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こ、これは……ッ!

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「うわあ……いい香り」
壺を開けた途端広がる香りに私とマリエルちゃんは思わずうっとりとしてしまった。
「……? 香ばしいような、焦げ臭いような香りしかしないが」
私たちの反応に釣られて匂いを嗅いだセイが首を傾げた。

確かに、馴染みのない人には焦げ臭いとしか感じないかもしれない。
壺の中に入っていたのは黒く焙煎された芳しい豆……コーヒーだった。

ドリスタン王国は紅茶が主流だったし、ワインが水代わりみたいなものだったから、コーヒーが存在しているとは思わなかった!
コーヒー恋しさにタンポポっぽい草の根っこを焙煎してタンポポコーヒーもどきを作ったこともあったけれど味がイマイチどころかイマだったから諦めていたのに。

「ええと、そちらの壺に入っているものはサモナール国で紅茶と同じくらい飲まれているカヒィという飲み物に使われる豆だそうです。砕き、すりつぶしたものを湯を入れ煮出すそうです」
ミリアが食材の中に入っていたメモを読み上げてくれた。
やっぱり、これはコーヒー豆だ!

「……マリエルさん、フランネルに近い生地は持ってる?」
「あるわ。取りにいってくる! 裁縫道具も!」
マリエルちゃんは私の質問で何をしたいのかわかったようで、ダッシュで自室に向かった。

淑女にあるまじき行動に呆気にとられているセイに説明する間も惜しいとばかりに、私はインベントリから薬研を取り出し、ザラザラとコーヒー豆を船に入れてから、ゴリゴリと挽き始める。
お、意外とちゃんと挽けそうだわ。

私が真剣に豆を挽いていると、マリエルちゃんが布と裁縫箱を手に戻ってきた。
「クリステアさん、持ってきたわ! 形はおまかせでいいかしら?」
「ええ、お願い!」
「あ……でもドリッパーがないわ。どうしよう」
「大丈夫、土魔法で作るから!」
「了解!」
マリエルちゃんはテーブルに布を広げると、型紙なしでザクザクと布を前世でよく見たフィルターの形にカットしていく。

よし、これを挽き終えたらドリッパーを作ろう。
引き続き薬研で豆を挽こうとすると、黒銀くろがねが止めた。
「これを粉々にすればよいのだな? 我がやるから主はどりっぱーとやらを作るといい」
「ありがとう黒銀くろがね! じゃあ、お願いね! あ、ミリア! やかんと小さめの鍋にお湯を沸かしておいてほしいの。あ、カップの用意もお願い!」

私はそう言うと急いで裏庭に行き、土魔法でドリッパーを作った。
前世で使っていたドリッパーをできるだけ詳細に思い浮かべて、成形していく。
三つ穴で、サイズは……カップに直接セットできるようにして……
「……と、できた!」

液体がつるりと流れ落ちるよう、表面は滑らかに、下に向けてスジを入れた。それから、落としても簡単に割れたりしないように硬化をイメージして完成。
「うん、いい出来」
試作として少量サイズを作ったので、もう一つ大容量用も作ってから急いで談話室に戻った。

「お待たせ!」
「クリステアさん、これで大丈夫ですか?」
マリエルちゃんが縫い上げたネルフィルターを掲げて見せた。
さすが、マリエルちゃん。縫い目もきれいで既製品さながらの仕上がりだ。
「ばっちり! 黒銀くろがね、豆は挽けた?」
「うむ。これでよいか?」
「ええ! ありがとう!」

私は挽いたばかりの香り高いコーヒー豆と
ネルフィルターを受け取り、厨房に向かう。
「ミリア、鍋のお湯は沸いたかしら?」
「は、はい! ここに」
沸騰した鍋の中にコーヒー豆を入れ、軽く煮出してからネルフィルターを入れる。

新しいネルフィルターを使う前にはこうしてコーヒー液で煮出してから使うと前世で通った「美味しいコーヒー教室」で教わった。
布独特の匂いやほこりを取ったり、あらかじめコーヒーを馴染ませておくためだそう。
しっかり煮出してから取り出し、ネルフィルターについているコーヒー豆のカスを洗い流してから、煮出している間にもう一つ用意していた小鍋で煮沸してから絞って水気を切ってからインベントリへ。
あ、熱々のネルフィルターは追いかけてきた真白ましろが絞ってくれました。

沸かしたてのやかんやサーバー代わりのポットもインベントリに入れてから談話室に戻ると、マリエルちゃんがセイにコーヒーについて熱弁していた。
「そういうわけで、産地や焙煎によって味も香りも違うという奥深さがありまして」
「そ、そうか。ヤハトゥールでも茶は産地や茶葉、製法によって味わいが違うからそれと同じようなものなのだな」
「そうなんです! あ、クリステアさん!」
「お待たせ。さあ、淹れてみましょうか」

