転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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それのことかああああぁ‼︎

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ランチに誘ってくれたエイディー様やセイを置いていくことに少しの罪悪感を覚えながらも、これ以上騎士科の皆様の注目を浴びたくなかったので、私たち女子三人はそそくさと料理長の後に続いてカフェテリアに入店した。

「あの……私までご一緒してよろしかったのかしら」
アリシア様が外でズラーッと並んだ騎士科の皆様の列を気にしつつ聞いた。
「大丈夫ですよ。レディ優先と皆様の合意は得ましたから」
料理長がバチコーン! と下手なウインクをしながら答えた。
……あれは合意というより、ノリと勢いで言質をとっただけでは?

「それよりも、大変申し訳ないのですが、ただいま個室が全て貸切となっておりまして……こちらの席で召し上がっていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
そう言って料理長が案内してくれたのは、四人がけのテーブル席だった。

「もちろん構いませんわ。ありがとうございます」
ガタイのいい騎士科の皆様に私たちが混じって食事をするのは正直なところ気が引けるけれど、これ以上贅沢は言っていられない。
こうなったらさっさとお昼ごはんをいただいて、午後の授業に戻らねば。
まだ並んでいるであろうセイとエイディー様は授業に間に合うだろうかと心配しつつも、成長期の男子の食欲を思えば、回転率も早くすぐに入店できるに違いないと思い直した。
私たちはほら、ダンスィーよりも食べるの遅いからね。うん。

「ええと、それではメニューを……」
私やマリエルちゃんは牛丼でいいとして、アリシア様はローストビーフなど他にも選択肢があるほうが良かろうとメニューを出してもらうため料理長を見ると、満面の笑顔で「おまかせください!」と答えた。

「クリステア様の聖獣様方に先日ご教示をいただことを実行に移したわけですが、お陰様でこの度の新メニューはかなり話題になりまして、この通り大盛況ですよ! ただいまお持ちしますのでしばしお待ちください!」
「えっ? ちょ、ちょっと待……!」
料理長が素早く厨房へ戻ったため止めることすら叶わず、呆然と見送るしかなかった。
私の聖獣って……黒銀くろがね真白ましろのこと?
料理長に一体何を教えたの⁉︎

「え……あの、クリステア様? 私たちの注文は……?」
マリエルちゃんが戸惑いながら私に問いかけるけれど、ごめん、私もわけがわからない。
「なんだか出すものはもう決まってるみたい……? 申し訳ございません、アリシア様。私たちと同じメニューが出てくることになりそうですわ。食べられなさそうでしたら、他のものに変えていただきますから」
「わかりましたわ。正直なところ何を頼めばよいのか見当もつきませんでしたから、かえってよかったですわ」
申し訳なさそうに告げる私に、アリシア様は微笑んだ。
うう、気を使わせてしまって申し訳ない。

私たちはこのカフェテリアにレシピ提案をした関係で、ここでの食事はタダになるのだけど、その中には試食の意味合いも含まれているだろうから、出されたものをいただくことは問題ない。

しかし、アリシア様はごはん……ラースは初挑戦なのだから、私たちに付き合って無理させるわけにはいかないでしょう?
どうにもダメそうなら他のものを出してもらおう。よし。
そう決めたところで料理長自ら料理を乗せたワゴンを運んできた。
「お待たせいたしました! チャレンジメニューでございます!」
料理長が自信満々で出したものは……

えっ? これがチャレンジメニュー⁉︎
……どう見ても、ただの牛丼なんだけど?
ぱっと見はいつもながらの、ごくごく普通の牛丼にしか見えないのだけど。
これの一体どこがチャレンジメニューなのだろうか?
もう少し間近で確認しようと牛丼に顔を近づけたところ、周囲がどよめいた。

「な……っ! あんなチ……いさなレディがチャレンジメニューだと?」
「バカな……俺ですら断念したのに、無茶だ!」
「いや、三人のうち二人は聖獣契約者だし、聖獣様の加護で平気なのかもしれないぞ?」
騎士科らしき生徒たちは信じられないって表情で無遠慮にこちらを見てきた。

いやいやいや。なんなの⁉︎
もしかしなくても黒銀くろがね真白ましろが何かやらかした⁉︎
それと最初のほうの発言! チビって言おうとしたよね⁉︎ 聞こえてるからね!

しかし……カフェテリア内にいる人たちの反応を見るに、この見るからに普通の牛丼が今回のチャレンジメニューらしい。
騎士科の生徒たちよりも幾分控えめに盛られた牛丼は「固くて食べられたもんじゃない!」と捨てられるだけだったビッグホーンブルのすじ肉は、時間と手間をかけてぷるっぷるに柔らかく煮込まれてとても美味しそうだった。
丼の隣にはみそ汁がコトリ、と置かれ、ゆらりと湯気が揺らいでこれまた美味しそうだ。

うん、このまま見ていても冷めてしまうだけだし、温かいものを温かいうちに食べるのも美味しさのうちだものね!
私は徐に手を合わせて小さく「いただきます」と唱えて箸を手にした。

まずはおみそ汁から。
ふわりと湯気とともにお味噌の香りが鼻をくすぐる。
口の中でちゃんとお出汁を効かせたおみそ汁の味がぶわっと広がる。うん、美味しい。
そして、牛丼。牛すじ肉とごはんを一緒に掬い上げ、パクリ。
とろけるように柔らかく煮込んだ牛すじは部分的にクニクニ、プルプルとした食感をも感じられて楽しい。

「美味しいですわ……」
ポソリと呟く声に目を向けると、スプーンで牛丼をすくい、まじまじと煮汁の染みたごはんを見つめていた。
あ……アリシア様のこと忘れてた。
でも、美味しいってわかってくださったようでよかった!
「ラースの良さをわかっていただけて嬉しいですわ」
私が声をかけると、アリシア様はハッと顔を上げ、私を見た。
「ええ……とても、とても美味しいですわ」
私とアリシア様がにこにこと笑い合っていると、周囲から「いい……」「可憐だ……」とか聞こえてきて、慌てて食べるのを再開した。

そこへマリエルちゃんが「あ、ギョク忘れてた」と言って、小皿に乗っていた白くて丸い物体を手に取り、クリア魔法を発動した。
そしてそれをテーブルの上にコンコン、と軽く叩きつけてから丼の上でパカッと割り、殻を小皿に置くと、牛すじの上に落ちたその中身を軽く崩すようにしてパクッと食べた。
あ、いいな。私もやろっと。

すると、私たちに気を取られていた騎士科の男子たちがマリエルちゃんの様子に気づき一気に騒ぎはじめた。
「なっ……! 躊躇いもなくいった、だと⁉︎」
「あの澱みのない流れるような一連の所作。そこに迷いも躊躇いの片鱗すらなかった……ま、負けた……!」

え? 何? 何なの?
マリエルちゃんは日々のお手伝いの成果か卵を割るのもすっかり慣れ、今日も上手に割れていたけど……?
「マ……マリエルさん⁉︎ あ、貴女正気ですの⁉︎」
アリシア様の震える声を聞いて彼女に目を向けると、その顔は青ざめていた。

「へ? 何がですか?」
むぐむぐと食べるマリエルちゃんもどうやらピンときていない様子。
「だ、だだだって貴女、そ、その卵……焼いていない、生ですわよ⁉︎」
「え? はい……あ」
アリシア様の指摘で、マリエルちゃんも私もようやく気づいた。

あああああ⁉︎
チャレンジメニューって、卵(ギョク)のことかあぁ‼︎

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