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#2 新入生歓迎会編

眩しい人

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「ごめんねぇ、太郎くん。変なのに巻き込んじゃって」
「いえ、大丈夫です」

 それより俺を襲ったことを反省してよね、と思ったが飲み込む。大人なので。
 美玲さんは俺と手を繋いで、体育館の表へ向かって歩いて行く。手繋ぎだなんてちょっとは恥ずかしいが、基本的に生徒会を前にして俺みたいなやつの人権はない。そういわけで、俺は黙って彼の半歩後ろからついていった。
 後ろ姿から滲み出るイケメン感。パねぇ。

「ていうか、タメ語で大丈夫だよ」
「えっ」
「同い年でしょ? それに俺あんまり敬語って好きじゃないんだぁ」

 堅苦しいじゃん? そう言って振り返った美玲さんは、相変わらず感情の読めないヘラヘラフェイスを保っている。俺はキョドりながらも、コクンと頷いた。
 恐れは多いが断る理由も特にない。タメ語の方が堅苦しくないのも事実である。確かにこの会計が敬語苦手なのは解釈一致だ。

「わかりました」
「それがもはや敬語じゃん」
「わ……、わかった」
「そう、それでいいのねぇ」

 美玲さんは、端整な顔に柔らかい微笑みを浮かべた。にへら顔というのは、こういう顔のことを言うんだろう。今確かに、俺には美玲さんの周りに舞うお花が見えた。幻覚。

「でも、人前ではやめとくよ」
「えぇ? なんでぇ」
「だって、美玲の親衛隊って過激じゃん」
「そうだねぇ、確かに。牙のある子猫ちゃんたちではある」

 美玲はのほほんと笑っているが、そんな子猫ちゃんだなんて表現に収まらないほど過激だと思うけどな。君の親衛隊の子たちは猫の皮を被った虎だよ。美玲の前では確かに、愛らしい子猫ちゃんなのかもしれないけど。

「美玲と並んだだけで村八分だね」
「えぇ!? そんなに激しい?」
「そんなだよ、そんな」
「会長の親衛隊じゃあるまいしぃ」

 そうなのだ。何を隠そう、この学園で最も過激な親衛隊は生徒会長の親衛隊なのだ。みんながみんな過激なわけではなく、ただただ一部の方たちがヤバい。まあ会長がヤバいからね、親衛隊がヤバくなるのも納得の結果です。
 そんなことを考えていたら、美玲は足を止めて「あっ、そうだぁ」と新緑の目でこちらを見据えた。知ってたけど、正面から見つめるとイケメンってやっぱり強い。オーラっていうものが見えた。かっけーすげー。

「太郎くん、志多見くんとずいぶん仲良いみたいだけど……」
「志多見くん? あ、鈴芽のこと?」
「そうそう、今の学園の話題の中心、時の人である転入生くんねぇ」

 美玲はパチリと、ゆっくり瞬きをした。ふいに一瞬、隠される新緑の宝石。金髪が風を受け止めてさらりと舞い上がる。
 再び開かれた美玲の瞳は、さっきとは打って変わって真剣な色を宿していた。
 しかし、それは刹那。真剣なそれはすぐにいつものような、ほんわかとしたエメラルドグリーンに変わった。しかし、それも心なしかいつもより鋭い。

「あくまでこれは、俺の独り言。なーんにも信じなくても大丈夫なんだけどねぇ? もしも君が、今までの通りの平穏な学園生活を求めているのなら、志多見くんとはあまり関わらない方がいいと思うよぉ」
「えっ?」
「いや、本当に俺の独り言だからねぇ」
「どういうこと?」
「……志多見くんが来てから、学園の風向きが変わったのはわかる?」

 俺は質問に応えて頷く。

「まぁ、なんとなく」
「そうだね。例えば、あの会長がキスしたり俺が食堂で絡んだり、副会長の冬雪先輩もねぇ、実は志多見くんに興味津々だったりして、役職持ちがみんなして志多見くんに絡んでる」
「そうだな」
「風紀でも話題になってんだよねぇ、要注意人物だって」
「そうなのか」
「そうなのぉ。そこで、だよ。志多見くんは今、すごく話題の中心人物というか、役職持ちから目を惹かれている。もちろん、良い意味でも悪い意味でも。そこで、太郎くんが絡んでくるわけだ。転入生が転入してきたことによって、表舞台に晒された美形ちゃん」
「……え? 俺、美形じゃないぞ」
「うぇ、気づいてないの? 君、かなりいい顔してるよ。誰もが振り向くようなオーラを纏ってるわけじゃないんだけどねぇ、端正なお顔つきだよ」

 美玲はそう言ってから「あと、表情豊かで可愛らしい」と付け足した。照れる。

「あざーっす」
「ほら、そういう赤面顔! すごーく可愛い。なんでこの可愛さが今まで隠しきれてきたんだろ。悔しいな。もっと早く見つけたかった」
「早く見つけてどうすんの」
「抱く」
「いやだよ」

