転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
上 下
315 / 386
連載

うっかりしてたわぁ……

しおりを挟む
特別寮に入ってからというもの、食べるものに関しては自分たちで用意していたこともあって、卵料理は頻繁に出していた。

その中には半熟状態の卵料理もあったし、卵かけご飯も提案したことだってある。
聖獣の皆様は耐性があるのか、生卵を食べることに抵抗はなかったし、私やマリエルちゃんは前世が日本人ということもあり、クリア魔法でサルモネラ菌などの衛生問題さえクリアできれば食べることに躊躇いはなかった。

ミリアやセイは時間がかかったものの、私やマリエルちゃんが大丈夫だということを身をもって証明したので今では恐る恐るではあるものの食べてくれているので大きな進歩だ。
まあ、ひとくち食べ始めさえすれば、そのとろーんとしたまろやかな美味しさにスプーンが止まらなくなるんだけどね! はっはっは。

そんなわけで、卵の生食に関してのハードルが取り払われた特別寮では「生卵を食べるのは禁忌」という感覚がすっかり麻痺していたのだった。
いやーうっかりうっかり!
……って、現実逃避してる場合じゃない!

「あ、あの、これはですね……」
ドン引きしているアリシア様にどう説明したものだろうか。
マリエルちゃんは周囲の注目を浴びていることに気づいて固まってしまっていた。
マリエルちゃん、気を確かに!
どうしよう。現状を打破しようにも頼れるのは自分一人だけという現実に、冷たい汗が背中を伝う。

……でもちょっと待って?
これってチャンスでもあるわよね?
この世に私の好きなTKG……卵かけご飯を普及させるための足掛かりとなる絶好の機会!
安全に卵を生食する正しい方法を伝授するなら今しかないのでは?
ええい、やるっきゃない!

そう考えた私は、さっきそろそろとお皿に戻していた卵を再び手にして目の前に掲げて見せた。
「……アリシア様。この卵、何の変哲もないただの生卵ですわ。このままいただくとお腹を壊してしまうのは皆様ご存知のことと思います。ですが……」
アリシア様だけではなく、周囲の騎士科の皆様から注目を浴びる中、フォン……とクリア魔法をかけた。

「このように、卵にクリア魔法をかけると生でも安全にいただけるようになるのです。その際に注意していただきたいのは、卵の殻だけではなく、その卵の中身に潜むお腹を壊す原因となる悪いものもすっかり綺麗に消し去るイメージで行うことです。そうすれば生でも美味しくいただくことができるのです!」

私はそう力説してから、頭上まで掲げて見せた卵をスッと下ろし、テーブルの平らな面にコツンと当ててからそのまま片手で牛丼の上にパカリ、と割り入れた。
その瞬間、周囲がワッとどよめいた。
「なんと手慣れた動作……まるで熟練の料理人のようだ」
「片手であのように割れるとは……俺にもできるだろうか?」
「いや今の話を聞いたか? クリア魔法で腹を壊さないって料理長の説明はやっぱり本当だったのか⁉︎」
「いやしかし、クリア魔法でそんなことが可能なのか⁉︎」
「料理長は聖獣様お墨付きだって言ってたが、その契約主が同じことを言ってるわけだから本当なんじゃないか⁉︎」

ざわざわと各々のトレーに置かれた皿の上の生卵を手に取り、まじまじと見つめる騎士科の皆様。
よくよく見ると、牛丼はほとんど手をつけられていない様子。

どうやら、騎士科の度胸試しとしてチャレンジメニューを注文したものの、生卵を落とす勇気が出ず、さりとてそのまま牛丼だけを食べたのでは退店時に腰抜け野郎と揶揄されてしまう、という不安で食べるに食べられなかった模様。
道理で、外に行列ができてるはずだよ……めっちゃ回転率悪くなってるからじゃん……?

