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敵いませんわ……

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ルビィを撫で回して満足したところで、へたり込んだままだったアリシア様を立たせると、スカートや靴下などが土埃で汚れてしまっていた。
修練場はストーンウォールなどの土魔法を使うこともあるため土がむき出しになっているから、平民は汚れ防止の魔法付与が施してあるローブを着用し、貴族や裕福な商家の子は実技用に全身付与した制服や練習着を別に用意することが多いのよね。
アリシア様も別に用意しているみたいで、今着ているのは華美なフリフリレースの付いた付与なしのカスタム制服を着用していたようだった。

「ああ……ここまで汚れてしまっては、この制服はもう使えませんわね。処分して新しい制服を用意させなくては……」
アリシア様がバタバタと叩いても落ちそうにない汚れに顔を顰めた。
「「えっ⁉︎」」
私とマリエルちゃんがその言葉に驚いて声を上げた。
まさか泥汚れくらいでその制服を捨てちゃうの⁉︎
それ絶対フルオーダーのお高いやつだよね⁉︎

「え? ……って、何ですの?」
「その制服はきれいにすればまた着られるではありませんか。なぜ処分するのですか?」
「そうは言われましても……こんなに汚れていてはメイドに洗わせるのも大変ですもの。取り替えた方が楽ですわ」
アリシア様が怪訝な顔で当たり前のように答えた。
ブルジョワぁ……でもそれじゃせっかくのフルオーダー制服がもったいないじゃないの!

「その程度の汚れは、クリア魔法をかければきれいに落とせますわ。じっとしててくださいませ」
「え、ちょっと何を……ええっ⁉︎」
私が繊維に入り込んだ土汚れまできれいに落とすイメージでクリア魔法をかけると、土埃で白く薄汚れていた制服のスカートや白のくつ下がすっかりきれいになった。よしよし。
「え、ちょ……クリア魔法って、生活魔法ですわよね? 簡単な汚れなら落とせますけれど、あそこまでひどい汚れは普通は……」
アリシア様は先ほどまで汚れていたはずのスカートの裾を手に取りマジマジと見つめた。

「クリア魔法は目に見えるところだけをきれいにするイメージでは汚れを落としきれません。汚れの原因やその汚れ方を理解して取り除くことを意識すればきれいになりますわ」
お嬢様のアリシア様に布の繊維とか織り目とかに入りこんだ微細な土を取り除くイメージ……と説明しても上手く想像していただけるかは微妙だけど……
私やマリエルちゃんは前世の洗剤のCMなどでイメージしやすいからここまできれいになるのかもしれないし。

「原因や方法を理解して、イメージ……」
アリシア様はスカートの裾を見つめたままポツリとつぶやいた。
「ええ。原因や方法を理解し、その結果をイメージすると具現化しやすいと申しますか……」
私とマリエルちゃんは前世の……(以下略)
いやー、前世知識によるチートってなんだかなーと思わないでもないけれど、知識や明確なイメージががあるとないとじゃ確実に結果が違うのよね。

「クリステア様が成績優秀なのは、単に魔力量が多いから、というだけではなかったのですね……知識があるからこその威力と精度……私が敵うわけがありませんでしたわ」
アリシア様がふう……とため息をついてから、なんだか吹っ切れたような笑顔で私を見た。
「今まで本当に申し訳ありませんでしたわ。これから仲良くしていただけるのであれば、色々と教えていただけると嬉しいですわ」
「ええ、もちろん! 私たちが分かる範囲でよろしければ喜んで! ね、マリエルさん!」
「え、ええ。はい!」
マリエルちゃんが「え? 私も⁉︎」という顔で私を見たけれど、マリエルちゃんも大概前世チート持ちなんだから、協力してもらいますよ!

「ところで……今日は結局何の特訓でしたの?」
アリシア様が粉砕した壁を怯えたようにチラ見しながら質問してきた。
ああそうか、アリシア様の位置からは壁が邪魔で見えなかったんだ。
それで、多分身を乗り出したところで壁が粉砕して驚いた、と。
「ええと……その、私の魔法がへ、下手で。その練習でクリステア様とルビィにと、とと特訓してもらおうと思いまして……」
マリエルちゃんが焦ったように説明した。
まあ、ルビィとの連携が下手だったからその特訓だったんだし、強ち間違いじゃない……かな?
「そ、そうですわ! ロニー様はマーレン先生の指南目当てですし、エイディー様はええと……」
「俺は皆が行くなら参加したい! ってついてきたんだ」
私がエイディー様の説明に詰まったところで、本人が続きの説明を引き取ってくれた。
「そうでしたの……あの、このまま私も見学させていただいてもよろしくて?」
「え? あー、ええと……」
もじもじしているアリシア様を見て断りづらくなった私やマリエルちゃんが言葉に詰まっていると、ルビィがマリエルちゃんの肩に飛び乗ってきた。

「んー、せっかくだけど今日はもうマリエルが疲れちゃったみたいだから私たちの特訓はおしまい。ねえクリステア、これからこのままここでお茶にしない?」
「え……あ、ああ! そうですわね! 一旦休憩しましょう!」
「アナタたち、突っ立ってないで手伝いなさい。ほらこの絨毯を広げて!」
ルビィがインベントリから出した丸めた絨毯をエイディー様たちに受け止めさせ、あれこれと指示し始めた。

ええと、私もインベントリからお茶の道具を出したいけれど、皆様の前で大っぴらにあれこれ取り出すのはちょっとなぁ……
「主。これを」
黒銀くろがねが自分のインベントリからワゴンごとお茶のセットを取り出した。
「えっ? これどうしたの⁉︎」
「ミリアから預かってきた。特訓中の主にお茶の用意をさせるわけにはいかぬので、練習の合間に出してほしいと頼まれてな」
黒銀くろがねはそう言いながら人数分のグラスにアイスティーを注ぎ始める。
「おかしとさんどいっちもあるよ!」
真白ましろがパッと両手にバスケットを掲げてみせる。
ミリア……なんてできた侍女なの!
後でお礼を言わなくちゃ。

「さあ皆様どうぞ召し上がれ」
床に直接敷かれた大きな絨毯に靴を脱いで上がった皆にアイスティーの入ったグラスを渡し、バスケットに入っていた小さくカットしたサンドイッチやショートブレッドやクッキーなどを皿に取り分けて配った。
サンドイッチは厚焼きたまごを辛子マヨネーズを塗ったパンで挟んだのと、我が家特製のベーコンを使ったBLTサンドだ。
「うっっっま! このサンドイッチ、たまごがふわっふわだ!」
「こら、エイディー。たまごサンドばかり食べるんじゃない!」
「ふふ……これは辛子マヨネーズが塗ってあるのがいいんですよ……」
「こ、これは……今話題のベーコン⁉︎ こんな高級品を贅沢に使うなんて……」
「あ、それは我が領地で作っているので……なぜか王都では高級品扱いですけれど、領地の冒険者ギルドで販売しているので数は少ないですけれど、そんなに高いものではないはずなのですよね……」
「ふむ、王都ここではさらに手に入りにくいので値が釣りあがっとるんじゃろ。クリステア嬢や、父上殿にもっと作るよう言ってやりなさい。わしも晩酌につまむのになかなか手に入らんで困っとるとな」
「は、はあ……」

皆がわいわいと談笑しながらお茶やおやつを楽しむ中、アリシア様は無言で食べ進めていた。
「あの……お口に合いませんでしたか?」
えっ、なんだか厳しい表情なんだけど⁉︎
もしかして、悪食令嬢と噂されてる私が出したものだから警戒されている⁉︎

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