点でも良い奴だとは分かっていたが、旅を共に過ごしていくなかでも彼の良い奴エピソードが増えていくばかりである。

困っている人が居れば率先して助け、滞在する村の人の為に薪割りでもお使いでも率先するような奴なのだ。とっても良い奴。とっても勇者。

そしてそのギルバートの良い奴エピソードを目の当たりにする度、比例するように俺は益々自分が魔王である事を言い出しづらくなっていた。



「まぁ、勇者以外の人間が魔王城近くをうろついているという話も今はありませんし、魔王様が勇者から目を離さないでくれたらそれはそれで助かってはいます。ただ懐柔されていつの間にか寝首かかれて殺されたなんて事ないように」

「ギルバートはそんな事しないよう~。あ、数日前にキメラみたいな子城近くに無事帰ってこれたかな?あの子も子供っぽかったから心配だったんだよ」



そう話すとコーダは少し考える素振りを見せて「彼のことか」とここ数日の城の訪問者を思い出したようだった。

思い出すのに時間をかけなければならない程、この城には一応訪問者が来るのかと少し驚いた。全部今はコーダに押しつけているけど、小国とはいえやはり国である。

……だというのに、王の俺はというと何もかも上手くいかず勇者と毎晩寝るだけの日々を過ごし、国の仕事をコーダに全てを押しつけているのがほんの少し申し訳ない。いつか温泉とかプレゼントしよう。



「無事ですよ。彼も親が人間に捕らえられた孤児のようで時折1人心細い様子をみせますが、ドラゴンやゴブリン達が遊び相手をしているようです」

「人間に……」

「ええ。魔王様は全てお忘れになられているのであえて説明致しますが、人間共の闇市にて魔獣は高値で現在も取引されております。奴隷として、あるいはその血肉を魔法薬の材料として人間達に利用されているようですね。

見つけ次第私たちも密輸団からの奪還を繰り返しておりますが、その親組織を未だ叩けていない為いまも秘密裏に捕獲が行われている状態です」



俺が今まで若年期~成熟期の魔獣に会えていないのはこういう事情があったのか。

今まで見てきた子供達の親は、皆子供だけでもと逃がして人間達に捕獲されてしまったのだろう。キメラの子を見送った際に嫌な予感がどこかでしていたが、やはり厄介な事が絡んでいた。



「人間は本当に都合が良い生物です。私達同志を襲い、誘拐監禁しておきながら私たち魔獣を奪還に赴けば"魔族に襲われた"と喚けば良いときている。なんと憎たらしい」

「なんとかしなきゃね」



勇者問題とは別に、密輸団問題もあるとは魔族の国は問題だらけである。

だが、どちらも早々に解決しなければならない。どちらも野放しにした先にあるのは、魔族側のバッドエンド一択だろう。



「任せてよコーダ、俺がなんとかしてくる!」

「そう数日前におっしゃって勇者に懐いて帰ってこられなければ、非常に心強い言葉だったのですがね」



コーダのチクチク言葉が、しっかりと胸に刺さる。おっしゃるとおりです。

色々コーダに押しつけているし、愚痴ぐらいはもっと聞いてやるべきなんだが、そろそろ元の宿に戻らないと、ギルバートが起きてしまうかもしれない。

俺は湯水のように溢れるコーダの愚痴を背に「また何かあれば戻ってくるね~」と告げ、ギルバートが居る元の宿屋へと転移した。









「随分長いトイレだったね」

「ヒョェ」



転移魔法を使用した宿屋のトイレから再び宿泊している部屋へ戻ると、ギルバートは既に起きており何故か俺のベッドに移動して腰掛けにこやかに俺を出迎えた。

一体いつから起きていたのだろうか。部屋を出て流石に一時間も経っていないかと思うが、それなりにコーダと城で話し込んでしまった。

疚しい事しかしていないし、疑われる心当たりしかない俺は、この状況に冷や汗が止まらない。いつも俺を抱き枕にしているときは朝までぐっすりだというのに、何故今日に限って眠りが浅いんだ。



