転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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なんてこと……!

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アリシア様の不穏な様子にドギマギしていると、彼女は次第に眉をハの字にさせ、手元のたまごサンドを見つめてポツリとつぶやいた。
「美味しい……」
よ、よかったあぁ!
どうしてそんな表情なのかは気になるところだけど「こんな庶民くさいものを食べさせるなんて、やっぱり悪食令嬢ですわね!」とか言われるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてた分ホッとしたわ。

「お口に合ったようでよかったです」
にこりと微笑んでから緊張で乾いた喉を潤すためにアイスティーをこくりと飲むと、絞ったオレンジの酸味と甘さが口の中で広がった。
うん、ミリアの淹れるお茶は絶品ね。
初めてのレシピでも一回淹れて見せたり、ざっと説明しただけで再現してくれるのよ。
私の好みを把握してるからか、本当に美味しい。
近頃はヤハトゥールのお茶を淹れるのも上達したから、ほとんどおまかせしてるくらいなのだ。

「悔しい……そして情け無い……」
「え?」
アリシア様の言葉にふと顔を向けると、その顔は本当に情け無いと言わんばかりで、また何かあったのだろうかと身構えてしまった。
「こんなに美味しいのに、私は母たちの話を鵜呑みにし、クリステア様のことを悪食令嬢などと嘲り、目の敵にしていたなんて……」
アリシア様はそう言って、たまごサンドを持ったまま、両手をポトリと膝の上に置いた。
「私にはこれ以上こんな美味しいものをいただく資格はありませんわ……」

あわわわわ、アリシア様の意気消沈した様子に、皆の食べる手が止まってしまった。
気まずい空気が流れるのをどうしようかと焦っていると、エイディー様がしかたないなと言わんばかりに手にしていたたまごサンドを取り皿に置き、近頃発売されたばかりの抹茶を練り込んだショートブレッドを手にした。

「アリー」
「……なんですの? ……むぐっ」
エイディー様ァ! レディの口にショートブレッドを捩じ込むとかなんという狼藉を⁉︎
皆もあっけに取られていた。
「……っ! さっきから失礼なことばっかりして、貴方いったい何なんですの⁉︎」
アリシア様は口に入ってしまった分は吐き出すわけにもいかないと思ったのか、無言でモグモグと咀嚼し飲み込んでから、たまごサンドと一緒にショートブレッドを取り皿に置いてから文句を言った。

「アリーさあ、前からメイヤー商会のショートブレッドが美味くておすすめだって言ってたよな?」
「え? ええ。これもそうですわよね? こんな緑色をしたものは初めていただきますけれど、新作かしら」
食べかけのショートブレッドをチラッと見るアリシア様の目は新作スイーツを見る期待たっぷりの女子のそれで「これもお取り寄せしなくては」という決意に満ち溢れていた。
私はマリエルちゃんと思わず顔を見合わせた。ええっとぉ……

「それ、クリステア嬢考案のレシピなんだってよ?」
「……え?」
「マリエル嬢に前にこれはどこで買えるんだって聞いた時にメイヤー商会じっかで売ってるけど、レシピはクリステア嬢に提供してもらったんだって言ってたぞ」
エイディー様の暴露話にアリシア様はバッとマリエルちゃんと私のほうを見たので、その勢いに二人してこくこくと頷いた。

メイヤー商会で販売しているショートブレッドの売れ行きは上々で、貴族たちの反応からそろそろレシピ提供者をオープンにする頃合いだろうとメイヤー男爵からゴーサインが出たばかりだった。
私たちと仲良くしているエイディー様にはすぐに教えていたのだけれど、最近その事実を知らされたエリスフィード家の反対勢力はすぐさま購入停止するかと思いきや、騒ぎ立てることなくこそこそと買い続けているのだそうだ。
なんだかなぁ……

「……な、な、なんてこと……それじゃあ、私たち……っ」
アリシア様は真っ赤になった顔を両手で隠すけれど、耳や首まで真っ赤なので隠しきれていなかった。
え、アリシア様、めっちゃ可愛いんですけど。
マリエルちゃん、こっそりサムズアップしながらウインクしてくるのはやめなさいってば。

「なんて、なんて愚かで、恥ずかしい真似を……」
「なんでさ? アリーは美味いものを美味いって言っただけだろ? クリステア嬢が悪食令嬢って言ったことは間違ってたけどさ、謝ればいいじゃん。んで、改めて一緒に美味いもん食えばいいだろ?」
お、エイディー様いいこと言うじゃーん!
確かにアリシア様の態度はいかがなものかと思ったけれど、ルビィの言う通り反省のできるいい子は嫌いじゃないし、誤解が解けて仲良くなれるならそれに越したことはないよね!

「エイディー! これはそんなに簡単な問題ではありませんわよ⁉︎」
うん、アリシア様の言い分もわかる。
本人としてはレイモンド王太子殿下の婚約者候補として張り合っていたからとはいえ、私はその気もないのに、侯爵家の娘でありながら公爵家の私を悪食令嬢と影で揶揄して貶めていたのだから。
実際、貴族のメンツ的にお父様やお兄様から制裁されてもおかしくないんだよね……さすがにそれは私が止めてるけど。

アリシア様の心情はさておき、マリエルちゃんやセイがいなかったらぼっちの可能性もあった私としては、早いうちに和解のチャンスがやってきてほっとしてるのよね。
これから学年を重ねるにつれて関係を拗らせまくることを思えば、メンツだのなんだのはどっかにポイっとうっちゃってしまいたいのが本音だもん。

「アリシア様。私は気にしておりませんわ。サンドイッチもショートブレッドも、美味しいとおっしゃっていただけて嬉しいです。それに、これまでのことは水に流して、今後はお友達として仲良くしてくださるのでしょう?」
「クリステア様……」
「さ、早く食べないとエイディー様や私の聖獣たちに食べ尽くされてしまいますわ……って、白虎様、黒銀くろがね真白ましろも! もうそんなに食べちゃったの⁉︎」
大きなバスケットいっぱいに詰め込まれていたはずのサンドイッチやお菓子が残り三分の一程度にまで減っていた。
三人とも、もぐもぐと咀嚼を止めることなく、彼らの取り皿にはそれぞれの好物が山のように盛られていた。

「あ、話終わったか?」
「む、主たちが話し込んでおったのでな」
「もういらないのかとおもって」
「そんなわけないでしょう⁉︎ 空気を読んで静かにしていたと思ったら、こんな……もう! 三人ともこれ以上食べたらだめだからね! あとは他の皆様の分よ!」
「「「ええっ⁉︎」」」
三人からのブーイングを無視し、アリシア様の分として、まだ手をつけていなかったBLTサンドなどを急いで取り分け、彼女のほうを向いた。
「ごめんなさい。うちの食いしん坊な聖獣たちが……」
しおしおと取り皿をアリシア様に差し出すと、きょとんとした顔で私たちのやり取りを眺めていたアリシア様がふふっと綻ぶように笑った。
「ふ……ふふっ、聖獣様って思ったより気さくな方ばかりなのですわね?」
笑いをこらえきれないように震えながら取り皿を受け取るアリシア様は、満面の笑顔でとても可愛らしかった。

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世間的にGWですね!
私のGWはまだですが(涙)

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