珍しく熱弁をふるうマリエルちゃんにタジタジになっていたセイがあからさまにホッとした様子にくすっと笑いながら、インベントリから取り出したポットの蓋を外し、ドリッパーをセットしてからまだ熱々のネルフィルターを広げてドリッパーにオン。

挽きたてのコーヒー粉を目分量で一人分約10gを人数分入れ、まずはコーヒー粉全体にまんべんなく含ませるように静かにお湯を注ぎ入れる。
20秒くらいおいて粉を蒸らしてから、のの字を描くようにゆっくりお湯を注いでいく。
私の動きを観察していたミリアが、途中から交代してくれた。
さすがミリア、ちゃんとネルフィルターにお湯がかからないよう、粉の上だけに丁寧にお湯を注いでいる。
部屋の中に独特の香りが広がり、私とマリエルちゃんはすう……と胸いっぱいに香りを嗅いだ。ああ、幸せの香り。

途中途中でドリッパーを持ち上げてポットの中の湯量を確認しながらコーヒーを抽出し、頃合いを見てドリッパーを引き上げる。
お茶と違って、コーヒーは最後の一滴まで落とし切らないがポイント。
お茶の最後の一滴はゴールデンドロップと言われるくらい大事だけど、コーヒーは逆に雑味やえぐみになるんだって。不思議よね。

「さあ、できたわ。まず飲んでみて、苦かったらミルクやお砂糖を入れてね」
そこにいたメンバー全員に淹れたてのコーヒーを渡してから、私の分を手に椅子に座る。

ああ、前世ぶりのコーヒー……
朝の一杯から始まり、外出先では喫茶店にコーヒースタンド、コンビニコーヒーだってこだわりの一杯なんかがあって美味しく飲めたのに、ここでは手に入らないものと諦めていたコーヒー。

両手でカップを大事に包み込むようにして口元に運ぶ。
ふわりと、香ばしい独特の香りが鼻をくすぐる。
ブラックコーヒー派だった私はそのままこくりと口に含むと苦味と共に香りが鼻を抜けていく。
うう、苦味が強めのコーヒーなのね。
身体は子どもだからか苦味がちょっときつく感じなくもない。でも……
「美味しい……」
ほう……とため息を漏らすと、マリエルちゃんもうっとりとコーヒーの香りを楽しんでいた。

「うっ……に、苦っ……!」
苦しそうな声のほうを見ると、セイが何とも言えない表情を浮かべてカップの中を見つめていた。
「あ、やっぱり苦かった? ミルクと砂糖を入れると飲みやすいわよ?」
セイは私のアドバイスでたっぷりのミルクと砂糖を入れると「ああ、これなら飲みやすい!」と笑顔になった。よかった。

「ふむ……これはなかなか」
「おう、結構いけるな、これ」
黒銀くろがねと白虎様にはなかなか好評のようね。
「これ、にがいぃ……おいしくない」
真白ましろには不評だった模様。
私がミルクと砂糖で甘めに調整してあげたらなんとか飲めるものになったみたい。
ミリアにも飲んでもらったら、初めは苦さにびっくりしたみたいだけど「これは、癖になりそうな香りと味ですね……」と言っていたから、コーヒー党の素質ありとみた。

「サモナール国にコーヒ……カヒィがあるなんて知らなかったわ。紅茶が主流のドリスタン王国では受けが悪かったのかもしれないわね」
「うーん……というか、メモには煮出すとあったので、これよりかなり癖のある味わいだったのでは?」
「ああ、なるほど……トルココーヒーみたいな感じかしら? ということは、粉が残ってザラザラした飲み心地だったかもしれないわね」
それなら、あまり優雅ではないから我が国では敬遠されちゃうかも。

「でもこの淹れ方なら飲みやすいし、食後に出しても大丈夫なんじゃないかしら」
「あ、それかコーヒ……カヒィゼリーにしてデザートに出すとか⁉︎」
「あ、それもいいわね!」
それに、コーヒーがあるのなら、前世でその文化圏に近い料理を出すのも手かもしれない。
ちょっとしたヒントをもらった気分で、私はコーヒーをおかわりしたのだった。

そして、皆がその夜なかなか眠れなかったのはお約束だったかもしれない。
心は大人だけど、身体は子どもだからね……

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いつもお読みいただきありがとうございます。
コメントやエールポチッと感謝です!

今年も「転生令嬢は庶民の味に飢えている」をよろしくお願いいたします。
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