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#1 王道転入生編
野獣様
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「桃野くん……」と、隣で鈴芽が俺の名前を呼ぶ。
えっと、とりあえず、やらかした。空気が絶対零度。鈴芽も困惑しているが、俺も同じくらい困惑している。
なんか頭よりも先に体が動いてたんだよ───って、それはつまり、後先が考えられないおバカさんってことである。もう既に何言ったって後の祭り。
でもでもさぁ! 言い訳じゃないけど、会計のあの言葉は流石にアウトだと思う! 転入初日の転入生にそりゃあねぇぜ!
一般の生徒がそれを言っていたら、なんかしょうもねぇ冗談言ってらぁで済むけど、相手が相手だ、あの会計なのだ。
生徒会会計の美玲八獣、“チャラ男会計”またの名を“野獣様”。
我らが学園の野獣様は気に入った人を、食べちゃう───もっと直接的な表現をするとするのならば、安易に抱く人なのだ。そう、安易に。
気に入った人と言ったが、野獣様は噂によると「抱いて!」と言った生徒を断ることなく抱いているらしい。わけがわからん。愛を安売りするな。けしからんぞ。
生徒会にこんなことを言っちゃあ悪いが、この男は無節操だ。この男はやばいのだ。
たぶん、わからないが、あくまでたぶんの話だが。きっと、誰だって転入初日に、男に尻を掘られたくはないだろう。しかも立場上会計の方がずっと上で断ろうにも断れない。そんな状況を組み敷いた上で、そんなこと言って迫ってくるのは悪質だ。たとえそれが冗談だとしても、鈴芽は転入生なわけでこの学校の異質な空気感に慣れていない。冗談だとしても、許せない。
「はは、君は転入生じゃなさそうだねぇ」
野獣様は値踏みするように、俺の体を頭から足先まで目でなぞった。俺が何か言い返そうとしたとき、逆に鈴芽が俺の手をギュッと掴む。まるで「話すな」と言うように。
「さすがにあれは冗談だから、ね?」
「ずいぶんと面白い冗談を言うんですね」
そう言ったのは俺じゃなくて、鈴芽の方だった。心なしが声色が硬い。そりゃそうか。あんなブラックジョークかまされたもんな。
「ちょっかいかけてごめんねぇ、志多見くん。えーっと君はぁ……」
「桃野 太郎です」
「太郎くん?」
「はい」
「桃野……?」
「はい」
会計は俺の名前を聞いた途端、下を向いて固まってしまった。何かを考えているようだ。一体何を考えているというのだ。
急な沈黙に、微妙な居心地の悪さを感じる。判決が下されるのを待つ人のように、会計の次の言葉を待っていたら、会計はパッと顔を上げた。花が咲いたように表情が明るくなっている。
「あーあーあー、なるほど! 桃野くんかぁ!」
「はい、そうですが」
「アイツがあれほど執着してるからどんな子かと思えば……確かにアイツが好きそうな素直な子だねぇ! なるほど!」
え、アイツ? アイツって誰?
突然出てきた“アイツ”が一体誰なのかわからなかったのだが、それを尋ねる隙さえ与えず、会計は矢継ぎ早にしゃべり続ける。
「桃野 太郎くん、いい子だねぇ。なるほど、なるほど! アイツの言う通り、優しそうな子だ。どこまでもまっすぐそうで素直。アイツが執着するのもわかる気がするよぉ」
「素敵な子だね」俺に向かってそう言うと「またねぇ、志多見くん、太郎くん」とご機嫌なご様子で、会計は颯爽と食堂から去っていった。
らんらんとした軽快な歩き方。「ちょっと、身勝手ですよ」という副会長の声がその後ろ姿を追う。
わかる。
身勝手すぎる。なんなんだ、あの会計は。台風じゃん、あんなの。ブラックなジョークをかまして、意味不明な言葉を残して去っていったぞ。アイツって結局誰だよ。気になって俺の睡眠時間がどんどん減ってくじゃないか。どうしてくれるんだ。
「災難だったね、桃野くん。大丈夫?」
「大丈夫、ちょっとびっくりしたけど」
「会計の人、自由人なんだね」
そう言って驚いている鈴芽に「あぁ、そうなんだよ。それが会長もヤバくて───」と言いかける。そこで言葉を止めた。息を呑む。
鈴芽は背を向けているからわからないと思うけど、目が合った。つか、現在進行形だ。目が合っている。
我らが生徒会長、灰姫 硝とバッチリ目が合ってしまった。
生徒会長の悪口を言いかけたところで。
えっと、とりあえず、やらかした。空気が絶対零度。鈴芽も困惑しているが、俺も同じくらい困惑している。
なんか頭よりも先に体が動いてたんだよ───って、それはつまり、後先が考えられないおバカさんってことである。もう既に何言ったって後の祭り。
でもでもさぁ! 言い訳じゃないけど、会計のあの言葉は流石にアウトだと思う! 転入初日の転入生にそりゃあねぇぜ!