「ちょ、っと、お腹が痛くて」

「そう?ここの宿の料理美味しくてつい食べ過ぎてしまったものね。それとも冷えたのかな?」



そう話すとギルバートは笑顔でいることをやめずに、ぽんぽんと俺のベッドを叩いた。



「今夜も俺が抱きしめて寝てあげるから早くこっちきて?暖めてあげる」

「え、遠慮しま――」

「ん??」

「わぁいギルバートに抱っこされるのウレシイナー」



なんでにこやかに聖剣チラつかせたのだ。あくまで今の俺はお前のパーティメンバーだろう。



若干諸々何か疑われている気がしなくもないが、抱き枕の役目を引き受ける事でギルバートから疑いの目を晴らす事が出来るのであれば甘んじて受け入れるしかない。

今日こそは回避出来るかと思っていたがしょうが無いだろう。

俺はギルバートの待つベッドに入ると、変わらず本日もガッツリホールドされ暫くしたら寝息と共に綺麗な男の寝顔がすぐ近くにある状態でいつも通り長い夜を過ごす事となった。















「うぅん……」



なにやら外が騒がしい。陽の光が窓から差し込み、賑やかな街の風景がそこには広がっていた。

歌声が聞こえ、花も舞う。今日この街では何かの祭りが偶々開催されているのだろう。



「ギルバート、祭りがやってるよ。行ってみる?」

「……えぇー。マオ、祭りとか好きなんだ」



まだ眠そうなギルバートは、今も俺の腰に抱きついたまま顔を埋め、銀髪の綺麗な髪も今は寝癖により芸術的な形へと変形している。

ゆさゆさと彼の肩を揺らすと、とても迷惑そうに俺を見てから窓を見てその様子を確認する。



「マオがいくならいくけどさ」

「よし、行こう!出店とかあるのかなぁ、商人とかが来て珍しい物売ってるかもよ」



興味ないぃとギルバートは珍しくとても眠そうな様子で腰に顔をグリグリと押しつけてくる。

まるで幼稚園に行く前の駄々をこねる子供である。

昨夜、変な時間に起きていたから寝不足になったのだ。次回からはこれに懲りたら朝まで熟睡してくれよなとこっそりギルバートの芸術的な寝癖を見ながら願う。









宿のご主人によると、俺達が今滞在している街は海岸沿いに位置し近くに貿易港もある事から年に1度の商人祭りが開催されているらしい。

国外の珍しい品や、ガルディルア王国の中でも珍しい物品が売りに出されている為、街周辺に住んでいてこの祭りの事を知らない人はいないくらい大きな催事とのこと。



「わぁ」



ご主人が言っていた通り宿を出れば、あちらこちらと出店が建ち並んでいる。広場では綺麗な踊り子によるダンス、すぐ近くには見たことの無い芸術品が並び、商人達の客引きをする声と街の人々や観光客の声で町中が賑やかな様子だった。



「わ、美味しそうな肉の串焼きがあるよギルバート。見たことの無いドリンクもある!酒、酒はあるかな」

「マオは芸術より食い気だね」



見たことの無い珍味や、郷土料理らしいものにも目移りしきょろきょろとしていると、腰を曲げたおばあさんが「お兄さんたち」と手招きをしてきた。そのおばあさんの前には沢山の透明な瓶に入った液体が陳列されている。香水か、魔法薬の出店だろうかと興味本位で俺達はおばあさんの手招きに釣られる形で近づいた。



「お前さん達カップルだろう。良い媚薬が入ったんだ、幾つか買っていきな。夜盛り上がるよ」

「ウォイなんつーもん押し売りしようとしとんだバーサン」

「……」

「……いや、ギルバートも財布取り出すなって。え、いるの?」



振り返れば媚薬なんてものとは無縁の人生を歩んで居るであろう美形が、懐から財布を取り出していた。ちなみにギルバートの持ち金は全て国王からの給付金である。そんなもので勇者が媚薬を買おうとするな。王様泣くぞ。