 美玲は「わかった、話を戻そう」と、煩悩を振り払うように首を振った。何がわかったというのだ。

「志多見くんの転入によって、この学園の風向きが変わった。今ほとんどの役職持ちは、志多見くんに興味を示している。その志多見くんと仲良くするってことは、太郎くんも巻き添えをくらって脚光を浴びることになるんだよ。そうすると、君の平穏とバージンは危うくなる」
「平穏はまだしも、バージンが危うくなるのか……」
「嫌でしょ? 今まで通り平穏に過ごしたいのなら、太郎くんはあまり志多見くんと親しくしないほうがいい。志多見くんの影響力はすごい。今まで通り仲良くしてると、確実に、太郎くんは巻き込まれるよ」

 美玲はそう言って、俺の方をじっと見つめた。何かの回答を求めるような。その視線を受けて、俺はフッと目を逸らしてしまう。足元に落ちた視線。
 確かに、ここ数日───鈴芽が来てから、いろいろ、平凡とは言えないような生活をしてきた。
 鈴芽は、あの特徴的な見た目で、みんなを引き寄せている。あの見た目と喋り方のギャップとかが、目を引くのだろう。それ以外にも外部生だからだろうか、彼はこの学園にない、言語化のできない雰囲気のようなものを持ち合わせていた。カリスマは生まれながらにしてカリスマ性を備えているというが、そのカリスマ性と似たようなものを感じる。普通の人がどれだけ努力しても、手に入れられないようなオーラ。

 美玲の言う通りだと思う。

 鈴芽は特別だ。俺みたいな一般生徒とは一線を画している。
 そんな鈴芽に、俺みたいな平凡な生徒は近づくべきではないのだろう。わかってる。わかってるし、俺の処女は守らなければならない。だけど。

「俺は鈴芽から離れていこうと思えない」

 俺がそう告げると、美玲は目をパチリパチリと瞬きした。見るからに驚いている。

「なんで」
「なんとなく」
「なんとなく?!」

 美玲は「なんとなくでいいの?!」と目を見開いた。俺より美玲の方が表情が豊かじゃないか。

「その、なんて言うんだろう。友情って損得勘定でするもんじゃないと思うからかな」
「…………」
「それに俺友達少ないし。友達を選り好みできる立場じゃないから。誰だって仲良くしてくれるだけで、ありがたいよ」

 「…………」俺の言葉を聞いてか、美玲は数秒黙っていた。特におかしいことを言ったつもりもないので、俺もその数秒間黙って次の言葉を待つ。
 今、言ったのは全て事実だと思っていることだった。俺なんかに近寄ってくれるだけで嬉しい。

「……君のその純粋さは、この学園にはほんの少し眩しすぎるのかもねぇ」

 ふいに、美玲はそう呟いた。それは独り言のようでいて、俺に向けられて言ったようなものでもあった。

「何も眩しくなんかないよ」
「そうかなぁ? 情とかよりも、結局役に立つのは損得勘定だと思うけど」
「……いやまあ、確かにそうなんだけど」

 『アンタはどうして役に立たないの?』と、母に言われた言葉を思い出す。

「でも、そんなのじゃ悲しいよ」
「…………」

 美玲の表情がふいに翳る。しかし、すぐに顔を上げて「優しいんだねぇ」と笑った。そして、時間を確認するのか、ジャージのポッケからスマホを取り出す。

「もうそろ閉会式の始まる時間だし、戻ろっか。ごめんね、変なこと話しちゃって」
「大丈夫」

 そう言ったところで、美玲のスマホが小刻みに振動した。美玲はスマホの画面を一瞥して、神妙な面持ちになる。

「出ないの?」
「あーまぁ……うーん、出るかぁ」

 心底嫌そうに、美玲はスマホを見つめて、それから「先、閉会式の方行ってて大丈夫。俺のことは気にしないで」と優しい笑みを浮かべた。

「わかったよ」

 聞かれたくない通話の内容なのだろうか。それとも、単なる思いやりか。どちらにせよ、俺だってあまり役職持ちとは一緒にいたくない。それを美玲の親衛隊の人に見られてしまえば、いよいよマジで取り返しがつかない。それに、突如襲ってきた相手とのんびり隣で笑い合えるほど無防備でもない。

「またね」

 と、社交辞令のような言葉を添えておいた。また、なんてきっとないだろう。これはあくまで社交辞令だ。だが、美玲は俺とは打って変わって、確信をしたような笑みを湛えて、こちらを見ていた。

「うん。またね、太郎くん」

 美玲が、くるりと俺に背を向けてスマホを耳に当てる。それと同時に、俺も表へ向かって歩き出した。
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