これでは埒があかないと、私の行動で我に返ったマリエルちゃんと顔を見合わせてから、卵の黄身につぷりと箸を入れた。
ぷっくりと膨らんだ卵の黄身が、とろりとその中身を溢れさせて白身の上を伝っていくのを逃さず軽く混ぜ合わせ、それらが絡んだお肉とごはんを掬い上げてパクリとひとくち。

周囲がさらにどよめいたようだけど知ったことじゃない。
「ああ……卵が程よく絡んで、まろやかで……舌がとろけそうですわ。これは、生の卵じゃないと味わえない美味しさですわ。さ、よろしければアリシア様もお試しになって?」
もぐもぐと咀嚼して牛肉とギョク(卵)のマリアージュをうっとりと堪能し、その魅力をアピールしてからにこりとアリシア様に勧めてみる。

……あれ? 皆シン……と静まり返ってしまった。やっぱりダメだったかぁ。
まあ、ダメならダメでしかたないし、騎士科の皆様も残したらいいと思うよ。
あーあ、せっかく悪食令嬢の汚名返上できたかと思ったんだけどなぁ。
でも、今回はこのままだとマリエルちゃん一人がそう噂されかねないし、これでいいのだ。うん。
TKG普及の夢の実現はまだまだ遠そうだけど、地道に頑張ろうっと。

半ば諦めモード……やけっぱちともいうけれど、そんな気持ちで牛丼を食べていると、アリシア様が決心した様子で卵を手に取った。
「アリシア様?」
「ク……クリア魔法をかければよろしいのですわね? お腹を壊す悪いものが消える、イメージで……!」
アリシア様はフォン、と卵にクリア魔法をかけて割ろうとした……けれど、そこで手がピタリと止まった。おや?

「あ、あの……私、卵を割ったことがございませんの。どうしたら……?」
顔を赤くしておずおずと私に尋ねるアリシア様はめちゃくちゃ可愛かった。
「私におまかせくださいな!」
はい喜んでー!

私はアリシア様から卵を受け取り、ココン、とテーブルで卵にヒビを入れ、今度は両手で割り入れて見せた。
「あまり力は入れずに、軽く殻にヒビを入れてあげればよろしいのですわ。さあ、軽く混ぜてから召し上がってくださいませ」
「え、ええ……!」
アリシア様はゴクリ……と普通とは違う意味で生唾を飲み込み、意を決したようにスプーンで掬い取り口に運んだ。

皆が固唾を飲んで見守る中、咀嚼を終え飲み込んだアリシア様が固く閉じた目を見開いた。
「美味しいっ……ですわ! 先程までのギュードンも美味しかったのですが、なんというか、クリステア様がおっしゃっていた通り、まろやかでとろけそうという表現がぴったりですわ!」

アリシア様は一気に感想を述べると、ひとくち、またひとくちと食べ進めていった。
その様子を見ていた騎士科の皆様も「よ、よし俺も……!」「ク、クリア魔法だよな⁉︎」と口々に話しながら卵を割り入れていった。
そしてその直後に「う、うめー!」「なんだこれ⁉︎ すげー美味いんだけど⁉︎」と驚愕の声と共にがっつき始めた。

……よし。堕ちたな。
その光景を眺めていた私とマリエルちゃんは、テーブルの下でサムズアップした拳をこつりと合わせたのだった。

そうして私たちが食べ終わりそうな頃、セイとエイディー様がやっと入店できたようで、チャレンジメニューを食べ終え満足そうに出ていく騎士科の皆様を不思議そうに見送りながら入ってきた。
そして、ほぼ完食しかけていた私たちのテーブルに卵の殻が転がっているのを見つけて「まじかよ……」と呟いたのだった。

よし、今度はエイディー様を堕とす番だ。
マリエルちゃんと私は無言で頷き合い、私たちの側の空いた席にエイディー様たちを笑顔で誘導したのはいうまでもない。

---------------------------
いつもコメントand エールポチッとありがとうございます!
執筆の励みになっております!
飯テロ頑張ります!(頑張る方向が違う!)





しおりを挟む
感想 3,386

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。