わざとらしく俺は自分の身体を抱きしめ、ぶるりと震わせるとギルバートはどうかした?と首を傾げる。



「祭りでどうせ散財するなら、もしもの時に使えそうな物買っておきたいだろう?なにも俺とマオに使うわけじゃない」

「あ、そういう事ね」



媚薬をあくまで魔法アイテムとして購入するとは、エロ本泣かせの勇者である。



「マオが使いたいなら一個くらいはまぁ……」

「真顔の冗談怖いからヤメテ」



ギルバートは媚薬を3つ買うと、商人のおばあさんは「おにいちゃん元気だねえ」と俺とギルバートを交互に見て意味深な笑みを浮かべた。このバーサン人の話聞かないタイプである。

だが、本当に少し祭りの市場を見ただけで面白い物が沢山ある。流石商人祭りなだけある。珍しい物でいっぱいだ。



「はい。マオにあげる」

「なにこれ」



俺が色んな物に目移りしている間に、ギルバートは何か購入したようで俺の着るマントに何かを取付ける。それは陽の光が入るとキラキラと金に輝く、小ぶりのブローチだった。丁寧な細工で、伝統工芸品の一種なのかもしれない。



「日々のお礼」

「えー、じゃあ俺もギルバートに何かあげるのよ」

「俺はいいよ。これはマオに似合うなと思ったからあげただけ」



そうギルバートは微笑んで俺の胸元に在るブローチをそっと撫でた。



……そこら辺のご婦人に同じ事をしようものならきっと黄色い悲鳴をあげバッタバッタと皆失神していく事だろう。流石勇者、天然たらしにも程がある。

遠くから先程の媚薬売りのおばあさんも「若いっていいねぇ」と俺達に向かって野次を飛ばしてきている。うるせえバーサン仕事しろ。



だが、かくいう俺も彼の言動がむず痒く段々気恥ずかしくなってきて、俺を見つめるギルバートから視線を逸らして誤魔化すように市場を見渡した。



「お!ギルバート!あっち行こう美味しそうなのある!」

「待つんだマオ、この人混みだ。はぐれてしまうよ」

「大丈夫大丈夫!」

















「はぐれちゃった」



フラグ回収業者などがあれば俺は天職かもしれない。きっと魔王より向いている気がする。



日が暮れはじめた頃、街ではパレードが行われ、それを見る観光客の人の波に押し流されて俺とギルバートは見事はぐれてしまった。

宿に戻れば、ギルバートと再会出来るだろう。だが、俺が今居るのは祭りが行われている街の市場よりも少し外れた場所である。

しかし、ギルバートとはぐれたのは偶然ではあるが、ここへやってきたのは俺の狙い通りである。

この商人祭りは国中また国外の珍しい商品が集まる祭りだと聞いた。

ならば、うちの領地のモンスター達が密輸している集団もやってきてここいらの貴族と裏取引なんて行っていても不思議では無い。



ギルバートとはぐれてから、俺は街の中で怪しい人間がいないか探すと明らかに怪しいローブを身に纏った人物を見つけた。恐らく認識阻害の魔法でもかかっているのだろうが、腐っても俺は魔王のようでそこら辺で手に入る様な魔法道具は効かないみたいだ、俺の瞳には黒いローブのいかにも疑って下さいと云わんばかりの怪しい人間にしか映っていなかった。



体格的に恐らくそいつは男だろう。そいつの後を追うと、男は薄暗く細い道をわざと進み地下街へと歩みを進めた。市場はあんなに騒がしいというのに、ここは薄気味悪いくらい静かな所だ。

