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#3生徒会編
捨てないで
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あれは正当防衛だったよな……と帰路にて己を振り返る。正当防衛って言うか、あんなイケメンに囲まれて正気を保っている方がおかしいよね? 平凡な人は平凡に過ごすのが良い。あるべきものをあるべきところへ。イケメンはイケメン集団の中へ、パンピはパンピ集団の中へ。いるべき場所があるもんさ。
生徒会室は三階、食堂は一階ゆえ、階段を急ぎ足で駆け下りていく。
お腹が減って判断能力が鈍っていたのか、急いでいたのがいけなかったのか、ただ単に運が悪かったのか。
す、と嫌な浮遊感が体を包む。足の行く先に足場がない。あ、と思った次の瞬間。
ふっと意識が飛んだ。
◇◆◇
空腹には慣れていた。
折檻にも慣れていた。
上手く出来ないのは自分のせいなのだと思っていた。いつも悪いのは自分の方で、だから怒られるのだと思っていた。だから謝罪が必要だ。
父親が嫌いだった。母が苦しんでるのは、自分がこんな思いをしなきゃいけないのは、父親のせいだと思っていた。そうじゃなきゃ、あまりにやるせなかった。
『醜い子ね』
いつか言われた言葉が、まだ刺さって離れない。
振り翳された拳の振り落とされる瞬間が、テーブルの上に置かれた三人分の夕食が、そのなかの一人分だけ冷めていく光景が、泣きながら壊れていく母が。
全てが今も目に焼き付いて離れない。
忘れたい思い出のはずなのに、それを忘れることが出来ないのは、今も俺が心のどこかで母に縋っているからなのだろうか。
『いるだけ邪魔よ』
やだやだ、そんなこと言わないで。
ごめんなさい、ちゃんといい子にするから。ちゃんと頑張るから。ちゃんと謝るから。だから。だから、どうか。
『なんで産んじゃったのかしら』
◇◆◇
「ごめっ、んなさい!」
思わず口から飛び出した謝罪の言葉。ガバッと上半身で飛び起きる。
「……えーっと、大丈夫?」
突如降り掛かってきたその声は母とは全く違うもので、そこで意識が段々とハッキリしてくる。
白い天井、ふかふかのベッド。微かに痛む背中。声の方を見れば、そこにはご尊顔があった。
薄紫の髪に真紫の瞳。髪を三つ編みで一つにまとめているミステリアス美人がいる。うお、めっちゃビューティフル。
いや待て、それよりやばい。大丈夫なことを証明しなければ。
「や! ……だ、だだ大丈夫です! あの今のは違って、夢を見てたって言うか、授業で当てられて答えられない夢を見てて!!」
必死に弁解すると、ミステリアス美人さんは「やな夢だね」と言って笑ってくれた。優しい女神の笑みだ……癒される……………。
「君、階段から落ちて保健室に運ばれてきたんだ。事の経緯覚えてる?」
「え、あ、階段から落ちたんすか」
マジであのまますってんころりんと、おにぎりのように転げ落ちてしまったのか。恥ずかしいぜ。
ん? ということはつまり、この人は保健医か。
「もしかして誰かから突き落とされたりした?」
「いやそんなことはないです。自分の不注意かと……」
「見た感じ、君、寝不足だよね? 寝不足が原因の注意散漫かな?」
そう言って彼は俺の目の下に指を伸ばした。クマでも出来ていたのだろうか。美しい美人の指が肌に触れる。先生の指先はひんやりと冷えていた。
「なにかの事情があるのかな?」
「……すこし寝れなくて」
「なんか原因とか、思い当たるものは?」
「んー特に思いつくものは無いんです」
さらっと嘘が出てくる自分の口にはびっくりだ。
にしても、まだ大丈夫だと自らに言い聞かせてきたが、いよいよ悪夢の実害が出てきた。階段ですっ転んで落ちたのはデカい。そろそろこの悪夢もどうにかしないといけないフェーズに入ってきてるんだろう。
というか、加賀美にはなんて言い訳しよう。寝れないんだなんて馬鹿正直に言えば、きっと彼は俺のために子守唄を歌おうとしてくれるだろう。おそらく俺の不眠解決のために数多の手を尽くしてくれる。それは少し申し訳ない。
「背中は大丈夫? 階段から落ちて打ったみたいだけど」
「かすかに痛むだけで言うほどではありません」
「そっか、よかった」
背中の方はズキズキと鈍く痛むものの、耐えられないほどでは無いし言うほどのものではない。よかった。これで骨折とかしてたら、いよいよ加賀美の過保護が取り返しのつかないことになっていた。
そんなことを思っていたら、俺の頬に添えられていた先生の人差し指が俺の喉仏を優しくなぞる。冷たい指先は喉仏をなぞり、そのままスーッと俺の体の中心を下っていった。
「な、なんすか?」
なんだかよくわからないけど、何かの検査だったら邪魔はできない。先生の方を見れば、彼の紫の瞳はなぞられている俺の体に注がれていた。あらやだ、そんなに見つめられたら穴が空いちゃう。
「ねぇ、君、不眠の解消法って知ってる?」
先生は静かに、こちらに視線を向けて尋ねた。
「え? う、運動する……とかですか?」
「あぁ。そうだね、それも解消法の一つだ。でもね……それ以外にも解決法はあるんだ」
「た……例えば?」
「人はオーガズムに達する時、オキシトシンという幸福感をもたらすホルモンが分泌される」
オ、オーガズム??
