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犬嫌いな彼女の話3
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中学に上がると、足の速さを買われた私は強引……いや、熱心な勧誘によって陸上部に入部することになった。
犬から逃げおおせるために鍛えあげられたその脚力を競技でも遺憾無く発揮し、一年生ながら次々と大会で記録を残したわ。だけど……それだけの脚力をつけたにも関わらず、犬とエンカウントして逃げおおせた試しがないのだから本っ当に納得がいかない。
追いつかれたが最後、飼い主が私から犬を引き剥がすまで、硬直したままその時を待つしかないのだから、不幸だとしか言いようが無いわよね。
あれは確か二年生の夏休みだったかな?朝練中の私は、同じく部活中のサッカー部の中に見覚えのある人物を見かけた。彼の散歩の時間とコースは把握していたので、できるだけ避けていたからはっきりとは覚えていないけれど、あの時の柴犬の飼い主だと気がついた。
あの頃よりもずいぶん背が伸びていたからすぐには気がつかなかった。たまたま、試合形式での練習で得点したところで、やたらはしゃいでいて目立ったから気がついたんだ。
はしゃいでいる時に見せた笑顔が、おじさんと一緒に散歩している時の笑顔とリンクしてようやく思い出したのよね。
当時は、犬の散歩でどうしてあれだけ楽しそうにできるのか不思議だった。きっと彼は犬を愛し、また犬に愛されているのだろうと思ったわ。私には全く理解できない話だけど。ため息を一つこぼし、ごくごくとスポーツドリンクを飲み干して休憩を切り上げた私は練習に戻った。
どうやら夏休みの間、陸上部とサッカー部の練習時間は被っていることが多かったようで、あれから毎日のように彼を見かけるようになったわ。夕方の自主ランニングの時間、私と同じように走りこんでいる姿も見かけた。あの柴犬と散歩しているようではなかったので、どうしたのかなと思ったけれど、あれから8年は経っているから、もう犬としては年寄りの部類なのではないだろうかとふと思った。犬の年齢はよくわからないけれど、彼と同じペースで走るのは難しいのかもしれないわね……
ある日の部活あがり、サッカー部の部室から勢いよく飛び出し、走り去る彼の姿を見かけたわ。いつもニコニコしてはしゃいでいるのに、なんだか辛そうな、泣きそうな顔をして走り去ったのがとても気になって、心がざわついて落ち着かなかった。
翌日の部活の時間、彼はいなかった。なんとなく嫌な予感が頭を離れないまま部活を終え、帰宅していると誰かの泣いている嗚咽が聞こえた。子どもではなく、男の人が泣いている? ふと視線を巡らせると、そこはあの犬のおじさんの家だった。生け垣越しに見える庭に目を向けると、そこの縁側におじさんと彼がいた。
彼は、おじさんのことを気にすることなく、泣きじゃくっていた。当然、生け垣の向こうの私に気付くはずもなく。
同い年の男の子が、あんなに大声で泣くのなんて初めてだった。呆然とその姿を眺めていると、おじさんが私の存在に気づき、こっそり「シー」と人差し指を口元に当てる仕草でこちらを見た。
それで私は彼を凝視していたことにはたと気づいて気まずくなり、無言でぺこりとお辞儀をしてからそっと足早にその場を離れた。
そうだよね、大泣きしてるのを見られたら恥ずかしいよね……もしかして、あの犬が死んじゃったのかな? おじさんの家で泣く理由なんて、それ以外思いつかない。あの犬が、死んじゃった……?てとてとと、転がるようにして歩いていたあのおちびちゃん。ガブリと手を噛まれたけど、ケガはしなかった。私を見つけると、リードを振り切って追いかけてきてヨダレでベトベトになるまで舐められた。ろくな思い出がないけど、あの子がもういなくなってしまったのかと思うと、こんなにも暑いのに、心の中に冷たい風が吹いたかのようにヒヤリと冷たくなった。
犬から逃げおおせるために鍛えあげられたその脚力を競技でも遺憾無く発揮し、一年生ながら次々と大会で記録を残したわ。だけど……それだけの脚力をつけたにも関わらず、犬とエンカウントして逃げおおせた試しがないのだから本っ当に納得がいかない。
追いつかれたが最後、飼い主が私から犬を引き剥がすまで、硬直したままその時を待つしかないのだから、不幸だとしか言いようが無いわよね。
あれは確か二年生の夏休みだったかな?朝練中の私は、同じく部活中のサッカー部の中に見覚えのある人物を見かけた。彼の散歩の時間とコースは把握していたので、できるだけ避けていたからはっきりとは覚えていないけれど、あの時の柴犬の飼い主だと気がついた。
あの頃よりもずいぶん背が伸びていたからすぐには気がつかなかった。たまたま、試合形式での練習で得点したところで、やたらはしゃいでいて目立ったから気がついたんだ。
はしゃいでいる時に見せた笑顔が、おじさんと一緒に散歩している時の笑顔とリンクしてようやく思い出したのよね。
当時は、犬の散歩でどうしてあれだけ楽しそうにできるのか不思議だった。きっと彼は犬を愛し、また犬に愛されているのだろうと思ったわ。私には全く理解できない話だけど。ため息を一つこぼし、ごくごくとスポーツドリンクを飲み干して休憩を切り上げた私は練習に戻った。
どうやら夏休みの間、陸上部とサッカー部の練習時間は被っていることが多かったようで、あれから毎日のように彼を見かけるようになったわ。夕方の自主ランニングの時間、私と同じように走りこんでいる姿も見かけた。あの柴犬と散歩しているようではなかったので、どうしたのかなと思ったけれど、あれから8年は経っているから、もう犬としては年寄りの部類なのではないだろうかとふと思った。犬の年齢はよくわからないけれど、彼と同じペースで走るのは難しいのかもしれないわね……
ある日の部活あがり、サッカー部の部室から勢いよく飛び出し、走り去る彼の姿を見かけたわ。いつもニコニコしてはしゃいでいるのに、なんだか辛そうな、泣きそうな顔をして走り去ったのがとても気になって、心がざわついて落ち着かなかった。
翌日の部活の時間、彼はいなかった。なんとなく嫌な予感が頭を離れないまま部活を終え、帰宅していると誰かの泣いている嗚咽が聞こえた。子どもではなく、男の人が泣いている? ふと視線を巡らせると、そこはあの犬のおじさんの家だった。生け垣越しに見える庭に目を向けると、そこの縁側におじさんと彼がいた。
彼は、おじさんのことを気にすることなく、泣きじゃくっていた。当然、生け垣の向こうの私に気付くはずもなく。
同い年の男の子が、あんなに大声で泣くのなんて初めてだった。呆然とその姿を眺めていると、おじさんが私の存在に気づき、こっそり「シー」と人差し指を口元に当てる仕草でこちらを見た。
それで私は彼を凝視していたことにはたと気づいて気まずくなり、無言でぺこりとお辞儀をしてからそっと足早にその場を離れた。
そうだよね、大泣きしてるのを見られたら恥ずかしいよね……もしかして、あの犬が死んじゃったのかな? おじさんの家で泣く理由なんて、それ以外思いつかない。あの犬が、死んじゃった……?てとてとと、転がるようにして歩いていたあのおちびちゃん。ガブリと手を噛まれたけど、ケガはしなかった。私を見つけると、リードを振り切って追いかけてきてヨダレでベトベトになるまで舐められた。ろくな思い出がないけど、あの子がもういなくなってしまったのかと思うと、こんなにも暑いのに、心の中に冷たい風が吹いたかのようにヒヤリと冷たくなった。
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