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駆け引き

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商人街に入ると、徐々に活気を感じさせる喧騒が聞こえ、道が混み合ってきた。

貴族街は所謂前世で言うところの閑静な住宅街、しかも奥(王宮)に近づけば近づくほどセレブが住まう高級住宅街ってやつだから喧騒とは無縁なのよね。

それに比べて商人街は貴族街に近い場所ほど成功している大店の商会の邸宅が建ち並び、下町に近づくにつれ商店や屋台などが増えていくので商人をはじめ色々な客層がいてそれらを呼び込む声があちこちから聞こえてくる。

私は前世下町暮らしだったので、こういう雑多な雰囲気のほうが好きだけど、今世でお嬢様暮らしをしてる分、落ち着いた雰囲気も悪くないと思っている。
いや、セレブ生活最高ですよね!
なぜかごはん作ってばっかの気がするけど!

それはさておき、商人街の中心に近くなり馬車のスピードがゆるゆると落ちてきたところで、停留場に着いた。

屋台の側に馬車を乗り付けるのは無理なのでここから歩きになる。
念のためシンを先導に真白ましろ黒銀くろがねのガードで屋台へ向かう。

この前と同じ場所に香辛料の屋台が見えたと思えば、そこには例の屋台の店主?……にしては若い店員が接客をしていた。

「あ、あいつだ。今接客してるあの男がお嬢を連れてこいって言ったやつだぜ」
シンの言葉にやっぱり、と思いながら屋台に近寄ると向こうもこちらに気づいたようで私の姿を認めてニヤリと笑った。

「よお。アレはもう意中の相手に使ったか? というか、貴族のお嬢様にアレが使えたのか? それとも親に没収されでもしたか?」
ニヤニヤしながら聞いてくるとかやな感じ。
でも文句やケチをつけたくて呼び出されたようじゃないみたいなので少しだけホッとした。

「ごきげんよう。いいえ、媚薬なんて私には使い道がないもの。でも、おまけにいただいたあれは料理に使わせていただきましたわ。ありがとうございました」
「は? ……料理?」
正直に事実だけを伝えると「何言ってんだこいつ?」みたいな顔で見られた。失礼ね。

「いやいやいや。料理? あの状態からどうしたら料理ができるんだ? いやあれを料理しようって発想になるのもおかしい。お前らはあれがどういうものか分かってて料理したってのか?」
わけがわからないといった様子で私に問いただしてきた。

あ、これもしかしてカカオ豆の状態からどう媚薬にしてどう使うんだ⁉︎ 作り方と使い方を教えろ! と怒鳴り込んでくるのを待ってたとか?
それで「ここからの情報は有料だ」って吹っかけてくるつもりだったとか?
……ありうる。

「ひたすら根気よくすり潰すのは大変でしたが、我が家の料理人たちは優秀ですから」
にっこりと余裕の笑顔で答えると、店員が悔しそうな顔をしたのでこの世界でもすり潰してチョコレートドリンク的なものにしているのだろう。

「……面白い。お前がどこで我が国で秘匿されている媚薬の製法を入手したのかは知らんが、作り方が分かっただけではの価値の半分も理解していないのだがな?」
ん? 秘匿?
いやただすり潰すだけだよね?
めちゃくちゃ時間も手間もかかるけど。

「その価値が何が知りたくはないか? お前なら対価と引き換えに教えてやってもいいぞ?」
店員は渋面から一転、獲物を捉える前の猛禽類のような目で私を見ながら駆け引きに出た。

……それって、もしかして魔力増量させる効果のことかな?
あれ、魔力量がモノを言うこの世界では結構重要な情報な気がするんだけど。

私みたいな小娘に教えてもいいの?
それって、私の先にいる両親に出す切り札的なものなんじゃないの?

なんか勝手に「おもしれー女」扱いされてるっぽいのも気になるし、小娘相手にムキになるのはやめて普通にカカオ豆買わせてください! シンの胃に穴が開く前に!

それに、店員さんの後ろで部下らしき人たちが若旦那のやらかしにあわあわしてるっぽいんですけど。
「ちょっ、それ、こんなとこで話しちゃダメっすよ!」とか小声で注意してるけど大丈夫?
「うるせえ! 黙ってろ!」って、暴君か!
もう、面倒くさいなあ。

「……それって、魔力量に関することですわよね? それについてはもう存じておりますし、さらなる検証のために追加で購入したいと思いましたの。ですから、在庫があるならあるだけ購入させていただきたいのですけれど」

お前の思惑なんて丸っと全部お見通しだぜ! とばかりに言ってあげましたよ、ええ。
ここで優位に立ってメイヤー商会とのやりとりもスムーズにいけば儲けもの。
てなわけで、これで手札はもうないだろうから大人しく売ってください! ほれほれ!

「な……ッ! そんなことまで⁉︎ お前……何者だ⁉︎」
私の発言で店員が血相を変えて掴みかかろうとしてきた。
「きゃっ……!」

店員の手が私に届く前に、黒銀くろがねが彼の手を掴んで引き離した。
「ぐっ……!」
「……汚い手で主に触れるな」
「やつざきにされたいの?」

真白ましろも私の前に立って威嚇している。人型の姿だから少年が睨みつけてるだけのようにしか見えないけれど、足元は薄く氷が張り、店員の方に向かってピキピキと伸びている。

「……っ! 殿下!」
後ろの部下らしき店員が焦ったように武器に手を伸ばしていたけれど、黒銀くろがねに睨まれ、動くに動けず全員が硬直状態になった。

……ちょっと待って? でんか?
今、殿下って言った?
いかにもサモナール人って感じのこの店員さんが殿下?

今回の使者としてやってくるっていう王族の人ってもしかしてこの人なんじゃないの⁉︎
……メインゲストじゃん!
偉い人が何やってるんですか⁉︎

「……何やってるんだ、お前ら」
おお、私の心の叫びを代弁してくれる声が!
もっと言ってやってください!
……って。

「レオ……さん⁉︎」
思わずレオン様と呼んでしまいそうになるのを咄嗟に堪えた。
振り向いた先には、レオン様が呆れたような顔でこちらを見ていた。

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