桃野くんは色恋なんて興味ない!

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#1 王道転入生編

笑っててよ

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 その他諸々色々とこき使われて、寮に帰ってきたのは結果的に六時頃だった。
 加賀美はいつも平均して七時、早い頃には六時半に帰ってくるが……いるだろうか。

 寮の部屋の目の前につくと、ドアの隙間から灯りが少し漏れていた。いるじゃん。

「ただいま」

 そう言って扉を開けると、勉強机に向き合っている加賀美がいた。真剣な顔が、あまりにイケメンでびっくり。
 いつもとは違った魅力に溢れてる。

「桃ちゃん! おかえりなさい。遅かったけどどうしたの? 何かに巻き込まれた?」
「何にも巻き込まれてないよ。ただ先生の手伝いしてただけ」
「そっか。偉いね」
「加賀美、いつになく早い帰りだな」
「あーうん……ちょっと、心配で」

 何が心配なのか、あえて言わなかったのは彼の優しさのなのだろう。
 加賀美は顔を上げて、こちらを不安げに見つめていた。

「大丈夫だよ」

 本当は大丈夫じゃなかったけど、大丈夫と口に出した。大丈夫だと言い聞かせないと、きっと加賀美も俺も、立っていられない様な気がした。
 たとえ正直に「大丈夫じゃない」と言ったとて、過去はおろか現状にすら変化の兆しは見られない。それなら、弱い言葉は吐かない方がいいだろう。

「……大丈夫なんだね」

 いつもだったら、ここで「本当に?」と念押しをかけてくるのだが、今回はなかった。
 加賀美だって、この話題は触れにくいんだろう。俺だって、なるべく触れてもらいたくはない。
 加賀美にはいつまでもニコニコしていてほしいし、俺もおんなじ様に笑っていたい。そこに、過去のお話なんてものは不要だ。

「そういえば、加賀美に教えてもらおうと思ってた問題があるんだよ。どうしてもわからなくて」

 この重めの空気を、どうにかしてやろうと話題を振ってみた。
 教えてもらいたい問題があるのは本当のことだし、この雰囲気も一掃できるし、一石二鳥である。俺ってば、頭良すぎる───ごめんなさい、嘘です。加賀美の方が五百倍くらい頭いいです。これは、周知の事実。
 鞄を下ろして、中を覗いて教科書を探していた。すると、上から声落ちてくる。

「ちゃんと……」

 そこで言葉が止められる。
 加賀美のその声は、重々しさを含んでいて───教科書を探しつつ、またシリアスな雰囲気なっちゃうのか? そりゃ勘弁だぞと思いつつ、「ちゃんと?」と尋ねる。

「…………頼ってね」

 何度も何度も言われてきた言葉に、いつも通り「わかったよ」と言おうとして顔を上げて、声が出なくなってしまった。

 加賀美のあの美しい顔が、あまりに沈痛な顔つきに変わっていたから。

 それは、ひどく悲しそうで苦しそうで。

「わか、った」

 返事をしてみたが、加賀美の悲痛な面持ちは変わらない。
 俺が、いつも笑顔の加賀美をこんな顔にさせてしまった。ニコニコとは真逆の気持ちにさせてしまった。
 えもいわれぬ罪悪感が、ひたりひたりと、心を蝕んでいく感覚がする。

「それで……、何がわからないの? 俺がわかることならなんでも教えてあげるよ」

 その一言を境に、加賀美の顔がパッと変わった。いつもと同じような優しい笑顔。

「あ……そう、あの問題がよくわからなくて。ちょっと待ってね」

 教科書を見つけて、該当ページを開こうとする。加賀美は黙り、俺も黙る。ページの捲れる音だけが、部屋に響く。

 その静けさの中で、俺の頭の中には、加賀美の「ちゃんと頼ってね」というその言葉が、幾度も繰り返されていた。
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