一般の生徒がそれを言っていたら、なんかしょうもねぇ冗談言ってらぁで済むけど、相手が相手だ、あの会計なのだ。
生徒会会計の美玲八獣、“チャラ男会計”またの名を“野獣様”。
我らが学園の野獣様は気に入った人を、食べちゃう───もっと直接的な表現をするとするのならば、安易に抱く人なのだ。そう、安易に。
気に入った人と言ったが、野獣様は噂によると「抱いて!」と言った生徒を断ることなく抱いているらしい。わけがわからん。愛を安売りするな。けしからんぞ。
生徒会にこんなことを言っちゃあ悪いが、この男は無節操だ。この男はやばいのだ。
たぶん、わからないが、あくまでたぶんの話だが。きっと、誰だって転入初日に、男に尻を掘られたくはないだろう。しかも立場上会計の方がずっと上で断ろうにも断れない。そんな状況を組み敷いた上で、そんなこと言って迫ってくるのは悪質だ。たとえそれが冗談だとしても、鈴芽は転入生なわけでこの学校の異質な空気感に慣れていない。冗談だとしても、許せない。
「はは、君は転入生じゃなさそうだねぇ」
野獣様は値踏みするように、俺の体を頭から足先まで目でなぞった。俺が何か言い返そうとしたとき、逆に鈴芽が俺の手をギュッと掴む。まるで「話すな」と言うように。
「さすがにあれは冗談だから、ね?」
「ずいぶんと面白い冗談を言うんですね」
そう言ったのは俺じゃなくて、鈴芽の方だった。心なしが声色が硬い。そりゃそうか。あんなブラックジョークかまされたもんな。
「ちょっかいかけてごめんねぇ、志多見くん。えーっと君はぁ……」
「桃野 太郎です」
「太郎くん?」
「はい」
「桃野……?」
「はい」
会計は俺の名前を聞いた途端、下を向いて固まってしまった。何かを考えているようだ。一体何を考えているというのだ。
急な沈黙に、微妙な居心地の悪さを感じる。判決が下されるのを待つ人のように、会計の次の言葉を待っていたら、会計はパッと顔を上げた。花が咲いたように表情が明るくなっている。
「あーあーあー、なるほど! 桃野くんかぁ!」
「はい、そうですが」
「アイツがあれほど執着してるからどんな子かと思えば……確かにアイツが好きそうな素直な子だねぇ! なるほど!」
え、アイツ? アイツって誰?
突然出てきた“アイツ”が一体誰なのかわからなかったのだが、それを尋ねる隙さえ与えず、会計は矢継ぎ早にしゃべり続ける。
「桃野 太郎くん、いい子だねぇ。なるほど、なるほど! アイツの言う通り、優しそうな子だ。どこまでもまっすぐそうで素直。アイツが執着するのもわかる気がするよぉ」
「素敵な子だね」俺に向かってそう言うと「またねぇ、志多見くん、太郎くん」とご機嫌なご様子で、会計は颯爽と食堂から去っていった。
らんらんとした軽快な歩き方。「ちょっと、身勝手ですよ」という副会長の声がその後ろ姿を追う。
わかる。
身勝手すぎる。なんなんだ、あの会計は。台風じゃん、あんなの。ブラックなジョークをかまして、意味不明な言葉を残して去っていったぞ。アイツって結局誰だよ。気になって俺の睡眠時間がどんどん減ってくじゃないか。どうしてくれるんだ。
「災難だったね、桃野くん。大丈夫?」
「大丈夫、ちょっとびっくりしたけど」
「会計の人、自由人なんだね」
そう言って驚いている鈴芽に「あぁ、そうなんだよ。それが会長もヤバくて───」と言いかける。そこで言葉を止めた。息を呑む。
鈴芽は背を向けているからわからないと思うけど、目が合った。つか、現在進行形だ。目が合っている。
我らが生徒会長、灰姫 硝とバッチリ目が合ってしまった。
生徒会長の悪口を言いかけたところで。
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