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#3生徒会編
メロンパン
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そういや、昼食を食べていない。
虚無と空腹を感じながら、教室を目指す。歩く振動で、微かに痛む背中。やけに静かな廊下。
今は何時だろうか。今日は普段と違って五限までだから、ワンチャンもう終わってみんな帰ってしまっている可能性がある。金星先輩、普通に出歩いてたしね。
静かな廊下に、一人分の足音。
余計なことを考えないように努めながら歩いていたら「あ」と、階段一歩上がったところで上から声が降ってくる。
視線をあげれば、そこには委員会の後輩が。
「先輩」
「泡瀬じゃん」
うる艶のビューティフルホワイトヘアのお姫様こと、泡瀬 椎は鞄を携え十数冊の本を抱えて階段を降りていた。
俺らの所属している委員会が図書委員会だし、図書室にでも行くのだろう。
「先輩、どうかしたんですか?」
「え?」
「元気なさげに見えるので」
「そう?」
笑っていかにも重大じゃなさそうに「階段から落ちて、そのせいでお昼を食べ損ねたんだよね」と伝えれば泡瀬は可愛いお顔をあからさまに歪める。
「笑うようなことじゃないですよ」
「でも実際そんな深刻じゃないから」
「深刻です」
後輩に説教されちゃ立場がない。再度大丈夫だと言う前に、泡瀬は階段の踊り場に本を置いて、鞄の中から何かを見つけ出した。
「先輩、メロンパンは好きですか?」
「え?」
「嫌いですか?」
「嫌い、じゃないけど」
そう言えば、泡瀬の鞄の中からなぞのメロンパンが現れる。
「今日購買で買ったんですが、忙しくて食べなかったんです。先輩、何も食べてないんですよね? すみません、こんなのしかなくて」
本当に申し訳なさそうにメロンパンを差し出してくる後輩に、上手く言葉が出てこなくて固まる。
「いやいいよ、泡瀬が買ったんだろ? 泡瀬が食べるべきだろ」
「先輩、日頃の感謝の気持ちと一緒に受け取ってください」
無理やりとまではいかなくとも、結構強引に泡瀬は俺にそれを手渡した。すげえ。鞄に入っていたというのに、潰れてないメロンパン。泡瀬の鞄は四次元ポケットか。
「本当にいいの?」
「本当にいいんです」
「……ありがとう」
感謝を示せば「どういたしまして」と泡瀬は笑う。彼の髪が太陽の光を透かしてキラキラと輝く。まるで宝石のようだ。
「先輩、本当に気を付けてくださいね。骨折とかしなくて良かったです」
本を再度抱え直し、別れを述べ、泡瀬はまた階段を降りていく。その姿を漠然と、ただ漠然と見つめていた。
そして、彼の姿が見えなくなったところで俺も階段を登り始める。
しかし、ちょうど二階に着いたところで立ち尽くす。
まだ自分の教室ではないのに、目的地に着いたわけじゃないのに、どうも足が動かない。
色々と感情が内側で爆ぜる。
生まれなきゃよかったとか、逃げてしまいたいとか、そういったネガティブな感情と、泡瀬から貰ったぬくもりが一気に混ざって何かが込み上げてくる。感情の収拾がつかない。次から次へと感情が映ろう。
気がつけば大粒の涙が、ひとつふたつと、地面に落ちていた。鼻の奥がツンとした。
生まれなきゃよかった。その思いと共にある、生まれてよかったのかという疑問。父が離れたのは俺のせいじゃないのか、母が壊れたのは俺のせいじゃないのか。俺がいたから、あの家庭は壊れてしまったのではないか。
俺が生まれてしまったからではないのか。
母は今幸せなのだろうか。父は今幸せなのだろうか。不幸せになっていたら、俺のせいで不幸せだったら、俺はどうすればいい。
俺という存在は、誰に求められているというのだ。
「桃野……?」
込み上げる嗚咽を噛み殺し、ただひたすらに目を擦る。
あーあ、情けねえの。
聞き覚えのある声は、いつも通りの優しさと大袈裟な不安を滲ませて、俺の出方を伺う。
取り繕わなければ。わかっている。ちゃんと、わかっている。
だけど動けないのは、俺が弱いからなのか。
「おいで」
声の主はそう言って、俺の腕を握る。握られれば、たちまち体が軽くなる。どこへでも、どこまでも身を委ねたくなる。この人なら大丈夫だと、全てを信じ任せたくなるのだ。
