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しまったー!

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カカオは身体強化によってひたすらすりつぶされ、見習いさんたちの目に光が無くなる頃にはドロドロのペースト状になった。

「うん、とりあえず初めてだしこんなものでしょう。もっと細かくすりつぶしたほうが口当たりは滑らかになるはずだけど……」
私の言葉で見習いさんたちの目に光が戻りかけたものの、後半の言葉でまた目の光が消えかけたため、慌てて次の工程に移ることにした。

「砂糖とスキムミルク……はないから、牛乳で……ええと、どれだけ入れたらいいのかしら。苦いのは嫌だし、砂糖は多めで牛乳は様子を見ながら少しずつ加えていきましょうか」
「はっ、かしこまりました! さあお前たち、クリステア様の指示に従うのだ!」
「「「「は、はいぃ……」」」」

見習いさんたちは結局混ぜるのか……とげんなりした様子だったけれど、砂糖と牛乳を加えていく様子にどうやらこれは菓子らしいと気づいたようだ。

働き出したとはいえ、見習いさんたちは成人したかしないかくらいの若者ばかり。
お腹に溜まるものだけではなくお菓子も大好きなのだろう、先程の虚無としかいえないような表情とは違い、少しだけ目を輝かせて混ぜる様子にほっとした。
完成したら試食させてあげないとね。

見習いさんたちが交代で混ぜ合わせてくれたおかげで、なんとかそれっぽいものができた。

湯煎にかけて混ぜ合わせたりとか、テンパリングとか、かなりうろ覚えで工程自体はあやしかったので、マリエルちゃんにも作り方を知らないか聞いてみようっと。
……料理は壊滅的だけど。

ええと、ほら、確か前世でショコラティエが主人公の漫画が原作のアニメとかあったし、もしかしたら作り方だけは知ってるかもしれないからね?

とりあえずチョコレートっぽいものができたので、バットに流し入れ、氷魔法を調整しながら冷やし固めてみた。

モールド(型)があればもう少しきれいな仕上がりになったと思うけれど、これは試作だからね。
バキバキと割ってもらって、かけらを手に取り口に放り込んだ。

「うーん……」
前世のチョコレートを知っている身としてはイマイチどころかイマニ、サンと言ってもいい出来だけど、うん、チョコレートだ。

しかし、あれだけ見習いさんたちが頑張ったにも関わらず、舌触りがざらついている。
チョコレート作りって大変なんだなぁ……

しみじみ前世の先人たちの食に対する情熱に敬意の念を覚えたところで、料理長たちがそわそわと私を見ているのに気づいた。

「あ、あの……」
「あ、あら。ごめんなさい? ぜひ試食してちょうだい」
私の返事が終わる前に皆がサッとチョコレートを口に放り込んだ。

「うわっ! 苦……いや、甘い? いや、苦い!」
「え、何だこれ? 苦甘い?」
「え、これ菓子……だよな?」

見習いさんたちやシンが戸惑いながらも味を確かめていると、聖獣の姿で遠巻きに私の護衛をしていた黒銀くろがね真白ましろが人型になってチョコレートを口に放り込んだ。

「ほう、甘いばかりではなく苦味もあって面白いな。それに魔力回復効果もあるようだ」
「にがーい……でもちょっとあまいし、ふしぎなあじ。うん、たしかにまりょくかいふくしてるかんじ?」

え? 魔力回復効果?
チョコレートは栄養価が高いって聞いたことあるからもしかしてそれかな?

「なんと……確かに、少量食べただけで気力が漲ってくるようです」
「本当だ! さっきまで疲れてたのに……」
「ああ、漲ってきた」
「……あ」

あ? 見習いの一人を見ると、鼻から血が。
「う、うわあああ! ど、毒⁉︎」
「しっかりしろ!」
「やばい、俺も身体が熱く……」
もう一人も鼻血を噴いていた。
どちらも欲張って大きめのかけらを手にした子たちだ。

「ああ、食べ慣れていないからのぼせちゃったのね。食べ過ぎるとそうなることもあるのよ」
私は慌てて手拭いを濡らして氷魔法で冷やして渡した。
「少し横になって休んでいるといいわ」
「ふぁい、ふみまへん。ひふれいひまふ……」
見習いさんたちはよろめきながら調理場を後にした。

