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連載
【番外編/モブ視点】とある子爵令嬢の悩める取り巻き生活4
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トリクシー様に同行するように命令された私たちは立場的に断ることもできず、朝からぞろぞろと大勢で特別クラスへ繋がる廊下に向かい、アリシア様を待ち伏せすることになった。
ああもう、下級生を貶めるだなんてことしたくないのに。
私は実家にいる可愛い弟妹を思い出して罪悪感でいっぱいになった。
こんなことに加担してしまう姉をあの子たちは何て思うかしらと思うだけでずぅん、と暗い気持ちが胸に重くのしかかる。
「そろそろアリシア様がこちらに……ああ、いらっしゃったわ」
トリクシー様がニヤリと笑いながら見つめる先に、アリシア様の姿が見えた。
ああ……やはり、お一人だわ。
取り巻きのご令嬢は優秀ではあるものの、特別クラスには入れなかったそうだから、特別クラスの教室に向かうアリシア様がお一人で向かってもおかしくはないのだけれど、Aクラスの生徒と別れるにはまだ早い場所のように思えた。
取り巻きのご令嬢は早くもアリシア様を見限ったらしい。
アリシア様の姿を捉えたトリクシー様は次の曲がり角の手前で待ち構えましょう、と私たちを連れてAクラスの生徒たちから完全に見えなくなるところまで移動した。
さほど間を置かずにアリシア様がやってきたところをトリクシー様が行く手を阻むようにして立ち塞がった。
アリシア様は少し驚いた様子で私たちを見たものの、すぐに気を取り直して姿勢を正した。
「……おはようございます、先輩方。そこを通していただけますかしら」
アリシア様が先頭に立つトリクシー様に向かって言うと、トリクシー様はわざとらしい笑みを浮かべてアリシア様を見下ろした。
「あら、私たち、貴女に用があってここにおりますのよ、アリシア様?」
「何の御用でしょうか?」
アリシア様は狼狽えることなく毅然とした態度でトリクシー様に対峙している。
ああ、ひとりぼっちで心細いはずなのに、なんて気丈なの。
幼い彼女があれほどまで気高いというのに、私ときたら……
トリクシー様はアリシア様の態度が気に入らないとばかりに睨みつけた。
「私の親友の従妹が貴女に裏切られたと泣いていたものだから、私居ても立っても居られなくて。ああ、あの子たちがかわいそう」
よよとわざとらしく泣く仕草をするトリクシー様にアリシア様が不審そうな顔をした。
「私が貴女様のご友人の従妹……?を裏切った? 何の話です?」
アリシア様は全く心当たりがないようで眉を顰めた。
確かによくわからない関係性だものね。
トリクシー様は沈痛な面持ちを崩すことなく話を続けた。
「その子は貴女のことを大切な友人と思っていたのに、貴女はあっさりと敵側に寝返ったそうね。なんて酷いことをなさるのかしら」
「……何をおっしゃっているのかわかりませんわ」
アリシア様はトリクシー様から目を逸らすことなく毅然とした態度を貫いている。
トリクシー様はそれが気に入らないのか、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「はあ……王太子殿下の婚約者候補に選ばれながら、ライバルのご令嬢に阿るなんて、私だったら恥ずかしくてできませんわぁ」
「な……っ?」
あまりな中傷に、アリシア様もさすがに気色ばんだ。
その様子を見て気をよくしたのか、トリクシー様は話を続ける。
「ですからね? 私、そんな方とのお付き合いはおやめなさい! と彼女たちに忠告して差し上げましたの」
「……」
トリクシー様はあからさまにその「彼女たち」というのがアリシア様の取り巻きたちだと示唆したというのに、アリシア様は怯むことなくトリクシー様に対峙していた。
ああ、なんて気高いの。
「……私は大切な友人たちを裏切ったりはしておりませんわ」
「は、何を馬鹿なことを……」
「私は、私の信念に従って己の間違いを正し謝罪しただけです。その結果、新たな友人は増えましたが、それは裏切りではありませんもの」
目を逸らすことなく、毅然と答えるアリシア様の態度にトリクシー様はカッとして叫んだ。
「なっ……悪食令嬢と懇意になるなど、裏切り以外の何ものでもないでしょう!」
わわ、トリクシー様ったらなんてことを!