まるで、何かを隠すための対策でも施されているようなここだけ空間を切り取られた様な静寂に違和感を感じざるを得ない。



「誰かいるのか」

「しまっ、」



つけていた男は急に振り返り、目が合った。しまった、気配を消していたつもりだったが所詮素人の尾行だ、完全にばれていた。

一旦ここは引くべきかと男に背を向け逃げることを試みるが、前方に居たはずの男は次の瞬間には俺の背後に立っていた。転移魔法、人間でも使えるのか。



――ドン、



その鈍い音と頭に奔る痛みで、男に鈍器で殴られた事を理解した。転移魔法を使って退散するにも脳が揺れて、動けない。俺はふらふらと前方へと倒れ込み、意識を手放した。



***



我ながら見事なフラグ回収師であると思う。はしゃいだら、はぐれる。尾行したら、見つかる。



そして、その密輸集団の売買取引が行われているであろうアジトへ連れ込まれ今はというと、手錠と足枷をつけられた状態で、獣を閉じ込めるような鉄格子の中である。

運が良かったのは、あの場で殺されなかった事だ。てっきり、俺の人生また変な所で終了するのかと思った。そうなればコーダにいよいよ土下座じゃすまない。



「こいつ、勇者ギルバートの側近だろう。今日祭りで一緒に居るところを見た。簡単に殺す訳にはいかない」

「勇者の仲間を殺せば、俺達もただじゃすまないだろうからな」



なるほど。俺はギルバートのおかげで助かったようだ。というか俺って周囲からギルバートの側近だと思われているんだ。魔王としての威厳ってまるで無いんだな俺って。



「薬漬けにでもしてそこらで捨てておくか?」

「そうだな。この街を出る時にでも、前に魔獣に使った薬ぶち込もう」

「あれ高かったんすけどね~。しゃあねえか」



……やはりこいつら密輸集団か。

今の俺は鉄格子の箱のような物に閉じ込められており、視界も布が被せられている為周囲の状況が分かりづらいが獣達の呻くような声が遠くから聞こえる。そして俺の近くに居る男の人数は4人、その中で1人に全体指示を仰ぐ会話が展開されている事から密輸団のボスもこの場にいると推測できる。

コーダが云っていた、密輸団の親玉組織は見つけられていないといっていたのにボスがこの場に現れているということは、それほど大きな取引が今回行われる予定なのだろう。



――ギュウゥアアアア



遠くから、恐らく俺が今居る場所よりもさらに地下から獣の悲痛な叫び声が響き渡った。

それは魔獣の言葉が分かるはずの俺でも認識出来ない叫び声であり、痛みに襲われ言葉も話せない程の状況にある事がわかる。



「ったく、もう薬切れたのか。追加打っとけ」

「了解です、ドラコンはやっぱ薬の効き悪いですね」

「あれは目玉だからな。今回の取引は億が動くぞ、丁重に扱え」



ドラゴン。薬。

魔王城に居た、ドラゴンの事が過ぎった。先程の叫び声をあげていた獣はもしやあの子の――……



――ガタン



「あ?もう勇者の側近目が覚めたのか?」

「馬鹿いうな。ドラゴンでも半日以上眠る睡眠薬投与したばかりだ、鼠でも走ったんだろうよ」



「――」











暫くすると、密輸団の一味はそれぞれの持ち場に戻っていったようだ。俺が閉じ込められている鉄格子がある部屋には誰も居ない。

転移魔法を使って、とりあえずこの部屋から出よう。ドラゴンの解放と、他にも獣声が聞こえるので彼らの解放も行いたい。

腐っても魔王。人がつけた手枷と足枷に少量の魔力を送り込めば簡単に破壊できた。



次は鉄格子を壊してみるかと扉部分に魔力を込めようとしたが、カチャンと部屋の扉が開く音が聞こえた。

密輸団の誰かが帰ってきたのか、俺は咄嗟に息を潜め相手の動向を窺っていると、その足音は真っ直ぐ俺の居る鉄格子へと向かってきてバサリとかけられた布を外した。



「だからはぐれるって言っただろう、マオ」



その正体は、血塗れの姿で現れた勇者ギルバートその人であった。




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