「料理長は大丈夫なの?」
「問題ありません。彼らはまだ身体的にも未熟で魔力量が少ない方ですからな。身の内の魔力量以上に回復してしまったのでしょう」
料理長が肩をすくめて笑った。

なるほど。高位の貴族ほど魔力量は多めな上、私の魔力量は人よりもかなり多いのでこれくらいなら何てことはないけれど、魔力量が少ないと身の内の魔力量に負けてのぼせちゃうのか。

……てことは、余裕そうに立っている料理長の魔力量はかなり高めってことかな?
宮廷料理人として副料理長までなった人だもんね。そんなものなのかも?

「しかし、クリステア様。これはすごいですよ! 魔力回復薬として使えるとは……」
料理長が興奮しながらチョコレートを見つめた。あれ? 料理長ものぼせてる?

「私としては魔力回復薬として作ったつもりはないのだけど……」
そもそも媚薬として使われていたわけだから、そういう効果があったのだろう。
魔力量が増幅して、身体が燃え上がったのをなのだと勘違いして盛り上がったのに違いない。

そういった内容を貴族の令嬢らしくオブラートに包みつつ説明すると、料理長はなるほど、と納得したようだった。

「これからは媚薬としてではなく、魔力回復薬としてもてはやされるかもしれませんな。少量でこれほどの回復は他の料理や菓子では見込めませんから」
え……薬になっちゃうのはいやだなぁ。
気軽に楽しめないじゃないの。

「クリステア様。このちょこれーととやらは晩餐会に出すのはやめておきましょう。のぼせて倒れる者が出るかもしれませんゆえ」
え、何それ怖い。うっかり出したらさっきみたいに毒と勘違いされちゃうかもしれないってことよね?

「そうね、そうしましょう」
「お館様には食後に私から報告いたします。ああ、王家にも報告が必要かもしれませんね。状態の良いカケラは念のため献上用に避けておきましょう」

ひえっ王家に報告案件の事態なのこれ⁉︎
ああでも、魔法師団とか、素早く魔力回復させたい人にはぴったりだもんね。
熱には弱いけど、少量で回復するなら持ち運びもしやすいし。

……チョコレートが軍事利用されそうで嫌だなぁ。

私が落ち込んだのに気づいたのか、料理長は困ったように笑い、大きめのチョコレートのかけらを豪華な木箱に収めて冷蔵室にしまいにいった。

「クリステア様。この鍋に残ったちょこれーとは洗ってもよろしいですか?」
「え? あ、ちょっと待って。ミルクを入れて温めてちょうだい。ホットチョコレートにして飲みましょう」
「え、ですが……ああ、クリステア様の魔力量なら問題ないのですね。かしこまりました、少しお待ちください」

料理長はチョコレートの入っていた鍋に牛乳を注いで火魔法で鍋の湯を調整しつつ、砂糖も追加して湯煎で上手にホットチョコレートを作ってくれた。

「どうぞ、クリステア様。聖獣様方も」
「ありがとう……美味しいわ。料理長は飲まないの?」
「私は先程の分で限界です」
「そう……」

料理長が固辞したので申し訳ないながらも片付けを料理長にまかせて真白たちとホットチョコレートをいただいた。

「おれ、こっちのがあまくておいしくてすきだな」
真白がホットチョコレートの入ったカップを両手持ちでごくごくと飲み干して言った。
「我は先程の苦味の強い方が好みだな。こちらは乳を追加した分回復量が少ない」
黒銀くろがねもあっという間に飲み干して言った。

「え? そうなの? じゃあホットチョコレートにすれば魔力量の回復量も調整できそうね?」
私が振り返って料理長を見ると、こくりと頷いたのでこのことも上手く報告してくれるだろう。

安心してホットチョコレートに舌鼓を打っていると、調理場の出入り口から給仕が顔を覗かせた。
「あの……夕食の支度はまだでしょうか? お館様が今か今かとお待ちかねなのですが……」

その言葉でとっくの昔にいつもの夕食の時間が過ぎていたことに気づいた。
私は青ざめながらもインベントリから料理を取り出して後を料理長に託し、着替えるために自室に急いだのだった。

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