「悪食令嬢」は、クリステア様を揶揄する言葉として貴族に浸透していたけれど、公的な場であからさまに話すと何らかの形で不幸になるとして次第に話題に登らなくなった。
エリスフィード公爵が裏で手を回しているのでは? という噂はあるものの、不幸の内容が本人の不正の証拠が明らかになり罰せられた、とか、高い税金に喘ぎ食うに困った領民が村ごと放棄して逃げられ税収が下がった、とか、自業自得とも言える内容なので手の打ちようがないのだ。
そんなわけで「悪食令嬢」は禁句とされていたのに、当のクリステア様に聞かれでもしたらどうなるか……
トリクシー様を止めるべきか躊躇していたその時、アリシア様の背後からクリステア様が現れた。
ひええええ! も、もしかして、聞かれてたんじゃ……⁉︎
「まあ、おはようございます、アリシア様。教室までご一緒してもよろしくて?」
「クリステア様⁉︎ お、おはようございますわ……ええ、かまいませんことよ」
突然クリステア様から声をかけられ、アリシア様は少し驚いた様子だったけれど、すぐに気を取り直したように笑顔で答え、クリステア様と並び、先へ進もうとした。
トリクシー様は焦りながらそんな彼女たちを引き留めた。
「お、お待ちなさい! アリシア様は私たちとお話の途中ですのよ?」
「お話、ですか? アリシア様……私、お邪魔でした?」
クリステア様が戸惑いながら問いかけると、アリシア様はかぶりを振った。
「いいえ。私はこの方たちから一方的に話しかけられていただけですわ。さ、授業に遅れますからまいりましょう。……先輩方、そこを通していただけますかしら?」
「なっ!」
トリクシー様は自分の言葉に従わなかったことが気に入らないとばかりにアリシア様を睨みつけた。
すると、クリステア様がアリシア様を庇うようにズイッと前に出た。
「……そういえば、先程悪食令嬢って聞こえましたけれど。驚きましたわ、まだそんな噂が残っておりますのね?」
ひええ、やっぱり聞かれてたああああ!
トリクシー様がヒュッと息を飲むのがわかったけれど、すぐさま立ち直って強気の態度で臨んだ。
「あ……あら、噂ではなく真実でしょう? 貴族でありながら、自ら進んで家畜の餌を食べる令嬢だなんて、聞いたことありませんもの」
その言葉にクリステア様が黙り込んでしまったので、トリクシー様は「やりこめてやった!」とばかりに調子づいて追撃の手を止めなかった。
しかし、トリクシー様の独壇場とはいかなかった。
クリステア様は落ち着いた態度で噂の元になったラースは元々家畜の餌ではなく、ヤハトゥールという遠く海を隔てた島国で主食とされていたものが我が国に輸入されたものの調理法が分からなかったために家畜の餌にしか使われなかったこと、そもそも私たちが食べても何ら問題なく美味しい穀物であること、それに今では学園内のとあるカフェでラースを使ったメニューが人気であることを告げた。
にっこりと余裕の笑みで答えるクリステア様を見て、トリクシー様は顔を真っ赤にして「なっ、生意気な……!」と手にしていた扇子がギシッと軋むほど握りしめた。こ、怖い!
