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#2 新入生歓迎会編

六月

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「早いけどもう寝ちゃう?」
「あぁ、悪いけどもう寝る……」
「じゃあ俺も一緒に早く寝ちゃおうかな」
「別に電気つけてていいし、遠慮しなくて大丈夫だぞ」
「ううん、大丈夫。起きててもやることないし」

 そう言って、加賀美は部屋の電気のスイッチに手を掛けた。部屋が暗くなると本格的に眠くなる。
 布団に潜り込めば、お風呂上がりのポカポカな体が更にポカポカになった。ここの多幸感、堪らないぜ。

「おやすみ、桃ちゃん」
「おやすみ、加賀美」

 ゴロンと寝返りを打って今日を振り返る。生徒会に絡まれたり後輩に会ったり、波乱万丈な日だったな……。
 それにしても、あの花咲のニッコニコの笑顔可愛かった! 輝夜もかなり変わってたけど、相変わらず優しい様子だったし。やはり持つべきものは優しい後輩だ。
 そういえば、加賀美は一体誰に捕まったのだろうか。クラスメイト? でも加賀美はかっこいいし、後輩とかに捕まったのかな?
 ……と言っても、そんなのはいつでも訊くことができる。眠いし、もう考えるのは止めにしよう。今ここで一人で考えたとてって感じだ。

 今日はなんだか久々に快眠ができる気がする!


◇◆◇


『もう一度よりを戻そう』
『嫌です! お引き取りください』
『ツレないことを言うなよ』
『ツレませんよ。私の思いは変わりませんからね。貴方とはもう終わったでしょう』
『終わったからもう一度始めようと言ってるんだ。俺はもうお前を傷つけないし、必ず幸せにする』
『しつこいですよ! 私には今はもう夫もいますし、子供もいるんです』
『夫? すぐお前に手を出す男がか? もう一回考え直せ。俺の元にくればお前は幸せが保証されるんだぞ』
『大丈夫です。それに、貴方にだって奥さんと子供がいるでしょう?』
『あんな女すぐにだって捨てられる。それにお前は子供好きだろう? ほら、アイツらはもうあそこであんなに楽しそうに遊んでいる。すぐに仲良くなるだろう』

 フワフワとした夢見心地の中で、男性と女性が言い合う声が遠くの方に響く。目の前には、網膜を焼くような紅。それは、閃光となって俺の瞳に飛び込んでくる。感情をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

『うるさいわよ。私は貴方とまた付き合うつもりは無い。これでこの話はもう終わりよ』
『おい!』
『もう私の前に現れないで』

 この紅の瞳は、あの隣の席の転入生のようだった。どこまでも真っ直ぐで、どこか悲しそうなその瞳は、瞬きの合間、一瞬にして攫われてしまった。


◇◆◇


 急に現実に戻されて、目を開ける。
 暗くなった部屋、六月の生ぬるい空気、上で加賀美が寝返りを打つ音が聞こえる。布が擦る音がハッキリと聞こえる、寂しくなるほどの静けさだ。

 また変な夢を見ちゃったよ。これまた、フラグ回収が爆早。快眠の気配もしなかった。

 枕元で、充電しているスマホを手に取る。時間はちょうど日を跨ぐ頃。朝まで起きているには微妙な時間だ。
 しかし、ブルーライトを直に食らって更に目が覚めてしまったようだ。スマホを手に取ったのはさすがに愚かすぎたか。
 一応、目をつぶって寝ようと試みるが、どうしても目が冴える。脳みそが寝るなと言っているようだった。

 目を瞑って寝る姿勢をとるが、寝れないので頭を回す。あの夢は何なのか。男性と女性の声。鈴芽の瞳のような鮮明な紅の瞳。
 俺の深層心理が何かを訴えかけてんだよな、きっと。そういう捉え方もある。
 だけど、普通にこれは俺の妄想かもしれない。俺の捏造した記憶。だって、もしもこれが過去に起きた出来事だとしたら、鈴芽が出てくるわけがわからない。
 もしくは、あの紅の瞳の持ち主は、鈴芽ではなく鈴芽に似た誰かという可能性もあるのだろうか。鈴芽の双子、もしくは赤の他人か。それとも、本当に彼自身で、鈴芽と俺は幼い頃に顔を合わせていたのか。

 春というのは、ひどくセンチメンタルになりやすい季節だった。母に捨てられたのもちょうどこの時期である。だからなのか、気分が沈みやすい。こんなに変な夢を見るのは今年が初めてだが。

 六月の生ぬるい空気が部屋中に広がっていた。重くて、縋りついてくるような、湿気を含んだ空気。
 上で加賀美が寝返りを打つ音がした。
 夜中、暗い部屋の中。寂しくなるような静けさだった。
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