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#3生徒会編
逃げたい
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「白兎先生、そらダメやないスか?」
「金星くんに言われたら弱いな」
先生は観念したようにヤレヤレと首を振り、ベッドから降りた。再び、桃野くんのバージンに平和が訪れる。
ピンチの時にヒーローのごとく乱入してきた金星先輩は「やっぱりジブン危ういなぁ」と目を細めてこちらを見た。
「すみません、迷惑かけて」
「その台詞は白兎先生の台詞やな。桃野くんが謝る必要は無い」
その謝罪すべき対象である先生はと言うと何処吹く風の顔をしている。いやいや、貴方に謝れって話をしているんですよ?
「白兎先生も乗り気じゃない生徒を襲わないで欲しいですわ」
「乗り気じゃなくても最後はみんな惚けた顔して帰っていくから良いかと思っちゃった」
「良くないに決まってるでしょう」
「そっか、君、桃野くんって言うんだね」
「聞いてます?」
先生は此方を見て微笑を浮かべた。まーたやばい奴に名前知られちゃった。俺、桃野太郎だなんて覚えやすい名前してるから、一度聞いたらなかなか忘れて貰えないんだよな。困ったもんだ。
「桃野くん、襲われたらもっと抵抗した方がいいよ」
「いやだから、それはジブンが襲わなきゃいい話なんですわ」
金星先輩は嫌そうな顔で先生を見る。普通に、先輩の言う通りだ。どう考えたって、抵抗しない方じゃなくて襲う方が悪い。抵抗しない方が悪いって言うのは襲った側の身勝手な責任転嫁だ。
だが、確かに自分の身は自分で守らなきゃいけないのも事実。
「非力で可愛いとは思ったけど、さすがに現役男子高校生があんな力な訳じゃないよね?」
先生はそう言って首を傾げた。
先輩は先生に話が通じないことを察したのか、諦めてこちらに視線を向ける。
「まあ桃野くんやったら、先生のこと突き倒すこともできそうやな」
「俺だって本当に嫌だったらぶん殴りますよ」
「僕は桃野くんにそう出来ると思わないね」
先生は呆れた様子で此方を見た。なんだ喧嘩売ってんのか。
「舐めないでくださいよ」
「桃野くん、可愛いからいろいろ舐めたくなっちゃうのは仕方なくない?」
「は?」
「はいアウト~! これはアウトやわ! この金星くんが黙ってられまへんで!」
「判断厳しくない?」
「むしろ甘いくらいやわ!」
この学園の貞操観念が常識のそれと一緒だとは思っちゃいけない。ここは、こんな先生がまだ先生でいられる世界だ。
「でも……危害を与えてくる人からは、何らかの形で抵抗するべきだよ。自分から動かないと何も変わらない。たとえ、その相手が家族だろうと親友だろうと―――君に害を与えるならその人は敵だ」
そう言って先生は此方をジッと見つめた。まるで、全てを見透かすような視線。どうも居心地が悪い。
過去がバレているわけが無い、あのことは自分しか知らない。
そうわかってはいるものの、そんな知った口振りで言われると、この人は俺の全てを知っているのではないかと疑いたくなる。
「そっすね、確かに」
大丈夫、この人が俺の過去なんかを知っているわけがない。根拠の無い決めつけをして、目線を泳がす。
先生は「まあこの件は完全に僕が悪いんだけどね」と言ってケロッと笑っていた。罪の意識はあったんだ。
「金星くんは何故ここに?」
「桃野くんからのSOSを風紀センサーで感じ取って」
「そういうのは間に合ってる」
「冷たくないっスか?」
先輩と先生の会話を流し聞きしながら、なぜか、このまま逃避行してしまいたい気持ちに駆られる。
思い出したくもないような、過去の記憶。
先生は危害を加える人から逃げろと言ったけど、過去からは逃げられるのだろうか。
そもそも、全てが始めからなかったら、こんな気持ちに悩まされることはなかったかもしれない。全てを最初からやり直せたら。なにもないままだったら。母さんと父さんが出会わずに、俺が生まれてこなかったら。
そうやって、ないものねだり。
先輩と先生の笑い声が、どこか遠くで聞こえるような気がした。俺一人だけ、透明な壁に囲まれている。いつもいつも、心の一角、やけに冷めたところで自分だけの孤独感を感じている。
「先生、もう失礼します」
気がつけば、立ち上がってそう言っていた。
「早くない? 背中、大丈夫?」
「大丈夫です。痛かったらまた来るんで」
「本当? 無理しないでね」
先生はそう言って微笑んだ。先程とは打って変わって、食い下がることはない。食えない生徒には興味がないのか。だが、声色は優しくて言葉通りの意味が込められていることは、なんとなくわかる。先輩も「気いつけてな」と声を掛けてくれる。
こうやって、俺を気にかけてくれる人がいる。それはとっても有難いことで、こんなにも感謝しているのに。なぜ。
なぜ、こんなにも生まれてきたことを後悔してしまうのだろうか。
「金星くんに言われたら弱いな」
先生は観念したようにヤレヤレと首を振り、ベッドから降りた。再び、桃野くんのバージンに平和が訪れる。
ピンチの時にヒーローのごとく乱入してきた金星先輩は「やっぱりジブン危ういなぁ」と目を細めてこちらを見た。
「すみません、迷惑かけて」
「その台詞は白兎先生の台詞やな。桃野くんが謝る必要は無い」
その謝罪すべき対象である先生はと言うと何処吹く風の顔をしている。いやいや、貴方に謝れって話をしているんですよ?