しかし、そんなトリクシー様の様子を気にすることなくクリステア様が続けて話した内容に私たち皆が戦慄した。
ラースを使った料理はレイモンド王太子殿下も召し上がられたことがあり、そしてあろうことか昨日特別寮で王太子殿下とクリステア様のお兄様であるノーマン様にラースを使った手料理を振る舞い、聖獣様と競うようにおかわりまでされた、と……
「私を悪食令嬢と罵ることは、私の作った料理を美味しいとおっしゃった殿下を貶める行為……不敬と受け取られても仕方ありませんわよ?」
クリステア様の言葉に、トリクシー様はあからさまに動揺したようだった。
「な……っ! ふ、不敬だなんて、わ、私、そんなつもりでは……!」
トリクシー様は青ざめた顔でカタカタと震えていた。
もちろん、トリクシー様の背後に控えていた彼女の取り巻きと確実に思われているだろう私たちも震えた。
「ああ、今後はラースを召し上がられるのは家畜の餌を貪る行為だと、ある方に忠告されたのでもうお出しできませんと殿下にお断りした方がよろしいでしょうか? そうだわ、お名前を伺っても?」
クリステア様が笑顔で進み出ると、トリクシー様がビクッとして後退ったので私たちもそれにつられた。
「ひっ! そ、そんな、そんなことはなさらなくてもよろしくてよ! 美味しいのでしたら、お好きなだけ召し上がられたらいかがかしら⁉︎ ああっ、授業に遅れてしまいますわね、し、失礼いたしますわ!」
トリクシー様は踵を返すと、いつもの淑女らしさはどこへやら、今にも駆け出すかの勢いの早足でその場を立ち去ろうとしたので、私たちは慌ててその後を追った。
「あ、お名前を……」
クリステア様がそう尋ねると、トリクシー様は小さく「ヒッ」と叫んでから「名乗るほどの者ではございませんわあああぁ!」と答え、その先の角を曲がっても速度を落とすことはなかった。
私たちは、そんなトリクシー様を追うのに大変だった。
その後は授業に出るどころではなく、サロン棟で緊急のお茶会が開かれた。
「……なんてことなの。アリシア様を婚約者争いから脱落させるだけのはずが……このままでは私たちの身元が調べられるのは時間の問題。もう、おしまいだわ……」
トリクシー様が青ざめた顔でそう言うと、その場にいた全員が騒然とした。
それはそうだ。あの場にいた私たち全員がアリシア様をいじめ、クリステア様をバカにしたと受け取られてもしかたない状況だったのだから。
いや、トリクシー様を諌めるでもなく彼女の背後にいたのだから当然、同罪よね。
ああ、もし退学にでもなったら、家族になんて伝えたらいいのか……
「……あの、ひとつ提案がございます」
おずおずとそう言った令嬢に皆が注目した。
「何⁉︎ エリスフィード公爵家の報復を免れる方法でもあると言うの⁉︎」
彼女は刺々しいトリクシー様の声音にビクッと怯えながらも、覚悟を決めたようにこう言った。
「不敬を働いたつもりはなかったのだという証明として、私たち全員、クリステア様がおっしゃっていたカフェでラースを食べてみるのです」
「な……なんですって⁉︎」
え……私たちがラースを?
---------------------------
うおおおおん!終わらなかった……!
長くなりすぎたので、次回こそ……次回こそ最終回です!
いつもコメントandエールポチッとありがとうございます!
執筆の励みになります!頑張りますー!
ああもう、下級生を貶めるだなんてことしたくないのに。
私は実家にいる可愛い弟妹を思い出して罪悪感でいっぱいになった。
こんなことに加担してしまう姉をあの子たちは何て思うかしらと思うだけでずぅん、と暗い気持ちが胸に重くのしかかる。
「そろそろアリシア様がこちらに……ああ、いらっしゃったわ」
トリクシー様がニヤリと笑いながら見つめる先に、アリシア様の姿が見えた。
ああ……やはり、お一人だわ。
取り巻きのご令嬢は優秀ではあるものの、特別クラスには入れなかったそうだから、特別クラスの教室に向かうアリシア様がお一人で向かってもおかしくはないのだけれど、Aクラスの生徒と別れるにはまだ早い場所のように思えた。
取り巻きのご令嬢は早くもアリシア様を見限ったらしい。
アリシア様の姿を捉えたトリクシー様は次の曲がり角の手前で待ち構えましょう、と私たちを連れてAクラスの生徒たちから完全に見えなくなるところまで移動した。
さほど間を置かずにアリシア様がやってきたところをトリクシー様が行く手を阻むようにして立ち塞がった。
アリシア様は少し驚いた様子で私たちを見たものの、すぐに気を取り直して姿勢を正した。
「……おはようございます、先輩方。そこを通していただけますかしら」