俺は、二階の廊下の方へと、大人しく連れていかれた。
虚無と空腹を感じながら、教室を目指す。歩く振動で、微かに痛む背中。やけに静かな廊下。
今は何時だろうか。今日は普段と違って五限までだから、ワンチャンもう終わってみんな帰ってしまっている可能性がある。金星先輩、普通に出歩いてたしね。
静かな廊下に、一人分の足音。
余計なことを考えないように努めながら歩いていたら「あ」と、階段一歩上がったところで上から声が降ってくる。
視線をあげれば、そこには委員会の後輩が。
「先輩」
「泡瀬じゃん」
うる艶のビューティフルホワイトヘアのお姫様こと、泡瀬 椎は鞄を携え十数冊の本を抱えて階段を降りていた。
俺らの所属している委員会が図書委員会だし、図書室にでも行くのだろう。
「先輩、どうかしたんですか?」
「え?」
「元気なさげに見えるので」
「そう?」
笑っていかにも重大じゃなさそうに「階段から落ちて、そのせいでお昼を食べ損ねたんだよね」と伝えれば泡瀬は可愛いお顔をあからさまに歪める。
「笑うようなことじゃないですよ」
「でも実際そんな深刻じゃないから」
「深刻です」
後輩に説教されちゃ立場がない。再度大丈夫だと言う前に、泡瀬は階段の踊り場に本を置いて、鞄の中から何かを見つけ出した。
「先輩、メロンパンは好きですか?」
「え?」
「嫌いですか?」
「嫌い、じゃないけど」
そう言えば、泡瀬の鞄の中からなぞのメロンパンが現れる。
「今日購買で買ったんですが、忙しくて食べなかったんです。先輩、何も食べてないんですよね? すみません、こんなのしかなくて」
本当に申し訳なさそうにメロンパンを差し出してくる後輩に、上手く言葉が出てこなくて固まる。
「いやいいよ、泡瀬が買ったんだろ? 泡瀬が食べるべきだろ」
「先輩、日頃の感謝の気持ちと一緒に受け取ってください」
無理やりとまではいかなくとも、結構強引に泡瀬は俺にそれを手渡した。すげえ。鞄に入っていたというのに、潰れてないメロンパン。泡瀬の鞄は四次元ポケットか。
「本当にいいの?」
「本当にいいんです」
「……ありがとう」
感謝を示せば「どういたしまして」と泡瀬は笑う。彼の髪が太陽の光を透かしてキラキラと輝く。まるで宝石のようだ。
「先輩、本当に気を付けてくださいね。骨折とかしなくて良かったです」
本を再度抱え直し、別れを述べ、泡瀬はまた階段を降りていく。その姿を漠然と、ただ漠然と見つめていた。
そして、彼の姿が見えなくなったところで俺も階段を登り始める。
しかし、ちょうど二階に着いたところで立ち尽くす。
まだ自分の教室ではないのに、目的地に着いたわけじゃないのに、どうも足が動かない。
色々と感情が内側で爆ぜる。
生まれなきゃよかったとか、逃げてしまいたいとか、そういったネガティブな感情と、泡瀬から貰ったぬくもりが一気に混ざって何かが込み上げてくる。感情の収拾がつかない。次から次へと感情が映ろう。
気がつけば大粒の涙が、ひとつふたつと、地面に落ちていた。鼻の奥がツンとした。
生まれなきゃよかった。その思いと共にある、生まれてよかったのかという疑問。父が離れたのは俺のせいじゃないのか、母が壊れたのは俺のせいじゃないのか。俺がいたから、あの家庭は壊れてしまったのではないか。
俺が生まれてしまったからではないのか。
母は今幸せなのだろうか。父は今幸せなのだろうか。不幸せになっていたら、俺のせいで不幸せだったら、俺はどうすればいい。
俺という存在は、誰に求められているというのだ。
「桃野……?」
込み上げる嗚咽を噛み殺し、ただひたすらに目を擦る。
あーあ、情けねえの。
聞き覚えのある声は、いつも通りの優しさと大袈裟な不安を滲ませて、俺の出方を伺う。
取り繕わなければ。わかっている。ちゃんと、わかっている。
だけど動けないのは、俺が弱いからなのか。
「おいで」
声の主はそう言って、俺の腕を握る。握られれば、たちまち体が軽くなる。どこへでも、どこまでも身を委ねたくなる。この人なら大丈夫だと、全てを信じ任せたくなるのだ。
俺は、二階の廊下の方へと、大人しく連れていかれた。
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