「白兎先生も乗り気じゃない生徒を襲わないで欲しいですわ」
「乗り気じゃなくても最後はみんな惚けた顔して帰っていくから良いかと思っちゃった」
「良くないに決まってるでしょう」
「そっか、君、桃野くんって言うんだね」
「聞いてます?」
先生は此方を見て微笑を浮かべた。まーたやばい奴に名前知られちゃった。俺、桃野太郎だなんて覚えやすい名前してるから、一度聞いたらなかなか忘れて貰えないんだよな。困ったもんだ。
「桃野くん、襲われたらもっと抵抗した方がいいよ」
「いやだから、それはジブンが襲わなきゃいい話なんですわ」
金星先輩は嫌そうな顔で先生を見る。普通に、先輩の言う通りだ。どう考えたって、抵抗しない方じゃなくて襲う方が悪い。抵抗しない方が悪いって言うのは襲った側の身勝手な責任転嫁だ。
だが、確かに自分の身は自分で守らなきゃいけないのも事実。
「非力で可愛いとは思ったけど、さすがに現役男子高校生があんな力な訳じゃないよね?」
先生はそう言って首を傾げた。
先輩は先生に話が通じないことを察したのか、諦めてこちらに視線を向ける。
「まあ桃野くんやったら、先生のこと突き倒すこともできそうやな」
「俺だって本当に嫌だったらぶん殴りますよ」
「僕は桃野くんにそう出来ると思わないね」
先生は呆れた様子で此方を見た。なんだ喧嘩売ってんのか。
「舐めないでくださいよ」
「桃野くん、可愛いからいろいろ舐めたくなっちゃうのは仕方なくない?」
「は?」
「はいアウト~! これはアウトやわ! この金星くんが黙ってられまへんで!」
「判断厳しくない?」
「むしろ甘いくらいやわ!」
この学園の貞操観念が常識のそれと一緒だとは思っちゃいけない。ここは、こんな先生がまだ先生でいられる世界だ。
「でも……危害を与えてくる人からは、何らかの形で抵抗するべきだよ。自分から動かないと何も変わらない。たとえ、その相手が家族だろうと親友だろうと―――君に害を与えるならその人は敵だ」
そう言って先生は此方をジッと見つめた。まるで、全てを見透かすような視線。どうも居心地が悪い。
過去がバレているわけが無い、あのことは自分しか知らない。
そうわかってはいるものの、そんな知った口振りで言われると、この人は俺の全てを知っているのではないかと疑いたくなる。
「そっすね、確かに」
大丈夫、この人が俺の過去なんかを知っているわけがない。根拠の無い決めつけをして、目線を泳がす。
先生は「まあこの件は完全に僕が悪いんだけどね」と言ってケロッと笑っていた。罪の意識はあったんだ。
「金星くんは何故ここに?」
「桃野くんからのSOSを風紀センサーで感じ取って」
「そういうのは間に合ってる」
「冷たくないっスか?」
先輩と先生の会話を流し聞きしながら、なぜか、このまま逃避行してしまいたい気持ちに駆られる。
思い出したくもないような、過去の記憶。
先生は危害を加える人から逃げろと言ったけど、過去からは逃げられるのだろうか。
そもそも、全てが始めからなかったら、こんな気持ちに悩まされることはなかったかもしれない。全てを最初からやり直せたら。なにもないままだったら。母さんと父さんが出会わずに、俺が生まれてこなかったら。
そうやって、ないものねだり。
先輩と先生の笑い声が、どこか遠くで聞こえるような気がした。俺一人だけ、透明な壁に囲まれている。いつもいつも、心の一角、やけに冷めたところで自分だけの孤独感を感じている。
「先生、もう失礼します」
気がつけば、立ち上がってそう言っていた。
「早くない? 背中、大丈夫?」
「大丈夫です。痛かったらまた来るんで」
「本当? 無理しないでね」
先生はそう言って微笑んだ。先程とは打って変わって、食い下がることはない。食えない生徒には興味がないのか。だが、声色は優しくて言葉通りの意味が込められていることは、なんとなくわかる。先輩も「気いつけてな」と声を掛けてくれる。
こうやって、俺を気にかけてくれる人がいる。それはとっても有難いことで、こんなにも感謝しているのに。なぜ。
なぜ、こんなにも生まれてきたことを後悔してしまうのだろうか。
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