アリシア様が先頭に立つトリクシー様に向かって言うと、トリクシー様はわざとらしい笑みを浮かべてアリシア様を見下ろした。
「あら、私たち、貴女に用があってここにおりますのよ、アリシア様?」
「何の御用でしょうか?」
アリシア様は狼狽えることなく毅然とした態度でトリクシー様に対峙している。
ああ、ひとりぼっちで心細いはずなのに、なんて気丈なの。
幼い彼女があれほどまで気高いというのに、私ときたら……
トリクシー様はアリシア様の態度が気に入らないとばかりに睨みつけた。
「私の親友の従妹が貴女に裏切られたと泣いていたものだから、私居ても立っても居られなくて。ああ、あの子たちがかわいそう」
よよとわざとらしく泣く仕草をするトリクシー様にアリシア様が不審そうな顔をした。
「私が貴女様のご友人の従妹……?を裏切った? 何の話です?」
アリシア様は全く心当たりがないようで眉を顰めた。
確かによくわからない関係性だものね。
トリクシー様は沈痛な面持ちを崩すことなく話を続けた。
「その子は貴女のことを大切な友人と思っていたのに、貴女はあっさりと敵側に寝返ったそうね。なんて酷いことをなさるのかしら」
「……何をおっしゃっているのかわかりませんわ」
アリシア様はトリクシー様から目を逸らすことなく毅然とした態度を貫いている。
トリクシー様はそれが気に入らないのか、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「はあ……王太子殿下の婚約者候補に選ばれながら、ライバルのご令嬢に阿るなんて、私だったら恥ずかしくてできませんわぁ」
「な……っ?」
あまりな中傷に、アリシア様もさすがに気色ばんだ。
その様子を見て気をよくしたのか、トリクシー様は話を続ける。
「ですからね? 私、そんな方とのお付き合いはおやめなさい! と彼女たちに忠告して差し上げましたの」
「……」
トリクシー様はあからさまにその「彼女たち」というのがアリシア様の取り巻きたちだと示唆したというのに、アリシア様は怯むことなくトリクシー様に対峙していた。
ああ、なんて気高いの。
「……私は大切な友人たちを裏切ったりはしておりませんわ」
「は、何を馬鹿なことを……」
「私は、私の信念に従って己の間違いを正し謝罪しただけです。その結果、新たな友人は増えましたが、それは裏切りではありませんもの」
目を逸らすことなく、毅然と答えるアリシア様の態度にトリクシー様はカッとして叫んだ。
「なっ……悪食令嬢と懇意になるなど、裏切り以外の何ものでもないでしょう!」
わわ、トリクシー様ったらなんてことを!
「悪食令嬢」は、クリステア様を揶揄する言葉として貴族に浸透していたけれど、公的な場であからさまに話すと何らかの形で不幸になるとして次第に話題に登らなくなった。
エリスフィード公爵が裏で手を回しているのでは? という噂はあるものの、不幸の内容が本人の不正の証拠が明らかになり罰せられた、とか、高い税金に喘ぎ食うに困った領民が村ごと放棄して逃げられ税収が下がった、とか、自業自得とも言える内容なので手の打ちようがないのだ。
そんなわけで「悪食令嬢」は禁句とされていたのに、当のクリステア様に聞かれでもしたらどうなるか……
トリクシー様を止めるべきか躊躇していたその時、アリシア様の背後からクリステア様が現れた。
ひええええ! も、もしかして、聞かれてたんじゃ……⁉︎
「まあ、おはようございます、アリシア様。教室までご一緒してもよろしくて?」
「クリステア様⁉︎ お、おはようございますわ……ええ、かまいませんことよ」
突然クリステア様から声をかけられ、アリシア様は少し驚いた様子だったけれど、すぐに気を取り直したように笑顔で答え、クリステア様と並び、先へ進もうとした。
トリクシー様は焦りながらそんな彼女たちを引き留めた。
「お、お待ちなさい! アリシア様は私たちとお話の途中ですのよ?」
「お話、ですか? アリシア様……私、お邪魔でした?」
クリステア様が戸惑いながら問いかけると、アリシア様はかぶりを振った。
「いいえ。私はこの方たちから一方的に話しかけられていただけですわ。さ、授業に遅れますからまいりましょう。……先輩方、そこを通していただけますかしら?」
「なっ!」
トリクシー様は自分の言葉に従わなかったことが気に入らないとばかりにアリシア様を睨みつけた。
すると、クリステア様がアリシア様を庇うようにズイッと前に出た。
「……そういえば、先程悪食令嬢って聞こえましたけれど。驚きましたわ、まだそんな噂が残っておりますのね?」
ひええ、やっぱり聞かれてたああああ!