「そのオキシトシンが快眠を手助けしてくれるんだよ」
先生の指先はどんどん下の方へ滑り落ちていく。そして、ピタリ、と下半身で止まった。うーん、なるほど。よく分からないけどこの状況がヤバいってことですよね。
生徒会室は三階、食堂は一階ゆえ、階段を急ぎ足で駆け下りていく。
お腹が減って判断能力が鈍っていたのか、急いでいたのがいけなかったのか、ただ単に運が悪かったのか。
す、と嫌な浮遊感が体を包む。足の行く先に足場がない。あ、と思った次の瞬間。
ふっと意識が飛んだ。
◇◆◇
空腹には慣れていた。
折檻にも慣れていた。
上手く出来ないのは自分のせいなのだと思っていた。いつも悪いのは自分の方で、だから怒られるのだと思っていた。だから謝罪が必要だ。
父親が嫌いだった。母が苦しんでるのは、自分がこんな思いをしなきゃいけないのは、父親のせいだと思っていた。そうじゃなきゃ、あまりにやるせなかった。
『醜い子ね』
いつか言われた言葉が、まだ刺さって離れない。
振り翳された拳の振り落とされる瞬間が、テーブルの上に置かれた三人分の夕食が、そのなかの一人分だけ冷めていく光景が、泣きながら壊れていく母が。
全てが今も目に焼き付いて離れない。
忘れたい思い出のはずなのに、それを忘れることが出来ないのは、今も俺が心のどこかで母に縋っているからなのだろうか。
『いるだけ邪魔よ』
やだやだ、そんなこと言わないで。
ごめんなさい、ちゃんといい子にするから。ちゃんと頑張るから。ちゃんと謝るから。だから。だから、どうか。
『なんで産んじゃったのかしら』
◇◆◇
「ごめっ、んなさい!」
思わず口から飛び出した謝罪の言葉。ガバッと上半身で飛び起きる。
「……えーっと、大丈夫?」
突如降り掛かってきたその声は母とは全く違うもので、そこで意識が段々とハッキリしてくる。
白い天井、ふかふかのベッド。微かに痛む背中。声の方を見れば、そこにはご尊顔があった。
薄紫の髪に真紫の瞳。髪を三つ編みで一つにまとめているミステリアス美人がいる。うお、めっちゃビューティフル。
いや待て、それよりやばい。大丈夫なことを証明しなければ。
「や! ……だ、だだ大丈夫です! あの今のは違って、夢を見てたって言うか、授業で当てられて答えられない夢を見てて!!」
必死に弁解すると、ミステリアス美人さんは「やな夢だね」と言って笑ってくれた。優しい女神の笑みだ……癒される……………。
「君、階段から落ちて保健室に運ばれてきたんだ。事の経緯覚えてる?」
「え、あ、階段から落ちたんすか」
マジであのまますってんころりんと、おにぎりのように転げ落ちてしまったのか。恥ずかしいぜ。
ん? ということはつまり、この人は保健医か。
「もしかして誰かから突き落とされたりした?」
「いやそんなことはないです。自分の不注意かと……」
「見た感じ、君、寝不足だよね? 寝不足が原因の注意散漫かな?」
そう言って彼は俺の目の下に指を伸ばした。クマでも出来ていたのだろうか。美しい美人の指が肌に触れる。先生の指先はひんやりと冷えていた。
「なにかの事情があるのかな?」
「……すこし寝れなくて」
「なんか原因とか、思い当たるものは?」
「んー特に思いつくものは無いんです」
さらっと嘘が出てくる自分の口にはびっくりだ。
にしても、まだ大丈夫だと自らに言い聞かせてきたが、いよいよ悪夢の実害が出てきた。階段ですっ転んで落ちたのはデカい。そろそろこの悪夢もどうにかしないといけないフェーズに入ってきてるんだろう。
というか、加賀美にはなんて言い訳しよう。寝れないんだなんて馬鹿正直に言えば、きっと彼は俺のために子守唄を歌おうとしてくれるだろう。おそらく俺の不眠解決のために数多の手を尽くしてくれる。それは少し申し訳ない。
「背中は大丈夫? 階段から落ちて打ったみたいだけど」
「かすかに痛むだけで言うほどではありません」
「そっか、よかった」
背中の方はズキズキと鈍く痛むものの、耐えられないほどでは無いし言うほどのものではない。よかった。これで骨折とかしてたら、いよいよ加賀美の過保護が取り返しのつかないことになっていた。
そんなことを思っていたら、俺の頬に添えられていた先生の人差し指が俺の喉仏を優しくなぞる。冷たい指先は喉仏をなぞり、そのままスーッと俺の体の中心を下っていった。
「な、なんすか?」
なんだかよくわからないけど、何かの検査だったら邪魔はできない。先生の方を見れば、彼の紫の瞳はなぞられている俺の体に注がれていた。あらやだ、そんなに見つめられたら穴が空いちゃう。
「ねぇ、君、不眠の解消法って知ってる?」
先生は静かに、こちらに視線を向けて尋ねた。
「え? う、運動する……とかですか?」
「あぁ。そうだね、それも解消法の一つだ。でもね……それ以外にも解決法はあるんだ」
「た……例えば?」
「人はオーガズムに達する時、オキシトシンという幸福感をもたらすホルモンが分泌される」
オ、オーガズム??
「そのオキシトシンが快眠を手助けしてくれるんだよ」
先生の指先はどんどん下の方へ滑り落ちていく。そして、ピタリ、と下半身で止まった。うーん、なるほど。よく分からないけどこの状況がヤバいってことですよね。
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