トリクシー様がヒュッと息を飲むのがわかったけれど、すぐさま立ち直って強気の態度で臨んだ。
「あ……あら、噂ではなく真実でしょう? 貴族でありながら、自ら進んで家畜の餌を食べる令嬢だなんて、聞いたことありませんもの」
その言葉にクリステア様が黙り込んでしまったので、トリクシー様は「やりこめてやった!」とばかりに調子づいて追撃の手を止めなかった。
しかし、トリクシー様の独壇場とはいかなかった。
クリステア様は落ち着いた態度で噂の元になったラースは元々家畜の餌ではなく、ヤハトゥールという遠く海を隔てた島国で主食とされていたものが我が国に輸入されたものの調理法が分からなかったために家畜の餌にしか使われなかったこと、そもそも私たちが食べても何ら問題なく美味しい穀物であること、それに今では学園内のとあるカフェでラースを使ったメニューが人気であることを告げた。
にっこりと余裕の笑みで答えるクリステア様を見て、トリクシー様は顔を真っ赤にして「なっ、生意気な……!」と手にしていた扇子がギシッと軋むほど握りしめた。こ、怖い!
しかし、そんなトリクシー様の様子を気にすることなくクリステア様が続けて話した内容に私たち皆が戦慄した。
ラースを使った料理はレイモンド王太子殿下も召し上がられたことがあり、そしてあろうことか昨日特別寮で王太子殿下とクリステア様のお兄様であるノーマン様にラースを使った手料理を振る舞い、聖獣様と競うようにおかわりまでされた、と……
「私を悪食令嬢と罵ることは、私の作った料理を美味しいとおっしゃった殿下を貶める行為……不敬と受け取られても仕方ありませんわよ?」
クリステア様の言葉に、トリクシー様はあからさまに動揺したようだった。
「な……っ! ふ、不敬だなんて、わ、私、そんなつもりでは……!」
トリクシー様は青ざめた顔でカタカタと震えていた。
もちろん、トリクシー様の背後に控えていた彼女の取り巻きと確実に思われているだろう私たちも震えた。
「ああ、今後はラースを召し上がられるのは家畜の餌を貪る行為だと、ある方に忠告されたのでもうお出しできませんと殿下にお断りした方がよろしいでしょうか? そうだわ、お名前を伺っても?」
クリステア様が笑顔で進み出ると、トリクシー様がビクッとして後退ったので私たちもそれにつられた。
「ひっ! そ、そんな、そんなことはなさらなくてもよろしくてよ! 美味しいのでしたら、お好きなだけ召し上がられたらいかがかしら⁉︎ ああっ、授業に遅れてしまいますわね、し、失礼いたしますわ!」
トリクシー様は踵を返すと、いつもの淑女らしさはどこへやら、今にも駆け出すかの勢いの早足でその場を立ち去ろうとしたので、私たちは慌ててその後を追った。
「あ、お名前を……」
クリステア様がそう尋ねると、トリクシー様は小さく「ヒッ」と叫んでから「名乗るほどの者ではございませんわあああぁ!」と答え、その先の角を曲がっても速度を落とすことはなかった。
私たちは、そんなトリクシー様を追うのに大変だった。
その後は授業に出るどころではなく、サロン棟で緊急のお茶会が開かれた。
「……なんてことなの。アリシア様を婚約者争いから脱落させるだけのはずが……このままでは私たちの身元が調べられるのは時間の問題。もう、おしまいだわ……」
トリクシー様が青ざめた顔でそう言うと、その場にいた全員が騒然とした。
それはそうだ。あの場にいた私たち全員がアリシア様をいじめ、クリステア様をバカにしたと受け取られてもしかたない状況だったのだから。
いや、トリクシー様を諌めるでもなく彼女の背後にいたのだから当然、同罪よね。
ああ、もし退学にでもなったら、家族になんて伝えたらいいのか……
「……あの、ひとつ提案がございます」
おずおずとそう言った令嬢に皆が注目した。
「何⁉︎ エリスフィード公爵家の報復を免れる方法でもあると言うの⁉︎」
彼女は刺々しいトリクシー様の声音にビクッと怯えながらも、覚悟を決めたようにこう言った。
「不敬を働いたつもりはなかったのだという証明として、私たち全員、クリステア様がおっしゃっていたカフェでラースを食べてみるのです」
「な……なんですって⁉︎」
え……私たちがラースを?
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うおおおおん!終わらなかった……!
長くなりすぎたので、次回こそ……次回こそ最終回です!
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